空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



闇龍に対抗する術を探して


「あ、あのっ、この人を見ませんでしたか? 波羅蜜多実業高等学校の石原 肥満(いしはら・こえみつ)校長先生なんです」
 シャンバラ大荒野のとあるオアシスで、九条 華子(くじょう・はなこ)は遊牧民や旅の商人に似顔絵を見せて聞きまわっていた。
 華子は人探しが得意だ。「この人なら見た」という目撃証言を得られる。
「太郎君、校長先生らしき人をこの先のバザールで見た人がいるって!」
 華子は弐識 太郎(にしき・たろう)の手を取って、引っ張っていく。
「ハナ、随分と熱心だな」
「だって移動中はずっとサイドカーに乗ってるだけなんだもん」
 校長を探して各オアシスを巡るダイスの旅で、軍用バイクの運転は太郎の役割だ。

 たどりつくと、バザールは大賑わいだった。華子は一瞬たじろぐ。
 これで校長が見つかるかと思ったら、また知らない人達に話を聞いて回らねばならないのか。だが、すぐに閃いた。
「石原校長先生ー! どこですかー!!」
 ちょっと恥ずかしいが、大声を出して呼んで回る。
「パラ実生のようじゃが、わしに何かようかのう?」
 人ごみをかきわけて、老人が現れた。石原校長だ。
「校長! あんたなら知ってると思って話を聞きに来た」
 太郎達は、話をするために一旦、バザールを出る。
 視界が開けると、空には嵐の黒雲のように闇龍が広がっていた。
「どうすればあれを……闇龍を打ち倒すことができるんだ?」
 石原校長は、ふうっとため息をついた。そして
「何かと思えば……。このぐらいの試練を乗り越えられないで、何が契約者か、地球人の代表か!
 死んだら骨は拾ってやるから、思い切りやってこんか!」
 校長は老人らしからぬ力で、太郎の背中をばんと叩く。
 そして「まだ調べ者の途中じゃから」とバザールの人ごみの中に戻ってしまう。
 太郎と華子は唖然としていた。
「……これは叱咤激励で済む問題か?」
「ずいぶんと余裕あるね」
 無意識につぶやいた太郎に、華子が答える。
 他校の校長達は、数百人の犠牲を出してでも殲滅塔を撃とうとしたり、生徒に勅命を下して闇龍への対抗策を探ろうと奔走している。
(ナラカ城で儀式場に突入した際の石原校長の豹変ぶりといい……やはり、あの校長には何かあるな)
 太郎はそう確信した。


 葦原島及び葦原明倫館の城下は、ナラカ道人復活を巡る動乱で混乱していた。
 薔薇の学舎生徒スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、どうにかその騒乱を抜けて葦原明倫館に入る事に成功する。
 ナラカ城攻略の際、薔薇学と明倫館はヒダカ・ラクシャーサ説得の為に協力した。その時に知り合った忍者が、スレヴィを城内に導いてくれたのだ。
 当然スレヴィは物見遊山で、危険な情勢の明倫館を訪れた訳ではない。
「葦原藩は古王国の遺臣が逃れた地なんだろう? その時代の戦争の記録は残っていないか調べさせてもらおうと思ってな」
 スレヴィはジェイダス校長からの紹介状を携え、明倫館所有の資料を調べにきたのだ。
 城内は取り込んでいる為、腕を怪我して戦えない侍がスレヴィを奥まった倉へと案内した。彼は敵が来ないか入口で見張ると言うので、スレヴィはパートナーのアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)と二人で中に入る。
 古い書物を集めた倉は、独特の古い紙の匂いが満ちていた。
「うぅっ、なんだかオバケでも出そうですね……」
 アレフティナはおびえた子兎の瞳で、辺りを見回す。
「古王国の事を何も知らないんだから、調査ぐらい手伝えよな」
 スレヴィがどーんと背中を押したので、アレフティナは慌てて尻餅をついてしまう。
「わ、分かってますよ! ただ、暗いから手元が見えにくいな〜って思っただけで……」
 ふっ、と明かりが灯った。スレヴィが光精の指輪で、光の人工精霊を呼び出したのだ。
「これなら資料も読めるだろ…………達筆だな」

 二人は、人工精霊の明かりを頼りに、達筆すぎてなかなか読めない文字に悪戦苦闘しながら資料を探し回った。
 しかし、せいぜい千数百年ほど昔の「新しい」資料しか見つからない。それも紙はボロボロに劣化して、虫食いや黄ばみが激しい。
 だが五千年前の文明は、現代の記録メディアを遥かに上回る性能である。
 スレヴィは案内役の侍に聞いてみたが、マホロボから持ってきた魔法具の多くはまだ研究が進んでおらず、どうやって、また何に使うのかも分からない物が多い。
「……房姫様に頼んで、直接、五千年前の神子さんに聞いてもらった方が早そうですね」
 アレフティナが言うと、侍は眉を寄せる。
 現在、さらわれていた葦原房姫(あしはらの・ふさひめ)はようやく助け出されたばかりで、とても会えるような状況ではない。
 だが房姫が以前に書いたものの、差し迫った内容でなかったり、意味がよく分からずに、しまったままになっている御筆先があった。
 スレヴィ達は、御筆先を保存した別の倉に移り、五千年前の戦いの手がかりになる物がないか探す。
(古王国は何と戦ってた? 五千年前にパラミタが地球に接近した理由は何だろう。
 そこから闇龍の鎮め方や戦争の始まりがわかれば、鏖殺寺院が女王を憎む理由もわかるかも。ただ敵だからと戦ってばかりいたら、とんでもない結果を招きそうだ)
 スレヴィはナラカ城で出会った、とある鏖殺寺院兵士の顔を思い浮かべる。
 そこに手分けして探していたアレフティナが、パタパタとかけてくる。
「スレヴィさん、これって……」
 差し出された御筆先は、日記のような文体で書かれていた。

 今にして思えば、我々は姫君の警告に耳を貸すべきだったのではないか?
 民は富と栄華に酔い知れ、臣下は仕えるべき主を軽んじていたのかもしれぬ。
 さすれば姫が狂う事もなく、偉大なる主を亡くす事もなく、祖国が割れ、そして世のすべての敵として滅する事もなかったのではあるまいか。
 我らは最早シャンバラにいられず、このマホロバの地へと逃れた。
 あのような悲劇を繰り返させてはならぬ……


「世のすべての敵……?」
 スレヴィは不吉な予感を覚えた。
 聞けば、その御筆先は意味が不明だからと、文字通りお蔵入りになっていたそうだ。
「これはネットを使って、敵味方問わずに広く公開した方が良さそうだな」
 すでに葦原明倫館から、御筆先公開の許可は得ていた。


 一方、葦原明倫館生徒ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)は、戦いから戻ったハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)総奉行にようやく面会できていた。
 戦で乱れた身支度を整えるハイナは「無駄にできる時間はないから」と、ジョシュアに障子越しに話すよう求めた。
 神尾 惣介(かみお・そうすけ)が「急ぐんなら手伝ってやろうか?」
 と障子の向こうに声をかける。しかし
「ソースケのバカ!!」
 ジョシュアが惣介の向うずねを蹴った。痛がる彼を無視して、総奉行に言う。
「葦原藩に代々伝わる言葉の中に、シャンバラの復興があった。
 でも殲滅塔は復興とは真逆の物だと思うんだ。殲滅塔で闇龍を仮に倒せたとしても後々復興の妨げになると思う」
 障子の向こうから、衣擦れの音と共にハイナが返す。
「殲滅塔を使わず、シャンバラ地方が滅んでまっては、元も子も復興も無いでありんす」
 無情にも聞こえる返答に、ジョシュアは懸命に説明を始める。

房姫様の御筆先には『輝く宝珠は闇を遠ざける』」とあったよね。
 宝珠はスフィアのことだって言っていたし、闇はたぶん闇龍のこと。
 だから今、闇龍に対して最も有効なのはスフィアを輝かせることなんじゃないかな」
 障子の向こうから聞こえていた衣の音がやんだ。ハイナが唸るようにつぶやく。
「確かに、合理的な読み解きでありんす。御筆先は葦原藩では、絶対的なもの……」
「御筆先にはまだ殲滅塔の使用を示唆するような内容はないし、もう少し考えた方がいいと思う」
 ジョシュアに続き、惣介もナラカ城での事を話す。
「ヒダカはシャンバラの兵器が、自分達の島を吹っ飛ばしたって言ってたぜ。殲滅塔が、その兵器か、それと同じようなものなんじゃないか?
 俺達がヒダカの家族や仲間の仇みたいな殲滅塔を使ってたら、あいつのスフィアが真っ暗になるし、何を言っても聞いてくれなくなるんじゃないか?」
 それらを聞き、総奉行はため息をついた。
「究極兵器で悪の枢軸を華麗に吹き飛ばすゆう夢が……」
「そういうアメリカンな考えは、今は度外視してほしいな」
 ジョシュアが軽くつっこむ。
「仕方ないざます。ただ、今はもう殲滅塔確保作戦が始まっている。作戦途中に手を引くのは、全軍の敗退につながる愚挙でありんす。
 ゆえに殲滅塔確保には予定通り尽力いたすも、その後の使用は善しとしない旨を他の校長に伝えるでありんす」
 ジョシュアと惣介は表情を輝かせる。
 二人の説得により、葦原明倫館は殲滅塔発射賛成から反対に、学校としての意見を変えた。


 そんな中、学校間の実務者レベルの協議で、ナラカ城やキャンプ・ゴフェルで捕らえた鏖殺寺院兵士捕虜の処遇が決定された。
 シャンバラ大荒野にあるゴクモンファームに受け入れ、帰農させる、というのだ。
 これにはゴクモンファームと関係の深い薔薇の学舎教師マフディー・アスガル・ハサーン(まふでぃー・あすがるはさーん)の活動が大きい。
 当初は教導団や空京警察が、鏖殺寺院兵士は犯罪者であり懲役刑が相当と反論した。特に中国系幹部からは国家反逆罪で死刑にすべしとの極論も出た。
 協議は紛糾したが、マフディーは粘り強く説得にあたった。
「鏖殺寺院一般兵の中には、地球人のシャンバラ進出への反対運動として参加している者も多い。
 そうした動きを犯罪として処罰する事は、シャンバラの住民が地球の勢力や我々学校に、より一層の反感を抱く事につながるのではないかな?」

 最終的に、ゴクモンファームの寺院兵士捕虜の受入が決まり、その輸送は薔薇の学舎が行なう事となった。

 なお、ゴクモンファームを仕切る獄門組の組長、C級四天王の雷雲 殿道(らいうん・でんどう)は、あっさりと捕虜の受け入れを認めた。マフディーの考えた通り、殿道にとっては、どんな者であろうと農場の労働力が増えるのは良い事だったからだ。
 しかし、さすがに農場の労働者達の中には「あのテロリストの鏖殺寺院の兵士が?」と不安がる者も多い。
 馬良 季常(ばりょう・きじょう)がそうした者を説得にあたった。
「鏖殺寺院兵士とは言え、地球人進出やシャンバラ建国で行き場を無くそうという者たちです。我々と同じ大地に生きる人間なのですから、無闇に恐れる事はありません」
 また馬良は、彼らの言い分を聞き、新たにやってくる捕虜との緩衝材になろうと努める。
 英霊である彼は、かつて建国の為に奔走していた時代の熱い想いを蘇らせていた。