空京

校長室

建国の絆(第2回)

リアクション公開中!

建国の絆(第2回)

リアクション



誘拐事件2


 ディエムはついてきた生徒たちを、空京の外へと案内する。同行する者は非常に多く、七、八十人はいる。
 一行はヒラニプラ鉄道沿いに、しばらく歩く。
「ねえねえねえ、なんでー?」
 歩きながらカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がグエン ディエムに食い下がる。
「だから、なんでそんな事が気になるんだ。誘拐事件には関係ないだろ?」
 ディエムが苦虫を噛み潰した表情で言う。カレンが、彼の生い立ちや今の生活について聞いてくるからだ。
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)がため息をつきつつ、カレンに代わって言う。
「グエン ディエムがなぜ空京市長令嬢を助ける義理があるのか? 何故警察に行かないのか? 納得できる答えが欲しいのだよ。特にイルミンスールが関わる以上はな」
「納得できないなら、着いてこなくていい」
 ディエムはぶっきらぼうに返した。カレンはそれでも聞く。
「だから、なんでユーナちゃんを助けるの? もしや……ロリコン?!」
「なんでだ」
「初恋の人に似てたから、とか。娘に似てた、とか!
「この年で娘がいるか!」
「君、いくつ?」
「……十七」
「子供のいる人だっているよ!」
「俺には、いないっ」
 何か話題がズレつつあるようだ。

「そろそろ問題の廃坑道も近い。ここから先は、おしゃべりは控えるんだな」
 ディエムが宣言する。
 まばらな草木があるだけの辺ぴな場所だ。
 誘拐犯が中止せよと求めてきた「空京北の開発」とは、その周辺の事だ。
 空京とヒラニプラが協力して、そこに工業団地を作る計画なのだ。
 開発に対する、地元住民の反応は良い。その周辺の村は、もともと両都市への生産物の販売や出稼ぎで成り立っており、両都市との結びつきは強い。
 さらには開発会社や領主から提示された土地の買取金額や代わりの土地も、破格だった。
 開発会社としても、それに見合う利益を見込んでいる。
 空京は島という立地条件から、拡大するには限度があった。
 また市内には多数の重要施設や住宅地もあるため、工場を建てるには色々と制限がある。
 そこで空京の北に、空京で張られているのと同様の、環境を地球と同じにする結界を張り、大規模な工場郡を作ろうというのだ。
 結界内では、契約者以外の人間もパラミタから拒絶されずに活動できるが、これは地球上で作られた機械にも言える。
 そのため現在パラミタにあるパソコン等の機械製品は、空京やヒラニプラ、ツァンダなどの工場で、地球上よりも遥かに高いコストで生産された物である。
 この工業団地はヒラニプラ鉄道ともリンクし、将来的には地球上から巨大エレベーター『天沼矛』(あめのぬぼこ)によって空京に運んだ物資を、そのまま鉄道で工業団地に運びこむ計画だ。
 つまり地球上で作られた高度な製造機械を結界内の工業団地でそのまま動かす事ができれば、そして技術を持った地球人を大量に呼び込む事ができれば、工業製品の生産性は飛躍的に増す事になる。
 もっとも、それらはまだ計画段階であり、工業団地用地買収のための調査や説明会がようやく始まったばかりである。


「もしかしたら廃坑の中には、罠が仕掛けられてるかもしれないから、僕が探知していくね」
 ローグのサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)が言うと、ディエムはハッとしたようだ。
「そう言えば、そうだな。俺は姿を見られてるんだし、何か仕掛けられててもおかしくはないな。罠探しは頼んだ」
「……大丈夫? 勢い込んで突っこんでいったら罠でドッカーン、なんて嫌だからね」
「ああ、俺もちょっと冷静さを欠いていたようだ。すまない」
 ディエムは反省しているような表情だ。
(と言う事は、僕たちを罠にハメようとしている訳じゃないのかな?)
 サトゥルヌスは小首をかしげて考える。カーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)が心配そうに言う。
「サトゥ、相手は小さな女の子をさらうような酷い奴らなんだから気をつけるのよ」
「うん、カー姉も慎重にね」
 サトゥルヌスは、自身とカーリーに禁猟区をかける。
 他の生徒たちも、坑道内に入る前に準備を整えた。

「帰り道で迷っちゃわないように目印つけるね」
 廃坑に入ると、久世沙幸(くぜ・さゆき)がチョークで、坑道の壁に目印を書き込む。
「ああ、頼む。よく気づいたな。……いい嫁さんになりそうだ」
 ディエムがぼそりと言ったセリフに美海が反応する。
「あら、沙幸さんは他にもっとイイ者になっていただかないと」
「あの……ねーさま?」
 美海の思わせぶりな笑顔に、沙幸は困った様子で笑う。美海が彼女にそっと耳打ちする。
(あんな発言されるなんて、ディエムさんも、だんだん皆さんと打ち解けてこられたんじゃないかしら?)
 沙幸は、そう言えばそうだと思い当たる。ディエムはミスドに現れた時より、他の生徒と話す態度が若干、柔らかくなってきている。
 そんな事を考えていると、美海が沙幸の耳にキスをする。
「あんっ……美海ねーさま、今は探索中なのに」
 沙幸は思わず耳を押さえ、抗議した。
「ええ、ですから油断大敵ですわよ。考え事に気を取られて、周囲の警戒がおろそかになってはいけませんわ」
 にっこり笑って、指導のような言葉を口にする美海。
 これは調……ではない、と思いたい沙幸だった。


 罠探知をするサトゥルヌスと、道案内をするディエムを先頭に、一行は慎重に進んだ。坑道は多くの枝道に分かれ、ディエムも相棒から送られたメールを頼りに先を進む。
「あ、鳴子が設置されてるよ。解除するから、ちょっと待ってね」
 途中にあった警報装置は、サトゥルヌスがすべて解除した。
 やがて一行は、広く掘りぬかれた空間に出る。
 そこに建物があった。工夫の宿泊所や事務所を兼ねていたものだろう。そこが誘拐犯のアジトのようだ。明かりが灯されており、人の気配がする。
 緋桜ケイ(ひおう・けい)が声を潜めて言った。
「俺が先行して誘拐犯に接触し、話を聞いてみたいんだ。少しの間、ここで待っていて貰えないか?」
 しかし志方綾乃(しかた・あやの)が頑として反対した。
「話し合いなんて、とんでもない。テロリストの要求には、一切応じませんし、ただの一人も生きて帰すつもりはありません」
 その声が廃坑に響き、建物の中でバタバタと動きがある。
「そこに誰かいるのか?!」
 ヴァルキリーらしい女性の、厳しく問いただす声が坑内に響いた。続いて男の声。
「近寄るな! 分かってるだろうな。こちらには人質がいるんだぞ!」
 しかし綾乃は先の言葉通りに躊躇無く、先手必勝とばかりにフェザースピアで突っこんでいく。
 紫桜遥遠(しざくら・ようえん)も彼女に続いて、カルスノウトを構えてバーストダッシュで突進する。
 同じく緋桜遙遠(ひざくら・ようえん)もバーストダッシュで飛び出し、アジトの中に向けてアシッドミストを撃った。
 後ろで生徒の誰かが「中に人質がいたら?!」と叫ぶが、遙遠はかまわない。
(人質は無傷であってこそ意味があるものだ。仮に、これで人質が被害を受けたとしても、それは犯行グループの責任だしな)
 危険を感じた誘拐犯の中の魔術師が、彼らにファイアストームを撃つ。
 炎の嵐が呼び出され、荒れ狂う。高レベル魔術師の全体魔法で、綾乃、遥遠、遙遠は一撃で戦闘不能になり、全身火傷を負ってヒイヒイと泣き声をあげる。
「人質がいるのに、なんて奴らだ! まるで狂犬だな!!」
 誘拐犯の一人が吐き捨てる。
 ヴァルキリーの戦士たちが、背後で唖然としていた生徒たちに襲いかかる。強硬派のせいで、話をする間もなく戦いに突入してしまう。

 空中を突進してきたヴァルキリーの前に、鬼院尋人(きいん・ひろと)が飛び出し、立ちふさがる。
「ここで止める……!」
 尋人はみずからのランスで応戦し、突進を食い止める。とにかくナイトの自分が戦い、ユーナ救出の機会を待つつもりだ。
 西条霧神(さいじょう・きりがみ)が尋人を援護し、火術を放つ。
(このヴァルキリー、果たして送りつけた声明文通りの鏖殺寺院なのでしょうか?)
 霧神は魔法のタイミングを計って相手を観察しつつ、そう思う。
 カルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)がバスタードソードをかまえ、尋人の横に並ぶ。
「キミだけに良い格好はさせないよ。いっちょ派手に暴れてやりますか!」
 カルナスは敵を引きつけるように、がんがんとヴァルキリーと斬り結んでいく。
 パートナーのアデーレ・バルフェット(あでーれ・ばるふぇっと)がホーリーメイスで、彼の死角を守った。カルナスが怪我したら、いつでもヒールできるよう準備はしておく。
「持久戦になりそうだから気を引き締めていくよ!」
 アデーレは自身と仲間に向けて、声をかける。

 攻撃してくるヴァルキリーの目の前に、光の人工精霊が現れる。
「邪魔だッ」
 避けても避けても光る精霊が追ってくる。
 そこに風祭優斗(かざまつり・ゆうと)が光条兵器で切りかかる。
 ウィザードの振るう光条兵器は、当たればかなり痛い。剣の腕については、光精の指輪で相手の動きを牽制、邪魔してカバーする。
「ユーナちゃんを返してもらいます」

 誘拐犯の魔法使いと対峙するイルミンスール魔法学校生エル・ウィンド(える・うぃんど)は、見たことのある顔を見つけて、思わず声をあげる。
「キミは?! こんな所で何をしているんだ?!」
 挨拶をした事がある程度だが、同じ学校に通う者として顔を知る生徒だった。
 イルミンスールの講師アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)もまた、同じ状況になっていた。彼の場合、対面したのは同僚でもある臨時講師だ。
「君のしている事は、イルミンスールの技術を漏洩する事だぞ」
「私たちの術は、自然と共にあるのよッ!」
 ウィザード同士の魔法合戦が始まった。
 アジトの方から金龍銀龍が襲いかかる。召還者はそちらにいたようだ。
 英霊シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が龍に向かって、ヒロイックアサルト「本気を出す」で攻撃する。
「ファーヴニルと比べて、どれほどのものかな?」
 金龍銀龍はシグルズの知るドラゴンほどは強くないが、彼自身もまた英霊として転生し、力を失っている。龍を受け止めた腕から血が飛んだ。
「支援しますわ」
 テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)がヒールでシグルスの傷を癒す。


 ローグの小林翔太(こばやし・しょうた)は隠れ身と光学迷彩を駆使して、アジトの建物の裏手に回っていた。壁によじ登り、もろい壁板を取りのぞくと、中の明かりが漏れてきた。
 翔太が隙間からのぞくと、メイド服の少女が、おびえた様子の幼い女の子を抱きしめている。
 翔太は他にその部屋に人がいない事を確認し、潜めた声で呼びかけた。
「君たちが、市長の娘さんとお付のメイドさん?」
 少女たちがハッとして、翔太の方を見上げる。
「そうです。ユーナ様も助けに来てくださったんですね」
 メイドのハンナ・ルメスが、暗かった表情を笑顔に変えて聞く。
「うん。今、外に出すから、ちょっと待っててね」
 翔太はいったん顔を引っ込め、辺りを見張っていた英霊佐々木小次郎(ささき・こじろう)に合図を送る。
 小次郎はさらにリア・リム(りあ・りむ)ルイ・フリード(るい・ふりーど)を呼ぶ。
「人質が見つかったようだ」
 その間に、翔太は音を立てないように壁を壊していく。
 ある程度、穴が広がるとハンナが、ユーナを抱え上げて穴に向ける。
「もうユーナ様なら出られますね。皆さん、先にユーナ様を連れて逃げてください」
 それを聞いてユーナがぐずる。
「ハンナも一緒じゃなきゃ、やだよ〜」
「わたしも、すぐ後から行きますから。大丈夫ですよ。ね?」
 ハンナはにっこりとユーナに笑いかけ、穴に向けて彼女を持ち上げる。
 長身のルイが、ユーナを受け取るために手を伸ばす。
「おいで、ユーナちゃん。もう大丈夫ですよ」
「ふえぇ……」
 泣きそうなユーナを、ルイは受け取って穴から建物の外に出す。
「ワタシは安全な場所まで、彼女を連れて行きます」
 翔太に言って、ルイは両腕にユーナを抱えて足早にそこを離れる。彼が腕を使えないので、リアがその護衛につく。
「早く坑道の陰に隠れる所まで、この子を運ぼうではないか」
「ええ、背中は任せましたよ」
 ルイとリアは、戦闘から遠ざかる方向へ走った。
 一方、小次郎はヒロイックアサルト燕返しで、板壁を破壊する。
「ハンナ様も、早く避難しましょう」
「はい、ありがとうございます」
 そこから外に出たハンナを連れ、小次郎と翔太も急いでアジトを離れた。

 ルイがユーナを抱えて坑道の陰に走りこむと、プリーストのテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)が走り寄ってくる。
「皆さん、ご無事ですか? ユーナちゃん、もう大丈夫ですわ」
「ハンナ〜」
 ぐずるユーナに、テレサは笑顔を向ける。
「あの方がハンナさんね。ほら、すぐにこちらにいらっしゃいますわ」
 ハンナがそこに避難してくると、ユーナはルイの腕をもがき出て、ハンナに飛びついていく。
「やれやれ、嫌われてしまいましたかな?」
 ルイが苦笑する。ハンナが困った表情で頭を下げた。
「す、すみません。ユーナ様、皆様に助けていただいたのですから、お礼をきちんとおっしゃってくださいな」
「……ありがとぉ」
 テレサは、彼女を安心させるような柔らかい笑顔を浮かべる。
「もう心配ありませんわ。おなかは、すいていません? お菓子もジュースもありますわ」
 ユーナはぷるぷると首を振る。代わりにハンナがお礼を言う。
「お気遣いありがとうございます。ユーナ様はまだ怯えが取れていないようで……」
「分かります。無理もない事ですわ」
 テレサは優しく、ほほ笑んだ。
 姫神司(ひめがみ・つかさ)がハンナに言う。
「そなたは、ずいぶんとお嬢さんに懐かれているのだな」
 ハンナは気恥ずかしそうな表情を見せる。
「ええ、とても光栄です。お嬢様を見ていると、妹の事を思い出します」
 その笑顔はどこか寂しげだ。
 生徒たちは人質の無事奪回に喜びあう。ただ司だけは、腑に落ちない表情でハンナを見ていた。