空京

校長室

建国の絆 第4回(有料版)

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建国の絆 第4回(有料版)

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空京市内


 空京市の繁華街。避難勧告が出て、街に人の姿は無い。
 普段、人々が行き交う商店街は不気味に静まり、時々モンスターの咆哮や暴れる音が響く。
 そこで数人の生徒や教師が、取り残された者を探していた。
「ダークヴァルキリーのパートナーですって?!」
 イルミンスール魔法学校の生徒達の話を聞いて、蒼空学園教師早川あゆみ(はやかわ・あゆみ)は驚いた様子だ。
 東間リリエ(あずま・りりえ)は神妙な顔つきでうなずいた。
「ダークヴァルキリーのパートナー候補として誘拐されたのは、普通の少女達でした。実際にパートナーとなったのも、そのような人だと思うんです。でも、その噂が全然聞こえて来ないことから、その人は周りに家族や友達が誰もおらず、自分からも動かない、もしくは動けない状態でいるのじゃないでしょうか。だったら住宅街は考えにくいですし、少女ならば、オフィス街よりも繁華街にいると考えたんです」
 リリエの説明に、あゆみは納得した表情だ。
「だから、ここに取り残された人の中に、パートナーがいるんじゃないかって事ね。
 メメントモリー(めめんと・もりー)がいぶかしげに聞く。
「見つけたら、どうするつもりだい?」
 狭山珠樹(さやま・たまき)が確信に満ちた表情で答える。
「あの叫び……明らかにダークヴァルキリーは苦しんでいますわ。でも直接、彼女の邪悪を鎮めて精神状態を回復させるには、我は力不足。ならば、ダークヴァルキリーに影響のある、その契約相手にヒールやパワーブレスをかければ、呪いを緩和させて狂気を収める事ができるかもしれませんわ」
 あゆみはにっこりと、ほほ笑んだ。
「それなら私も喜んで協力するわ」
 彼女達の話を(まいったなぁ)と思いながら聞いていたのはメイコ・雷動(めいこ・らいどう)だ。
 実は、秘密にはしているがメイコは鏖殺寺院のメンバーである。もっとも非道な手段を用いるメンバーとは一線を画しており、そうした者の所業や流言飛語には、日頃から頭を痛めていた。
 そんなメイコに、珠樹は不思議そうに聞く。
「どうかなさいましたか?」
「えっ?! いやぁ、いつモンスターが来るか分からないから、警戒してるのさ。話がまとまったようなら、サクサク捜索しよう」

 一行がしばらく繁華街の捜索をしていると、メイコが立ち止まり一軒のビルを指す。
「なあ、あのビル、中から爆発したみたいに壊れてないか?」
 モリーがその雑居ビルを見上げる。
「うわー。あれは、なんかヤバそうだね」
 鳥っぽいモリーを見ていると危険そうに感じないが、ビルの中程の階が、中から大爆発したように大穴を開けている。
 ジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)が破壊の様子を観察する。
「……穴の周囲に焦げは無いな。ガス爆発や火薬によるものじゃなさそうだ」
 生徒達は、周囲を警戒しながら雑居ビルに入った。停電になっておりエレベーターは動かない。上階で水道管が破壊されているのだろう。水が流れ落ちる階段を一行は登り、穴の開いた階へとあがった。
 建物内部も巨大な力を振るわれたように荒れている。
「ここはネットカフェのようね」
 あゆみが床に落ちたキーボードを拾い、机の上に置く。間仕切りは吹き飛ばされ、机と折り重なっている。
 新田実(にった・みのる)が大きな声で、呼びかけた。
「おーい! 誰かいないか?! 助けに来たぜ!」
 耳を澄ますが、どこからか水音が響く以外、何の音もしない。
「かたさないと、この下に誰かいるのかも分からないな」
 実は珠樹、リリエと共に小人の鞄を使い、小人に片付けと捜索をさせる。
 黒い羽根のヴァルキリーマコト・闇音(まこと・やみね)は、間仕切りと机の上を飛び越し、水音のする方へ向かった。
(ここは……女子トイレか)
 その周囲は、コンピュータのあるエリアよりもボロボロになっている。引きちぎれた水道管から、水が流れ続けていた。ビルの大穴は、トイレのすぐ脇に開いていた。うっかりすると、そこから外に落ちかねない。
 マコトをそれらをいぶかしみながら、周囲を見回す。床にはグシャグシャになった金属の箱らしき物体が転がっている。おそらくロッカーだろう。
「まこち、どうしたんだよ?」
 机の上を歩いて、メイコがマコトを追ってきた。彼女がいつになく思いつめた表情をしているので心配しているのだ。
「この辺りは、妙に闇の気配が強くはないか?」
 マコトは闇の輝石を見つめる。周囲には、異様に濃い闇の精霊力が感じられた。だが、それ以外は特に何も見つからない。
 破壊状況から考えて、そのトイレ内部が「爆発」地点のようだ。

 リリエは、小人が掘り出してきた機械にきょとんとする。
「これはハードディスク?」
 だが他に床に転がっている、店の機械とはずいぶんと違うように見える。モリーも小首をかしげる。やはり鳥っぽい。
「受付のカウンターにあったみたいだし、これって監視カメラの記録装置じゃないかな? これに何か映ってるかも」
 モリー達は、隣のまだ電気が通じているビルに向かった。無人だ。
「ちょっと電気もらうね〜。非常事態だし、これも解決のためだし」
 モリーはぶつぶつ言いながら、羽根っぽい手(?)で記録装置と持ってきたモニタを繋げ、操作する。四苦八苦の後に、監視カメラの映像を出す事に成功する。
 巻き戻してみると、無人のネットカフェが映っているだけだ。だが突然、爆発したように画面が乱れ、その先は何も記録されていない。
「……あれ? この映像、音もあるのかな?」
 モリーがモニタ表示をのぞきこむ。事件、事故で衝撃があったり、轟音が響いた場合に自動的に録音して残すシステムのようだ。今度はスピーカーを運んできて繋げる。
 破壊音と共に「ギャアアアアアアア!」と声が響く。
 珠樹がうなずく。
「ダークヴァルキリーの声ですわね。彼女がここに来てビルを破壊したのでしょうか」
 しかし実が眉を寄せる。
「でもビルは内側から壊れてるぜ。出入口のひとつしかないネットカフェだ。ダークヴァルキリーは店の入口から入ってきて、女子トイレでドカーンと爆発させて外に出ていった、という事になるぜ?」
 モリーも言う。
「映像を高速で送ってみたけど、ダークヴァルキリーな人が店に入った様子は無かったよ」
「……体をなくしていたダークヴァルキリーが、この場にいた誰かと契約して、ここに復活したのかもしれませんわね。その後、壁を破壊して契約相手を連れて出て行ったとすれば説明はつきますわ」
 皆が珠樹の推理を検証していると、あゆみが別の事を言った。
「……気になったので、いいかしら? さっきの『ギャア』って声、途中から太くなっているけど、響きはじめは赤ちゃんの声のようじゃないかしら?」
 巻き戻して聞いてみると、確かにそうも聞こえる。まるで赤ん坊がダークヴァルキリーになったかのようだ。
「でも赤ちゃんがネットカフェにいるなんて……いや……捨て子?」
 モリーがつぶやく。皆は押し黙った。
 世間では夢の都市の様に謳われる空京だが、ここ数年、様々なひずみが浮上している。
 人口百万人の空京も、その多くは仕事を求めて流れ込んできた者だ。本気でこの地に永住するつもりの者など、いくらもいない。ある程度の蓄えが出来れば、地球やシャンバラ各地に帰っていく。
 そんな中で生まれた子供、特に地球人とシャンバラ人の間にできた子供が捨てられるケースは右肩あがりで増え続けていた。
 なお、空京にいるのは働き手となりえる者ばかりで、一般的な都市に比べると老人や子供、病人などの災害弱者は非常に少ない。そのため今回の騒動で、弱者救済で功をあげようとした学生同士が、その弱者を取り合う場面すらあった。


 一行はその後も捜索を続けたが、発見は無かった。
 モリー達は、監視カメラの映像記録を焼き増しして、それぞれ持ち帰る事にした。
「一応、こういう事に強そうな蒼空学園に分析を頼むけど……イルミンの人も多いし、念のために皆がそれぞれ記録を持っておこうよ」




 職員が避難して、空京市庁舎には誰もいない。機能は、避難場所の臨時事務所に移されている。
 庁舎の無人の廊下を、仮面ツァンダーソークー1こと風森巽(かぜもり・たつみ)は小さな少女を抱きかかえて走っていた。
 少女は、空京市長の娘ユーナ・ベルモンドである。
 巽は空京警察との橋渡しを頼もうと、ミス・ウェッソンに市長と連絡を取ってくれないか頼んだのだが、なぜか市長の居場所も分からず、連絡も着かなかった。
 胸騒ぎを感じた巽は、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)にモンスターとの戦いを任せて、市庁舎に様子を見に来たのだ。
 そこで彼は、ユーナと会った。メイドのハンナが去ってから閉じこもりがちだったユーナだが、ヒーロー姿の巽を「本物」だと思って駆け寄った。
「ママ、いないの。さがして」
「もしや市長がここにいるのですか?」
 ユーナは涙目でうなずいた。
 空京市長マーガレト・ベルモンドは、女性ながら敏腕で通っている。
 巽はユーナを連れて、市長室に向かう。突然、彼らが向かう方角からモンスターの咆哮が響いた。
「ユーナちゃんはここで待っていてください!」
 巽はユーナを待たせ、市長室に飛び込んだ。頭がいくつもある鷲のようなモンスターが、血を流して倒れる市長に今まさに鉤爪で引き裂こうとしている。
「させませんッ」
 渾身の遠当てを放ち、続けて轟雷閃を見舞う。
 モンスターは不機嫌そうに鳴きながら、破壊された大窓から外に出て、飛び去ってしまう。
「市長、ご無事ですか?!」
 巽が応急処置をしていると、ユーナが心配そうに近づいてくる。
「……ママ、死んじゃう?」
「大丈夫です。ママはユーナちゃんをおいていきませんよ」
 市長は重傷を負って気絶していたが、一命は取り留めたようだ。
 そこに騒々しく「何事だ?!」と男達が入ってくる。空京警察の要人警護班だ。
 彼らは病院に連絡を入れ、市長を運び出していく。巽を見る目は、邪魔者を見る目だ。「貴公ら、この状況で何故市長を一人にしたのですか? こんな時に庁舎で、何をしていたというのです?」
「ガキは黙ってろ」
 警官は言い捨て、ユーナを「令嬢を保護する」と、引きずるように連れて行ってしまう。巽の胸には、しこりのような嫌な感じが残った。