空京

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建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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麻薬農場1



 シャンバラ大荒野に、パラ実の分校であるゴクモンファームがある。麻薬生産拠点のひとつであり、戦争の発端ともなった場所だ。
ここを仕切るのは、C級四天王の組長雷雲 殿道(らいうん・でんどう)
 ファームには、彼に従う舎弟百人程に加え、労働者とその家族数百人が暮らしていた。
 シャンバラ教導団は、このゴクモンファームに攻めこむ作戦を立てた。
 麻薬生産の証拠をつかみ、さらに麻薬畑を焼き払うつもりである。
 だがゴクモンファーム側も、近く教導団による襲撃があると情報を仕入れ、警戒を強めていた。
 労働者を装ってファームに潜入した翔嵐飛鳥(しょうらん・あすか)が、麻薬畑に種を撒きながら、他の労働者に話しかける。
「なんだか最近、舎弟が増えてない?」
「教導団が何か、たくらんでるって噂だからねぇ」
 飛鳥たちが話していると、監督が注意してくる。
「おーい、そこ。おしゃべりで手が止まってるぞ」
「はーい、すいませーん」
 飛鳥は適当に返事して、仕事に戻る。撒いているのが麻薬の原料である事をのぞけば、のどかな農村の一風景だ。
 やはり農場に潜入する林田樹(はやしだ・いつき)は農機具の手入れをしながら、労働者に話を聞く。
「このファームを取り仕切る組長とは、どんな人物なんだ? 働いた分は、ちゃんと支払いをしてくれるのだろうな?」
 新入り労働者の質問に、年配の労働者が笑顔で答える。
「そいつぁ心配ないぞ。雷雲組長は気前もいいし、仕事は楽だし、ここの暮らしは楽しいぞ」
 色々と話を聞いた限り、ゴクモンファームの主である組長雷雲 殿道(らいうん・でんどう)は、麻薬の売り上げを労働者にも還元して、良い暮らしをさせているようだ。
 さらに特徴的なのは、労働者たちは意欲を持って仕事に励んでいる点だ。それと言うのも組長は、麻薬を「社会をダメにする人間を駆除するための薬」として作らせているからだ。
 曰く「みずから麻薬をやるような悪人や、薬をやめられない意思脆弱な人間には、どんどん危険な薬を与えて始末し、社会から撲滅すべきである」
 どうやらゴクモンファームの純朴な労働者たちは、その言葉を信じているようだ。

 休憩時間になると飛鳥は、同じく労働者として潜入していたパートナーヴィンセント・ラングレイブ(う゛ぃんせんと・らんぐれいぶ)の元に行く。彼は飛鳥とは異なり、なるべく他人とは交流を持たないようにしていた。
「色々と聞いてまわったけど、このファーム、別に怪しいアイテムとか無いみたいだよ。強いて怪しいと言えば、あの自称アズール・アデプターの変な魔術師くらいだって」
「そうなると、襲撃に合わせて普通に敵指揮系統を叩くだけとなるか」
 ヴィンセントはそのための武器は、すでに農場内に持ち込み、隠していた。

(ずいぶんと大胆に麻薬栽培を行なっているものね……)
 シャンバラ教導団員の草薙真矢(くさなぎ・まや)は草むらに身を潜め、ゴクモンファームの様子をうかがっていた。パートナーのミスターコールドハート(みすたー・こーるどはーと)は読書を優先させて来ていない上に、光条兵器も渡してくれなかった。
 二人の労働者が、真矢の隠れた草むらの近くを通りがかる。
 緒方章(おがた・あきら)だ。
「樹ちゃんとこんな所でデートできるなんて嬉しいな」
 章は、髪を下ろし、普段着姿の樹の姿に、うきうきした調子で言う。
「これは一人で出歩いて怪しまれないための工作だがな。私は農場の実体について『親爺』に伝えるだけだ。浮かれるな、洪庵」
 樹はあっさりとかわす。その手から何かが草むらに落ちた。否、落としたフリをして、そこに置いたのだ。
 樹は章と適当に話しながら、休憩時間の散歩の体で農場に戻っていく。
 辺りに人気がなくなってから真矢が動き出し、草むらに落とされたメモを回収する。メモには樹が調べあげたファームの見取り図や防衛体制などが、まとめられていた。
 メモを回収した真矢はそこを放れると、隠しておいた軍用バイクで本隊の元へ向かう。 本隊では、松平岩造(まつだいら・がんぞう)が真矢を向かえ、樹のメモを受け取った。樹が「親爺」と言ったのは、岩造の事である。
「よし、これで【草と葡萄】作戦は次の段階に進められるな。団長のためにも、戦いの起点となった、この農場を制圧せねばならん」
 岩造は決意を秘めた表情で言った。



「ははははは! 私が鏖殺寺院の長アズール・アデプターであるぞ!」
 自称アズールが得意げに馬鹿笑いをあげる。いつもは労働者や舎弟に無視を決め込まれているが、この日は拍手を送る者がいた。
 元イルミンスール魔法学校生徒のパラ実生幾嶋冬華(いくしま・ふゆか)だ。
「こーいう面白い人、私好きー。いろいろ手伝ってあげちゃうわ、ふふふのふ〜」
「ははは、任せておけい! なにせ、私はアズール・アデプターなのだからな!」
 意味不明な自信満々に、アズールはふんぞりかえる。
 ごつん。
 そっくり返りすぎて、後頭部を勢いよく壁に打ちつけた。
「ぐおおぉぉ……フイを打つとは……さてはシャンバラ教導団の仕業か?! 許せん!」
 頭を抱えて自称アズールはうなる。
「それだったら、もっと部屋の中心にいれば、なーんにも心配ないわよー」
「おおっ、そうか! 偉大なる私には、部屋の中央こそが相応しい!」
 どうやら会話は、とりあえず成立しているようだ。自称アズールは部屋の中央で、意味も無く高笑いをあげる。
 そこにワインの瓶を持った佐々木真彦(ささき・まさひこ)がやってきた。
 彼は数日前に、破産させられてパラ実送りになった元蒼空学園生としてゴクモンファームを訪れた。手土産に食べ物を持ってきた事もあってか、真彦は舎弟の一人として迎えられたのだ。
「アズール様、お疲れ様です。ワインを持参しました。どうかお飲みください」
 真彦がワイングラスにワインをそそぎ、自称アズールに勧める。
「そーかそーか。偉大な長である私に敬意を示すのは良い事だ」
 自称アズールは疑う事もなく、ごくごくとワインを飲む。
「あらー、お酒強いのねー?」
 冬華が感心した様子で言う。
 だが、実はそれはワイン風味のノンアルコール飲料だ。アルコールの代わりに、真彦がツァンダの病院で不眠を訴えて処方された睡眠薬が入っている。
 十分も過ぎる頃には、自称アズールも机につっぷして寝てしまう。ハタから見れば酔いつぶれたようにしか見えない。
 本物のワインで酔い潰さなかったのは、眠りの確実性と、自称アズールが未成年に見える事もあっただろうか。
 真彦は冬華に、酔い覚ましの水を持ってきてくれるよう頼んで、席を外させる。彼女に代わって、真彦のパートナーマーク・ヴァーリイ(まーく・う゛ぁーりい)が部屋に入ってくる。
「そいつを閉じ込められそうな部屋なら、もう目星がついてるぜ」
「では介抱するフリをして運んでしまいましょう」
 実は、真彦たちも【草と葡萄】に加わる一員だ。
 真彦とマークは、二人がかりで自称アズールを持ち上げた。マークが言う。
「なんだか、随分と華奢な奴だな。魔術師ってのは、こんなものなのかねぇ。二人で運ぶ程でもないぜ」
 マークが一人で、眠りこける自称アズールを抱え、真彦はドアを開ける役に回る。
 そのまま、マークが目を付けておいた空き部屋に運ぶと、ロープで縛って放置した。