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リアクション
砕音への質問2
地球人生徒が記録を取っている間に、アイシスが砕音に尋ねる。
「私、思い出した事があるのです。
幼い頃、誰かに歌を褒めて頂いたなどの些細な記憶ですが……。
その中でダークヴァルキリー……深空様は、どうしても女王陛下と印象が被ってしまうのです。現在の情報とは、噛み合わないのに……」
砕音は言葉を選びながら、憂えるアイシスに答える。
「古王国で神官だったなら、お二人と面識があってもおかしくないな。
俺も、個人的には、似てると思う」
アイシスは不思議そうに彼を見る。砕音としては、気づかれなくてもよい程の考えだったが、聡明な彼女は引っかかりを感じたようだ。
「砕音様は地球の方……。ですのに女王陛下をご存知なのですか?」
彼は黙って、口の前で両の人差し指をクロスさせる。呪いで話せない、という事か。
そこでシルヴィオが話に入り込む。
「先生がミルザム様の方には構わず、リコちゃんに拘るのは何故?」
「ん? なんでミルザム嬢の名前が出る?」
彼は不思議そうだが、英虎も言いつのる。
「ミルザム様が女王候補になった事に先生は無関係じゃないと思うんだけど……。ミルザム様は『誰か』の為に女王器を集めたり、色々してる?」
砕音はあわてた様子だ。
「おいおい、俺は彼女とは話した事も会った事もないぞ。時々、活躍や事件を断片的に聞くくらいだ。……おまえたちヴァンガードの方が、よっぽど知ってると思うぞ」
「本当に何も知らない?」
シルヴィオと英虎に、砕音はうなずく。
「ああ。聞いた話での判断だが、ミルザム嬢については、御神楽校長が女王候補としての重責を与えてるのが気の毒という気がする」
「ミルザム様は大任を果たそうと、健気に頑張っておられます」
アイシスがミルザムをフォローする。
「いや……だからこそだ。偉大なる完璧な女神アムリアナ・シュヴァーラ女王を演じるのは、当人にだって骨が折れる事だ。その代役とはいえ、重い国民の期待や、魑魅魍魎みたいな周辺各国の相手、それに帝国の……ッ! う……そういう事はラズィーヤ嬢の方がずっと適任だろう。彼女なら前々からエ……」
砕音は激しく咳き込んだ。アイシスがその背をさする。
シルヴィオがふぅとため息をつく。
「呪いはやっかいだな。
リコちゃんに話題を戻そうか」
美羽が「それなら」と聞いた。
「なぜ理子の契約を解除したの?
話せる範囲でいいから教えて欲しい……。私、先生のことを信じてみる。だから本当のことを教えて!」
「小鳥遊?」
「だって、砕音先生はミスター・ラングレイだったけど、相手を殺さないように戦ったり、契約解除した理子に携帯用結界発生装置を渡したり……。だから、どうしても悪いことを企んでいるようには思えない」
砕音は胸をさすりながらも、美羽に笑顔を向ける。
「ありがとう、小鳥遊。
……ジークリンデ様がダークヴァルキリー様の姉だと分かった時、闇龍を操るのにセレスティアーナと契約させるのが一番良い、と鏖殺寺院内で判明したんだ。
そうなるとジークリンデ様の契約相手の高根沢が邪魔になる。だから殺してでも排除したい、という流れになりつつあった。
ダークヴァルキリー様を、殺めもすれば正気に戻す可能性のある魔剣スレイヴ・オブ・フォーチュンの主を、俺は失う訳にはいかない。それ以前に、本当はどんな人でも殺していいはずないんだが……。
鏖殺寺院から高根沢を守るには、ジークリンデ様との契約を解き、ジークリンデ様がセレスティアーナと契約できるようにする必要があった。それに高根沢が一般人になれば、逆に魔剣を待たせたまま生かせておいた方が安心だ、と思ってる鏖殺寺院幹部が多いからな」
シルヴィオが気になっていた契約の事を聞く。
「先生はリコちゃんにも誰かを宛がう心算なのか?」
「いや。そこは彼女本人の自由でいいと思う。……そもそも『日本に帰れ』と俺が言って帰るような奴じゃないだろう。高根沢が、より自由で安全な生活を望むなら、帰った方がいいんだがな」
「その話、理子に話していい?」
美羽が尋ねる。
「……ああ。それで彼女が救われるようならな」
「コントラクターブレイカーは本当に契約を解除出来るのか?」
今度はシルヴィオが聞く。
ケイ達と共に砕音を側で守っていたクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、コントラクターブレイカーの名に、ぴくりと肩を震わせる。
契約を解除する銃と聞いては、どうしても意識してしまう。
砕音は自信なさそうに答えた。
「一応、その目的で鏖殺博士に作ってもらった。あの人は研究開発には真面目だから、変な仕掛けは無いはずだ。
俺にしか撃てない魔導銃だし、あと1、2回しか使えないから、試し撃つわけにもいかない。
ただ厳密に言うと、契約解除状態にはなるが、魂の繋がりが本当に切れたか、というと確実な事は言えない。コントラクターブレイカーで打ち込んだ魔法弾が、魂の繋がりを抑えこんで擬似的に契約解除になり、やがては魂の繋がりも切れてしまう、かもしれない、という段階なんだ。
特にどちらかの魂が今後、力を大きく増した場合、コントラクターブレイカーの魔法弾に打ち勝って、契約が復活する可能性も考えられる。
そうした事が起こるのは、シャンバラの種族でも複数の地球人と契約できる程の強力な存在という計算だがな。……」
「先生? どうかした?」
「……高根沢には、果報は寝て待て、と伝えた方がいいかな」
砕音は意味不明な事を言う。
「呪いが以下略、なのかな?」
シルヴィオの言葉にうなずく。
英虎が手をあげた。
「はーい。じゃあ、呪いに関係なさそうな質問。
前にラングレイの時に言ってた、アメリカと日本が捕まえていた鏖殺寺院って誰だったのか気になるよー」
「誰というか、数百人単位でいると思うぞ。
各地で『パラミタには近づいてはならぬ〜』て出てって捕まったとか。
特にパラミタが地球に現れた2009年頃には、世界が衝突したショックでシャンバラ周辺地域から、大地ごと遺跡や住人が地球に落ちて、日本の海上保安庁が回収してまわってる。その後も日本の依頼を受けて、第7艦隊がシャンバラを見張りつつ落下物を回収しているんだ。
でも回収物が何なのか、両国とも国防上の問題と言って明らかにしてない。
俺がCIA傘下にいた頃も、捕縛したシャンバラ人がどこかに隠されているような、変に情報が隠されている感じだったからな」
美羽がパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)をつつく。彼は有翼種のヴァルキリーの少年だが、片方の翼しかないように見える。
「コハクも先生に聞きたい事があったんでしょ?」
「あ……うん」
周囲の話に圧倒されていたコハクが、美羽に促されて口を開く。
「僕、もしかしたら神子かもしれないって言われてるんです」
「本当か?!」
砕音は思わず身を乗り出した。
「本当かどうかは、まだ分からないんです。オリヴィエ博士はそう言ってるみたいなんですけど」
コハクは、謎の襲撃者や博士に託された女王器について、かいつまんで話す。
砕音は真剣な顔でそれを聞き入る。
「……それだけ神子として注目されていれば、鏖殺寺院が関わっていておかしくないな。寺院には横の繋がりどころか縦の繋がりも、ほとんど無いから、俺にもどういう事なのかは分からない。すまないな」
謝る砕音に、コハクは戸惑ってしまう。
「違うんです。もし本当に僕が神子だとしたら、先生に協力したいんです。
神子として何かみんなの力になれることはありませんか?」
コハクの表情は真剣だ。その様子に美羽は彼の成長を感じとり、嬉しく思う。
砕音は慎重に話し始めた。
「だったら話しておこう。
もうすぐ、あと一月か二月しないうちにアトラスの傷跡周辺に、古王国時代のシャンバラ宮殿が復活するはずだ。
その旧シャンバラ宮殿に神子が集まって儀式を行なう事で、シャンバラ女王アムリアナ・シュヴァーラ陛下は復活する。
ただ、それだけだと女王が闇龍を封じて、また死んでしまうという事態になりかねない。それを避ける為にも、なるべく女王が強力な状態で復活できるようにしたい。
その後、神子には、女王の魂を封じていたその力で、闇龍を封印する女王を手伝ってもらいたいんだ。
具体的には、神子だったら、その力を取り戻すか、その為の方法を探し、神子を見出す者であれば急いで神子を探し出して、今の事を伝えて欲しい。
おまえの場合は、やっぱりまずオリヴィエ博士を探す事、かな」
「はい」
コハクは素直にうなずく。砕音は彼を見て言う。
「やっぱり、おまえは神子か、神子を見出す者のどちらかなのは確実だと思う。
神子の話をするのに、今までのような呪いのプレッシャーが感じられなかった。これはおまえが何らかの当事者だという事だ」
コハクは思わずツバを飲み込んだ。
やっぱり自分は神子なのだろうか。
その思考を遮るように、砕音が沈んだ声で言う。
「もう神子が現れるかどうかなら……これも話しておいた方がいいだろう。
神子の中にも、女王復活に反対する者が出るかもしれない。本当は女王を嫌っているから封印に関わったとか、その後に転生してから女王に反発する考えになったとか。
女王復活を行なう神子が少ないと、復活した女王の力が弱かったり、そもそも復活できなくなる。
……そして女王復活を支持する神子の一人は……すでにもう死んでいて復活の儀式には参加できないんだ」
「そうなんですか」
美羽もコハクも、素直にその説明を聞いている。
その純真な様子に砕音はためらい、それでも口を開いた。
「死亡した神子は、守護天使キュリオ。俺が殺した、俺の元パートナーだ」
「え……!」
コハクたちだけでなく、アイシスや英虎もこれには言葉を失う。
砕音は視線を落としたまま、淡々と言葉を続ける。
「当時は神子って言葉すら知らなかった。ただ、女王復活に熱心な奴だな、程度に思ってた。あいつは生前の記憶が割合残っていて、よくシャンバラの話は聞いていた。
その後、鏖殺寺院になかば強引に入れられた時、呪いで死亡した鏖殺寺院メンバーの魂の欠片を得て、力と知識を得た。その知識と、以前にキュリオから聞いていた話が合致して、今の情報につながっている」
砕音が言葉を切ると、シンとなる。
シルヴィオは仲間をそっと見回した。
(ここは俺が聞くべきか)
「先生が元パートナーを亡くした理由って何だっけ?」
あえて軽い調子の質問。
「……あいつがCIAに洗脳されて……アメリカの為だからと、何の罪もない人達が死ぬように仕向けた。俺の友達や、学校の生徒まで……」
「女王復活をもくろむ神子は退治! なんて理由じゃないなら、俺は別にかまわないよ」
シルヴィオが言うと、砕音は「すまない。ありがとう」と頭を垂れた。
「キュリオが洗脳される前にやろうとしていた事を……少しでも代わりにやりたいんだ」