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リアクション
隠された部屋の中
壁を埋め尽くすモニタ群。
そこには城内各所に仕掛けられた隠しカメラからの映像が映し出されていた。
ここにいればアズール強襲の動向は丸わかりだ。アズールの部屋でなされている戦いも一目瞭然だが、それに目を注ぐ砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)も、まったく動こうとする様子はなかった。
体調が悪くて動けない砕音を守る為、砕音に従う者やグエン ディエム、児玉 結(こだま・ゆう)らはこの部屋で待機していた。
ここにいれば、襲撃開始からの動きも手に取るように分かったが、砕音は襲撃部隊の出現を見ても全く驚かなかった。周囲の者を大丈夫だと落ち着かせた後は、ひたすらにモニタに目を注ぎ、事態の把握に努めている。
もし、襲撃部隊の誰かがこの隠し部屋の存在に気づいてやってくるようならば、生徒と鏖殺寺院の間に入り、衝突の回避に努めようと考えていた緋桜 ケイ(ひおう・けい)だったが、今の処は病室に行く者こそいるが、ここを突き止めてやってくる者はいない。
それもそのはず。城内の鏖殺寺院兵士にも砕音は病室で療養していると知らされていたが、実際に彼がいるのは隠し部屋……それも、本棚の奥の隠し通路を進み、落とし穴にわざとはまった先にある扉のうち右から2つ目を入った先……という入念に隠された部屋の中。普通に探したのでは、この部屋に到達出来る可能性は低い。
強襲の成り行きを見守っている間に、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)はディエムに1冊の本を手渡した。
「これを読んで正しい忍者言葉を身につけ、わらわに仕えてくれぬか?」
カナタが冗談めかして渡したそれは、日本の忍者漫画だった。
その境遇からディエムはきっと、これまで娯楽を楽しむ余裕はなかっただろう。漫画の1冊も読んで貰いたい。変装中のディエムの忍者言葉のあんまりな間違い方も気がかりだった為、カナタはこの漫画を選んで持ってきたのだった。
「これを読めばいいのか?」
ディエムは早速ページを開いた。どんな反応を示すだろうかとカナタがその様子を観察していると……。
「……は、……の……の……に、と、ばれる……が……?」
ディエムは難しい顔つきで必死に文字を追った。何か様子がおかしい。
「……の……を……でござる……うわあっ……じゃ……え、え」
彼が漢字をすべて飛ばして読んでいるのに気付き、カナタは苦笑した。
「ディエム……おぬしはまずは漢字を読めるようになるのが先のようじゃな」
「ああ。ラングレイ様に習ってはいるんだが、まだひらがなとカタカナしか読めない。何種類も文字がある言語は覚える文字が多くて大変だ」
お手上げ状態のディエムは漫画を閉じてカナタに返しながら頼む。
「だがこれは何だか面白そうだ。すまん……読みがなをふってくれないか?」
「そうじゃな。おぬしの漢字の勉強の助けとなるよう、読みがなを振ってまた今度渡すと約束しよう」
『約束』の言葉に力をこめて、カナタはディエムからしっかりと漫画を受け取った。
隠し部屋のモニタの向こうでは、アズールとの戦いがなおも続けられていた。
アーデルハイトを守る者は多く、鏖殺寺院兵士やキメラからの攻撃は完全に防がれている。故に、アーデルハイトが完成させた術は揺らぐこともなく途切れることもなく、アズールの復活を阻止する結界を維持し続けていた。
けれどその反面、アズールに直接攻撃を加える者の数が不足しており、十分にアズールの生命を削ることが出来ていない。イルミンスール生には魔法に長けた者が多く、攻撃も魔力によるものが多くなる。けれどアズールの魔法に対する防御は固く、効果的にダメージを与えることは難しかった。
タブレットやリチャージでしのいでいるけれど、魔法は無限に使い続けられるものではない。
飛空艇を警戒していた兵士が、長の部屋が襲撃されたとの報に次々と集まって来つつある中、相手から加えられるダメージによってではなく、状態を維持することの疲弊によって、生徒たちはじり貧に傾きつつあった。
「ぬぅ……」
結界を維持するアーデルハイトにも焦りが浮かぶ。特殊結界を張り続けるのには多大な精神力が必要だ。このまま戦いが長引けば、結界が持たなくなる。
「残念じゃがこの人数配置では、我々だけでアズールを倒すことは出来ないじゃろう」
アーデルハイトの口から悔しげな呟きが洩れた。
モニタ越しにアーデルハイトの言葉を聞いた砕音は深い息を吐いた。
「人の手を汚させようなんて、所詮虫の良い考え、か……」
暗い表情で砕音はモニタ下の操作盤に手を伸ばした。砕音の指が、覚悟を決めた素早さで盤を操作してゆく……。
長アズールの部屋で、断続的な機械音が発生した。
内部はどうであれ、見た目はゴシック風の古めかしい城にその音は異質に響き、生徒たちは何が来るのかと身構えた、その時。
天井と壁の境目、装飾に偽装されてぐるりと部屋を囲んでいた発射口から一斉に光の軌線が放たれた。それはまっすぐに……アズールに命中する!
「ぐぅぉおおおお……っ」
苦しげに押さえたアズールの口元から鮮血があふれ出す。がくりと膝が崩れたが、倒れる寸前で持ち堪え、アズールは驚愕と憤怒の表情で大きく目を見開いた。
「今がチャンスですぅ」
エリザベートが手の中で強力な光球を育ててゆく。
「おのれ……」
アズールから詠唱中のエリザベートを守ろうと、明日香はこれまでのように庇い……と見せかけて、疾風の如く忘却の槍でアズールを突いた。
これまでずっと護衛に徹していた明日香が攻撃を、それも魔法ではなく槍の威力で攻撃してくるとは、予想していなかったのだろう。不意をつかれたアズールは大きくよろめいた。が、それでも闘志は衰えず、攻撃した直後の明日香を捉えようと手を伸ばす。
「明日香さん!」
パートナーの運命の書がまばゆい光を放ち、アズールの目を眩ませた。光に僅かに目測を誤ったアズールの手を避け、明日香は素早く離脱する。
アズールに立ち直る暇を与えまいと一斉に皆が攻撃を仕掛ける中、恵もアズールの頭上から稲妻を降らせた。
「兄さんが言ってた。絶望超えるなんて簡単よ、度胸と根性出して覚悟決めりゃそれでいいって」
エリザベートに借りを返させる為にも、ここでアズールは倒しておかねばならない。そうして恵が目を引いているうちに、パートナーのエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が光り輝く弩で、アズールに光の矢を命中させた。
「一矢馳走いたしましたよ、アズール・アデプター」
味方と合流しようと走るエーファを追うアズールの顔、そのすれすれをホワイト・カラー(ほわいと・からー)は正確に狙い撃った。
発射された弾丸が頬を掠めそうな位置を過ぎ、アズールは反射的に身を逸らして弾道から逃れようとした。だがその動きを見越したエルが、その時には既にアズールの死角に潜り込んでいた。
えぐりこむように繰り出された高周波ブレードが、アズールの胴に深い傷を刻む。
「ぐあ、っ……ぐふっ」
咳いたアズールの口から細かな血しぶきが飛んだ。
その時にはエリザベートが凝縮した光は彼女の身の幅を超えている。小柄な身体には扱い辛いほどの大きさになった光の塊を、エリザベートは息を詰めて振りかぶった。
持て余し気味のその光球を、渾身の力をこめてアズールへと投げつける。
「くらえぇですぅ」
ここが正念場、と、それまでアズールの攻撃から味方を守るのに専念してきたシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)は、エリザベートの光球が弾けた瞬間に攻守を切り替え。
「アズール・アデプター、お命頂戴つかまつる!」
神話に謳われる戦士ジークフリートの英霊である彼は、迷い無い動作で高周波ブレードを構え、全身でアズールに斬りかかった。
アズールは床に崩れ、けれど両手で半身を支えて身を起こす。肩を大きく上下させてようやくしている呼吸には、絡んだような音がぜいぜいと混ざり込んでいた。身を起こしているのが精一杯だろうに、アズールは憎々しげな瞳で己を屠ろうとしている者たちをにらみ据えている。
「イルミン生は打たれ弱いんですからね。危険な戦いはここで終わりにします」
美央は忘却の槍でアズールの心臓を狙い、外しようのない位置からの一突きを与える――それが。 ――鏖殺寺院の長アズールの最期だった――。