空京

校長室

建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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誘拐事件4


「女王のフリをしない程度の良識はあったのか」
 ヘルが消耗した様子で病室を出ると、廊下では早川呼雪(はやかわ・こゆき)が腕組みして待っていた。
 始めは、「眠れない時は、いつでも呼んでいい」と伝えてはいたが、なぜ病院などに連れてきたのかと不審に思っていた呼雪だが、だいたい状況はつかめた。
「だって、このタイミングで、通りすがりの魔女ッコが愛のお試しバーゲン中で治してくれた、とかゆー理由じゃ、ジーナちゃんが別のお医者に送られかねないからねぇ」
「……疲れてるなら、帰って寝ろ」
「あうぅ」
 ヘルはテレポートするような仕草を見せるが。
「待て。この状態で魔法を使って大丈夫なのか?」
 呼雪が止めると、ヘルはほほ笑んだ。
「うん。今日は事前に、魔方陣を用意してきたからね。アイテム使うだけで帰れるよ」
 ディエムが使ったのと同じ小さな棒を出すと、呼雪を抱き寄せてそれを折った。

 視界が一変し、二人はヘルの部屋にテレポートした。部屋の中央に、魔方陣が描いてある。
「せっかく君が来てくれたけど、今夜は頑張れそうにないよー。ふにゃー」
 ヘルはそのまま床に寝そべってしまう。呼雪は小さく肩をすくめた。
「……そんな事に、頑張らなくていい。
 それより、床で寝る気か?」
 呼雪に言われ、ヘルは口の中でうにゃうにゃ言いながら、ベッドに手を伸ばす。しかし自分の頭の上に布団や毛布を引き落とす結果に終わった。
「仕方ないな……」
 呼雪は布団と毛布をベッドの上に戻すと、おもむろに両腕でヘルを抱き上げた。一拍遅れて、ヘルが驚きに目を見開く。
「えぇぇー??!! 呼雪にお姫様だっこされたぁ! これじゃ立場が逆だよー」
「……俺の相棒はドラゴニュートだと言ってるだろう?」
 呼雪はヘルを布団の上にそっと下ろし、横たえながら言う。まだ驚きが冷めない様子で、ヘルはつぶやいた。
「え……あ、ああ、ドラゴンアーツか……。うぬー。何もしないなら『そうだ、美少年を呼ぼうパート2』」
 ぽふ。小さな音を立てて、ベッドに誰か現れた。
「すーすーすーすーすー」
 ココ・ファースト(ここ・ふぁーすと)はすっかり夢の中だった。
 唖然としているヘルに、呼雪が諭すように言う。
「そういう時間だ。明日は一限から授業もある」
「うー。明日、キラに僕の無実を証明してねー……」
「分かったから、もう寝たらどうだ?」
 返事がない。覗きこむと、ヘルはココと寄り添って寝てしまったようだ。
(まるで、仲の良い兄弟だな)
 呼雪はほほ笑み、二人に布団をかける。
 ふと自分とヘルの関係は、なんなのだろうと比べてしまう。
(……明日は早い。もう寝よう)
 疑問を頭から追い出すと、ソファででも寝ようと離れようとする。
 くい、と服のスソを引かれた。振り返ると、スソを引っ張ったヘルが片目を開けている。
「つめれば平気」
 ヘルのせがむような目に、呼雪が根負けして布団に入る。ヘルが楽しそうに言った。
「んふふー、僕は幸せだよ」
(俺だってヘルを失いたくない)
 呼雪はとても面と向かっては言えず、心の中だけでそう言った。



 市長の邸宅を、メイドのハンナが大きな荷物を持って出てくる。
 退職願いを出して、田舎に戻るという。今回の事件がショックで、ゆっくりと休みたいから、という理由だ。
 その背後から、声がかけられた。
「市長を見張る任から離れ、仲間と合流するのかな、リージェ殿?」
 ハンナが振り向くと、誘拐事件の時に協力した姫神司(ひめがみ・つかさ)が立っていた。
「誰の事でしょうか?」
 困惑した様子のハンナに、司は言う。
「……もともと怪しいと思っておったのだよ。
 最後まで姿を見せなかった、グエン ディエムのパートナー『リージェ』。あの複雑な坑内で、偶然アジトに行き着き、しかも我々に正確にその道筋を教えるなど……できる事ではない。
 ディエムの実力から察して、そなたならば誘拐犯から一人で逃れる事もできたのではないかな? なぜ正体が露見する危険を冒してまで、一緒にアジトへとさらわれた?」
 ハンナ、いや、リージェは大きく息を吐いた。どうやら司はすべて、分かっているようだ。口調を変え、答える。
「彼らは、腕の立つウィザードやヴァルキリーとはいえ、ただの自然保護団体。犯罪慣れしていないわ。素人は、パニックを起こして人質を殺しかねない。さすがに私一人で倒すのは無理だから、一緒にさらわれるしかなかったのよ。……ユーナ様を守るためにはね」
「開発推進派の市長の令嬢と、鏖殺寺院では利害が対立するのではないか?」
 リージェは自嘲した。
「そうね。『草』としては失格。後で上司にドヤされるかもね。
 ……でも、私はユーナ様を守りたかったから。別にたいした理由じゃないのよ。ただ、五千年前シャンバラ王国に殺された妹に似ていた、というだけ」
 司を守るために寄り添っていたグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)がリージェに言う。
「仲の良いお世話係がいなくなったら、ユーナ嬢はきっと寂しがりますよ」
 リージェは思わず、笑った。
「そうだと嬉しいけど。……ユーナ様もそろそろ百合園女学院の幼稚舎に入学される予定よ。今回の事件を解決した生徒さんとも仲良くなれるんじゃないかしら。新しい友達ができれば、きっと私の事なんか忘れてしまうでしょう」
 一台の馬車が近づいてきて、リージェのうしろに止まった。厚いカーテンがおろされ、中が見えない。
 グレッグは馬車に何者かが潜んでいるのを感じ、司を守るように立つ。
 リージェは馬車のステップに足をかけ、彼らに振り向いた。
「これだけは覚えておいて。鏖殺寺院のすべてが破壊や混乱を望んでいるわけでは無いのよ」
 馬車はリージェを乗せ、走り出した。
 司は遠ざかる馬車を見据え、つぶやく。
「鏖殺寺院の『草』が、開発反対派にあえて誘拐された、か。解は出たが、さてはて……」