空京

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建国の絆 第4回(有料版)

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砕音・アントゥルース 2


 砕音が目覚めると、目の前ではヴァーナーがまぶたをこすっている。
「あ……せんせい、みなさん、おはようございますー」
「夢を見たような感じなのか?」
 ケイがほっとした様子で、ヴァーナーの頭をなでる。
 砕音は、周囲のパラ実の生徒達が増えている事に気づいた。
「あれ?」
 助太刀に駆けつけたパラ実イリヤ分校生徒会会長姫宮和希(ひめみや・かずき)が、ニカッと笑う。
「よぉっ、お目覚めだな、先生! 相変わらず無茶してるみたいだな」
「ラルク先輩に今どこにいるか聞いて駆けつけたんですよぉ」
 川村まりあ(かわむら・ )が無邪気な笑顔で、携帯電話を見せる。
 はしゃぐ和希達の様子に、ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)はこっそり、ため息をつく。とにかく先を急ごうとする一行に、彼は「周囲に気を配るのだぞ」とブレーキをかけつつ、そこまで来たのだ。
 幸い砕音の容態は、ガイウス達が予想していたよりは良い。これもフィルラントを始め、彼を守る生徒達がつきっきりで看病した賜物だろう。
 増岡つばさ(ますおか・ )は、さらに少しでも彼の傷を癒そうとヒールをかける。
「砕音先生。どうか治ってください。あなたが無事でいるだけで、笑顔になれる人もたくさんいるんですよ」
 まりあも懸命に訴える。
「砕音先生、一緒に帰りましょう。また授業をしてください。ラルク先輩と手を繋いでパラ実に一緒に戻ってきてください。先生ともう会えないなんてなったら……ラルク先輩、倒れちゃいますよ? だから元気になって下さい……」
 砕音は泣きそうな表情で聞いていたが、ふとある事に気づく。
「川村……。ん? パラ実?」
「そうですよ?」
 まりあは、きょとんとする。
「そうか、そういう選択も……いや……俺はパラ実で授業していいのかな?」
「はい! 待ってます」
 まりあは表情を輝かせ、答えた。砕音は安心したように「ありがとう」とほほ笑んだ。
 話がまとまったように思い、和希が砕音達をせかす。
「イルミンの連中が撤退しちまったとか、復活したアズールの野朗が教導団の部隊を吹っ飛ばしたとかで、どこの学校も寝所から逃げ出しはじめてるぜ。このままじゃ孤立しちまう。先生も早く脱出してくれ」
 和希の言うとおり、すでに各校が寝所からの撤退を検討、開始し始めていた。
 だが砕音は言う。
「いや、決着がつくまでは離れられない」
 藍澤黎(あいざわ・れい)が呆れた様子で言う。
「まだ、そんな事を言っておられるのか。
 気にかかる事があるならば、我が代わりはできないだろうか?」
「じゃあ、とっとと決着させちゃいましょうよ」
 その場の生徒達が、誰の声だろうと周囲を見る。女性の声だ。
 空間が揺らぎ、そこに虹を帯びた白蛇のラミア白輝精(はっきせい)が現れる。その顔はヴェールに隠されて見えない。なぜかクイーンヴァンガードのシルヴィオアイシスも一緒だ。
 鏖殺寺院幹部とクイーンヴァンガードの組み合わせに、驚きと緊張が走る。しかし砕音が言った。
「皆、すまん。白輝精を呼んだのは俺だ」
「僕達に気づかせず、そんな暇がいつあったんだろうね?」
 黒崎天音(くろさき・あまね)がつぶやくが、他の皆はそれどころではない。
 シルヴィオが皆に言った。
「美しい女性を見かけので声をかけたら、どうもアイシスを知ってるようでな。砕音先生を探している、と伝えたら親切にも同行を許してくれたんだ」
 生徒達が唖然としている間に、白輝精が砕音に聞く。
「私を呼んだのは何故かしら? 皆の前でプロポーズでもしてくれるの?」
「しねーよ、あほう」
 砕音は切り捨てた。ラルクにべったり身を寄せてるのは、体調が悪いだけではなさそうだ。砕音は言う。
「取引だ。俺は、ダークヴァルキリーを空京から解放する解除コードを入手した」
 フィルラントが驚きの声をあげる。
「えぇー?! 先生、いつの間にそんな事したんや?!」
(フィルラ……先生のハッタリという可能性もあるのだから……)
 だが、黎のその心配は杞憂だった。
「そもそも俺が寝所に来たのは『データ泥棒』のためだぞ。皆が見てる前で、堂々と吸い出してただろ」
 それを聞いてシルヴィオがハッとする。
「そういえば寝所の端末が妙に空っぽだったが、あれは先生の仕業か?」
 砕音はうなずく。白輝精が疑い深げに聞く。
「交換条件は何?」
「ダークヴァルキリーを正気に戻し、空京から開放された後は街や周辺集落に手出しせずに大人しく帰る事」
 長い沈黙があった。ようやく白輝精が口を開く。
「あなたの目的が分からないわね。交換条件、という意味ではなく」
 砕音は周囲の生徒達を見た。
「うーん、社会科見学かな?」
 そこで黎が口を挟む。
「先の条件では、鏖殺寺院側がダークヴァルキリー解放後、約束を守るか不明だと思われるが?」
「平気だ、藍澤。約束を破ったら、また空京の呪縛が復活するよう呪文を書き直したからな」
 白輝精が不機嫌そうに大蛇の身をくねらせる。
「分かったわよ。救世主様の降臨でトラブルがあった以上、もともと鏖殺寺院はそのつもりだったんだから。ほんとムカつく男ね」
 白輝精の姿が消える。砕音は肩をすくめた。
「皆は、俺のよーな大人にはならないように。ロクな死に方できないぞ。……そう言えばゴーヴィンダ、白輝精の顔見知りって、なんだ?」
 砕音がアイシスを見る。しかし彼女は首を振った。
「いいえ、私は覚えていません。ただ……ダークヴァルキリーには……どこかで会ったような気がします」
「古王国からの復活組なら、実際に知り合いでもおかしくないな。今後、事態が進展したり何かのきっかけで、もっと色々思い出す可能性もあるだろう」

 それから一行は、鏖殺寺院側からの連絡を待った。
「兄ちゃん、ちょいとツラァ貸しな」
 片腕で砕音を抱きかかえたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、もう一方の手でシルヴィオを引きずって、のしのしと皆から離れる。
 いぶかしげなシルヴィオに、砕音が声を潜めて言う。
「ゴーヴィンダだが、古王国期にダークヴァルキリーと知り合いだった場合、彼女も呪いを受けている恐れがある。何かあったら、お前が支えてやってくれ」