空京

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建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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略奪阻止2


 蒼空学園生の義勇兵久多隆光(くた・たかみつ)は、カリン・ウォレス(かりん・うぉれす)と共に小型飛空艇で大荒野にあるテントの群れに近寄った。遊牧民居留地だ。彼らは、シャンバラ大荒野に侵入してきた教導団に対して、敵対的な態度を取っていると、先行した義勇兵たちから報告が入っている。
 そのため居留地に近寄る義勇兵はなかったのだが。
 カリンが小型飛空艇にありったけ積んできたペットボトルを、居留地にある馬車やテントの上に投げつける。隆光がペットボトルを空中で撃った。中身の液体が目標にかかる。液体は油だ。
「教導団に刃向かうようならさ。どんな目に遭っても文句は言えないはずだよな?」
 彼らは、教導団に敵対的だと言うだけで、パラ実の集落を焼き打つつもりなのだ。
 カリンと隆光は上空から火のついたマッチを落とす。だが軽いマッチは微風にもあおられて、うまく油の広がった場所へは落ちない。
 それまで、のんきに見ていた遊牧民たちも、彼らが敵だと認識する。次々と石弓が上空に放たれる。矢は面白いように隆光とカリン、その飛空艇をブチ抜いた。
 地面に激突し、隆光たちはグシャグシャの肉のボロ雑巾になった。
 遊牧民たちは彼らを放って、別の場所へと移動していった。

 なお、この事は第一師団憲兵科で義勇兵の同行を監視するマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)の耳にも入った。
「これは我が軍の信頼を失墜させようとする謀略という可能性も有りと思われますな」
 なんにしろ軍法会議にかけて有罪にしなければならない。
 先の校長会議以来、教導団のパラ実に対する行動は厳しく制限やチェックを受けている。特に、この地に暮らす先住民に対する攻撃は、絶対に許される事のないものだ。
 マリーは犯人を見つけようと情報収集に励んだ。
 しかし隆光が単独行動だった事で、何者の犯行か明らかになる事はなかった。もし露見したら、彼が今後、教導団の作戦に加わる事は許されないだろう。
 さすがのマリーも、まさか犯人が、彼女のパートナーカナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)と同じ【騎凛セイカ先生の恋人候補】である隆光だとは思いもよらなかったようだ。



 義勇兵による略奪防止活動は盛んに行なわれていたが、やはりシャンバラ大荒野に集落は無数にある。当然、守りきれない村も出ていた。
 その村は、首狩族と馬賊に襲われていた。馬賊とはいえ、乗っているのはヴェロキラプトルのような肉食恐竜だ。
 殺戮の嵐の中で、見るからにお嬢様然とした少女が、向かってくる戦士に綾刀を振るいながら、たおやかにほほ笑む。
 パラ実生の藤原優梨子(ふじわら・ゆりこ)だ。略奪側である。
 雄たけびと共に突っこんできた戦士の蛮刀が、優梨子の肩を捉える。血が飛んだ。
 優梨子の手にデリンジャーが現れ、戦士の頭を至近距離から撃ち抜いた。脳漿を飛ばしながら戦士は倒れる。
 優梨子は自身にヒールをかけ、倒れた戦士に近づいた
「みしるしをいただけますか? いえ、是非ともいただきますね」
 優梨子は、はにかみのような笑顔を浮かべながら、戦士の首に刀を突きこんだ。そのままゴリゴリと首をはねにかかる。
 首狩族がやってきて、彼女を祝福する。
「ユリコ、今度は自分で干し首を作ってみるかい?」
「ええ、挑戦してみます」
 すでに彼女の腰には、干し首が下げられている。それは彼女が倒した者から、首狩族が作ってくれたものだ。
 首狩族は基本的に戦士しか襲わない。神聖な戦いで倒した者の首を持つ事で、自分たちがドージェに近づき、強くなれると信じているのだ。
 優梨子がラプトル馬賊を呼ぶ。首をはねた後の死体を、馬賊たちは喜んで恐竜に喰わせる。腹をすかせたラプトルは、時に背中の主人を喰らう事もある。なんでも喰わせて、腹を一杯にしておかねば危険だ。
 これまで、首狩族とラプトル馬賊の間では獲物に対する認識の違いから、しばしば対立も起きていた。
 そこに現れたのが、事前に両者の文化をしっかり学んできた優梨子である。彼女は両者の仲立ちをして獲物を分けあわせる事で、両部族からの信頼を得ていた。
 とは言え、優梨子のパートナー宙波蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)には、頭の痛い毎日だ。
 ちらりと優梨子を見ると、彼女は腰には干し首、背後には血まみれの人間の腕をくわえたヴェロキラプトル。
(なんで、俺はお嬢と契約しちまったんだ……)
 自分の迂闊さに後悔が止まらない。それでも優梨子が怖いので、情報収集に励んで義勇兵の来そうにない集落を探し出している。
 そこに上の方から、別の少女の声がかかる。
「ユーもエンプティにごちそう食べさせていーい?」
 見上げると、そこには魔物の巨大な口。巨大サメの口の部分だけのような生き物(?)が、屋根のあたりに浮かんでいた。その口の上に座っているのは、ギャル風の少女だ。風体からするとパラ実生だろう。
「私がご馳走を……?」
 不思議そうな優梨子に、ギャルが自分を指差してまどろっこしそうに言う。
「えーっとね。ユーが、ユーなの。{児玉 結(こだま・ゆう)だからユー。で、このでっかいのがエンプティ・グレイプニール
 優梨子はにっこりとほほ笑んだ。
「エンプティさんのおなかがすいているなら、どんどんこの集落の人間を食べてください」
「さんきう☆ エンプティ、トモダチも呼んでゴハンにしなっ」
 結が巨大口を軽く叩くと、口が開いて中から何匹もの怪物が現れる。どれもこれも異界から召還されたような異様な怪物だ。それら怪物は、集落の人々を襲いに走っていく。
 エンプティなる怪物が、優梨子に向けて口をすぼめた。どことなくキスマークに見える。
「エンプティが、ありがとうだってー」
「どういたしまして」
 エンプティが集落に向けて、大きく口を開く。中は闇しか見えない。エンプティは集落の家々をまるごと吸い込み始めた。家々が破壊されながら、口の中に消えていく。おそらく雑食性なのだろう。

 少し離れた岩陰で、この様子を見ていた鷹野栗(たかの・まろん)はただただ驚愕していた。
 彼女は、パラ実の軍勢に加わる、異界から召還されたらしき怪物を探して、そこにたどり着いていた。
 栗は声をひそめて、パートナーの羽入綾香(はにゅう・あやか)にささやく。
「怪物は、あの巨大な口のような怪物が召還したとして……あれはいったい、何なんだろう?」
「普通の生物ではなさそうじゃのう」
 二人の気配に蕪之進が気づいた。
「んん?! なんだなんだ、女か?!」
「羽入、逃げよう!」
 栗は綾香と共に、急いでそこを逃げ出した。


 魔剣の主高根沢理子(たかねざわ・りこ)も義勇兵として集落のパトロールにあたっていた。
 その村に、パラ実の集団が迫る。火の付いた矢が、外側の家々に浴びせられる。
 義勇兵の葛葉翔(くずのは・しょう)がリコに言う。
「ここは俺が食い止める。理子は安全な場所まで住人を避難させてくれ。俺も蒼学の生徒だからな、理子ばっかりに良い格好はさせないぜ」
 リコは「えー!」と口をとがらす。
 アリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)が彼女にそっと耳打ちした。
「まぁ、あんな事言ってますけど高根沢さんの事が心配なんですよ」
 リコはため息をついた。
「分かったわ! 気をつけてね、翔!」
 理子はジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)と共に、燃える家から逃げ出てきた人々を連れて村の奥へと向かう。
 翔は襲いくるパラ実の軍勢にグレートソードをかまえ、威勢良く怒鳴った。
「お前たちの相手は俺がしてやる、かかってきなドロボウ野郎ども!!」
 相手を挑発して注意を引きつけるるのだ。そうすれば他に被害が及ぶ可能性も低いだろう、と考えての事だ。
 目論見通り、攻め込んできたパラ実の攻撃が翔に集中する。
 アリアはラウンドシールドを構え、翔への攻撃を防御する事に徹した。

「あなたたちは、ここで隠れていて!」
 リコたちは住人を地下壕に避難させた。
「翔たちが心配だわ。戻ろう」
 リコとジークリンデは、来た道を戻ろうとするが、突然、遠方から銃撃が浴びせられる。
「きゃああっ?!」
 リコはずっこけるように民家の陰に隠れた。
 パラ実のドージェ信奉者朱黎明(しゅ・れいめい)が村内に侵入し、スナイパーライフルで狙撃してきたのだ。
 リコが隠れたまま「危ないわね」などと文句を言っていると、今度はそこにも銃弾が浴びせられる。
「きゃあ?! こっちまで来た?!」
 黎明はスパイクバイクで移動して回り込み、狙撃する。わたわたと逃げ回るリコに、黎明は思う。
(おやおや、魔剣の力に頼りすぎて、戦場の勘は鈍っているようですね)
 しかしジークリンデが空中から、黎明に攻撃をしかける。
「リコに手出しはさせないわ!」
 だがネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)が立ちはだかる。
「あなたのお相手は、わたくしがいたします」
 ランスとホーリーメイスがぶつかりあう。やはりジークリンデは強い。それでもネアは我が身を犠牲にしてでも黎明を守るつもりだ。
 黎明は接近戦をネアに任せ、リコに銃撃する。
「クッ、こんな所でやられて、たまるもんですかッ!」
 リコが魔剣を振るうと、銃弾が叩き落された。
(さすがに本気を出せば、随分と強いようですね)
 黎明は、とっておきの手段を使う事にした。遮蔽に身を隠し、リコに言う。
「私があなたを攻撃する理由を、お分かりになりますか?」
「分かるわけないでしょ! 略奪なんて許さないわよ!」
 怒鳴り返すリコに、黎明は言った。
「よく言われるでしょう? 男の子というものは、好きな女の子に意地悪をしてしまうものだと」
「ほえっ?!」
 リコが固まる。
 ネアを追い詰めていたジークリンデも、目を丸くして「そうだったんですか?!」と攻撃を止めた。そうとなれば事情は全然、違う。
 黎明は大胆に姿を現すと、リコに笑いかけた。
「私は高根沢家のあなたではなく、高根沢理子個人に興味があるんですよね。……今度、ディナーでもご一緒にどうですか?」
 黎明の言葉にリコの目を丸くなる。
「ええええええっ?! 突然そんな……」
 リコは魔剣の先で、地面に「の」の字をいくつも書いた。
「で、でもっ、あたし、スーツが似合う銃使いで、優しそうなんだけどミステリアスな年上男性には、すごいトラウマがッ……!!」
 戸惑っているリコの様子を見て、黎明は考えを巡らせる。
 ポリシーに少々反しはするが、この事は口に出して伝えなければリコは納得しないだろう。
 黎明はさわやかな笑顔を浮かべ、リコに告げた。
「ご安心ください。私はおっぱいが大好きですから」
「ああっ、それなら大丈夫かも!」
 顔を輝かせるリコに、ジークリンデが呆れた様子でたしなめる。
「リコ、そういう問題じゃないでしょう?」
 轟音が響き、辺りが煙で覆われる。パラ実の攻撃によるものだ。黎明はそれに乗じ、撤退する。


(くっ……かなり、やられたな)
 パラ実を引きつけて奮戦するは、かなりの傷を負っていた。アリアの防御も追いつかなくなっている。
 内心、冷たいものを感じた時、ガツンという音ともに目の前の地面に、斬姫刀スレイヴ・オブ・フォーチュンが突き刺さる。
「理子か?!」
 辺りを見回すが、攻撃や火事の煙で視界が効かない。
「借りるぜ」
 翔は魔剣を振り、パラ実生と戦った。剣から吹き上がる魔力に、パラ実の猛者たちも圧されていく。
 照明弾があがった。撤退の合図だったのだろう。パラ実生たちが一斉に引いていく。

「翔、大丈夫?!」
 リコが駆けてくる。
「ああ、魔剣を貸してくれて助かったぜ」
 翔の言葉に、リコはきょとんとする。
「貸すって? 何の事?」
 いつの間にか翔の握っていた魔剣が消えている。試しにリコが呼ぶと、いつものように魔剣がその手に現れた。
「なんだか分からないけど……どうにか村も守れたし、よかったわ」