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リアクション
殲滅塔 制御室
殲滅塔のメイン制御室へ最初に辿り着いたのは、ヒダカ・ラクシャーサ率いる寺院兵たちだった。
「――ようやく」
ヒダカが食い縛った口元から細く息を洩らしながら呟くのを、真田 幸村は聞いた。
ヒダカの周囲に邪霊の気配が強く纏わり始める。
「まだだ、ヒダカ。アナンセの到着を待て――下手に手を出せば、防衛システムに、こちらとて敵だと見なされる。それに、もし暴発させたりすれば……」
「待つ……? 待つだと?」
ヒダカの目が幸村を睨み上げる。
その血走った眼は薄く痙攣し続けていた。
「俺は一刻も早くこいつをブチ壊したい。こいつは、俺の島を……ッ」
眼球が大きく震える。
暴虐的な気配が一層強まるヒダカの体を、幸村が抱き抑えるのとほぼ同時に――
「申し訳ありません、遅れました」
はぐれていたアナンセ・クワク(あなんせ・くわく)らが現れ、砕音から預かった機器を手早く制御室へと取り付け始める。
幸村の腕の中で、掠れ震える呼吸を繰り返していたヒダカが、ゆっくりとアナンセの方へと振り返る。
「……本当に、破壊できるんだろうな?」
「間違いなく」
「どれくらい掛かる?」
「わかりません」
「……っ」
幸村の腕を振り払い、ヒダカが落ち着かない様子で首を巡らせる。彼が静かな呼吸を取り戻すまでの間、時折り、歯を鳴らす音が聞こえていた。
そして、ヒダカは、ガリ、と爪先で指先の皮膚を削りながら、アナンセの方へ冷えた瞳を向け、
「急げ」
小さく呟くように命じた。
◇
(ここだね)
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の腕に絡んでいたエルが、重厚に閉じられた扉を示す。
クナイ・アヤシ(くない・あやし)は扉を開けようとして、軽く声をしかめさせた。
「――完全にロックされているようですね」
(お〜、時間も無さそうだしー……開けちゃって、智子ちゃん)
エルが扉を顔先をくいっと揺らめかせながら、智子に命じる。
「はーい」
気の抜けたような声で応えた智子が扉に手を掛け、
「えーい」
と、やはり、気のすっぽ抜けた声と共に、凶悪な音を立てて分厚い扉を抉じ開けた。
そうして、ひしゃげて開かれた扉の向こうに見えたのは、寺院兵たちと――ヒダカの姿。
こちらの登場に身構えた寺院兵の放った銃撃が、智子を狙い――
「およ?」
「まあ一応、ね」
清泉 北都(いずみ・ほくと)が、けろりとしていた智子の腕を引く。智子の髪先を掠め、後方の壁に跳ねる弾丸。
「我々は戦いに来たのではない!」
ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が声を張り上げ、自身の武器を床に放棄した。他の生徒たちも次々に武器を床に捨てる。
戸惑う兵士の一人を押し退けて、ヒダカがルドルフらの前に立った。
「……また、お前たちか」
その顔は以前ナラカ城で見たものと違っていた。表情に持つ薄暗さが増しており、酷く焦燥しているように見える。内に感じられる狂気じみた憎悪は、ほんの少しの切っ掛けで爆発しそうな危うさを持っていた。
「この塔は、俺たちが破壊する……邪魔をするというなら――」
「あなたに、お伺いしたいことがあります」
ロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)が言う。
彼もまた、大切な人を失った哀しみを表情の内に抱いているようだった。
ヒダカが片目をしかめる。
「……何だ?」
「あなたの心の中にいる方は今、泣いておられるのではないですか? 滅亡した悔恨ではなく、今のあなたを悲しんで」
「……ハッ……何を、言っている?」
ヒダカの表情が見る見る歪んで行く。憎悪と狂気の色が濃くなる。
「――そんなことがあるわけ、ない、だろ? 俺の、大切な人たちは、俺の中で今も苦しみ、もがきながら叫んでいる。突然の不条理を恨み……憎しみ……この塔を破壊し、シャンバラを滅ぼせと。だからこそ、俺は」
「それでは負の連鎖が綿々と続いて行くだけだ――」
ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が、不安定に成り始めたヒダカとは対照的な落ち着いた声で言って、続ける。
「君が大切な人を失ったのなら、力は捨てた方がいい。力を持つということは、自分も力に殺されてもいいということ。殺されてはいけない義務があるなら、俺たちに心を話してほしい」
だが――
「力を捨てた方が、いい? アズール様に賜った、この力を? ふざ、けるな!」
空気が、例えではなく重く冷える。ヒダカの周囲に浮かび上がった邪霊たちが制御室を巡る。
「力を捨てて何になる? この力は、成すための力だ! 忌むべきシャンバラの復活を止めることができるなら、俺はこの命を失うことにためらいは無い!」
「違う」
ルドルフが鋭く言い放つ。
「その力は、君自身の黄泉之防人の血筋によるものだ。アズールは君に力など――」
「でまかせを言うな!!」
ヒダカに言い捨てられ、ルドルフが言葉に詰まり、小さく呻いた。
「ッ……真実に気付かせるには、どうしたらいい……?」
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がヒダカの激昂を抑えようと、彼に話しかけた。
「お前の言った通りだったな。この殲滅塔の存在。そして地球の海には、お前の故郷が破壊された跡らしき場所があった……」
そして、魔法学校のガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が薔薇の学舎に伝えた情報を、ヒダカに告げた。
「俺もこの砲台を壊しに来た。古王国が、自分の国の立場が弱い者達も犠牲にしていたとはな……」
沈痛な表情の呼雪に、ヒダカが視線を向けた。
「シャンバラの悪行を……ようやく理解したようだな」
「俺はここにある真実を、自分の目で確かめに来た」
呼雪は壁を埋める制御装置群を見た。その中にカメラのモニタもあり、動力炉が映っている。
そこに機晶姫や剣の花嫁がセットされる椅子が、何百席も並んでいた。どこか電気椅子を連想させる。その椅子の周囲に、彼女たちのエネルギー、つまりは命の火を吸い出すための装置が繋がっていた。
呼雪の片腕が軽く締めつけられた。いつの間にかエルが巻きついている。
(やきやき)
「なんだ?」
(ヒダカにばかり熱い視線を注いじゃイヤン)
呼雪はめまいを覚える。
(……ウソだよ。君の事が心配なの)
「俺の事ならいい……」
呼雪はふと、彼が空京のスフィアを持つと思い出した。幸い、それは明るく光り輝いていたけれど。
一方、ヒダカの表情に正気は薄かった。
焦れ切ったようにヒダカがアナンセの方へ声を荒げる。
「まだ破壊できないのかッ!?」
「ええ」
アナンセの相変わらず抑揚の無い声が返る。
そして、ヒダカは震える片手で顔面を強く押さえた。
「どいつも、こいつも――時間稼ぎばかり、しやがって……」
ずるりと手を顔から引き剥がしながら、ヒダカが寺院の兵士たちへ『破壊と排除』を命じる。
「待て、ヒダカ!」
制止する幸村の声は、既に聞こえていないようだった。
ヒダカが邪霊を操るように手を伸ばし、寺院兵らが一斉に武器を構える――が、次の瞬間。
「ひ、ひぃ白輝精様!?」
「ももも申し訳ありませんッ!!」
寺院の兵士たちが口々に悲鳴を上げ、制御室の機械や、生徒たちを狙っていた銃口を引き上げる。
周囲には白輝精の姿は無かった。
だがヒダカが何度、兵たちに命じても、彼らは姿の見えない白輝精に怯えて動こうとしない。
智子の肩でエルが機嫌良さそうに体を巡らせる。どうも、彼が何か手を打ったらしい。
と――
焦れたヒダカが寺院兵の持っていた銃を奪って、装置を狙い、引き金を引いた。
放たれた弾丸は硬い音と火花を爆ぜ、装置の一部を破壊する。同時に、ヒダカを危険と判断した防衛システムがレーザーの銃口をヒダカへと向け――
「――いけないッ!」
「チッ!!」
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、瑞江 響(みずえ・ひびき)と共にヒダカへ向かって駆けていた。
一撃目。
響が体を割り込ませ、ヒダカの身代わりとなって腹を焼き抜かれながら床に転がったのが見える。
次いで、二撃目。ヒダカは状況に気づきながらも、激昂状態であるために正常な判断が出来ないようだった。銃口を振り回しただけの彼を、弥十郎は抱き庇いながら床に押し倒した。
三撃目――は、放たれなかった。
見れば、幸村の剣が防衛システムを斬り飛ばしていた。
そして、レーザーに撃たれた筈の床には跡すら残っていなかった。内部の材質に合わせた特殊なレーザーらしい。
「――防衛システムへの介入、終わりました。作業に戻ります」
すぐに対応していたらしいアナンセが言う。彼女の手によって、この制御室にある他の防衛装置の作動は抑えられたようだった。
「響! 何やってるんだ、貴様は……!」
アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)が慌てて響へと駆け寄る気配に、弥十郎は顔を上げた。
響に駆け寄ったアイザックが、彼の傷をヒールで癒し始める。
「無茶し過ぎだぜ。バカ野郎が……!」
「ッ――ヒダカ、は?」
響が咳き込みながら問う、その声を聞きながら弥十郎は、腕の中のヒダカの無事を確認し……ホッと安堵の息をつき、笑んだ。
「良かった」
「離、せッ!!」
ヒダカが弥十郎の腕を振りほどき、再び、銃で装置を狙おうとする。
弥十郎は、それを見上げ、
「とめないよ」
穏やかに言った。
ヒダカの動きがピクリと鈍る。
その向こうで、アナンセが言う。
「あと数分で塔のシステムの破壊が安全に完了します。装置にこれ以上、ダメージを与えなければ」
「…………」
しばしの間を置いてから、ヒダカの銃口はダラリと下げられた。
彼の視線が弥十郎へ向けられる。
「さっき、何故……?」
その問いに弥十郎が答える前に、彼のそばへ向かっていた熊谷 直実(くまがや・なおざね)が足を停め、ヒダカの方へと向き直った。
「貴様を信じているものが、ここに二人も居る。一人はお前からいつも離れず、一人はここまで追ってきた――お前はその気持ちにどう応えるのだ」
ヒダカの視線が直実を見る。
直実がそれを見返し、言う。
「頼む、皆を助けてくれ」
「お前のいう『皆』とは、古王国を蘇らせようとしている連中を含むのか?」
ヒダカが硬い声で問いかけ、答えを待たずに続ける。
「だとすれば……俺に頼むのはお角違いだ。俺は、必ずやアズール様と共に全シャンバラ勢力を滅ぼす。それは揺るがない」
と――。
「ヒダカ……」
ヒールで傷を癒された響が上半身を起こし、ヒダカの方を見上げた。そして彼はヒダカを真っすぐに見つめてから、頭を下げた。
「あの時は……すまなかった」
言われて、ヒダカは片手に銃を下げたまま、どこかぼんやりと響を見降ろし続けていた。
響が顔を上げる。
「だが、これで以前怪我をさせたことを償えたとは思っていない。……許し、信じ合う事は……とても難しい事だと思う。けれど――」
「俺は、お前たちの何を信じればいい? 古王国を蘇らせようとする者に与す、お前たちの」
ヒダカの声は、いつもの調子に戻っていたが、どこか苦しげにも聞こえた。
「完了しました」
アナンセが言うと同時に、塔の内部を照らしていた全ての明かりが消えた。
それは一瞬の出来事だった。
塔は、ただの巨大な金属の塊と化し、全ての機能を失った。
暗闇の中、目的を果たしたヒダカたちが、テレポートで去った気配。
そして――
ぼぅっと、壁や床の隙間から淡い光の粒が零れ、止め処なく溢れ始めた。
儚く消えて去っていくそれらは、塔の内部、外部問わず、溢れ出ているようだった。
(……多分、5000年前に蓄えられていたエネルギーだよ。塔のシステムが破壊されたから、支えを失って解き放たれたんだ)
エルがテレパシーで告げ、淡く揺らめく灯りの中で身を揺らす。
(ヒダカは……本当にわずかな変化はあったみたいだけど、やっぱり――シャンバラ古王国への不信とアズールへの信奉。まずは、あれをどうにかしない限り、どうにもならないみたいだね……)
結局、ヒダカのスフィアは絶望を意味する闇色のままだった。
ゆらりゆらりと舞う光の屑は、どこか懐かしく、暖かく、少し寂しげに、いずれ尽きる。
やがて、制御室に辿り着いた使用派の部隊が、塔のシステムが修復や上書きによる再起が不可能なほど破壊されている事を確認、上層部へ報告した。
これにより、塔の使用を考えていた各学校は、目的が無くなったとして撤退を始めることとなる。