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建国の絆 第4回(有料版)

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建国の絆 第4回(有料版)

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真ダークヴァルキリー戦


 出所不明な情報ながら、リネン・エルフト(りねん・えるふと)が伝えてきたダークヴァルキリーの無敵さに、寝所に潜入した生徒の間に不安が広がった。
 イルミンスールが撤退したのを受け、教導団も撤退した。
 蒼空陣営は彼らと協力関係に無く、一部では深刻な対立もあったが、両校が撤退した事で更なるモンスターとの戦いが予測された。

 百合園の教師ヘルローズは、親衛隊隊長ヴィルヘルムに「これ以上、我が校生徒を危険な目には合わせられないわ」と撤退を伝え、彼女達を支援するパラ実生と共に撤退を開始。
 すでにそれまでの戦いで被害の大きい蒼空学園とクイーンヴァンガードだけでは、もはや戦いを続ける事はできなかった。彼らも撤退を決意し、全学校が寝所から去る事になった。

 生徒達はダークヴァルキリーには傷ひとつ付ける事ができず、むしろ彼女にどこまで存在を気づいてもらえたか、というレベルだ。
 また、ダークヴァルキリー復活以降、鏖殺寺院は生徒など相手にせず、彼らを盾にしている間に、救世主の狂乱を鎮める方法を探していた。
 各学校の惨敗である。ダークヴァルキリーや鏖殺寺院に相手どって戦ってもらえる、と彼らは本気で思っていたのだ。
 勇者きどり、トレジャーハンターきどりで寝所に入り込み、たがいに争いあって、いったい何を得たと言うのだろうか?

 だが、多くの者が撤退した後の寝所で、本当の戦いが始まろうとしていた。


「でも、さっき攻撃した時は、かすり傷もつけられなかったぜ」
 駿河北斗(するが・ほくと)が胡散臭そうに朱黎明(しゅ・れいめい)を見る。
 黎明はラングレイから頼まれ、北斗に会いに来ていた。ダークヴァルキリーと戦うため、撤退せずに残るよう忠告したのだ。
「ダークヴァルキリーと戦うには専用の武器が必要なのです。私が借りてきましょう」
 黎明が手を掲げる。そこに魔剣、斬姫刀スレイヴ・オブ・フォーチュンが現れた。
「魔剣!」
 北斗は目を丸くする。黎明はラングレイから、魔剣を呼び出す力を一時的に与えられたのだ。
「ええ、そうです。持ち主のリコさんの協力も必要ですね」
 黎明は、魔剣の主高根沢理子(たかねざわ・りこ)に電話をかけた。リコはあわてている。
「あっ、おっぱ……黎明さん! 大変なの! あたしの魔剣が消えちゃって……」
「それでしたら申し訳ありません。ダークヴァルキリーと対決するため、少々こちらでお借りしています。なに、用が済んだらお返ししますのでご安心下さい」
 黎明の言葉に、リコは驚く。
「ええーっ?! まだ寝所に残ってるの? あんな無敵なダークヴァルキリーと対決なんて無茶よ!」
 しかし答える黎明の声は落ち着いていた。
「私もそう思います。ですから、斬姫刀スレイヴ・オブ・フォーチュンが、シャンバラ女王を斬る魔剣などではなく、その真の力を発揮できるように祈っていていただけませんか?」
「……分かったわ! あたし、祈ってるから、黎明さんも皆も無事に戻ってきてね!」
(なんと単純な)
 リコの屈託ない言葉に、黎明は思った。それが呆れなのか羨望なのか、確かめている時間は無い。
 魔剣が強力な魔力を帯び始めた。


 シルヴィオの携帯電話に、仲間のクイーンヴァンガードから連絡がある。
「どこにいるんだ? シャンバラ宮殿の対空砲で、これから寝所を攻撃する。お前も手伝ってくれ」
「そりゃ無理だな。なにしろ俺は寝所にいるんだから」
「なんだって?! 威嚇射撃に切り替える。その間に逃げろ」
 アイシスが携帯を奪い、逆にクイーンヴァンガードを止めようとする。
「ダークヴァルキリーを攻撃してはいけません。殺意や害意は、逆に反撃されて被害が出るだけです」
「もう発射態勢に移る。避難するんだ。切るぞ」
 電話は一方的に切られた。

 シャンバラ宮殿の外壁が動き、無骨な砲身が現れる。魔法の破壊光線が、宮殿真上の寝所に向けて何条も放たれた。
 しかし、それは空中で跳ね返され、そのまま宮殿へ命中した。爆音と閃光があがり、ついで黒い煙が立ち昇る。ヴァンガード隊が消火作業、救出活動に走り回り、宮殿は沈黙した。
 宮殿の魔法対空砲はダークヴァルキリーに届く前に、寝所に元から備わる防衛機構にあしらわれたようだ。最新鋭の兵器など、古王国期の兵器に比べればオモチャに等しい。


「我々はこれより本隊の作業を支援するため、魔物駆除にあたる。
 本来ならば、エンプティやヒダカ率いる邪霊も使う筈だったが、故あって参加できぬ。その分、我ら各人の奮起が期待される。心してかかれ」
 鏖殺寺院鮮血隊将軍林 紅月(りん・ほんゆぇ)が集まった鏖殺寺院メンバーに説明する。鮮血隊の動く鎧達も並んでいるが、ただ静かに立っているだけだ。
 その間、自称・鮮血隊副隊長トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が紅月の周辺を護っている。なにしろ寝所は壁、床、天井のどこからでもモンスターが現れるのだ。油断はできない。
 紅月らは寝所中心近くのホール周辺から、モンスターを掃討する。
 各員が配置に散っていき、紅月も移動しようとした。トライブが彼女に近づく。
「どうした、トライ……」
 トライブは紅月をギュっと抱きしめた。
「お願いだから死ぬな」
 紅月は動揺した様子で、身を離す。かすかに頬が赤い。
「も、もちろん、この様な所で死ぬ気などない。……行くぞ」
 紅月は矛を構え、早足で行ってしまう。トライブも当然、後に続いた。


 鮮血隊の動く鎧達がモンスターと戦いを始める。
 ベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)はトライブに「危険に巻き込みたくない」と言われ、離れた場所で様子を見ていた。だが、もし何かあれば飛び出していきそうだ。
(魔物の量が多いのう。トライブも紅月も大丈夫じゃろうか……)
 ベルナデットが心配して見ていると、トライブ達にもモンスターの群れが、じわじわ迫っていく。と。
 凄まじい音を立てて壁を破壊し、何かが現れた。巨大怪獣、ではなく、その口だけだ。
 巨大口は「ぐー」と鳴きながら、もぐもぐ口をを動かしている。壁とその辺りにいたモンスターをすべて食べてしまったようだ。
 児玉 結(こだま・ゆう)が巨大な口エンプティ・グレイプニールをようやく、なだめたのだ。単に、暴れ疲れて腹が減っただけかもしれない。
 巨大口の上から結が顔を出し、紅月に挨拶らしきものをする。
「ちょえーす。よーやくエンプティ、静かんなってー。ランランに聞いたら、リンリン手伝ってこいって言われてぇ」
 紅月は周囲を見回してから聞いた。
「……もしやリンリンとは私の事か?」
「そっすよー。何やればイー感じ?」
 紅月がモンスター排除について伝えると、結はエンプティに言った。
「エンプティ、オトモダチもモンスターも全部、吸い込んじゃいなよ」
「ぐー」
 エンプティは一鳴きすると、口を大きく開ける。凄まじい空気の流れが起き、エンプティが吐き出したものも、寝所に湧き出したものも、モンスターがどんどん吸いこまれていく。


 ホール周辺のモンスターがだいぶ減ってきた。
「そろそろでしょうかね」
 黎明が斬姫刀スレイヴ・オブ・フォーチュンの刀身に手を触れる。ラングレイから預かった紋章の光が、刀身に染み込むように消えていく。
「これで準備OKです。さあ、行っていらっしゃい」
 爽やかな笑顔で言われ、北斗はあわてる。
 そのホールの周囲には、ギャラリーのように砕音達一行がおり、離れた場所では鏖殺寺院の巨大口や動く鎧がモンスターを食い止めているらしい。
 だがホール中央にいるのは、北斗達だけだ。
「はぁ?! 俺一人でダークヴァルキリーに突っこめって言うのかよ?!」
「問題ありません。その魔剣で先程と同じようにすれば、なんとかなるでしょう……とラングレイが言ってました」
「信用できねええぇ」
 と言いつつ、北斗は魔剣を手に歩みだす。「ギャアアアアア!」という声が、どんどん彼の方に近づいてきていた。

 現れたダークヴァルキリーは、先程よりも巨大に見えた。彼が持つ魔剣に気づいたのだろう。まっすぐ北斗に近づいていく。
 その身を被う重いオーラだけで圧倒される。
 北斗は頭をブンと振った。
「俺は、ドージェを追うんだ! こんなちっとばかし長いプロローグで絶望してられっかよ!
 うおおおおおお! 届けええええええ!!」
 北斗は渾身の想いを込めて、斬姫刀スレイヴ・オブ・フォーチュンの刀身をダークヴァルキリーに叩きつけた。
 光条兵器の時と同様「闇を斬り、人を斬らない」刃になれ、と。
(もし発狂する前は善良な存在だったなら……俺は元に戻してやりたい)


 闇が広がり、ダークヴァルキリーは床に落ちた。
 思わずアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)が彼女に翔け寄る。
「あ……!」
 『ダークヴァルキリー』ではない、忘れてしまった名前で彼女に呼びかけたかった。悲しみに涙がこぼれる。
 何者かの手が伸び、アイシスの涙をふき取った。
 怪物の巨体を内側から破るように、美しい女性の顔と腕が突き出ていた。
「大丈夫よ、アイシス」
 アイシスは信じられない思いで、彼女の顔を見た。女性は言う。
「だッテ、この寝所ニ満ちルおびただシィ殺意、害意、慢心、憎シみ……すべてがワタシの糧とナったのだもの。ふふふ、あはハはは!!」
 狂ったような笑いが、寝所のホールにこだまする。
 砕音が「解除」とつぶやいた。
 鏖殺寺院の長アズールと白輝精が現れ、ダークヴァルキリーに近づく。
「救世主様、呪縛からの開放、おめでとうございます」
「さっそく我らの城にお越しくださいませ」
 ダークヴァルキリーがニヤリと笑う。そして、その姿も鏖殺寺院幹部の姿も、忽然と消えた。離れた所にいたメンバー達もすべて消えている。テレポートで去ったのだ。

 その場に立ち尽くすアイシスに、ラルクに支えられた砕音が近づく。
「……これで、良かったのでしょうか?」
 ダークヴァルキリーが消えた場所を見つめながら、アイシスが聞いた。
「俺としては、お前を認識したのが驚きだな。あれが心底、邪悪なら、目の前にいたお前をまず血祭りにあげてただろう。
 それに、しばらくは鏖殺寺院を『ダークヴァルキリーをまた空京に縛りつけるぞ』って脅しておける。
 まあ、この件で疑いや叱責を受けたら、俺に騙されたと言っておけ。そもそも各校が撤退した後、この場で責任があるのは教師の俺だ」
 ラルクが天井を見上げる。
「あのなァ、砕音……」
「じゃあ、とっとと脱出した方がいいな」
 ラルクが何か言う前に、砕音が皆をせかした。