空京

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建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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空京調査2


 銀枝深雪(ぎんえだ・みゆき)は調査機材を壊してみた。
 アンゼリカ・シルヴァン(あんぜりか・しるう゛ぁん)の言う通りに「うっかり」落として、通りすがりのトラックが轢いたのだ。
「ちょっと壊しすぎたかしら」
 アンゼリカが言う。機械はぐちゃぐちゃに潰れて、破片も飛び散ってしまった。
 そのまま空京にある、ジャンク屋に持ち込んだ。古代のパーツなどを扱う店だが、どうも怪しげな雰囲気が漂う。
「この機械がどんな物か、教えて欲しいんですが」
「こりゃメチャクチャだな。細かい所も原型が分からないぐらいに破壊されてるぞ。たいした値段にはならないな」
 ジャンク屋の店主は、顔をしかめる。深雪はもう一台、機材を差し出した。
「では、こちらでは分かりませんか?」
「なんだ、もう一個あったのかい。どれどれ……」
 ジャンク屋は機材を分解して、しばらく機械を調べまわる。その様子を眺めながら深雪は考える。
(「観測用機材」が言葉通りの物かどうか。結果的に犯罪の片棒を担ぐような事は避けたいですからね)
 やがて部品をバラバラにし、ジャンク屋は言った。
「こりゃぁ、おそらくは古王国期かそれ以前の時代の、実験や調査に使った観測機器じゃないか? ここ数年は、この手の物もよく発見されるようになってるから、前のような高値じゃないが、それなりに高く買うよ」

 深雪とアンゼリカは、オフィスビルの拠点に戻り、誤って調査機材を壊してしまったと報告した。
 トラックが轢いた一台と、ジャンク屋が買い取るつもりで分解してしまった一台だ。
「…………」
 アナンセは機材を手に何も言わない。深雪は素知らぬ顔で言う。
「壊れてしまったので怒られないようにこっそり直してもらおうとしたんです。このグチャグチャを治す参考にしようと、もう一台を開けたら戻らなくなってしまって」
 そこに朝野未沙(あさの・みさ)が怒った顔で割って入る。
「機械はデリケートなんだから、もっと丁寧に扱ってよね!」
「でも観測機器は、必要な個数よりも余裕を見て用意されているのでしょう?」
「そういう事を言ってるんじゃないの! だいたい、どうやったら、ここまで滅茶苦茶に壊れるのよ。壊れたなら、その時点でアナンセさんか巫丞さんに連絡してって言われてたでしょ?」
 アナンセは表情を表に出す事はできないが、ちゃんと感情を持っている、と未沙は分かっていた。伊達に多くの機晶姫を見てきていない。
 見た目には分からないかもしれないが、機材が壊れた事でアナンセは悲しんでいた。
 未沙はアサノファクトリーの名にかけて、困っている機晶姫は見過す事などできないのだ。


 結局、深雪たちは機材を安心して任せられない、として、それ以降の調査活動への協力は断られた。
 彼女たちが設置する分の機材も、設置されないまま残っていた。それらは未沙やパートナーの機晶姫朝野未羅(あさの・みら)が設置に立候補した。
「この前、設置をお願いしに行って仲良くなったおばあちゃんがいるの。おじいちゃんが町内会の会長さんだって言ってたから、そのツテでお願いしてみるね」
 未羅が、こちらは可愛い笑顔で言う。
 アナンセは、ジャンク屋が壊した方の機材をそっと開けた。
「こちらは修理できるかもしれません」
「あたしも手伝うわ」
「私も、私も〜」
 朝野姉妹の手伝いを受けて、一台の機材はアナンセが修理する事ができた。


 機材設置の合間に、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)はアナンセに聞いてみた。
「アナンセさんは砕音先生とは、どんな繋がりなの? キュリオの事で置いてきぼりにされているような感覚を覚える事はない?」
「砕音さんは、私とは距離を置いているようです。私は主のために働く道具ですし、親であり恋人であったキュリオさんを砕音さんが大切にするのは当然です」
 機晶姫らしい答えが返ってくる。
「そうなんだ……。ボクと、パートナーのクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は恋人ではないけど、不安なんだ」
 クリスティーは小さくため息をついた。


 調査機材の設置が進むにつれ、拠点となるオフィスには観測データが集まっていく。
 ここ最近数ヶ月間で、急速に強まっている波形がある。
 照合してみると、五千年前の遺跡や地層に残る波形に同様のものがある。
 時期はシャンバラが滅亡した頃に合致する。
 これは五千年前の破壊が、ふたたび起きようとしている可能性も示していた。

 また、その波動の分布を3D化してみると、空京地下に現れたトンネルとほぼ合致する事が分かった。
 だが現在、トンネルにその波動はほとんど観測されていない。門を開いて以降、波動が止まったようにも見える。
 さらに調査、分析を進めると、その波動はそれまでトンネル部分の地脈を流れていたのが、門開放後は空京地下に拡散して存在する事が分かった。
 この波動の出現場所は、空京の地下五百mから1キロ程の地帯だ。

 アナンセは携帯電話で、砕音と話し合った。
 二人の結論では、調査機材がこのままのパフォーマンスを維持できれば、鏖殺寺院が言う救世主や関連する物が現れた際には、レーダーのように場所を感知したり、その大きさなどを調べる事ができるだろう、との事だ。

 小事件が起きた。拠点のコンピュータが突然、ダウンしたのだ。
 アナンセが復旧にあたり、数時間で回復する。データ等のクラッシュもない。
 だが外部からの不正アクセスで、データを盗み取られた可能性があるという。
 もっとも、手に入れても悪用する方法があまり考えられないデータであるだけに、その場では愉快犯のイタズラだろう、という事になった。

 アナンセたちは、五千年前の破壊がふたたび起こりうると、空京市や各学園に危険を訴えた。しかし各組織で大した対策はなされなかった。
 空京市や各学校の間で、最高責任者がいない事も理由だ。これは後に女王が現れた時のために空けられている。
 また、調査機材のような古王国時代の観測器具で、現代の技術では解明できない超テクで観測された事が正しいかどうか、各学校では判断できないとされたためだ。
 一応、各校からは「脅威が起こる可能性があるなら警備にあたってくれ」と通達はあったが、「怪しいと思うなら、調べてみればいいじゃないか」という程度のものだ。
 もっとも砕音が在籍する蒼空学園からは、さすがに市内警備の依頼が出された。しかし、あくまでもボランティアの範疇だ。
 空京市では「市内パトロールを増やす」と返事はしているが、肝心の空京警察はやる気がない様子である。

 蒼空学園の一教師が提言した研究の結果では、この程度なのだ。
「ただの地理教師の自由研究に、そんな大騒ぎしなくても」という冷ややかな反応だ。
 調査に関わった生徒たちは歯噛みしつつ、それでも独自に市内をパトロールする事を決めた。

 だが数日後、状況は一変する事になるのだが……