空京

校長室

建国の絆 第4回(有料版)

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建国の絆 第4回(有料版)

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砕音・アントゥルース 1


「いつまでも寝所内部を逃げ回っておらず、一刻も早く脱出すべきではないのか?」
 藍澤黎(あいざわ・れい)が心配そうに言う。
砕音のやりたいように、させてくれねぇか?」
 砕音を姫だっこで運ぶラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が言う。
 なお、砕音にはフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が、幸せの歌で対闇黒系の耐性を上げ、禁猟区を重ねがけして守っている。
 ちなみに、ダークヴァルキリーの叫び攻撃は闇属性の魔法攻撃なので、フィルラントの対策が正しい。
 叫びを聞こえないよう耳栓をする者も多かったが、効果が無いばかりか周囲の音が聞こえず、危険が増すだけだ。

「うらあーッ!」
 前方の三叉路で、横道からモンスターが投げ出された。白虎の獣人ユウガ・ミネギシ(ゆうが・みねぎし)が咆哮をあげて、トドメを指す。
 と、ユウガが一行に気づき、背後に言った。
「ん? ジェイコブ、あれって探してる先生とやらじゃないか?」
 それを聞いて、蒼空学園のジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)が飛び出してくる。
「砕音先生! 無事でしたか」
 さらにクイーンヴァンガードの蒼空学園生シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)アイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)も続く。
「砕音先生、寝所の事でお聞きしたい事があります」
 しかしヴァンガード隊のエンブレムを見て、ラルクの顔色が変わった。
「てめぇら……よく砕音の前に出てこれたな……。こういう事になるのは想定済みだった筈なのによ……」
 砕音に同行する黒崎天音(くろさき・あまね)が、蒼空生に笑いかけた。
「功を焦って無茶はしない方が良いと思うよ、見ても分かる様に瀕死だしね。……まぁこの人の場合、死体も興味深いかもしれないけど」
 やばい気配を感じて、シルヴィオが場をとりなそうとする。
「落ち着いてくれよ、特にそっちのおっさん。俺達は先生を助けにきたんだぜ?」
 ジェイコブも重ねて言う。
「環菜校長も心配してる。先生を帰してくれ」
 しかしラルクの瞳の危険な色は消えない。いつもは陽気な男が、怒りに燃えていた。
「心配? どういう心配だろうな? 蒼学校長は砕音が体調悪いのを知ってるのに、あちこちに……こんな危険な場所にまで送りつけた挙句、砕音は死にかけてる……そんな奴らに任せてられるかよ!」
 砕音を連れたラルク達と、蒼学生の間に突然、モヤ状の雲が出現した。
 それを見て取り、ラルクが巨体に見合わぬ身のこなしで反転し、砕音をかついだまま猛スピードで駆けていく。
 一行の中でも、状況がつかめずに置いていかれる者がいるほどだ。砕音を救助しようとした生徒達が追いかけるが、見失ってしまう。
 アシッドミストで視界を妨げたアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)が、身を隠して追跡者の様子をうかがう。
(ラルク……お前がやってる行動は、蒼学を敵に回すんだぞ? まぁ、そんな事言っても止められないのは分かっているけどな。仕方ない……子の旅立ちを手伝わない親はいないしな。全く……困ったガキだ……)
 アインはラルク達の無事を祈った。


「弱ったな……」
 まかれてしまったジェイコブは、環菜に報告するために電話をかける。
 一方、アイシスはそれでも砕音を探しに向かう。
「私は……確かめなければならない事があります」
 シルヴィオも肩をすくめつつ、彼女を手伝った。普段は冷静なアイシスが、ダークヴァルキリーを見るなり、取り乱したのだ。
「お願いよ、シルヴィオ。彼女を殺さないで!」
「殺すなと言ったって、ああも暴れ回ってるんじゃな……」
 そのため二人は、ダークヴァルキリーを正気づける何かを探していたのだ。
 遠くの方で「ギャアアアアアアア!」と悲鳴のような絶叫が聞こえる。
「やれやれ、姫君は起き抜けのご機嫌がすこぶる悪いらしい」



「ちっ、また追手か?!」
 砕音を抱えたラルクが、前方の廊下に急に出てきた人影を見つけ身構える。が、その人影の一人が手を振り、大声で呼びかけてきた。
「おーい、ラルク! 黎! 俺だ、俺!」
「ケイ殿ではないか。奇妙な所から登場されるな」
 黎が知人の姿を認め、言う。禁猟区にも反応は無い。
 砕音を守る生徒達が、とっさに構えていた武器を下ろす。緋桜ケイ(ひおう・けい)ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)の手を引いて、通路の隠し扉から出てきた。二人のパートナーも一緒だ。
 これに先駆けてケイはディエムと行動した際に、寝所の作業用通路とでも言うべき裏通路の存在を知っていた。
「探したぜ。ヴァーナーが砕音先生に会いたいって言うから、案内してきたんだ」
「俺に?」
 ヴァーナーがにこにこしながら答える。
「はい。小さなおじさんに、おはなしのつづきを聞きにきました」
「名乗り忘れたのに、あのチビッコがよく俺だって分かったな」
 意外そうな砕音に、ヴァーナーは言う。
「髪の毛とか目の色とか顔とか、いまの先生ににてました。それにあの時、寝所にいた約三十歳のおとこのひとって、何人もいないです」
「なるほど」
 周囲の生徒は、話が分からずにポカンとしている。
 実は、ダークヴァルキリーと話し合おうとしたヴァーナー達を、寝所のシステムを乗っ取って助けたのが砕音なのだ。
 その際、ヴァーナーは彼と精神世界で話したが、砕音に制約が働いて、話途中で元の場所に戻されてしまった。
 それらを説明すると、砕音はヴァーナーに言った。
「あの話の続きを普通に話すのは無理なので……えー、テレパシーもどきで試していいか?」
 ヴァーナーは目をしばたかせる。
「もどき? どーすればいいですか?」
「手をつないで、目を閉じてくれればいいよ」
「はいです!」
 ヴァーナーは笑顔で返事すると、彼と手をつないで目を閉じた。素直な彼女に砕音は戸惑いつつ、周囲の生徒に言う。
「しばらく二人とも意識を飛ばしてるが、もしうなされてるようなら、手を離させて起こしてくれ」
「おう、周りは任せろ。ヴァナーのこと……頼むぜ」
 ケイの真剣な言葉に、砕音はうなずく。


 ヴァーナーがふと気づくと、見覚えのある暗闇の中にいた。きょろきょろと見回すが、辺りには誰もいない。
「砕音せんせー!」
 大きな声で呼んでみるが返事はない。
(まだ来てないのかな?)
 闇の中に、ひとつ明かりが見える。ヴァーナーがそちらに向かうと、それは縦に細長い窓だった。
「あ! 小さなおじさん、見つけたです☆」
 窓の下に、小さな少年がうずくまっているのに気づき、ヴァーナーは言った。しかし反応がない。身を縮めるようにして寝ているように見える。
「せんせい?」
 ゆさゆさと揺すると、彼はぼんやりと目を開く。
「?!」
 子供状態の砕音は、手をはねのけるように飛び起きた。しかし相手がヴァーナーだと気づき、力が抜ける。
「す、すまん。移動ボケした……」
「だいじょうぶ。こわくないですよー」
 ヴァーナーは笑顔を浮かべ、幼子を抱くように砕音をハグし、ほっぺたにキスした。
「〜〜〜!」
 ヴァーナーに弟のように扱われ、砕音はあわてる。
「待て待て待て。ダークヴァルキリーの説明をしないとな」
「そうでしたぁ。ボク、ダークヴァルキリーさんとお話したいんです。たたかうなんて悲しいです」
「ああ、彼女を真実、止められるのは古王国の女王アムリアナ・シュヴァーラしかいないだろう。女王の……ッ」
 砕音は何か言おうとするが、ノドが詰まって声が出ずに咳き込む。
 そこで今度は、指で字を書こうとした。だが急に体から力が抜け、ヴァーナーの腕に倒れ込む。
「これが呪縛……?」
 心配そうなヴァーナーに砕音がうなずき、自分の足をつなぐ鎖を見た。足輪は皮膚に溶け込んでいる。
「質問してくれてる分、楽なハズなんだが……それでもコレだ。じゃあ、この手で行くか」
 砕音の手に、輝きと闇、ふたつの塊が現れる。彼は、それをふたつともヴァーナーに渡した。
「今は無理でも、事態が進めば、これが具現化するはずだ。そしたら誰か、信頼できて社会的信用も高い人に、これを渡して欲しい。長い道のりだけど、それが確実にダークヴァルキリーを止め、救う事にも繋がるはずだ」
「はいです。うーんと、わたすのはラズィーヤ様はどうでしょう?」
 ヴァーナーの言葉に砕音はうなずく。
「ああ。彼女なら、これ以上ないくらい適任だ。ちなみに、渡した物は俺のじゃなく、ぱちった物だから」
 ヴァーナーは小首をかしげた。
「ぱちんこ屋さんでもらったんですか?」
「……某所から奪った、に訂正しよう」