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リアクション
殲滅塔 内部 侵入口
巨大な殲滅塔の内部に横たわっていたのは、重く沈殿した五千年前の気配だった。
無機質な天井や壁に走る幾筋もの光の筋。それらによって照らし出された通路は、海底の戦艦ドックとでもいえそうな広大さと薄ら寒さを持っていた。
「これが、5000年前の最終兵器……」
清泉 北都(いずみ・ほくと)は無機質な壁に指先を触れながら、ほそりと呟いた。末期的な時代の侘しさと喧噪が染み付いているように思える。
殲滅塔に先行できたのは、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)率いるヒダカ説得班、白百合団だった。先ほど、侵入口とした区域の制圧を終了した彼らは、他校の到着を待つために、その場で待機していた。
「しかし、ヒダカは本当に来るのかい?」
ルドルフの声に、北都は振り返った。自分に掛けられた言葉ではない。
(来ているのは間違い無いよ。邪霊の気配がする)
スフィア情報提供者の御使いとされる蛇のエルが、テレパシーで返しながら、そのお世話係の白田智子の肩で、ぬぅっと頭をもたげる。
(彼らも、そろそろ近くからニュルっと侵入しそうだよ。急いだ方が良いと思うんだけどねぇ)
「これ以上進むには戦力が足りない。白百合団は殲滅塔使用派を監視するため、後続が来るのをここで待機しなければいけないからね――今はもう少し戦力が整うのを待つべきだよ。無謀で散る血に美しさは無い」
ルドルフが、いつものように芝居掛かった調子で、だが、真剣さを帯びた声で返す。エルは、ゆらん、と頭を揺らめかせてから、智子の首元に鼻先を潜らせていく。
彼らの様子を横目で見ていた北都は、パートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)の方へと振り返った。
「本当に来てると思う?」
「ヒダカ様のことですか?」
「うん」
こく、とうなずく。
クナイは少し考えるようにしながら、塔の内部へと視線を滑らせ、
「この砲台の力は……もしかしたら、ヒダカ様の故郷を消した力かもしれません。となれば――」
「とても恨んでいるだろうねぇ」
北都のこぼした言葉に、通路の奥を見ていたクナイの瞳が細められる。
ちらほらと生徒たちが塔へ到着する中――
山葉 涼司(やまは・りょうじ)ら、剣の花嫁・機晶姫の犠牲反対派の生徒たちは集まっていた。
「まだヴァンガード隊や教導団といった塔使用派の主力は来ていないようです」
御凪 真人(みなぎ・まこと)が言う。
「今なら何か先手を打てるかもしれんっちゅうことか」
日下部 社(くさかべ・やしろ)の言葉に、真人はうなずき、
「ええ。それに加えて、ここに居る反対派の数も多い。チャンスだと思います。ただ、俺たちだけで制御室を目指して制圧するのは危険過ぎるかもしれませんが……」
と――
彼らの相談を傍で聞いていた涼司は、ふと、
「……動力炉」
こぼした。皆の視線が集まる。
「あ……ええっと……」
皆の視線を受けながら、涼司は少し戸惑ってから、続けた。
「花音たちは、でかい動力炉に集められて一斉にエネルギーを抽出されてたらしいんだ。だから、そこさえ抑えちまえば、少なくとも塔を使って犠牲を出すなんてことは起こらない……かな、って」
「それやっ!」
「ってぇ!?」
どばんっ、と社に背を叩かれて涼司は咳き込んだ。
「俺も良いと思います。動力炉なら制御室よりは警備が手薄なはずです。俺たちが先に占拠してバリケードを築ければ――」
「だけど……」
涼司は煮え切らず口ごもり、頭を掻いた。
社が片目をしかめながら涼司の顔を覗き込み、どこか呆れた調子で、
「お前……」
「……ンだよ?」
涼司が仏頂面を返すと、社は軽く息を吐いてから顔を離した。
そうして、社や真人、反対派の皆が準備し始める中で、涼司は軽く天井を仰いだ。
見えたのは暗い色の金属と光の筋。光はどこか懐かしくもあり、寂しげでもあった。
一方――
まったりしていたエルの頭が、ぴくりと跳ね上がる。
(――来た)
「ヒダカが?」
白田智子が小首をかしげる。
エルはルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)の方へ、ぐぅっと首を伸ばした。
(もう時間は無いよ)
「……分かった」
ほんのわずかな時間の思考の後、ルドルフはマントを翻して清泉 北都(いずみ・ほくと)らの方へと振り返った。
「我々は今からヒダカら寺院を追う。おそらく中枢へ向かうことになる。共に行くという者を集めてくれ」
殲滅塔 動力炉へ向かう通路
御凪 真人(みなぎ・まこと)の生み出した雷撃の嵐が、量産型機晶姫やロボットたちを巻き込んで暴れ狂う。
その間にも、身を翻した真人の頬をレーザーが掠めた。
すぐそばでギィインッと擦り鳴ったのは、パートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の高周波ブレードが、機晶姫の腕を弾き上げた音。その向こうでロボットに叩き飛ばされる、名も知らぬ生徒。あちらこちらに転がるロボットや機晶姫の残骸。互いをフォローし合いながら戦う傷だらけの生徒たち――
キャンプ・ゴフェルの制圧戦が続く中、塔へ侵入した犠牲反対派の生徒たちは、塔の防衛戦力を退けながら《動力炉》へと向かっていた。
「想像以上に数が多い、ですね」
真人はセルファが跳躍すると同時に、氷術で機晶姫を圧し留めた。
その隙にセルファが一体を斬り伏せて、刹那に放たれた弾丸の雨を態勢低く掻い潜る。
「どうする!? もたもたしてたら、花音やテティスたちが来ちゃうわよ!」
セルファの切っ先が床を擦り上げて、チリッと火花を散らす。鋭い踏み込みと共に跳ね上げられた刃が機晶姫に走り、装甲を砕く。
「時間を掛けてる場合では無いですね」
と、真人の後方で剣撃音――薄く視線で振り向いた先では、山葉 涼司(やまは・りょうじ)が真人の背を狙っていたらしい機晶姫を斬り飛ばしていた。
涼司と背を合わせる。
「助かりました」
「いや、気にすんな」
涼司が剣を構えたまま、軽く真人の方へと返す。彼の声は、どこか上の空だった。
真人は小さく息を吐いて、目の前の敵部隊へと視線を返しながら、言った。
「俺たちで道を作ります」
「一点突破? その後は?」
「そのまま俺たちが敵を留めます。君たちはその間に動力炉へ」
「ちょ、ちょっと待て、それじゃ真人たちが――ッチ!」
少し慌てたように言いかけた涼司が、彼の目の前へと体を巡らせたロボットに切り込んでいく。真人はファイアストームで周囲の機晶姫たちを押し返して、振り向きざまに駆けた。
幾人かの生徒たちがロボットへと各々攻撃を加えていく中、涼司の動きをフォローするように魔法を滑り込ませていく。
「俺たちなら大丈夫ですよ。君たちが行った後、適度なタイミングで退きます。だから、君たちは一刻も早く先へ進んでください」
「だけど――」
涼司の剣がロボットの剥き出しの骨組を擦り、火花と欠片が散る。
そうして、わずかに出来た隙に日下部 社(くさかべ・やしろ)が深く踏み込んで雷気を込めた拳をロボットへと叩き込んだ。ロボットから拳を引き抜きながら、彼が涼司の方へと振り返る。
「おい! メガネ!!」
「メガネ言うなっ!」
「うっさい! お前、まさか、この後に及んでまだ迷ってんちゃうやろな!?」
「――ッ、な、何を……だよ? つか、そういえば、お前、イルミンのくせにこんなとこに居て大丈夫なのかよ!?」
「あっちはウチの校長と婆さんおるし、信頼しとるダチもおるからな。ま、何とかなるやろ」
社が手をぷらぷら振りながら、にぃんっと良く分からない自信に満ちた笑みを浮かべる。
そして、社の指先が涼司に、びっと向けられ、
「それよりお前や! メガネ!」
「だから、何がだ!」
「お前、なんで花音ちゃんが殲滅塔を使うって言うた時に何でちゃんと止めへんかったんや! 迷ってる場合か!!」
「――……迷ってるよ。迷うに決まってるだろ! だって、花音は本気で……てッ!?」
ふいに社が涼司の胸倉を掴みあげて、彼の顔面に鼻先を寄せる。
「お前、後になってから、花音ちゃんの意思を尊重出来たって感傷に浸りながら自己満足する気かボケっ!」
「…………」
「……男ならな、多少強引でも好きな相手を最後まで護ってやれや」
社がどんっと涼司の胸元を叩き払うように手を離し、戦闘へ帰って行く。涼司に背を向けたその顔には、己を省みるような苦笑いが見えた気がした。
「やー兄……何か、変なのー」
少し離れたところで二人の様子を眺めていた社のパートナーの日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が不思議そうに首をかしげる。
真人は、そんな彼らのやりとりの間も戦況に気を張っていた。
そして、機を取る。
「突破口を開きます!」
「うん!」
セルファがヒゥと切っ先を巡らせながらタイミングを計る。真人のサンダーブラストと他生徒たちの範囲魔法が前方の防衛戦力を散らす。
そこへ、
「誰かに犠牲になれ、とか――」
セルファを含む生徒たちが切り込んで行き、先へ進むための道を作り上げていく。
「そんな馬鹿なこと校長や本人達が許しても、私は絶対に許さないんだからッ!」
「他に現状を打破できる方法が、まだ何かあるはずです。犠牲を払うのはホントに最後の手段でなければいけない。だから――ここは俺たちに任せて」
「動力炉へ!!」
真人とセルファの声に背中を押されるように、涼司と社、そして、反対派の生徒たちが通路を駆け抜けていく。
「お願いしますね」
社がそばを通った時、真人は言った。ニッと片目を瞑った社が遠ざかりながら手を振る。
「任せとき! そっちゃ途中でヘバるんやないで!」
「ええ、もちろん。俺たちが犠牲になってしまうのでは、本末転倒ですからね」
真人は軽く微笑んでから、足裏で床を擦って体を巡らせた。
志を同じくする者たちと共に敵勢力をここで留めるため、魔力を練り始める。
殲滅塔 内部
六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、床に足先を滑らせ、跳躍した。
腰で捻り溜めていたライトブレードの切っ先を翻して、飛びかかって来ていた機晶姫を貫き、そのまま床へ叩きつける形で着地する。
感情など一切見て取れない機晶姫の能面が割れて砕けたのを視界の端に掠めながら、優希は素早く刃を引き抜き、振り返った。
「ルドルフさんたちは――」
「なんとか抜けられたみてぇだ。だが、アレを抉じ開けるのは大変そうだな」
彼女の視線の先には、負傷した生徒を抱えるアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)の姿があった。彼の視線は、完全に降りたばかりの隔壁へ向けられている。優希は小さく息を吐いてから、アレクセイたちの方へと駆け寄った。周囲では、今も多くの生徒達が何体ものロボットや量産型機晶姫たちと戦闘を繰り広げていた。
優希はあちらこちらで行われる戦闘に注意を払いながら、ちらりと隔壁の方を見やった。
「……ヒダカ・ラクシャーサ」
ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)たちを含めた幾人かの生徒は、ヒダカらを追って、降り行く隔壁の向こうへ滑り込んでいった。
彼らがヒダカ率いる寺院の部隊と遭遇したのは、つい数分前になる。寺院が目指しているのは、おそらくメイン制御室。
誰かの銃撃が、近くの壁から生えていたレーザー兵器を一基破壊する。
それで出来上がった、わずかな死角へ、優希とアレクセイは負傷した生徒を連れて身を滑り込ませた。
「任せた」
アレクセイから生徒を引き渡される。
「あ、はいっ……」
生徒の傷は、かなり深いようだった。噛み締めた口元で必死に呼吸する彼の顔は脂汗に塗れ、傷口を抑えた手は、ぬらぬらと赤い血に濡れていた。
すぐにヒールで生徒の傷を癒しにかかる。
アレクセイがそばで油断無く周囲を警戒しながら、
「寺院の連中、ここの防衛施設や戦力に攻撃こそされねぇようだったが、道に慣れてるって感じは無かったな」
「そういえば……隔壁が降り始めた時、寺院の兵士たちは驚いているように、見えました……」
「ここは段々と迷路みてぇになってるし、他のルートから追い付けるって可能性もありそうだな」
確かに、塔内部は中枢へ向かうほど複雑に道が絡み合っているようだった。更に、各所の隔壁が降り始めていることを考えると、アレクセイの言葉には説得力があった。
全て、容易に侵入者を中枢へ向かわせないためのものだろう。この塔は余りに危険過ぎる。そして、残酷だった。
「……本当に、私たちはこんな装置を使っても良いのでしょうか?」
「正直、使わずに済めばそれに越したことはねぇがな」
アレクセイが二人を守るように構えを取り、振った手の先に雷気を走らせる。
「5000年前にチャージされた分の一発。こいつを闇龍に使って、その後どうするかってのは、その時、考える……そんなところか」
言って、彼は、こちらへ標的を向けたロボットへと雷術を放った。ほぼ同時に、他の生徒数人が彼らのフォローに回るようにロボットの前に立ちはだかる。
「だけど……」
「確かに犠牲の事を抜きにしたって、ここを使用するのには疑問がある。でも――何もしないのはもっと嫌じゃねぇか」
アレクセイが優希たちの方へと戻り、優希に支えられながら立ち上がろうとしていた生徒に肩を貸した。傷は塞いだものの、彼はもう戦える様子では無かった。
「ひとまず、こいつを連れて退くぞ。後続の連中に状況を伝えねぇと」
「はい」
優希は頷き、生徒をアレクセイに任せ、ライトブレードを手に、彼らが退くのをサポートすべく後方に注意を払った。
(何もしないのは……もっと、嫌。だから――)
迫る機晶姫へと視線を強める。
殲滅塔 内部 侵入口
「反対派が動力炉に向かった!?」
テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)の声にアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は肩をビクリと震わせた。
先ほど、クイーンヴァンガードや教導団などの使用派の主力部隊が塔へ到着していた。
「反対派の中に、涼司さんも……?」
花音・アームルート(かのん・あーむるーと)が半ばショックを受けた様子でうめく。
と――向こうの方で、教導団や白百合団の現場指揮官と話をしていた皇 彼方(はなぶさ・かなた)が戻ってくる。
「俺たちクイーンヴァンガードは、このまま動力炉を目指す。急ぐぞ」
「あの……私たち白百合団の花嫁と機晶姫も、クイーンヴァンガードと共に動力炉へ向かいます」
彼女ら白百合団がラズィーヤや団長から命じられた役目の一つは、他の剣の花嫁や機晶姫が早まらないように見張ることだ。
皇が少し思案するような間を置いてから、アレナらに「是非、お願いしたい」と返し、隊員たちに指示を出す。
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