空京

校長室

建国の絆 第4回(有料版)

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建国の絆 第4回(有料版)

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イルミンスール魔法学校 2


 時間と共に、寝所内のモンスターは増えていく。
「こんなに魔物が多くなってくると、それに乗じてアーデルハイト様を狙う輩が動き出すかもしれないぞ」
 金色タキシードのエル・ウィンド(える・うぃんど)が言う。爆発の煤は丁寧に払ったようだ。
「これがあれば大丈夫です!」
 機晶姫ホワイト・カラー(ほわいと・からー)がメモリープロジェクターで、アーデルハイトの映像を投影した。それを影武者にしようというのだ。
 近くで見れば映像だと分かるが、遠くから見れば誤魔化せるかもしれない。
「あぅ、映像に重ならないでくださいー」
 ホワイトは、捜索中の生徒や壁などに映像に重ならないよう集中する。

 突然、周囲に目を配っていた袁紹本初(えんしょう・ほんしょ)が「来たのじゃ!」と叫んだ。
「超ババ様ッ!」
 身隠しで隠れていた志方綾乃(しかた・あやの)が飛び出し、アーデルハイトの代わりに魔法攻撃を受けた。
「綾乃!」
 アーデルハイトが、身代わりとなって倒れた綾乃に駆け寄る。痛みと薄れる意識の中、綾乃は感動を覚えていた。
(普段はやいのやいの、うるさく言ってる超ババ様でも、いざとなればやっぱり心配してくれるんですね……!)
 アーデルハイトは言った。
「ほーれ、見ぃ。人を超ババ様などと呼ぶからバチが当たったのじゃ!」
(……私の感動を返してください。しくしく)
 綾乃は心で泣いた。
 ミツバ・グリーンヒル(みつば・ぐりーんひる)が彼女の手当てを始める。
「今、治します。それにしても……うぅ」
 ミツバが見た方向で、アーデルハイトに魔法攻撃をしかけたメニエス・レイン(めにえす・れいん)が暗い笑みを浮かべた。
「あら、残念。でもワルプルギスの開祖様と対峙できるなんて光栄だわ」
 魔法学校を飛び出して音信不通になっていたメニエスの登場に、生徒達の間に緊張が走る。
 本初がメニエスをにらむ。
「今さら、何の用なのじゃ?!」
「決まってますわ。鏖殺寺院幹部への手土産として、一体くらいは、アーデルハイトの首をいただくわよ」
 その言葉と共に、メニエスがファイアーストームを浴びせかける。
 遠野歌菜(とおの・かな)は禁猟区で魔法を防ぎながら、ヒロイックアサルトでメニエスに対抗する。
「アーデルハイト様には近付かせないからっ!」
 しかし、メニエスの魔法攻撃は囮だった。範囲攻撃で壁が減った間隙に、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が飛び込んだ。その腕のカタールが閃く。

さくっ

 アーデルハイトの真ん中に、一本線が走った。
「クッ、しまった」
 リヒャルト・ラムゼー(りひゃると・らむぜー)がアーデルハイトとミストラルの間に体をねじこみ、ヒロイックアサルトを放って彼女を引き離そうとする。
「アーデルハイト様!!」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)歌菜が両側から、アーデルハイトをばしっと抑える。
「セ、セーフだ! ……たぶん」
「誰か、アーデルハイト様にガムテープを!」
 歌菜が周囲の者に呼びかける。
「……せめてセロハンテープにしてくれぬかのう」
 アーデルハイトがぶつぶつ言うと、口の辺りがずりっとズレる。
「しゃ、しゃべっちゃ駄目です」
 エルがあわてて、彼女の口をふさぐ。
「もが〜、いひぐぁでひん!」」
「うわっ、暴れたら……」
 ずりりん。
「あ〜、駄目ぇーッ!」

 アーデルハイトは真ん中から、ふたつに分かれてしまった。
 ……アーデルハイト、二人目、まっぷたつ。


 メニエスは高らかに笑いながら、去って行こうとする。
「あー! 待って!」
 彼女を三笠のぞみ(みかさ・のぞみ)が呼び止めた。
「何かしら?」
「本当にこのまま鏖殺寺院の人になっちゃうの?!」
 メニエスはふきだした。
「当然じゃない。こんな楽しい事ってないもの」
 メニエスはミストラルを従え、寝所の奥に消えていく。
 のぞみは、その背を見送った。不思議と怒りは沸いてこない。敵味方に分かれる事になったが、メニエスを嫌いな訳ではない。
(お互いに……がんばろうね)
 のぞみは複雑な思いのまま、心の中でメニエスに語りかけた。

 今度はザカコのパートナー強盗ヘル(ごうとう・へる)が、アーデルハイトの体を背負う。
「まっぷたつとは酷いな。人目は避けておくぜ」
 ヘルは光学迷彩と隠れ身を駆使して、密かにアーデルハイトの体(使用済)を運んだ。



 隠れ鏖殺寺院メンバークリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、マントやマスクで変装したまま、寝所の裏通路を走っていた。
 幸か不幸か、彼は戦闘中に携帯電話を壊してしまっていた。そのため、砕音と同行しているパートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)とも連絡はつかない。
 クリストファーは当初、鏖殺博士の案内をしようと思っていたが、博士は直接、寝所に来る訳では無かった。だが鏖殺寺院幹部白輝精(はっきせい)から、代わりの重要人物の案内を頼まれたのだ。

 同じ頃、薔薇の学舎生徒鬼院尋人(きいん・ひろと)は内心、疑問を抱えながらモンスターと戦っていた。
 戦いが一区切りついた時、吸血鬼西条霧神(さいじょう・きりがみ)が心配そうに聞く。
「どうしました? 何か気がかりな事でもあるのですか?」
 尋人は浮かない顔だ。
「薔薇の学舎の生徒が、鏖殺寺院に関わっているという噂があるよね。一時的だとも、深く関わっているとも……
 それに、ジェイダス校長が声明でイエニチェリ選抜の基準にすると言っていた『功績』。必ずしも鏖殺寺院を倒す事を示してはいないんじゃないか?」
 霧神は考えこんだ。
 パラミタに来たばかりの時、尋人は他者と関わる事を拒否していた。しかし今では、仲間のために何かをしようとするまでに成長していた。
 霧神はそれを喜び、だからこそ彼の疑問に応えたかった。だが多くの事実はまだ闇の中だ。尋人のためにも、その場しのぎの答えはしたくない。
 霧神はふと気配を感じた。通路の先の方で、隠し扉から出てきた人物に気づく。装着しているマントと仮面で、何者かは分からない。
 だが無意識に何かを感じ、霧神はその人物の存在を尋人に教えるのを戸惑う。
 しかし尋人も、戦場で経験を積んできている。その人物に気づいた。愛用のランスを構え、聞きただす。
「君は何者だ? その正体を隠すような格好、それに寝所の隠し扉を知っているなんて……」
 気づかれたクリストファーは、なるべく普段と異なる声で答える。尋人は薔薇の学舎の学友だ。
「顔を仮面で隠した生徒が怪しいなら、イエニチェリにだって怪しい人がいるじゃない?」
 答えながらクリストファーは、そこを突っ切るか考えた。だが尋人とは実力伯仲の上、ウィザードである霧神のサポートもあるだろう。
(それに彼は……)
 クリストファーは心を決めた。ディフェンスシフトを取りながら煙幕ファンデーションを使う。
 突然の煙に、尋人はとっさに後退し、どこから相手にかかってこられても対抗できるよう身構える。
 しかし攻撃はないまま、煙が晴れていく。誰もいない。正体不明の人物は、現れたのと同じ隠し扉から去ったのだろう。霧神が周辺の壁を調べる。
「これは合言葉によって開くタイプの魔法の隠し扉のようです。合言葉を知っているとなると、やはり鏖殺寺院の可能性が……」
「うん」
 尋人はうなずいた。最近は、ご当地ヒーローのように各学校に学生ヒーローがいて、それぞれに名が売れている。
「『仮面』と聞いてヒーローじゃなく、真っ先にイエニチェリと出すなんて……いや、まだ断言はできないけどね」
 尋人は胸に広がる不安を抑えこみ、今は仲間を守る戦いに集中する事にした。

 一方、同じ頃、クリストファーは裏通路で、どうやって目的地に辿り着こうかと困っていた。
(まいったな、鬼院君と鉢合わせるなんて。変装しといて良かった)
 彼はこれから鏖殺寺院の長アズール・アデプターを出迎えに行く手筈なのだ。儀式で死んだ長だが、彼は邪術により信者の体を乗っ取る事を繰り返して、数千年を生き延びてきたのだ。
 おそらく今頃、長アズールは新しい体で目覚めているはずだ。

 結局、クリストファーは長と落ち合う事ができなかった。
 尋人は、本人がそれと気づく事は無かったが、クリストファーがより鏖殺寺院にのめり込むのを防ぐ事に成功していたのだ。



 アーデルハイトはザカコ達が背負う、二体の自分をながめ、ぶつぶつ言う。
「この寝所という所、思った以上に危険な所じゃのう。いや、ダークヴァルキリーめが危険を引き寄せておるのか……。何か吸引力のような力を感じるのう」
「それはどういう物……ん? ちょっと失礼」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)の携帯が鳴った。市内で情報収集しているらしい、戦友の七尾蒼也(ななお・そうや)からだ。エルは皆から少し離れて、電話に出た。
「どうしたんだい? ……え? キミ、どこでそれを……? な、なんだってーー!!」
 エルは大急ぎでアーデルハイト達に駆け寄る。
「大変だよ! 鏖殺寺院の長アズールが復活してアーデルハイト様を……」
 その時、頭上で声がした。
「ほう、私を呼んだかな?」
「え?」
 イルミン生達の頭上に、白銀の長髪の美青年が浮かんでいた。


ぼかーん!!!


 またもや大爆発が起きた。……アーデルハイト、三人目、本日二度目の爆死。

 三体目のアーデルハイトのボディは、それぞれがアーデルハイトの死体をおぶったザカコ強盗ヘル(ごうとう・へる)が、二人がかりで運びにかかる。なんとも壮絶な光景だ。
 だが、その姿が消える。他のイルミン生達も同様だ。
 アーデルハイトの予備の体3つが殺されたため、一部の拒否した生徒を除き、テレポートで全員撤退となったのだ。
 その様子に、爆殺犯の青年は、邪悪な高笑いをあげた。
「復活は貴様だけの特技では無いのだよ。のこのこと私の前に出てくるとは……老いたな、アーデルハイト!」