空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



殲滅塔入口


「今回の戦いは一瞬たりとも気が抜けない。もし万が一のことがあったら神社で逢おう」
 キャンプ・ゴフェル正門で、前原 拓海(まえばら・たくみ)が、理子様親衛隊の隊員に向けて敬礼する。
「だが玉砕が望みじゃない。全員生きて、理子様とジークリンデ女史と一緒に、あの蒼空学園に帰るんだ!」
「はい!」
 全員、声を揃えて返事をする。その中には入隊したばかりの森乃 有理子(もりの・ありす)の姿もある。発足したばかりの理子様親衛隊だが、隊員は確実に増えてきていた。
「そろそろ副隊長が必要かであろうか……」
「拓海様」
 拓海の考え事は、フィオナ・ストークス(ふぃおな・すとーくす)の呼びかけによって遮られた。
「何だ?」
「殲滅砲についてどう思われます?」
「反対だ。闇龍に効果があるか分からないからな。使用は熟考すべきであろう」
 それは効果があったら使うのかと、剣の花嫁であるフィオナは問い返したかったが、留まった。
 拓海は、新日章会に入るために蒼空学園及びクイーン・ヴァンガードに入った。パートナー契約はそのための手段に過ぎないだろうと思っていた。何せ、一度も会わずにパートナー募集掲示板で契約したくらいなのだから。
 フィオナは、拓海に「お国のために死んでくれ」と言われるのが怖かった。実際拓海は、それを言えるのか悩んでいる。“悩んで”いることまでは、彼女は気付かなかったが。
 問う代わりに、全く別のことを口にした。
「死んだら、わたくしも英霊を祀るという神社へ行けるのでしょうか?」
 拓海は口を引き結んだまま、何も答えない。フィオナはそれを予想していたのだろう、微笑んで会話を打ち切った。
 ──まるで死にに行くようだと、彼らを眺めて葛葉 翔(くずのは・しょう)は思った。
「あながち間違いでもないけどな。契約者でも犠牲が出てるのに……理子は一般人だからな……」
 防衛システムが停止し、やっと入れる見込みが立ったのはいいが、契約者には避ければ何てことのないものでも、銃弾一発でも、衝撃で吹き飛んだ岩や鎧の破片がぶつかっただけでも大事になりうるのだ。
「リコ様を呼び捨てにするなんて」
 翔の呟きを聞きとがめたのは、新日章会メンバーであり、クイーン・ヴァンガードでもある北条 真理香(ほうじょう・まりか)だ。が、当の高根沢 理子(たかねざわ・りこ)は全く意に介さない。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「……リコ様。私には、リコ様の安全が一番重要なのですわ。今のリコ様は契約者ではございません。もし危険なことがあれば、すぐに下がっていただきます」
「う、それはそうかもしれないけど……」
「安心しろ、俺達がちゃんとジークリンデの元へ連れて行ってやる。理子には指一本触れさせないぜ」
「そうですね、みんなで頑張りましょう」
 翔の励ましに、彼のパートナーアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)も盾を掲げて頷く。
「ワタシが盾を持って高根沢さんの前に立つよ。翔クンは敵の気配に気をつけてね」
 こうして、理子を中央に円陣を組んだ一団は、キャンプ・ゴフェルに突入していった。
 基地の中は学校連合がおおよそ制圧したとはいえ、修羅場と化していた。教導団の制服を着た死体だか負傷者だかの区別すらつかない生徒達が乾いた大地に重なり合うように倒れている。
 いつも元気な理子も一瞬怯んだ。が、みんなが守ってくれてるんだと、気を取り直して進む。
 やがて、一行は何体かの機晶姫やロボットを倒しながら、目標とする殲滅塔に辿り着いた。
「鏖殺寺院はコレを破壊しに来るのよね。だったらジークリンデもきっとここに……」
 理子が殲滅塔を見上げて呟く。
 殲滅塔は、ドーム状の建物が積み重なったような、天体観測所のような外観をしていた。ただそれが兵器だと一瞬で見た者に判別がつくのは、最上階には、望遠鏡の代わりに巨大な砲身が鎮座していたからだ。外壁の所々でカラフルな光が点灯・明滅しているのも、砲身がなければ綺麗だと見とれることもあっただろうが、不安にさせるだけだ。
 入口を探して外壁をぐるりと回る。
 程なくしてトラックが入りそうな大きさの、両開きの扉が彼女達の目の前に現れた。
 扉の前には、機晶姫の小隊が陣取っている。今までと同じように、彼らはリコを守りつつ刃を交えようとして──
「……止まった……」
 親衛隊は、一斉に突如動きを停止した機晶姫に剣の勢いを殺しきれず、思わずたたらを踏む。
 どういうことかと見回せば、その原因は彼らを無視して扉の前にやって来た。ヴェールで顔を隠した女──白輝精と鏖殺寺院の兵士達、そして青い髪の少女だ。
 少女の姿を認めるや否や、理子は駆け寄りたい衝動を何とか押しとどめ、声を上げた。
「ジークリンデ、助けに来たわ!」
 その声で、彼女らは振り返る。青い髪の少女・ジークリンデは何か言おうとする白輝精に頷くと、兵士達の間を抜け理子達の前に立った。理子も進み出ようとするが、新日章会によって制される。鏖殺寺院の中にいて逃げ出そうとも抵抗しようともしないジークリンデを警戒したのだ。
「理子様、油断はなりません。彼女も操られているかもしれません」
「そんな馬鹿な……でも……ジークリンデ、どうしたの!?」
 理子は否定しようとしたが落ちついたジークリンデの様子に思わず問いかけてしまう。彼女の中では、鏖殺寺院に無理矢理捕えられたパートナーを救出し、感動の再会でめでたしめでたし、というストーリーが成立していたから。
「ここでいいわ」
 ジークリンデは抱き合うことも握手も、まるで望んでいないようだ。
 いつも隣にいた二人の再会は、数メートルの距離を挟んでのものとなった。しかもその再会もつかの間、ジークリンデは別れを望んだのだ。
「──リコ、日本に帰りなさい」
「ジークリンデ? 何言ってるの?」
 理子はまじまじとジークリンデの顔を見つめるが、目には確かに理性がある。操られているなどとはとうてい思えない。
「あなたは勘違いをしてるわ。私は、私の意志でここにいるの。殲滅塔を止めるために来たのよ」
「殲滅塔とか、闇龍とか……どうでもいいよ。私はまたジークリンデと一緒に冒険したり普通の学校生活を送りたいだけ」
「そういうわけにはいかないわ。私にはやるべきことがあるの。──普通の生活に戻りたいなら、私のことは忘れて、リコはリコの人生を歩んで」
 ジークリンデは薄く微笑むと、翔や親衛隊に向けて、頭を下げた。
「リコを頼みます」
 頭を上げると、彼女は扉の前に立った。見るからに分厚く、鍵穴のない両開きの扉は未知の材質でできていて、壊せそうにない。
 しかし手をかざすと、ゴウンゴウンと音を立て、閉ざされた扉が開いていく。
 ……呆然と立ち尽くす理子達の中で、有理子がはっと息をのみ、真理香に告げる。
「今が殲滅塔を確保するチャンスなのでは? 中国の息の掛かった教導団に強大な力を委ねるのは非常に危険です。作戦中に偶然壊れてしまったのであれば、角も立て難いですし」
 真理香のクイーン・ヴァンガードの立場としては蒼空学園の校長に従う必要があるが、新日章会の思想信条としては、日本への愛国心と理子の方を重視している。愛国心は時に日本と利害が対立する国への警戒心や狭量さになるのだが、新日章会も多分にその傾向があった。
 テレス・トピカ(てれす・とぴか)も有理子を後押しするように、理子に話しかける。
「理子ちゃんって将来シャンバラにとって重要な役割を担うんでしょ? でも、こんな命を沢山犠牲にして使う兵器があったら、周りから何言われるかわかんないよ。名誉に傷が付く前に壊しちゃった方が理子ちゃんの為にもなるじゃない?」
「しかし、クイーン・ヴァンガードは殲滅塔を使用することに賛成を……」
「日本なんて関係ないよ」
「……何を仰っているのですか、理子様。そんなことを間違っても口にしてはいけません」
「だ、だって……」
 立場としては、彼らは殲滅塔使用派だ。しかし一人一人は、むしろ反対である。そのねじれが結論を出すのに若干の時間を必要とし──気付いたときには、彼女たちの背後に、教導団をはじめとする生徒達が追いついていた。

 理子達を挟んで学生と鏖殺寺院とが睨み合う。
 教導団の士官らしき一人が、部下に号令を掛ける。
「殲滅塔入り口に到着、これより殲滅塔制圧作戦に移行する!」
 白輝精は、一斉に向けられたアサルトライフルの何十もの銃口に怯みもせず、くすりと笑った。ヴェールの下からでもそれが妖艶であると分かるような笑みだ。
「今日は余計な手間を掛けるつもりはないの。殲滅塔を使用するつもりがない方は、通ってもいいわよ」
 その言葉と部下の兵士を残し、白輝精はジークリンデと共に背中を向けて扉の中に消える。
 士官が腕を振り上げる。
 真理香が彼に気付き、リコの腕を引っ張る。
「リコ様、ここは危険です。一旦退却しましょう」
「やだ! ジークリンデ! 待ってよ!」
「──撃て!!」
 銃声が空間を埋め尽くす。
 鏖殺寺院と学生達が再び、ナラカ城以来の戦いを始める。
 そして理子の叫びはジークリンデに届くことはなく。
 彼女は引き摺られるように、キャンプ・ゴフェルから連れ出された。

 性帝砕音軍坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)が、剣の花嫁姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)と共に鏖殺寺院部隊のしんがりを努める。
 雪も一時は殲滅塔発射に協力を、と考えたのだが、鹿次郎は残されたおっさん英霊とコンビになるのは切ないから嫌だとつっぱねた。よくよく考え、今では彼女も殲滅塔には反対の立場でここにいる。
「殲滅塔も闇龍と同じくシャンバラを脅かす悪ですわ。存分にわたくしの刃、お振るいなさい」
「応! 花嫁の光刃は砲で無機的に打ち出す無粋な物に有らず、想いと共に振るう心の刃でござるよ」
 鹿次郎は光条兵器のサムライソードで、追いすがる骨組み剥き出しのロボットに切りかかった。