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リアクション
殲滅塔 動力炉付近
動力炉へ至る最後の通路は、多くの犠牲反対派の者によって塞がれていた。
巨大な通路の床に散らばっているのは防衛戦力の残骸。未だ壊れ切れず痙攣のような動作を繰り返すロボットのそばに立ち、八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は、隙間無く並ぶ反対派の人々に向けて片目を絞った。
彼女はパートナーのアン・ボニー(あん・ぼにー)と共に、テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)らと前線で戦ってきた。自ら覚悟を決めた剣の花嫁や機晶姫たちを無事にこの先へ連れて行くために。
少し離れた場所で、反対派を睨みつけるテティスが奥歯を噛み擦った音が、ここまで聞こえる。
「通して……闇龍の脅威を分かっていながら、なぜ邪魔をするの!?」
反対派の人々で構築された壁の中から、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が、一歩、前へ出る。
「一つ――闇龍への有効性が確実でない事。二つ、消費される友軍の補充が確実でない事。三つ、パートナーの生命に何かあった場合、契約者にも大きな影響が出る事」
静かに並べ、彼女はテティスを真っ直ぐに見据えた。
「これらの事から、砲台の使用は、成果の不確かな消耗戦を意味するわ。現状において、戦略上有効な手段とは言いがたい――別な手を模索すべきよ」
テティスが目元を強くしかめながら、理沙を見返し、
「一刻を争う事態なのよ、別の手だなんて……。それに、パートナーロストについては、代償を軽減する為に学校が別のパートナーを――」
「それも確実な方法といえるのでしょうか?」
理沙のパートナーのセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が言う。
「そして、製造技術のほとんどが失われている今、剣の花嫁や機晶姫の損失は重大なものでは?」
「――でもッ、闇龍によってシャンバラが滅べば、皆死んでしまうのよ! そうしたら、誰も、何も残らない! 私たちの力でそれを喰い止められるかもしれないの!」
テティスが焦れたように、声を荒げ、自身の胸を手で抑えながら反対派の方へと踏み出そうとする。反対派、使用派の間に緊張感が高まる。
「テティス!」
皇 彼方(はなぶさ・かなた)の制止する声。同時に――テティスの腕をアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が掴み、止める。
「落ち、着いてください……!」
「――くっ!」
「早まっては駄目、です」
「あなたも剣の花嫁なら、どうして止めるの!?」
「そ、れは……女王様が、テティスさんが石にされてしまった時、とてもとても悲しまれたからです……っ。あなたも十二星華ならわかるはずです!」
アレナの言葉に、テティスが眉根をグゥっと歪ませ、彼女の手を振り払う。
「私は――守りたいの! 今度こそ、役に立ちたいのよ!」
テティスは前回不覚を取って眠らされた事を悔い、焦っているようだった。
塔の犠牲に肯定的な他の剣の花嫁や機晶姫たちにも、動力炉へ押し入ろうという機運が高まり始めていた。
と――。
歌が聞こえる。
この無機質で殺伐とした景色に場違いな、穏やかな歌。
それは反対派の中からと、使用派に混じる白百合団の中からと、どちらとも無く聞こえて来ていた。
優しく、日々の幸せを、共に生きる世界を伝える、心からの歌が柔らかく響き、一触即発の空気をわずかにしずめていく。
「皆……思い出してください。パートナーと契約した時のことを」
白百合団の中で歌を紡いでいたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が言う。
「互い、天寿を全うする別れの日が来るまで、共に寄り添い生きていくことを誓った、その時の想いを、手にしたいと願った未来を」
「忘れないで! それはとても大切なことだったはずだよ!」
セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が続け、反対派の中で幸せの歌を歌っていたリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は「そして――」と置いた。
「共に笑い、共に歩き続ける。そんな幸せのために、時を重ねてきたのではないでしょうか?」
その横で、リオン・ヴァチン(りおん・ばちん)が使用派の剣の花嫁や機晶姫たちを諭すように、ゆっくりと顔を見回しながら、
「課せられた使命への覚悟と満足を……果たして、わしらの契約者は喜んで受け入れられるかの? いや、犠牲を悲しむじゃろう」
穏やかな深い声で続ける。
「わしには契約者が悲しみ、心壊れてしまうことが耐えられん――もしかしたら、わしらの姿が契約者の大切な存在に似ているのは、『その覚悟と満足』を阻止しようとする光条兵器の想いでもあるのではないじゃろうか? ……皆の覚悟は分かっておる。じゃが、考えてくれんかの?」
わずかな戸惑いが、剣の花嫁や機晶姫の合間に広まっていくようだった。
その中で、使用派側の剣の花嫁であるアフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)が震える息を抑え、気丈に声を上げた。
「考え、答えを出したからこそ、わたくしたちはここに居るのです!」
凛とした表情に、迷いは無かった。
「わたくしは剣の花嫁としては未熟者、大した力とてございません。それでも、この力で一人でも多くの方をお救い出来るのなら、この命、惜しいとは思いません」
アフィーナの真剣な瞳が、リオンを見据える。
「無論、この考えは、わたくし自身が一人の人間として考え、決断した事――決して人造生命体としてのプログラムによるものなのではありません」
そして、彼女のパートナーであるアルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)が、ギッと二人の決意を貫く覚悟を決めたように拳を握り、わずかにアフィーナの方へと辛そうな視線を向けてから――高らかな声を上げた。
「パートナーのことを想うのは契約者として当然の感情だが、そのせいで世界が闇龍に滅ぼされても良いのか?
そもそも、我々がここにやってきたのは何のためだ?
シャンバラ王国を復活させ、シャンバラの人々と共により良い未来を築き上げるためだろう。
今、我々が闇龍に対して行動を起こさなければ、それは我々を信じて受け入れてくれたシャンバラの人々への重大な裏切りだ。
私は、教導団の軍人として――いや、一人の地球人として、それだけは出来ないッ!」
彼の言葉に背中を押されるように花音・アームルート(かのん・あーむるーと)が山葉 涼司(やまは・りょうじ)を見据えた。
「……私、自分で決めたんです。これが、私の生きた意味だから。ここに来て、私、どんどん思い出してきてるんです。……この塔の中の事とか、動かし方とか、あの時、一緒に塔のエネルギーになった皆の想いとか」
「花音、やっぱり駄目だ。俺はお前を失いたくない!! 絶対に護ってみせる! 剣の花嫁の覚悟だとか使命だとか、そんなもんのためにお前が命を投げ出す必要はねぇ!!」
涼司が強く言い切る。
その言葉に、八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は、軽く舌を打って花音の横に立った。
「必要があるか無いかを決めるのは、そっちじゃない。本人だろ?」
「決めるとか決めないとかじゃねぇだろ! 死んじまったら、何もかも――」
涼司が吠えるように返した言葉に、優子は視線を強めた。
「命より大事なものはある。人の意志だよ」
片手を使用派の花嫁や機晶姫たちの方へと広げ、
「彼女たちは『命がけ』で戦うと決めた――もしかしたら、誰かの言うように砲台を使うのは無意味かも知れない。でもね、彼女たちの、この意志は、覚悟は、誰にも汚されることなく、屈することなく、貫かれるべきだ」
だからこそ、優子は彼女たちをここまで護り、連れて来た。
涼司が何か言おうと口を開き、そのまま言葉を探すような間を置いて、
「っ、……だけど!!」
「涼司さん。私たちは、もう決めたんです」
花音の声に静かな冷たさが混じる。
「……どうしても分かってくれないというのなら、涼司さんでも容赦しません。――排除します」
「花音……なんで、だよ……」
涼司の顔が歪む。