空京

校長室

建国の絆 第4回(有料版)

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建国の絆 第4回(有料版)

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ヘル・ラージャ 1


 市内某所の、無駄に豪華な隠れ家。
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、気絶したヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)を運びこんだ生徒達に頭を下げる。
「ありがとう。俺だけじゃ、こいつを助けられなかった」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が言う。
「気にする事じゃないわ。友達を助けるのは当然だもの」
「それでも……心から礼を言いたい」


「こ、ここは?!」
 気絶から覚めたヘルの第一声は、驚きの声だった。
 豪華なベッドの天蓋の向こうには、ミラーボールが輝く天井。辺りには薔薇の香りが漂い、噴水の水音がさらさらと響いている。
 ヘルは反射的に飛び起きて周囲を見回そうとしたが、体は麻痺して動かない。下半身の蛇の鱗がかすかにうねったくらいだ。
 ココ・ファースト(ここ・ふぁーすと)が意識の戻ったヘルに、笑いかける。
「よかった。気がついたんですね。ここは空京のマンションですよ」
「ふー。たひがんかと……」
 ヘルは緊張を解いたが、少々口が回っていない。呼雪が心配そうに聞く。
「どこか痛い所はないか?」
「しっぽ」
 長くてかさばるので、大急ぎで運ぶ途中にぶつけたのかもしれない。
「それでは僕が治療させていただきます」
 片倉蒼(かたくら・そう)がヘルにヒールをかけ、ベッドからはみ出した部分にクッションを敷く。
「他に何かご要望はございますか?」
「さむー。ヘビはコタツで丸くなりたい季節なの〜」
「……とぐろを巻くのか」
 呼雪の指摘に、ココが小首をかしげる。
「やっぱり爬虫類の人は、寒いと冬眠したくなるんでしょうか?」
 ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)がクローゼットを指す。
「コタツだったら、さっき探検した時にあったよ。出す?」
「うん!」
 ヘルが食い気味にうなずく。ファルは黒田智彦(くろだ・ともひこ)と共に、しまってあったコタツを取り出しにかかる。
「コタツって強いのー?」
「強くないよ。でも、あったかいよ」
 謎の会話をしながら、二人はコタツを出して設置する。それもベッドの上に。
「あったかい〜」
 しかしヘルはご満悦だ。
「栄養も取った方がいいだろう」
 呼雪がキッチンに向かう。
 彼が料理している間に、リネンがヘルに戦闘の経過など、彼が倒れて以降の事を説明した。ヘルはショックを受ける。
「うぅ。命を賭けた渾身の一撃だったのに、ダークヴァルキリーにはあまり効いてないのね……」
 やがて呼雪がお粥を作って運んでくる。ヘルは気を取り直し、唇を指差した。
「口移しで、ぷりーず☆」
「……自身で咀嚼できないなら……胃までホースを入れて流しこむか……」
 呼雪は思案顔で、ホースを探しに行こうとする。マジだ。ヘルはあわてる。
「きゅ、急に、ちゃんと食べられそうな気がしてきたよー。……はぁ」
 ヘルは肩を落とす。呼雪はコタツをテーブル代わりにし、背中の後ろに枕やクッションを差し込んでヘルを座った姿勢にする。そして自分が食べるように粥をひとすくいすると、息を吹きかけて冷まし、ヘルの口元に持っていく。
「ほら」
 ヘルが顔を輝かせる。
「わー! 『あ〜ん』だ」
「……食べないのか?」
「『あ〜ん』って言って」
「……あ〜ん」
 呼雪の言葉はぎこちなかったが、ヘルは幸せそうに粥をほおばった。
 ヘルに粥を食べさせながら、呼雪はふと思う。
(変わったな、俺……。だが、今の自分も嫌いじゃないんだ)


 食後には、蒼がティータイムのスキルで暖かいお茶と消化の良いお菓子を用意する。ヘルもリラックスし、マヒも多少解けてきているようだ。
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)がおもむろに切り出した。
「ひとつお聞きしたいのですが……ダークヴァルキリーを止める為の手立てが、まだあるならば教えていただけませんか?」
 ヘルは思案顔になる。
「何から話そう? 長とか魔道空間とかスフィアとか空京とか。あー」
 話す事がありすぎて困っているヘルに、七尾蒼也(ななお・そうや)が具体的な例をあげて聞く。
「寝所にある魔法関連の物で、ダークヴァルキリーを倒すのに使える物はあるか?」
「あ! まずね、神レベルでもないと倒すのは無理だし、万一彼女が死ぬと……世界が滅びるんだよね」
 いきなり聞くべき事が増えた。周囲の皆の困惑を感じ、ヘルは説明した。
「救世主ダークヴァルキリーは……とある偉大な存在の加護を得てるので、基本的にあらゆる武器、魔法、属性は効かない、どころか吸収して自分の力に変えちゃうから。ダメージを与えたように見えても、表面の形が変わっただけだよ」
「基本的に、と言う事は、例外もあるんですよね?」
 エメが聞いた。
「神になる。でも、もしそんな方法があったらミルザム・ツァンダやティセラがとっくにやって、女王になってると思うー。
 でも、倒すんじゃなくて止めるなら、方法はあるかもだけど。それをあんまり話すと、僕が死んじゃうー」
「話せる部分だけでいいわ」」
 リネンが言うと、ヘルは少し笑った。
「話せるうちだと、ダークヴァルキリーを空京に縛っている呪いを解くとか、斬姫刀スレイヴ・オブ・フォーチュンで危機感を出してみるとか……どっちもラングレイが考えてる事だけど。
 ただちょっと……魔道空間の様子だと、不測の事態が起こったみたいだね。ああ、魔道空間てのは、鏖殺博士とラングレイが協同で作った鏖殺寺院専用のテレパシー回線上のサイトのようなもの、かなぁ……。
 とにかく、そこの記録を見ると、ダークヴァルキリーが契約した時にトラブルがあったようで、鏖殺寺院の呼びかけにも反応せずに暴れまわってる状態なんだ。それを鎮める人員を集めようと動員がかかってる。
 鏖殺博士の見立てによれば、ダークヴァルキリーと契約相手の魂が融合して、体も常時合体状態になってるらしい。今の状態は、契約者の精神がダークヴァルキリーの体で暴れてるって話だけど、暴れてる理由は分かってないみたい」
 蒼也は思わず、つぶやく。
「それじゃ今頃、寝所は大変な状況じゃないか? アーデルハイト様、大丈夫かな」
 ヘルは蒼也の言葉に意外そうだ。
「アーデルハイトちゃんが寝所に行ったの? 危なくない?
 中世にヨーロッパで魔女狩りがあったでしょ? その時も、裏で手を引いてたアズールと、魔女達を守った彼女は戦ってるからね。因縁の相手だよ。
 どっちも寄る年波でボケ倒してるけど、長アズールが復活した直後のフレッシュな状態でアーちゃんに会ったら、やられちゃうよ? まあ、スペアはいくらでもあるから平気なのかな」
「いや、そうでもないんだ。寝所にいる友達に危険を知らせてくる。教えてくれて、ありがとう」
 蒼也は窓際に行き、携帯をかける。
 リネンも「私も仲間に伝えてくるわ」と、離れて携帯をかけ始めた。
「我もパートナーに連絡を取らせてもらおう」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は寝所にいる黒崎天音(くろさき・あまね)に電話をかけた。
(……とにかく、どんな手を使っても無事でいろ)
 しかし、そんなブルースの思いを知ってか知らずか、天音は「もっと色々、話を聞けそうだね」と、その場での待機を指示したのだった。



 ココの携帯が鳴った。
「もしもし?」
「ココ、無事でしたか」
 電話をかけてきたのは、同じ薔薇の学舎の神無月勇(かんなづき・いさみ)だった。
「はい、大丈夫です。急にどうしたんですか?」
 不思議そうなココに、勇は言った。
「クイーンヴァンガードとしてキミを助けに来ました。今どこにいますか?」
 脇で聞いていたキラが、ココから携帯を奪い、電話に出る。
「ココはオレが守ってる。心配には及ばないぜ。非常時だから長電話はよしとこう。
じゃあ、ありがとうな!」
 キラは早口でそう言うと、電話を電源ごと切ってしまう。
「あいつは、ヘルを探してるようだな。おそらく運んでいるのを、どこかで見られたか、その話を聞いたんだろう。ここも、いつまでもいられそうにないぞ」
 薔薇の学舎以外の生徒は、不思議そうだ。キラはヘルの手前、彼らを別の用事で廊下につれ出すと説明した。
「あいつはヘルと敵対関係にあると見ていいだろう。薔薇の学舎でも、ココがヘルを気にかけていたのは、それなりに知られている。それがクイーンヴァンガードとして『助ける』なんて……」
 リネンがうなずく。
「彼に恨みを持った者が、目先の手柄をエサに空京警察のような強硬派を呼び込む危険もあるわね。
 ……ここを探り当てられないかの警戒も兼ねて、私は外のモンスターを排除してくるわ」
 ファルもうんうんとうなずき、連動してしっぽが揺れる。
「じゃあ、念のために合言葉も決めようよ。えっとねぇ『山』って言ったら『川』はどう?」
「それは勘でも正解すると思うわよ……」
 リネンは冷静に指摘した。

「万一に備えて、皆様にも禁猟区をかけた方が良いようですね。
 室内では蒼が、ヘルだけでなく呼雪やココにも禁猟区をかける。SPが足りない分はエメからからSPリチャージを受けた。


 その頃、ミヒャエル・ホルシュタイン(みひゃえる・ほるしゅたいん)はぶーたれた顔で、勇に文句を言っていた。
「なに切られちゃってるんだよ。ヘルが吸血鬼か確かめたり、いたずら描きしてやろうと思ったのにさー。おしおきだよ?」