空京

校長室

建国の絆 第4回(有料版)

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建国の絆 第4回(有料版)

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逃避行


 仲間の暖かい援護を受けて、見事に砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)をさらったラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)達だったが、体調の悪い彼をどこに連れていくかで少々困っていた。
 彼らを乗せた飛空艇は空京を後にし、とりあえずキマク方面へと向かっている。
 その船室で、砕音は梱包資材の藁や布の山の上に、毛布に包まって寝かされていた。
 伊達恭之郎(だて・きょうしろう)は、腕組みして唸る。
「ううーん、本当なら砕音センセーにはイリヤ分校に来て欲しいとこだが、生徒会、もがっ!」
 天流女八斗(あまるめ・やと)が恭之郎の口に、飛空艇内に転がっていたミカンを突っ込んだ。不思議そうな砕音に、八斗が笑顔を作って言う。
「せ、生徒が一生懸命、建物を作ってるけど、病院は無いんだよねーっ。と、言う訳で相談、相談! あっ、先生はそこで楽にしててね」
 八斗は恭之郎や周りのパラ実生を引っ張って、船室の外に出た。
「もがっがーもがが?」
 恭之郎がミカンをもぐもぐと飲み込みながら、彼女に聞いた。何を言っているかは分からないが、だいたい何を聞かれているかは想像できた。八斗は真面目な表情で皆を見回す。
「皆、いい? 砕音先生に余計な心配かけないよう、生徒会との事は黙っとこう? 後で正直に話すにしても、今そんな事を伝えたら、先生、気にしたり、分校を守ろうとして無理をするかもしれないよ」
 ミカンを飲み下した恭之郎が、むすっとした表情でうなずく。
「ちっ、生徒会の連中め……。センセーには完成した井戸とか畑を見てもらいたかったのによ。この怒りもこめて、奴ら、ぎったんぎったんにしてやるぜ」
 実は、イリヤ分校復興に力を貸したパラ実生には、横山ミツエの乙(ゼット)王朝と共にパラ実生徒会に反逆した者も多い。
 パラ実生徒会は、イリヤ分校を謀反者のアジトとして動き出していたのだ。
 現在、イリヤ分校生徒会会長姫宮和希(ひめみや・かずき)はミツエ達と連絡を取り、分校を守る協力者を募っている。
 恭之郎が携帯で連絡を取ると、和希も残念そうに言った。
「これから生徒会の連中とドンパチ起こるだろうしな。今の分校じゃ、頑張っても保健室ぐらいしか用意できねぇ……。重傷の砕音を分校に連れてくんのは辛くないか? もちろん他に行くアテが無いってなら、いつでも大歓迎だぜ」
 電話を切り、恭之郎が皆に聞く。
「しゃあねえな。他にセンセーを連れてけるような場所、知らねぇか?」
「う〜ん。当の恋人さんの意見は?」
 八斗がラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)を見上げる。
「とにかく、どっか遠くに逃げるぜ!!」
 まだ砕音をさらった興奮冷めやらぬラルクは、拳を固める。
 すると、なぜかパラ実勢に混じり当然の顔をして同行している薔薇の学舎の黒崎天音(くろさき・あまね)が口を挟んだ。
「行く先なら、運ばれる当人の意見も聞いてみたらどうかな? あの先生のことだから、案外、いい場所を知ってるかもしれないよ」


 シャンバラ大荒野には流砂や砂嵐が酷いため、地元の遊牧民も踏み込まない地帯がある。
 そんな荒地に、砂に半ば埋もれた祠があった。風砂に削られ、朽ちかけている。
 よく観察すれば、消えかけた古代文字から、シャンバラ女王に旅の無事を祈願するための祠だと知る事ができるだろう。
 その祠の脇に、飛空艇が着陸していた。砕音はラルクに抱えられて船を降り、祠の前に行く。ついて行った天音が聞いた。
「道祖神に駆け落ちの成功祈願でもするのかい?」
 砕音は苦笑する。
「駆け落ちて……。病院のインターホンを鳴らすだけだよ」
 しかし祠の周囲に建物は無く、ただ流砂が潜む砂地が広がるだけだ。風で吹き上げられた砂に陽光が阻まれ、空は薄暗い。
 砕音はラルクの腕をすべり降りた。祠の内部には、女王と彼女に仕える騎士や神官の姿が刻まれた石版がある。砕音は勝手知ったる様子で石版を順番に押していく。そして祠の奥に語りかけるように言った。
「砕音・アントゥルースです。急ですみませんが、面倒を見てもらいたい患者が……と言うか俺が患者です」
 何も反応は無い。天音がほほ笑んだ。
「居留守かな?」
「いつも、こんなもんさ。十分、二十分待たされる事もあるから、それまで荷物でもまとめておこう」

 数分が過ぎた頃、砂漠に変化が起きた。祠背後の砂が、川の様に流れ始める。
「流砂が広がってる?! ヤバくねえか?!」
「いや、門が開くだけだ」
 飛空艇に駆け込もうとするパラ実生達を砕音が止める。
 流砂の間から、潜水艦の様な艇が姿を現す。全長10m程だ。
「来るまで待ったのと同じ時間、これに乗れば到着だ」
「……こんなに待たせるようじゃ、緊急指定病院としては機能しないね」
 天音は肩をすくめる。待つ間、砕音は胸をさすっていた。


 無人潜水艇が行き着いた先は、町ひとつが入る程の地下空間だった。
 砕音の説明によれば、古王国期に作られた隠れ里だという。地下だが天井は明るく輝き、新鮮な空気や水流もある。地上の荒野より緑豊かな地に見えた。
 しかし、その住人に過去や、そこに来た経緯を聞くのは厳禁とされている。また多くの住人が人と触れ合う事を嫌うので、必要以上に関わらない様にすることも注意された。
 とは言え、やってきた生徒達への住人の態度は、潜水艇内で砕音が脅した程、刺々しいものではなかった。「久しぶり」と砕音に挨拶に来る者もいる。
 里の中心は、病院を兼ねた神殿だ。シャンバラの神殿は本来、シャンバラ女王や女王に仕えた聖人を祭っている。だが、この神殿は、神の紋章が削り取られ、あるべき場所に女王などの像が無かった。
 神殿の中庭には、巨大なドラゴンが身を横たえていた。黒い体に、特徴的な折れ角がある。地球人には見覚えのあるドラゴンだ。
 パラミタ大陸が出現したばかりの頃、アメリカ海軍の太平洋艦隊を襲い、空母や護衛艦を破壊したドラゴンに似ている。その様子を記録した映像は「浮遊大陸探索を阻む邪悪なドラゴン」として、当時のメディアによく取り上げられていた。
 中庭に寝そべるドラゴンは、回廊を通る生徒達をちらりと見たが、すぐ興味無さそうに目を閉じてしまう。その頭上では、小鳥が角から角へ飛び回っていた。


 砕音の入院は、あっさり認められた。魔法結界が張られ、古王国期の治療器具が置かれた病室に案内される。
「先生、また今後、お見舞いにくるからね」
「お大事に。ラルク先輩と仲良くね〜」
 八斗川村まりあ(かわむら・ )がそう言って、砕音に手を振る。
 彼を病院に送り届け、パラ実生達はいったん帰っていった。その際に、祠から隠れ里への連絡方法を確認していく。
 また、砕音のパートナー、機晶姫アナンセ・クワク(あなんせ・くわく)も密かに空京を抜け、隠れ里に向かっているそうだ。