空京

校長室

建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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誘拐事件1


 『ミス・スウェンソンのドーナツ屋』通称『ミスド』に、怪我を負ったグエン ディエムと名乗る少年が現れた。彼は浅黒い肌に、髪を金に染め、サングラスの下の目は鋭い光を放つようだ。
 ディエムはそこに居合わせた生徒たちに、驚くような事を語る。
「誘拐された市長の娘ユーナは、空京の北にある廃坑道の奥に監禁されてるぞ。俺の相棒が誘拐犯を見張ってる。案内してやるから、ついて来な」
「鏖殺寺院は犯人じゃない。ヴァルキリーと魔法使いの集団だ。しかも魔法で金龍銀龍を召還する使い手もいた」

 そのまま生徒たちを案内しようとするディエムを、愛沢ミサ(あいざわ・みさ)が止める。
「ちょっと待って!」
「信用できないなら、来なくていい」
 言い放つディエムに、ミサは頼むような調子で言う。
「信じるよ! 信じるから……治療してよ。怪我人を放って置くなんてできないよ……」
「え? あ、ああ、これか……」
 泣きそうな表情のミサに、ディエムは思わず戸惑った表情を見せる。そのスキに彼の腕をミサが捕まえた。
「治療するから、それまで待って」
 ミサは店員に断って、ミスドのスタッフルームに入れてもらい、水道や応急キットを借りる。
 ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)も手当てを手伝い、ディエムの上着をぬがせる。背中から肩、二の腕にかけて大きな傷跡がある。自分でも何か血止めの処置をしたようだが、不完全だ。
「この傷……本当は病院に行った方がいいですよ」
「そんな時間は無いな。それに俺は保険も無い」
 ジーナは予想していたとは言え、しょんぼりとしながら血を拭き、傷口を消毒する。さすがにディエムは口の中でうめく。緊張感が痛みを幾分忘れさせていたようだが、怪我は怪我だ。
「ずいぶんと酷い目にあったな」
 緋桜ケイ(ひおう・けい)がヒールとナーシングで、傷を癒した。ディエムは大きく息を吐き、ミサやジーナ、ケイに軽く頭を下げた。
「だいぶ楽になった。礼を言おう」
「いいって事よ。これで多少はリラックスして話せるようになったろう?」
 ケイが笑顔で言う。
 ディエムの傷口を見ていたナナ・ノルデン(なな・のるでん)が聞く。
「この傷は牙か爪によるものですね。もしや金龍銀龍によるものですか?」
 彼はうなずいた。
「ああ、ひどい目に遭った。幸い逃げ回っているうちに、効果範囲だか効果時間を越えたようで追ってこなくなったから助かった」
「猛獣のような感じでしょうか? これから戦う事になりそうですから、くわしく聞いておきたいです」
 ナナの言葉に、ディエムももっともだと思ったようだ。説明を始める。

・金龍銀龍は体長10m前後。
・発動に関わる動作等は、火術や雷術より1〜2秒長い?
・龍は交渉や話のできる存在ではないらしい。
・攻撃は魔法ダメージ
・犯人同士の会話から、魔法使い全員が召還できるワケではないようだ。

 説明が終わると、ナナと瓜二つの魔女ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)がディエムに聞いた。
「たしか相棒がいるって言ってたよね? と言うことは契約者?」
「そうだ。相棒はリージェってシャンバラ人だ。誘拐犯に追われているうちに、はぐれてな。アジト近くに潜伏できたって連絡は来たが、逆に出て行く事もできずに困っているようだ」
 話を聞いて、久世沙幸(くぜ・さゆき)がディエムに尋ねる。
「じゃあ、キミはどうやって誘拐犯のアジトの情報をつかんだのかな?」
「偶然、だな。女の子を怒鳴りながら連れている怪しい奴らがいたから、なんだろうと思って近づいたら、顔を見られたとか口封じとか言って、いきなり攻撃してきたんだ。これを知らせに空京に着たら、空港で空京令嬢誘拐の情報提供を求めるチラシをもらってな」
 ディエムは一枚の畳んだ紙をポケットから出した。空京警察が市内各所でまいている、誘拐事件の情報提供を呼びかけるビラだ。
「それがあったのが、アジトの近く?」
「廃坑のすぐ前だった。その後、はぐれた相棒に電話で連絡を取ったら、坑道の中に逃げ込んだはいいが、見張りがいるせいで出るに出られないって話だ」
 沙幸は首をかしげる。
「坑道の中、暗いのに入って行けたの?」
「誘拐犯が用意してあったらしい懐中電灯を拾ったとか言ってたな」
「なら、人質が乗っていたと思われる馬車をその近くで見た?」
 ディエムは少し考えてから答えた。
「……いや。見なかったな」
 なお、警察が情報統制して公にはなっていなかったが、問題の馬車は今だ見つかっていない。
 そのため捜査班は、犯人がまだ馬車と共に空京から出ていないと踏んでいたのだ。
 馬車で空京を出ようとしたり、馬車を始末しようとすれば目だつに決まっている、という訳だ。
 もっとも、それは契約者でない地球人が大勢を占める空京警察らしい思い込みにすぎなかったのだが。空京を含めシャンバラでは、まだまだ車よりも馬車の方が遥かにありふれた存在だ。そう目立つ物ではない。
 後の捜査で、馬は場末の宿の馬屋に入れ、馬車本体は装飾と色を変えて、金をつかませた民家の納屋に放り込んであったのが発見される事になる。
 また御者は「覆面をした者たちにいきなり殴り倒され、お嬢様を乗せた馬車を奪われた」と警察に通報していた。当初は関与を疑われもしたが、実際は通報した通りだった。

 沙幸はディエムに質問する。
「じゃあ、なんで鏖殺寺院が犯人じゃないって断言できるの?」
「……俺がそう思ってるってだけだ。鏖殺寺院にしちゃ変な事も言っていたからな。本物の鏖殺寺院だったら、人質の子に『おまえたちに何かあっても鏖殺寺院のせいになるだけだ』とか言わないだろ。まあ、その現場に居合わせたから襲われたんだろうな
 しかしディエムの答えに、袁紹本初(えんしょう・ほんしょ)が不信感をむき出しにして彼に宣告する。
「言が真実であるなら行動で証明せよ。虚言もしくは姦計の類であったり、不審な行動を取れば即座に首を刎ねる」
 本初のように、ディエムを疑いの目で見る者は多い。
 志方綾乃(しかた・あやの)が彼らの間に割って入る。
「それでも彼しか誘拐犯のアジトに案内できないのですから、そんなにケンカ腰にならないでください。……もっとも、あなたも十分に怪しいんですから、警戒されるのは覚悟してくださいね」
 綾乃の言葉に、ディエムは「分かっている」と固い口調で答える。
 藍玉美海(あいだま・みうみ)が彼に言う。
「わたくしたちは、あなたを信じないと申し上げてるのではありませんわ。ただ、確かな情報が欲しいだけですわ」
 美海の真摯な口調に、ディエムはうなずいた。
「ああ、分かっているさ……」
 その言葉に、かすかに辛そうな気配を感じ、美海は努めて笑顔で言った。
「さあ、ディエムさんの手当ても終わったようですから、皆様、もうそろそろ出発いたしません?」


 イルミンスール魔法学校。
 ミスドにいた生徒から携帯電話で、誘拐事件やその犯人に金龍銀龍召還魔法研究関係者が加わっている可能性がある、と伝えられる。
 魔法学校校長エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)には、何人もの生徒が事件について知らせに行っていた。
「なぁんですってぇぇ〜? イルミンスール関係者であってもなくてもぉ、そんな悪い奴はすぐに捕まえなさあぁぁぁい!」
 エリザベートはゆっくりした口調で、生徒たちに犯人捕縛をせかしている。

 トーヤ・シルバーリーフ(とーや・しるばーりーふ)は金龍銀龍召還魔法を研究していたゼミに向かった。ゼミの主催者は、とぼけた老人魔術師である。
「先生、このゼミに挙動不審な人物がいませんでしたか?」
 相手が魔法学校の先生なので、トーヤは敬語で尋ねる。この教師は、生徒にタメ口で話しかけられると怒って説教を始めるのだ。そうなれば、その後の話など聞いてくれないだろう。
「魔法使いなんぞ、みーんな、おかしな奴らばっかりじゃよ、ふぉふぉふぉ」
「えと……そういう意味じゃなくて……犯罪的に怪しい人がいませんでした?」
「『こいつ、泥棒じゃ』と思ったら、とっとと騎士団に突き出すわい」
 トーヤは質問を変える事にした。
「現在、連絡の取れないメンバーはいませんか?」
「いっぱいおるよ。皆、自分の研究やら冒険やらで出払っておるせいで、ゼミに全員がそろう日なんて滅多にないんじゃよ」
「じゃあ、ゼミのメンバーリストを見せてもらえますか?」
「ああ、捜査に必要ならコピーでも取ってきなさい」
 あっさり承諾されたが、ゼミに参加しているのはイルミンスールの生徒、講師、近隣に住む魔法使い等で四、五十人はいるようだ。
 それを見て苦い表情のトーヤに代わり、ヴィーレ・ステラマリス(う゛ぃーれ・すてらまりす)が老魔術師に聞く。
「この魔法が当事者ではなく、第三者によって盗み出された可能性もありますわ。資料を閲覧出来る状態にあった方はどれくらい、いらっしゃるのかしら?」
「見るだけなら、イルミンスールの生徒なら誰でも見られるじゃろ」
 老人の答えに、ヴィーレは唖然とする。
「え……。でも、まだ世に出ていない秘密の魔法なのでは?」
 老魔術師は勝ち誇った笑いを浮かべる。
「ふぉふぉふぉ、魔法使いなら誰でも資料を見てかけられるようなチャチい魔法ではないわい」
 ヴィーラが嫌な事実に気づいて、気が進まないながら口に出した。
「じゃあ、誰かが資料をカメラに写したり、コピーして、学校に関係ないけれど力のある魔法使いに渡したりしたら……」
 トーヤは大きく、ため息をついた。
「仕方ないや。ローラー作戦で、関係者に片っ端から連絡を取ってみよう」
 とは言え、教師が指摘したように大方の者は、研究室にこもって自分の研究に熱中していたり、冒険に出かけて携帯電話の電波が届かない場所にいる。
 すべての関係者と連絡を取る前に、事件は解決しているだろう。
 そして犯人が電話に出て「知らない」と言えば、それで嫌疑は晴れる事になるのだ。

 今度は老魔術師の元を白砂司(しらすな・つかさ)が訪れる。
「金龍銀龍召還魔法とは、どのような経緯で開発されていたのですか?」
「去年、遺跡で発見された魔術書が手に入ってのう。そこに書かれていた古代魔法なのじゃよ。遺失呪文を復活させるという偉業は魔法使いの夢じゃよ」
 司は、さらにそれが、どんな魔法でどんな前提条件を要し、どのような効果をもたらすのか、またその弱点や相殺方法を聞いた。すると老魔術師は長々と魔法理論を語りだす。 司にはとりあえず、光輝属性の強力な単体攻撃魔法、というのは分かった。問題は、人や場所、時によって発動したりしなかったりする不安定さだ。
 話を聞いていたロレンシア・パウ(ろれんしあ・ぱう)が、説明のために出された魔術書を興味深げに見る。
(この理論は……うむ、こういう事か?)
 書かれている事を理解しようと頭を悩ませていると、老魔術師がその様子に気づく。
「ほほう、お前さん、興味があるならゼミに入ってみるかね? 遺失呪文の復活は実に意義ある事なのじゃよ。だのに最近の学生は、誰かの作ったパッケージ魔法をいかに強く撃つかばかり考えおって……ブツブツ」
 だんだん老人のグチになってくる。
 司は、興味を引かれたロレンシアに老魔術師の話の相手を任せ、退室する。そして誘拐事件の解決に向かった生徒に、それまでに分かった事を携帯電話で伝えた。


 風森巽(かぜもり・たつみ)は、ディエムと共に廃坑に向かったパートナーティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)とは別行動で、空京市長の屋敷を訪れた。
 しかし市長邸は令嬢誘拐を受けて、空京警察に厳重に守られていた。部外者の一生徒では、とても入り込めない。
 巽は近所の人を探して、携帯電話のカメラで撮ったグエンの写真を見せてまわる。
「グエンという人物を知りませんか?」
 だが聞きまわっても、誰も知った様子の者はいない。逆に「何をかぎまわっている?」と警官に聞きただされた。
 ミスドでの事を巽が話すと、警官はグエン ディエムの写真を寄越せという。
「なら、代わりにユーナお嬢さんの写真をもらえませんか?」
 警官は彼に、令嬢誘拐事件の情報提供を求めるチラシを渡した。デカデカと写真が載っている。巽はしぶしぶ、ディエムの写真データを赤外線で警官に渡した。