空京

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建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

リアクション



イリヤ分校3


 井戸を掘ると決まった場所で、実家が神社であるイルミンスール魔法学校の保険医戸隠梓(とがくし・あずさ)が地鎮祭を行なう。
 巫女姿の梓が厳かな祓詞(はらいことば)を奉上する。
「……諸諸の禍事・罪・穢あらむをば、祓へ給ひ清め給へとす事を聞こし召せと、恐み恐みも白す」
 しかし、その雰囲気をブチ壊して、パラ実生が騒ぎ始める。
「ヒャッハー! なんか知らんが祭りなんだから、景気良くいこうぜー!」
 梓のパートナーキリエ・フェンリス(きりえ・ふぇんりす)が、そのパラ実生を睨みつけ、ドスの聞いた声で注意を飛ばす。
「地鎮祭は祭りじゃねぇ! 騒ぐな」
「ええ?! 祭りなのに祭りじゃねーって、ワケ分かんねーぞ? せっかくなんだから騒ごうぜ」
「騒ぐなって言ってるだろうが!」
 キリエはパラ実生を取り押さえにかかる。ちょうど彼も、暴れたいと思っていたところだ。しかし。
「いい加減になさい、キリエくん」
 梓に怒られ、キリエはムスッとふてくされた。
「あのね、地鎮祭って言うのは……」
 蒼空学園の蓮見朱里(はすみ・しゅり)が地元のパラ実生に地鎮祭について説明する。


 そして多少の誤解と騒ぎはあったが、地鎮祭も無事に終了した。
 さっそくガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)伊達恭之郎(だて・きょうしろう)が、井戸の穴を掘り始める。
 蒼空学園から来た男性型機晶姫アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が、そんなパラ実生に協力して、かき出した土を運び出していく。
(ドージェが何を考えているのかは知らないが、少なくとも君たちは『自分の意志で』ここに来た。それで十分だ)
 アインは土をかき出しながら、そう考える。
「ここは土が固いな。ツルハシを取ってくれぬか?」
 ガイウスが言ったので、アインはツルハシを取りつつ言う。
「それでは、ここで交代しよう。砕音先生も、順番に交代で掘るようにと言っていたからな」
「では俺は、穴や周囲の警戒を行なおう」
 ガイウスとアインが場所を代わる。アインはツルハシを振るいつつ思った。
(戦うために作られた僕でも、こうして人々の幸せを作れるのなら、これほど幸せなことはない)


 他のメンバーは、用水路や溜池のための穴を掘る。また井戸の内側にはめ込む石探しに出かける者もいた。
「井戸作りにトラップ技術を応用して役に立てないでござるか」
 椿薫(つばき・かおる)砕音に聞く。
「滑車作りなんかいいんじゃないか? 穴が深くなれば、人や道具や土を運ぶのに必要になるからな」
「心得たでござる。罠の作動装置作りで慣れているでござるよ」
 薫は木材やロープを組み合わせて、作業用の滑車を作り始める。
 イリス・カンター(いりす・かんたー)
「力仕事でも、なんでもお手伝いしますわ」
 と滑車を設置する足場を組み始める。苦手な料理以外は、どんな事でも労を惜しまないつもりだ。


 その料理は、朱里高潮津波(たかしお・つなみ)宝月ルミナ(ほうづき・るみな)とパートナーのリオ・ソレイユ(りお・それいゆ)が担当する。
 今回の活動で、分校は一気に五、六十人も人数が増えた。その分の料理は自分たちで作らねばならない。
 最低限の食材は、参加者それぞれが用意したり、資金からヒビの市場で調達してきているが、かなりギリギリである。
「わたくしは地元の皆さんと一緒に、食べられる植物を採取してきますわ」
 機晶姫ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)がカゴをしょって、パラ実生たちと出かけて行く。
 割烹着姿で頭に手ぬぐいと「食堂のおばちゃん」スタイルに身を固めた津波が言う。
「皆さん、肉体労働でおなかをすかせるだろうと思います。大変ですが、はりきって作りましょう」
 ルミナがこくんと、うなずく。
「お手伝い……する。なんでも、言って……?」
「じゃあ、野菜の皮むきをお願いしますね」
 四人は手分けして料理に励んだ。
 リオが細かく刻んだ食材を炒めていると、ルミナがその様子をじっと見る。
「ルミナもしてみるかい?」
「うん……」
 リオはルミナにフライパンを渡し、油がはねないよう注意しながら、そこに味付けをくわえていく。
 分校長のマゼンタが、臨時の厨房に様子を見に来る。
「やってるね。都会育ちの生徒さんたちにゃ、こんな辺境で驚いただろ?」
 すると、大ナベを汗を浮かべながら、かきまぜる朱里が答える。
「大丈夫です。……砕音先生は過去のNGO時代に何かがあったらしいけど、その辛い経験から逃げずに今も救済活動を続けようとしてます。その意志を尊重したくて、ここに来たんです。私も、前の学校で辛い事があったから」
 朱里の表情が一瞬、憂いを帯びる。しかし、それはすぐに決意を秘めた微笑に変わった。
「だから私、過去は問わない。過去の悲しみに閉じこもるよりも、パートナーのアインやみんなと一緒に、今や未来を幸せに生きたい。そのために頑張るの」
 マゼンタは笑みを浮かべ、大きな手で朱里の頭をなでた。
「見かけによらず、しっかりしたお嬢ちゃんじゃないか。まあ、色々と戸惑う事もあるかもしれないが、あたしらも助けられっぱなしってワケにはいかないよ。困った事があれば力を貸すから言ってくんな」
 そう言うとマゼンタ分校長も、料理を手伝い始めた。



 南鮪(みなみ・まぐろ)が主導するピラミッド型新校舎建設も佳境に入っていた。
 備品の作成も、同時に進められている。
 砕音は、空京から運んだ大き目のベニヤ板数枚を、塗料を塗って黒板にしようとしていた。
 薔薇の学舎からやってきたエロスキー明智珠輝(あけち・たまき)が言う。
「砕音先生、あまり動くとお体に触ります……!
 肉体労働に関してはどうぞ指示をお出しくださいね。先生には色々とお世話になっていながら、恩返しもできていないな、と思いまして。こうしてイリヤ分校作りに協力させていただきたく参上しました」
 珠輝の言葉に、砕音は嬉しそうに笑う。
「ああ、ありがとう。でも研修中の事は俺の仕事なんだから、そんなに気にしなくていいぞ」
「いえいえ、それではこの気持ちの昂ぶりが収まりません。これでも私、騎士なので。肉体作業、野良仕事、更に夜のご奉仕……!と、頑張れますが」
 砕音が珠輝の背後を指差す。
「あー、明智、後ろ後ろ」
「おや、背後霊でも見えま……」

 ごすっ。

 守護天使リア・ヴェリー(りあ・べりー)の跳び膝蹴りが、珠輝の顔面にこれ以上は無いというぐらい見事に吸い込まれた。リアは怒りなのか顔を赤くして言う。
「まったく、おまえは……! 先生に変な奉仕をとか、何を言ってるんだ?!」
 砕音が苦笑しながら止めに入る。
「まあまあ、明智のいつもの冗談に、そう妬かなくても」
 リアの頬がさらに赤く染まる。
「ややや妬くって、先生まで何を言って……」
 珠輝がしれっと加わる。
「そうでした。先生には素敵な恋人がいますものね。私のご奉仕など要りませんか、そうですよね……ふふ」
 今度は砕音が赤くなる。
「いや、その、ほ……とか言われると恥ずかしい……いやいやいや、そーだ。ヴェリー、何か用事があって来たんじゃないのかなっ?」
「あ、ああ、そうだった」
 砕音とリアは、二人がかりで話題をそらす事にしたようだ。
 リアは表情を真面目なものにして言う。
「分校のまわりを見回っていたら、怪しい人物を見かけたんです」
 珠輝は驚きの表情を浮かべる。
「なんと……! リアさんが私を観察していたとは光栄です」
「おまえじゃない、珠輝。怪しいって自覚があるなら、色々と変えるべき事があるだろう」
 リアは分校周辺を定期的に巡回して、警戒にあたっていたのだ。
 物珍しさから見学に来る現地人にまじって、略奪できないか検討するような怪しい動きもあったと伝える。
 もっとも分校の人数の多さや、一部の異様な熱気、鮪が流布する性帝砕音軍の怪しさに、実際に略奪しようという猛者は現れていない。
 リアは念のために警戒はしておくよう告げて、また周囲の見張りに戻った。
 珠輝は、砕音の指導で黒板作りを始める。まずはベニヤ板の表面をサンドペーパーで整え、黒い塗料を塗っていく。
「それでは塗料を塗りたくり、滑らかに仕上げてあげましょう……ふふ」
 珠輝はベニヤ板をなでくりまわしながら、妖しく笑った。


 百合園女学院生徒の七瀬瑠菜(ななせ・るな)は、農業科の地元パラ実生と一緒に畑を耕していた。
「うん! だいぶ畑らしくなってきたね」
 クワによりかかり、瑠菜は額の汗をふいた。
 今まで畑とは名ばかりの荒れ放題だった場所も、しっかり耕す事で植物を育てられる環境に変わる。
 その畑にヤギの群れが、わらわれと現れる。
「リチェル、何してるの?!」
「ヤギさんが、こちらに来たいようだったので……」
 家畜の世話をしていたリチェル・フィアレット(りちぇる・ふぃあれっと)がのんびりと答える。
 まだ何も植えていないから問題は無いが、後々畑に踏み込まれて、作物を食べられては堪らない。瑠菜は畑を囲う柵を作る事にした。
 その畑に何を植えるかでは、マゼンタ分校長や砕音も加わって相談した。
 まずはこの土地に何があっているか確かめるために、小分けに複数の作物。それから分校でまかなう食料の確保が優先された。


 百合園女学院神倶鎚エレン(かぐづち・えれん)七瀬歩(ななせ・あゆむ)は、イリヤ分校の取り組みを広報するために、付近の村や遊牧民居留地をまわった。
 歩が屈託のない笑顔で、人々に説明する。
「井戸を作れば、遠い所まで水汲みにいかなくて済むから、みんなの時間も余裕ができるよ! それに畑で色々な作物も作れるようになるの。何かのついででもいいから一度、分校に見に来て欲しいな!」
 歩は砕音から借りてきた予備の手押しポンプを見せて、どういう風に水が出るか説明する。
 ポンプは重いが、機晶姫プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)がかついで運んでいた。
「これでプロクルの仕事は終わり〜」
 プロクルは運ぶだけ運ぶと、そう言って村の子供などと遊びに行ってしまっていた。
 地元民への説明は歩に任せ、エレンやチュウ・蓮華院(ちゅう・れんげいん)は付近の情報集めを行なう。
 チュウは特に好意的な者や否定的な者をチェックし、その立場やプロフィールを簡単にまとめていた。後でエレンに渡すためだ。
 エレンはもっと大枠で、村や遊牧団ごとにその傾向をまとめる。
 これらは今後の交流、交渉の際に、相手の感情を逆撫でして衝突などを起こさないようにするためだ。
 さらにエレンは後日、これに細かく所見をつけたイリヤ分校報告書を百合園女学院校長のパートナーラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)に提出する。
 これを資料に、イリヤ分校に対する援助の可否を考えてもらおうというのだ。
 もっともラズィーヤは、現状での援助は無いとした。
「イリヤ分校の良し悪しとは関係の無いことですわ。今現在、百合園女学院で起きている問題を解決してからでなくては、目前の問題を悪化させかねませんもの。
 ……それに御神楽校長や観世院校長といった方々が注目される程の人物が関わっているのなら、もうしばらくは同行を見守りたいですわね」



「じゃじゃじゃ じゃ〜ん! じゃじゃじゃ じゃ〜ん! あれが! イリヤ分校!」
 クラウンファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)が引き連れる人々に宣言する。
 イリヤ分校に百人を超える労働者とその家族がやってきた。なお、道中で難民化していた住人などをあわせて、人数は増えている。
 彼らの先頭にいると、クラウンは有名な笛吹きにも見えてしまう。
 栄光の波羅蜜多タイタンズナインでもあるイルミンスール生徒狭山珠樹(さやま・たまき)は砕音に、労働者受入を頼む。
「一気に人口が増えても、イリヤ分校だって困ると思いますが、お願いできないでしょうか。我とみのるん(新田実)も一緒に、住居の新設や炊事など、手伝える事は尽力します」
 砕音は快諾する。マゼンタ分校長も同様だ。
「もちろんOKだ。もともと、そのための活動だからな。資金もそれを見越した分で用意していたからな。でも手伝ってくれるなら、どんどんやってくれるとありがたいよ」
 こうしてイリヤ分校は、一気に人口が増えた。

「いやぁ、どうにか暮らしていけそうです。ありがとうございました」
 労働者たちがナガンウェルロッド(ながん・うぇるろっど)に頭を下げる。
「いやいやいやいや、いーって事よ」
 百人からの人間に感謝されるのは、やはり気分がいい。
 感謝されているうちに、いつの間にやらコッソリとE級四天王に祭りあげられているのも計算のうちだ。