空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

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 キャンプ・ゴフェル司令部の一室に、突如、鏖殺寺院の集団が現れた。
 集団の中央には、彼らをテレポートで運んだ白輝精の姿がある。彼女は顔を覆うヴェールを少し持ち上げ、周囲を見回した。
「……大分片付いてるみたいね」
 あれだけいた量産型機晶姫もロボットも、今では残骸が床に転がっているだけだ。
 白輝精は勿論、共にいる鏖殺寺院の兵士も戦う必要などまるでなさそうだ。生徒の侵攻は大分進んでいると言っていいだろう。
それがジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)を焦らせる。
「急がないと……」
「あなた、本当に殲滅塔を破壊するつもりなの?」
「あのような恐ろしい兵器を見過ごすわけにはいきません!」
「その方が助かるけど……調子狂うわね。私から見張り役の仕事を取るつもり?」
 間髪入れずきっぱり答えるジークリンデに呆れたのか、白輝精は肩をすくめた。
「……まぁいいわ、殲滅塔はすぐそこよ。行きましょう」
 白輝精はジークリンデと部下を連れ、部屋を出て行こうとして、出口で振り返った。
「防衛システムの方は頼んだわよ、紅月。──そうそう、何かあったら携帯で連絡してね。妨害電波が出てるようだから」
 名を呼ばれた林 紅月(りん・ほんゆぇ)は、ああ、と短く頷いて、白輝精らの背中を見送った。
 彼女は部下の鮮血隊の鎧部隊に、司令部を手分けして捜索するよう命じると、自身も少数の部下を伴って部屋を出た。
 紅月の左隣を歩くのは千石 朱鷺(せんごく・とき)。彼女は先に小型飛空挺で行った偵察結果を報告し、
「八学も未だまとまりを欠いているようです。学生達も浮き足立つ者が多く、また殲滅塔を破壊しようとする動きもあるとか……。これを利用できないでしょうか」
「そうだな。殲滅塔破壊の意志がある生徒には手出し無用と部下に伝えよう」
「それから、個人的に聞きたいことが一つ。──砕音が発足したという回顧派に、参加するつもりはあるのですか?」
 紅月は視線を床に落とした。
「正直迷っている。パートナーが反対するのであれば無理に入るつもりはない。それに、今更回顧派に入ったところで、私に刃を向けられた者が私を許すまい。却ってラングレイの邪魔にならぬとも限らないからな。……朱鷺は参加するのか?」
「いえ、聞いてみただけです。どちらにせよ、トライブは紅月についていくでしょうし、私はトライブに従いますから」
「そうか。だが、もう馬鹿なマネするな」
 紅月は背後を振り返る。そこには仮面を被ったトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)がのんきな足取りで歩いていた。教導団と対峙し大怪我を負った彼だが、鏖殺寺院の手当てを受け、時折痛みはするものの傷は塞がり大分体力も回復していた。
「あん時は助かったぜ、ありがとな。それと……心配かけてごめんな」
「し、心配などしていない」
 再び前を向いてしまう紅月の背中に、トライブは苦笑する。
「うん、実際馬鹿なマネしたよ。あれは自業自得。だから、相手を恨む必要はないからな?」
「……ああ……そう、だな。……彼女は教導団員として正しいことをしただけだ」
 頭では分かっていても割り切れないのだろうか、口調は浮かない。トライブが、彼女の看護を受けているどさくさで確認したスフィアの色は、以前ナラカ城前で見せてもらった時点より黒くなっていた。過去の出来事が彼女を絶望に引き寄せているのだろう。
「まぁ、リンリンが俺のこと大好きなのは分かるけどね」
「……っつ!」
 彼が茶化せば案の定紅月は振り向いた。怒ったような顔をしているが、トライブの声が真面目な色を帯びたのに気付き、真顔に戻る。
「なぁ、何で中国に拘ってるんだ?」
「それは──」
 言いかけたとき、はっと彼女は身構えた。
 目の前に、見覚えのある姿があったからだ。

「おまえ達は……」
 それは、【獅子小隊】を率いるレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)を始めとした数人の教導団員だった。
「セキュリティはロボットや機晶姫だけではないと思っていましたが。罠に引っかかる前にこちらに出会うとは……人手不足は嫌なものですね」
 シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)はぼやきながら、盾を持ち上げ、レオンハルトの前に位置取る。
 獅子小隊の狙いは、防衛システムの制御機構を押さえること。そのために各々マッピングをし、重要そうな施設に当たりを付け──遠回りはあったものの──ここまで辿り着いたのだった。
「教導団は殲滅塔使用に積極的だというな。おまえ達もそのために来たのか?」
「違う」
 小隊を代表し、レオンハルトが答える。
「キャンプ・ゴフェルの制圧と殲滅塔の使用は別問題だ。──通してはくれまいか。今回はやり合う必要性を感じないのでな。被害は最小に留めたい」
「俺も剣の花嫁だ。兵器の俺達は使命に準ずるが当然と考えていた。しかし、ルカ達と出会い、彼らと生きたいと思った」
 左手の甲から光条兵器を伸ばし、紅月に向けつつ、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が続ける。
「剣の一族の誇りは今もある。だからこそ殲滅塔を使用せずに止めたい。より多くが生きるために!」
「より多く、か……」
「殲滅塔を安易に使用させないために来たのは、本当よ。ダリルは剣の一族、そして私の家族、死なせたくない」
 紅月は、ダリルに背後に庇われたルカルカ・ルー(るかるか・るー)に視線を当てた。そしてルカルカの表情が、ナラカ城前、雨の日に出会ったときとは違う顔をしているのに気付く。
「ねぇ……この前貴方と戦って分かったの。貴方も代え難い者を奪われたのね。でも、このままでは世界が終わっちゃうよ? 喪失の連鎖を止めようよ」
 ルカルカが本心からそう言っているのは、疑いようがなく、紅月にも分かる。
 彼女は教導団をシャンバラの守護者と思っており、誇りを持っている。正しいことは正しく、間違っていることは間違っている。困っている人が居たら手を差し伸べる──分かりやすく裏表がない。だが。
「私は教導団を信じない。中国を信じない。おまえは、何故教導団を信じるに足りると思う? 世界を信じられる? 私の命を狙い、事情を知れば休戦しようという。それは間違いではない。しかし私には信じられないのだ」
 彼女は矛を振り上げた。そして、ルカルカに向けて振り下ろす。
「そんな……やめようよ! 私達、まだ遅くないはずよ!」
「黙れ!」
 紅月の一撃は、ルカルカを庇ったダリルの光条兵器に弾かれた。が、再び矛がうなり、ルカルカの側頭部に襲いかかる。ルカルカはしゃがんでそれを避けると、槍を握り直した。身を守るために。

 紅月は矛を突き出しながらも、話し始める。
「もう遅い! 何もかも変わってしまった。……私の故郷は、中国西部にある自治省のひとつだ。私の父は族長で、私は一人娘だった。分かるだろう? 自分から見ても両親に可愛がられていた──と、そう思っていた。あの日までは!」
 まだ彼女が幼かった頃。自治州で内乱が起こった。彼女の住む小さな城は包囲され、兵糧攻めにされた。食べる物はなく、井戸水だけで何とかしのごうとするにも限界はある。
「お腹が空いた私は、父に食べ物をねだった。父は肉を用意してくれた。私は喜んで食べたよ。それが母の肉だとも知らずにな……。父の価値観では、妻は家畜同様に扱うものだったから。そこに現れたのだ、輝く白いヘビが。彼女は私に力をくれた。私は、その力で父を殺害した。そして、父の残した手記で、知った」
 自分が愛した母が、食した母が、しかし、本当の母ではなかったことを。
 彼女には子が望めなかったため、父が金で知人に産ませたのが紅月であったことを。
 その知人がやがて情に駆られて娘を取り戻しに来たところを、その剣幕を恐れた母が、城を守る兵士に殺害を命じたことを。
「そして私は、全てが終わった後で知ったのだ。その内乱の火付け役になったのが中国であり、自治州にある希少な鉱物を巡ってのものだったと。反乱軍には、中国に利益を得させまいとする他国の援助があった、と。
 ──何故、誰かこんな事にしたのだ? 我が儘を言った自分か? 妻を食わせた父か? それとも反乱軍か? 国連の顔色を窺って反乱軍を放置した中国か? 理想ばかりを唱えて自治州で何が起こるかも考えなかった国連? メディアを通して紛争が報道されていたのに、何もしてくれなかった世界中の人々?」
 紅月の矛には、以前ルカルカが戦ったときと同じような鋭さがない。ただ振り回しているだけのように思えた。
「違う、全てが悪なのだ! 鏖殺寺院は、世界を滅ぼすために闇龍を復活させるのではない。だが私は、滅ぼすために復活を願っている!」
 泣くように叫ぶ紅月を、止めようとトライブが声を掛ける。
「もういい、これ以上話すな──うあああああっ」
 語尾が悲鳴に変わるのと、銃撃の音が廊下に響いたのは同時だった。一瞬後、トライブの口から全身から、血が吹き出した。
 トライブ以外の全員が虚をつかれ、呆然とその方向を見やる。
 黒いコートがはためいた。トミーガンを手にしたサルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)が、そこに立っていた。そして同じタイミングで、ヴィト・ブシェッタ(う゛ぃと・ぶしぇった)のアサルトカービンがトライブの脚部を引き裂いた。
 サルヴァトーレは動じることなく二度三度、トリガーを引く。
「──黒く深い闇に、俺と同じように、落ちるがいい」
「……油断していました」
 朱鷺がグレートソードを抜き放ち、サルヴァトーレに向かって駆ける。
 彼らは全く意に介することもなく、トライブに向かって射撃を続ける。銃弾に跳ね、彼の身体は床に転がった。それに連動し、トライブのパートナーである朱鷺の身体も、ぐらりと崩れ落ちる。
 彼らの狙いはトライブだった。あわよくば仮面を剥いで、死んだらそれでも良し、生きていれば鏖殺寺院関係者として教導団に突き出すつもりだ。
「利益のない暴力は心苦しいですね。そう思いませんか、お嬢さん」
 どこか嘆かわしげに、ヴィトは紅月に向けて言いながら、トライブの腹部に銃弾を容赦なく撃ち込んだ。
 カランと音がして、トライブの仮面が床に落ち、素顔が顕わになる。
 それが予想外に若い少年のものであることに少々意外を覚えながら、サルヴァトーレは葉巻に火を付けた。紫煙を吐き出すと、葉巻の先をくいと挑発するように持ち上げる。
「お前の絶望を見せてもらおうか」
 が、紅月はそれにすぐには反応しなかった。トライブを庇うように座り込んだ。
 トライブは彼女を抱きしめようと手を伸ばしたが、叶わない。ずるりと、血まみれの手が頬を滑る。
「トライブだ。ブチ切れそうに、絶望しそうになったら俺の名前を口にしろ。世界で一番あんたに惚れてる男の名だ」
「もう喋るな。……ああ、良かったのか、悪かったのか、どちらだろう。私の希望はおまえを救わない。おまえの学校があるツァンダではないから。私の絶望は、ヴァイシャリーを滅ぼすから……」
 紅月はゆらりと立ち上がると、サルヴァトーレとヴィトに対峙し矛を向ける。
「立ち去れ」

「──行きましょう、みんな」
 シルヴァが獅子小隊に声を掛ける。ルカルカは心配そうに、倒れる二人をみやった。
「でも……」
「ここで僕らにできることは何もありません。ですが、制御室に行って防衛システムを止めれば、死人は少なくなります」
 獅子小隊は彼らを残し、制御室に向かった。
 やがて獅子小隊によって、多くの犠牲を出した防衛システムはその機能を止めた。
 レオンハルトから報告を受けた教導団は砲兵を下がらせ、全面的に歩兵による侵攻に切り替えることとなった。