空京

校長室

建国の絆 第4回(有料版)

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建国の絆 第4回(有料版)

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ダークヴァルキリー戦 2



 巨大な口だけの怪物エンプティ・グレイプニールが、空をフワフワと移動しながら寝所に近づいた。
 その上に腰かけたパラ実ギャル児玉 結(こだま・ゆう)が、携帯を手に言う。
「このへんかな? エンプティ、食い破って入っちゃってー!」
 結が口の上に立つと、エンプティは寝所の壁に食らいついた。分厚い金属を物ともせずに、もりもりと食べていく。ほんの数口で、寝所の壁にエンプティが入れる程の大穴が開いた。
「おぃーす! サッチー、ランラン、いるー? ……え?!」
 エンプティに乗ったまま寝所に入った結を待ち受けていたのは、友人ではなく武器を構えたクイーンヴァンガード達だった。
「あれが鏖殺寺院の怪物です」
 クイーンヴァンガードの一員島村幸(しまむら・さち)が仲間に言う。銃撃や魔法がエンプティめがけて飛ぶ。
 幸とガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)は、それぞれ自身の小型飛空艇をショートさせ、エンプティの口めがけて発進させる。
(あの口がランダムにナラカに繋がるということは、ランダムに繋がらないという事でもあるのですぞ。確率論でどちらが勝つか、神は全てご覧になっておられる)
 ガートナはそう考える。だが、それは結の適当な言葉を、彼らがさらに自分達に都合よく解釈しただけだ。
 二台の小型飛空艇は、怪物の口に消えた。何も起きない。
「か、神は我らを見限ったか?!」
 ガートナはみずからに都合よい解釈をしたために、逆に精神的ダメージを受けた。
 エンプティの陰に隠れた結が、ヴァンガード隊の中に幸の姿を認めて呼びかける。
「ちょっとサッチー! これ、どーなってんの?!」
 以前、結とメアド交換した幸は、彼女と友達になったフリをして探りを入れていたのだ。結は案外と口が堅く、情報は得られなかった。
 しかし、結は体調の悪いミスター・ラングレイを手助けするため、寝所に行くと言う。
 幸は「ラングレイを保護した」と嘘をつき、クイーンヴァンガードが待ち伏せた場所に結とエンプティを呼び出したのだ。
 幸は、結に揺さぶりをかけようと挑発した。
「塵殺寺院なんて名前からしてチョーださくない? あれっしょ、結、頭プーだからそこにしかいれなくなったんしょ? あはははっ!」
 それを聞いた結は、冷えた声でつぶやいた。
「……トモダチヅラしてても、結局ヒトなんて、そんなモンだよね」
 エンプティがそれまでと違った、凶暴な咆哮をあげた。
 その口から、ナラカの凶悪な魔獣の群れが雪崩のように吐き出された。
「ぎゃああああーーッ!!!」
 ナラカの獣は、幸やガートナ、クイーンヴァンガード達に襲いかかり、肉の塊へと変え、むさぼり喰らう。
 そこに百合園の部隊を飛び出してきた冬山小夜子(ふゆやま・さよこ)が駆けつける。
「鏖殺寺院め。許さない!」
 小夜子は殺意を剥き出しにして、結に殴りかかる。
「ぴぎゃああああーッッ!!」
 悲鳴をあげたのは小夜子の方だった。体を引き裂かれて、地面にブチ落ちる。
「さ、小夜子! 小夜子!」
 ヴァルキリーエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)が信じられない思いに全身を震わせながら、小夜子の体を抱えて怪物から逃げる。
 結の頭部が一変していた。エンプティと似た、凶暴そうな歯が並ぶ口、それが縦に首から生えている。体は女子校生のままの異様な姿だ。首の後ろに、パーカーのフードのように、顔の皮膚がぶら下がっていた。普段はそれをかぶって、人間のように振舞っていたのだ。
 ギャル風のネイルやアクセサリーをつけた少女の腕が、怪物の口についた血をぬぐう。ノドの奥からくぐもった声がする。
「鏖殺寺院、ねぇ。ランラン助けたら、即、帰ろーとか思ってたけど……って、エンプティ?! 暴れんな、コラ!」
 エンプティは怒りが治まらないのか、モンスターを吐き散らしながら飛んでいく。結はその背中に捕まるだけで、いっぱいいっぱいになる。



 鏖殺寺院の真田 幸村(さなだ・ゆきむら)はメール連絡に眉をひそめる。
(もともと鏖殺寺院には非協力的な児玉結さえも、過激な学生に襲われるとはな。ヒダカも気をつけねば)
 背後を見ると、彼の主ヒダカ・ラクシャーサが床に敷いた毛布の上に寝転んでいる。砕音達を襲って撃退され、怪我を負ったのだ。
 そこに近づく者がいる。
「何者だ?!」
 廊下を静かに歩いてきたのは鬼灯歌留多(ほおずき・かるた)だ。その目は閉じられたまま、開こうとしない。それでもパートナーのスカル・バリー(すかる・ばりー)は同行しておらず、一人で歩いてくる。
「血の匂い……そして気になる気配を感じて、こちらに参りました。よろしければ手当てさせていただけないかしら?」
 歌留多から殺気は感じられない。幸村は考えた末、
「任せた」
 と道を開ける。
 歌留多は戸惑う事無くヒダカに近づき、彼の容態を見た。出血や骨折はあるが、命に関わる程ではない。歌留多は慣れた手つきで、ナーシングで傷を治療していく。
「姉ちゃん……」
 いつになく子供っぽい口調で、ヒダカつぶやいた。うわ言のようだ。
 歌留多はふわりとほほ笑むと、彼に禁猟区の護りをほどこす。
「後は、治るまで安静にしていれば大丈夫でしょう。でも無理は禁物ですわよ」
 幸村は安堵の息をつく。
「かたじけない。……脱出だな。娘さん、道中の移動でヒダカが心配だ。医術の心得があるのは心強い。一緒に来てくれないか?」
「ええ、喜んでご一緒いたしましょう」
 幸村は紅月を呼び、彼らをテレポートで運んでもらう。
 もっとも紅月が運べるのは、彼女が行った事のある場所までだ。そこから先は、自力で行く事になる。




「ひいぃ〜、助けてほしいのでありますぅー!」
 教導団員土御門雲雀(つちみかど・ひばり)が情けない声をあげながら、モンスターの群れに追いかけられる。エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)にヒールしてもらい、どうにか倒れずに済んでいた。
 カイン・セフィト(かいん・せふぃと)が集まったモンスターの量を確認する。
「もう、頃合だろ」
「そうですか。後はヴァンガードの部隊へ向かうだけです」
 同じく教導団員のクロス・クロノス(くろす・くろのす)が同じ作戦を実行する雲雀を励ます。
 その先には、モンスターと苦戦するクイーンヴァンガードや蒼空学園の連合軍がいた。
雲雀とクロスは、かき集めてきたモンスターの群れを先導したまま、蒼空陣営軍の背後からその列につっこんだ。
 隊の背後で怪我人の治療をしていた蒼空学園生蓮見朱里(はすみ・しゅり)が「え、どうして?!」と戸惑う。
 蒼空陣営では、背後はモンスターを掃討したばかりで、教導団員が集めたような大量のモンスターの来襲など想定していなかった。
 雲雀が悲鳴をあげているので、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が守ろうとする。
「こちらへ!」
 雲雀は彼を見たが、守りの堅そうなアインには近寄らず、逃げようとする怪我人やウィザードの方に全速力でつっこんだ。そして彼らを突き飛ばして、逃げる。倒れた怪我人をアインが身を挺してかばうと、自分が突き倒された。また倒れた魔術師には、モンスターが噛み付いた。
「ぎゃあっ……ごぶっ」
 断末魔の声があがる。怪我人に肩を貸していた朱里がヒールを飛ばすも、走ってきた雲雀と衝突して間に合わない。そちらへ走り寄ろうとしていたシャンバラ人の少女が、突然、血を吐き出して倒れた。パートナーの死を受けて、彼女もまた死んだ。
 隊の後方で支援攻撃をしていたクイーンヴァンガード前原拓海(まえばら・たくみ)が、援護に飛び出していく。
 だが拓海の前に立ちふさがったのは、教導団員クロスだった。
「女王候補宣言でアレだけの失態を犯しておいて、この場に居て我々と敵対するんです?」
「なっ……」
 拓海や周囲の者が絶句する。クロス達は、意図的にモンスターを引きつけて蒼空陣営の弱い場所に導いたのだ。
「何が目的だ?! これが中国の意図か?!」
 拓海の詰問に、クロスは平然と言い返した。
「国同士の利権争いなどに関わりたくはないが、所属学校に不利益が発生するのはいただけません。妨害させていただきます」
「ふざけるな!」
 拓海が光条兵器を撃つ。だがクロスの方が早い。
(やられる?!)
 拓海は冷たい予感を感じる。だが彼に振り下ろされたクロスの大鎌を、妖刀村雨丸が弾き返した。クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)だ。
「……教導団員が……ここで、何をしている?!」
 クルードは眼光鋭くクロスを睨んだ。彼は異変が起こるまではクイーンヴァンガードの先頭に立って戦っていたのだが、背後の混乱を見て取り、飛んできたのだ。
 隊の前方にはアメリア・レーヴァンテイン(あめりあ・れーう゛ぁんていん)が残り、クルードの抜けた穴を補うべく、モンスターと奮戦している。
 クロスはクルードの出現に、後ずさった。彼のオーク戦での武名は承知している。相手取るのは、やっかいだ。
「……冥界の銀狼の爪牙……その身で味わいたいか……?」
 クルードが迫る。その彼に向けて雷術が飛んだ。カインの魔法支援を受けて、クロスはその場から逃げ去った。
 同様に、雲雀も逃げのびていく。共に逃げるエルザルドは、蒼空陣営の被害に不安を覚えた。
(優先権を取ろうとするのはいいけど、他所の生徒への妨害は、果たして団長さんは望んでるのかね……)

 ヴィルヘルムや北条真理香が部隊を後退させつつ、守りを固めて事態の収拾にかかる。「朱里、彼はもう……」
 物言わぬ生徒を抱きかかえた朱里に、アインが声をかけようとする。
「まだ……まだ、大丈夫です。まだお医者様に見せれば……きっと……」
 朱里の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。アインは拳を握り締めた。朱里の心を守れなかった事に、自覚した事のない苦しさを感じる。
 クルードがそこに歩み寄り、押し殺した声で言う。
「……現状を見ず……こんな時に対立するのは……上の連中だけだ、と思ったのだがな……。協力できる所は……皆で協力するべきはずだ……」
 朱里がつぶやく。
「イリヤ分校では、どの学校の生徒でもみんなが力を合わせて頑張れたのに……どうして、ここではそれが出来ないの……!?」
 寝所内にダークヴァルキリーの絶叫が木霊する。クルードはふたたび妖刀を握った。
「……今は……残された者だけでも……協力して戦わねば……。彼らへの……たむけとして……!」