空京

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建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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イリヤ分校4


 やがてピラミッド型の新校舎が完成となる。
 南鮪(みなみ・まぐろ)が小躍りして建物に駆け上がる。
「性帝砕音陵『砕音の学び舎』の完成だ! 見ろ、これが性帝陛下の愛だァ〜!
 ヒャッハァー! 石原やアズールでもドージェでもねえ! 性帝砕音陛下が今日からパラ実のトップだ!」
 砕音が困ったように口を挟む。
「いや、あの〜。校舎の名前は、資金を出した佐藤か団体名にちな……ん……」

 団体名【性帝砕音軍】

 頭を抱える砕音を無視して、アヌ山アヌ犬(あぬやま・あぬた)が「砕音」と書いたパンティーを旗に見立ててピラミッドの頂上に立てる。
「アヌヌ、アヌー!(いつまでヘタレてるんだい? このままリーダーとしてここを支配しちゃえよ。それ以外に罪を償う方法は無いんだよ!)」
「支配はダメだろ、支配は……」
 砕音が頭痛を覚えていると、マゼンタ分校長が笑顔で言う。
「そーだねえ。あたしも砕音が継いでくれるなら、いつでも分校でも四天王の座でも譲るよ」
「あああのなー! 皆そろって滅多な事を言うな。俺みたいな汚れた人間は、上に立っちゃいけません。
 と言うか、分校を任せるならパラ実生から生徒会役員を選任するとか……。とりあえず、生徒会長は姫宮あたりがいいんじゃないか?」
「おっ、俺ぇ?!」
 関係の無い話だと思って油断していた和希が驚愕する。
「ああ、熱意のある姫宮が会長で、南のような行動力のある奴や、弁天屋のようなしっかりした奴が、まわりから盛り立てるとか、良さそうじゃないか」
 伊達恭之郎(だて・きょうしろう)が手を振り上げてアピールする。
「オレも! もちろんオレも手伝うぜ!」
「おいおい……」
 唖然としている和希に、恭之郎がスコップをマイクに見立ててインタビューする。
「姫やん、生徒会長としての抱負を!」
「へ? ええと……居場所を追われたり、行き場を失った奴らでも悪行を行わずやっていけるパラ実を復興していきたいな。手伝ってくれる奴は歓迎だ。って、ええっ?!」
 思わず自分の考えを答えてから、和希はまた慌てる。
 分校長は肩をすくめながらも、納得の表情でうなる。
「そうだねぇ。タイマンでも選挙でもやって決めるまでの間、和希が生徒会長って事にしておくかい」
「なにぃ〜〜〜?!」
 和希は目を白黒させている間に、イリヤ分校の生徒会長に任じられてしまった。



「みんな、水分補給はきちんとしてね」
 休憩に入ると、保険医である戸隠梓(とがくし・あずさ)が作業にあたっていた者に、飲物やタオルを配ってまわる。
 そして砕音にもタオルを持っていく。
「砕音先生もどうぞ。この前まで入院してたんだから無理しちゃ駄目よ」
「ああ、ありがとうございます」
「…………?」
 梓はしばらく考えてから尋ねた。
「ちょっと聞いてもいいかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
「……なぜ私だけ砕音先生に敬語を使われるの?」
 梓の質問に、砕音は少々戸惑ったように返す。
「え、それはやはり他の学校から協力いただいてる先生ですし……」
「なんだか私だけ遠ざけられてるような気がするので、敬語は使わなくていいよ」
「分かりました……ではなく。分かったぜー……なんか変だ」
 戸惑っている砕音に、梓はくすくす笑う。
「変に意識しなくていいのに。自然体でよろしくね」
「お、おう……よろしくー。ん?」
 砕音はふと何か聞こえた気がして、背後を見た。誰もいない。
(……また、いつもの幻聴か)
 その間に、梓は「虫に刺されて腫れた」という生徒の対応に向かう。

 ラルクがくわえタバコで発電機の整備をしている所に、砕音が近づいた。
「気にしたか?」
 心配げに言う砕音。
「おぉ? 何がだ?」
 ラルクは作業を続けながら、いかにも不思議そうに聞き返す。砕音は一人ごちるように言った。
「なんだか元パートナーの幻聴と幻触に『このド天然が!』と後頭部にチョップ食らったような気がしてなー」
「そりゃ穏やかじゃねぇな」
 ラルクは作業の手を止め、砕音を見る。
「やっぱ疲れが溜まってんのかもしれねぇぞ。ハリきるのはいいが、発作起こす前にしっかりカラダを休めた方がいいぜ」
 砕音は浮かない顔でうなずいた。
「んー、一段落したら、そうする。……あと、発電機を扱う時はタバコはやめた方がいいぞ。ガタが来て油漏れでもしてたらコトだ」
「そうか、気ぃつけ……お?」
 砕音はラルクの唇からタバコを奪うと、自分でくわえてしまう。そして急に楽しそうな調子で宣言した。
「なので、こいつはセンセーが没収しまーす♪」
「おいおい、そりゃねぇや、砕音。ってか、それがやりたかったんだな?」
 ラルクは苦笑いするが、本気で文句を言うつもりはない。
「砕音、この前殺されてもいいって言ったが、その台詞そのまま返すぜ」
「え……」
 砕音はラルクの顔を見る。
「俺に砕音を手にかけるなんて出来る訳ねぇだろ……だって……俺は、お前を愛してるんだからよ」
「ありがとう……」
 砕音は思わず、ラルクの胸に顔をうずめた。


「ああ、またイチャついてる……」
 少々離れた所で、その様子を見ていたアインが額を押さえる。
 姫宮和希(ひめみや・かずき)がニヤリと笑って言う。
「まあ、いいじゃねえか。パラ実の復興にあれこれ助けに来てくれてるんだ。ラルクだって、普段はなかなか恋人と一緒にいる機会は無いんだしな。邪魔はやめとこうや」


 一方で、砕音たちをじっくりと観察する者もいた。
 現地人のような環境に適応した衣服に身を包んだ黒崎天音(くろさき・あまね)である。
 それらの装束や荒野で必要になる物品は、すべてドラゴニュートのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が調査の上で集めてきたものだ。
「ふうん? やっぱり入院直後じゃ、この荒地は辛いようだね」
 天音が言う。ブルーズは無言だ。
 過酷な環境の大荒野は、普段ならば天音が来る様な場所ではない。ブルーズは数日前の会話を思い返す。

「お前は何故そんなに、あの教師を気にするんだ?」
「恋かな?」
 物憂げにつぶやいた天音に、ブルーズは持っていた茶器や皿を床に撒いてしまった。
「嘘だよ」
 そう言われて安心したものの、彼の行動には不審を感じ続けている。

 一方の天音は、観察する砕音の事を考えていた。
(他の生徒には先生然としているけど、ラルク相手には違うようだね)

 ブルーズは心の中でため息をついた。天音の、興味を持った事への執着は、彼には止めようがない。
 突然、天音がブルーズに身を寄せてきた。
「な……! 急にどうした?」
 ブルーズの鼓動が早くなる。
「君、冷たくて気持ち良いね」
 天音は目を閉じたまま、心地良さそうにブルーズの冷えた鱗に頬をよせる。
「……乾燥地では水分補給を欠かすな、と言っただろう」
 ブルーズは大きな荷物袋から水筒を取り出す。果汁やスパイスを加えた、現地版のスポーツドリンクだ。
 自分の鼓動が早いのは、天音が体調を崩し気味なので慌てているのだ、という事にしておく。


 井戸の穴が深くなってくると、ダクトを繋げた送風機を発電機で動かして穴内部の空調を行なう。
 現地の道具だけでやるなら、大きな扇状の物で仰いだり、危険感知のために小鳥を使う事になる。
 そう説明した砕音だが、さすがに生徒を引率して安全を管理する立場でもあるので、送風機を使う事にしたようだ。

「おら、気合入れていくぞ」
 キリエ・フェンリス(きりえ・ふぇんりす)がツルハシで岩盤を掘る。その隣でパラ実生もスコップを振るう。
「ああ?! 誰に言ってんだ。パラ実魂、ナメんなよ!」
「しゃべってるヒマがあったら手を動かせよ」
「うおおおおおお!」
 ブツブツ言いながらも、案外と意気投合した様子でキリエはパラ実生を穴を掘り進める。

 藤ノ森夕緋(ふじのもり・ゆうひ)セルマ・アーヴィング(せるま・あーう゛ぃんぐ)と協力して、苗木を溜池や畑のまわりに植えてまわる。
 木を植えていいか? という夕緋の意見に、マゼンタ分校長も砕音も「もちろん」と快諾した。そこで地元に適しているだろう、隣村や分校周辺に生える木の苗を集めてきたのだ。
「隣の木は、このくらいの距離でいいかな?」
 セルマが聞く。
「ああ、育てばきっと気持ちの良い木陰になるだろう」
 楽しそうに苗木を植えるセルマに、夕緋は心持ち表情を緩めて答えた。



 新しい校舎ができた事もあって、分校生のテンションは高まっていた。
「せっかく新校舎ができたのでござる。ここで授業を受けたいでござろう?」
 坂下鹿次郎(さかのした・しかじろう)が彼らに言う。
 川村まりあ(かわむら・ )は砕音に頼み込んだ。
「私、キャバ嬢になりたいのですぅ。でも、パラ実は授業がないから自分で勉強するしか出来なくて……このままじゃ馬鹿キャバ嬢になっちゃうので、どうか授業をしてください!」
 パートナーの増岡つばさ(ますおか・ )も、まりあのために頼む。
「無理にとは言いません。でも、まりあは授業というものにも、先生というもに憧れているのですわ。良かったら一度だけでも授業をしてやってくれませんか?」
 まりあたちの熱心な願いに、砕音は感激したようだ。
「そんなに要望があるなら、やらない訳にいかないな。よーし、先生、ちょっと頑張っちゃうぞ」

 さっそく真新しい新校舎で授業が開かれる。
 かなの書き方や足し算引き算に飽きた生徒や、「授業ってなんだ?」というレベルの者まで集まる。井戸掘りに集まったパラ実生も、珍しそうに授業にやってくる。
「教科書、ノート! こんなものを並べる日が来るなんて!」
 まりあは感激した様子だ。シャープペンシルや消しゴムなど、普段は使わない物もこの日のために買い集めてきた。

 砕音はシャンバラの地図や、地球儀を並べ、どこにどんな国があるか説明していく。初めての授業なので、上が北、などの地図の味方から教える。
 また、あまりに初歩すぎで退屈する者のために、砕音は最新の研究結果なども交えて説明した。
 たとえば、地球とパラミタ大陸は対になる存在で、地球で死んだ者はナラカを通ってパラミタに転生し、パラミタで死んだ者はやがて地球に転生する、などと言った事だ。
「シャンバラで皆の使う教科書が、もっと充実するといいんだけどな……」
 砕音は遠い目をして言う。

 また、自分たちでも授業をやってみようという者も現れる。
 姉ヶ崎雪(あねがさき・ゆき)は簡単な算数を教える事にした。
 今までの足し算引き算から一歩進んで、かけ算割り算である。あとは面積の出し方や時間と距離の割り出し方。
 これで作業を進める際の効率もあがるだろう。
「一時間目は砕音先生の地理、二時間目はわたくしの算数の授業ですわよ」



 夜。砕音はピラミッド型校舎の日干しレンガに腰かけて、携帯をいじっていた。真新しい八ツ橋ストラップ付きだ。
 空京に残してきたパートナーアナンセ・クワク(あなんせ・くわく)と、データのやり取りをしているのだ。
 そこに高潮津波(たかしお・つなみ)が来る。
「砕音先生、進路相談に乗って欲しいんです」
 彼女の真剣な調子に、砕音は携帯を閉じる。
「進路相談? 俺でいいなら話してくれないか?」
 津波は彼にうながされて、レンガの石段に腰かけた。
「私はシャンバラに来て、色々な人と出会って……私が望むのは、冒険や征服ではなくパラミタの市民になる事だって分かってきたんです」
 砕音はほほ笑んだ。
「それは本来のシャンバラ建国の理想に近いね。現状は、卒業と同時にシャンバラを離れたり、地球側に立って仕事につく人が多いからな」
「このイリヤ分校での活動は、厳しいけれど恐らく自分の望みに近いものだと思います。モデルケースの確立と、その後の普及に関わっていきたいんです」
 津波の言葉に、砕音は嬉しそうだ。
「そうか。そう思ってくれると嬉しいよ」
「砕音さんの未来像は、どんなものなんですか? その目標に協力するために、私に何ができますか?」
 真剣に言った津波の言葉に、砕音は少し驚いた顔をする。
「……俺は、いつまで関われるか分からないけど……関われる限りは、この活動を進めていきたい。シャンバラの大地に力を取り戻す事ができれば、傷ついた世界を好転させられないかと思ってね。
 パラミタは空に浮いてるけど、空も大地も人もすべては繋がっているからな。
 ……分かりづらい、かな? ……ッ!」
 言葉を切ったところで、砕音は激しく咳き込んだ。
「大丈夫ですか?」
 津波が彼の背中をさする。
「……すまん。タバコを吸ってると、どうもこれだ」
 砕音は力なく笑った。
 彼の上に毛布が降ってきた。振り返ると黒崎天音(くろさき・あまね)が立っている。
「君は携帯電話を使ったり、一部の話をすると、随分と疲れるようだね。コミュニケート過剰疲労症、とでも言いたい症状だよ」
 砕音は「面目ない」と苦笑し、毛布にくるまった。