空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



司令部


 教導団司令部は、キャンプ・ゴフェル正門から、山を少し下ったところに位置している。
 基地から発進される妨害電波のため、突撃部隊と連絡が取りにくくなった司令部では、通信兵が慌ただしく行き交っている。前線に立つ通信兵により構築される有線の通信網が度々途切れ、資材の調達や通信網の再構築の指示に忙しいのだ。
 【新星】ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)は、彼らの邪魔にならないよう端に寄って、顔を見合わせる。
「ただでさえ、どこから来るか分からないのに……困りましたわね」
「このオレに関羽の代わりを努めろって、リーダーも無茶言ってくれるよなぁ」
 リーダーとは、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)のことだ。二人は、関羽不在の司令部──主に金鋭峰──を護衛する役目を命じられているのである。襲いかかってくる相手として想定しているのは、鏖殺寺院の暗殺者……そして、カリーナ・イェルネ一派。
 彼らは、カリーナ一派が反逆を企てる可能性があると考えていた。もしそうなれば、関羽や、彼女の周辺を調べたことで空京の第一師団仮設屯営の反省房に押し込まれた憲兵科大尉灰 玄豺(フゥイ・シュエンチャイ)に救援を求め、共に捕らえるつもりでいた。ちなみに灰大尉は現在反省房からは解放されているという。
 また、カリーナ自身を見張る者は他にもいたが、この作戦では怪しい動きなどは見せていなかった。彼女は殲滅塔使用にやたら積極的な発言を見せていたが、これは教導団の意向に添うものであり、これをもって怪しいと断じたり、表だって反対、あるいは団長などにかけあって抑制できるものではない。
 そこでハインリヒは、さりげなくカリーナ一派の新人宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)らに目を配る。
 憲兵科の祥子は、彼女より先にカリーナの派閥に入った者達と話をしており、『静かな秘め事』は、司令部で事務処理の手伝いという名の書類運びをやらされつつ、高官に何やら質問をしていた。
「ええ、派閥に入っていないので、装備の配備や情報面で不安があるんです」
 祥子はそんな嘘をついて、派閥に入っていた。最近教授の派閥は人が増える一方であり、祥子が“同じ憲兵科の人間が博士を調べて反省房に送られたことを聞き、それを調べに”来たことなど、露ほども疑われなかった。
「教授は自分で何でもやりがたるからねぇ。今は新兵器の槍とやらにかかりっきりだし、すぐにはメリットにならないよ」
「そうですか……では、今回の戦いで得られる技術に関してはどうでしょう」
「教授は殲滅塔を発射したくて、うずうずしているようだね。ああ、ただ、さっき百合園の女の子がロボットを持ってやって来たから、殲滅塔の件で手が空けば、何かしら進展があると思うよ」
 彼が視線で示した方向には、ロボットを前に高官と話している団長がいる。祥子が耳をそばだてると、これで開発が進む……技術の解析を……などといった言葉が漏れ聞こえてきた。
 一方、団長に近づこうとして遮られた『静かな秘め事』は、その場にいた参謀にひとつの質問をしていた。
「内偵中の憲兵を営倉送りにしたという噂があるようですけれど……?」
「噂ではない。事実だよ。それがどうかしたか?」
「……穏やかではないと思いまして……」
「イェルネ少佐は、現在教導団にとって重要な人物だからな。それよりもこの書類を運んで欲しいのだが……」
 『静かな秘め事』は、今はそれ以上この話題に触れるのは得策ではないと判断し、事務仕事に戻った。

 ハインリヒら二人が引き続き警戒に当たっていると、近くで男の悲鳴があがった。
「何があった!?」
 駆けつければ、通信兵の一人が肩を押さえてうずくまっている。彼の正面には、無表情なロボットが数体いた。
「ちっ、どこから出やがった! ──おい、誰か応援呼んで来い!」
 通信兵を背後に突き飛ばし、ハインリヒは位置を入れ替わる。防御姿勢を取り、時間稼ぎを務めた。ヴァリアが彼の後ろからアシッドミストで援護をする。
「ハインリヒ、大丈夫か!?」
 騒ぎを聞きつけた【新星】メンバーアクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)は、ハインリヒの背中に呼びかける。
「何とかな! 気にしてないで自分の仕事してろ!」
「任せたよ!」
 この間のナラカ城戦と同じく、アクィラはパートナーアカリ・ゴッテスキュステ(あかり・ごってすきゅすて)を白百合団側に派遣し、双方の司令部の連絡役を買って出ていた。携帯を取り出し、電話をかける。何度かの呼び出し音の後、アカリの声が返ってきた。
「あっ、アクィラ?」
「アカリ、教導団司令部が襲撃された。白百合団の方はどう?」
「こっちは大丈夫よ。ねぇ、金団長は無事?」
「……えーっと」
 アクィラは金鋭峰の姿を探す。
 金鋭峰は、襲ってきたロボット兵団についてその数と方向、襲撃手段の報告を受けながら、矢継ぎ早に指示を出していた。
「ええと……こう言ってるよ。恐らく敵の山岳部隊だ。少数かと思われる、速やかに迎撃して移動せよ……どうも指揮所を移動するみたいだよ。敵にばれちゃったからね」
「分かったわ、決まったら教えて。じゃあ切るね!」
 アカリは携帯を切って制服のポケットに突っ込むと、桜谷鈴子を振り返って、アクィラの話をなるべくソフトな言い方で報告した。言葉選びに自然慎重になるのは、殲滅塔使用を巡っては、教導団と百合園が対立関係にあるからだ。誤解を招いてこれ以上余計な対立をさせる訳にはいかない。
「そうですか。私達も移動しましょう。こちらにも来るかも知れないわね」
 教導団司令部を見張るという任務上、白百合団は教導団のすぐ側──三軒両隣くらいの位置にいる。これは見張るというだけでなく、教導団が白百合団を守るという意味もあるのだが。そして白百合団司令部は、救護所と隣接していた。
「団長、どうしますか? みんなを呼び戻しますか?」
 鈴子の護衛を務める秋月 葵(あきづき・あおい)の声は不安げだ。「みんな」とは、突撃部隊の教導団員を見張るべく、前線に出掛けていった白百合団の面々のこと。
「それは、みんなのことが心配だからかしら?」
「鈴子団長は怖くないのですか? 怪我をするんじゃなくって、戦闘が続いて、怪我をしてこっちに送られてくるのが……」
 白百合団司令部のテントの窓からは、肩を支え合い、或いは担架やヘキサポッド・ウォーカーに乗せられ、血にまみれた生徒達が続々と救護所に運ばれてくる姿が見える。テント生地を通して、苦悶の声が聞こえてくる。
「大丈夫です。皆さん無事に帰ってきますよ。それに葵ちゃんは私が守りますから……」
 葵の震える肩を、パートナーエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)がそっと抱きしめる。
「そうだね。信じるよ、エレン」
 エレンディラの腕の中で頷く葵に、鈴子は何とも言えない表情で、先の質問に答える。
「──私が怖いと言ってしまっては、団の志気に関わりますから」
 それよりと、鈴子は新たに、回復に長けた団員を中心に半数を救護所に向かわせた。そして、
「こちらは戦場は不慣れです。分からない点があればお聞きすると思いますが、宜しくお願いいたします」
 と、側にいた教導団衛生科所属の夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)に頭を下げた。彼女はパラ実の反乱分子を監視するという名目で、自ら白百合団の指揮下に入っていた。
 彩蓮も応じて頭を下げると、祖父形見の医療鞄を肩に担ぎ直し、
「こちらこそ宜しくお願いいたします。それから……ナラカ城の戦いでは、白百合団の皆さんの支えがあってこそ、救護所の負傷兵が無事に撤退できたと思っています。お礼申し上げます。今後もより多くの怪我人を救えるように、連携を図りたいものですね」
「ええ、本当ですわね」
「では」
 彩蓮は、光学迷彩で姿を消していたデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)と共に、白百合団のテントを出た。向かうべき救護所は目鼻の先で、百メートルも行ったところにある。
「本当に、どちらからも怪我人が出ないといいが」
 姿は見えないものの、がちゃがちゃと鎧が擦れるような音を鳴らし、デュランダルは彩蓮に続く。その中には、敵と戦って負傷する生徒のことは勿論、教導団に対し反乱を起こして捕まり、罰せられる者のことも含んでいる。
 デュランダルがふと視線をやると、同じ衛生科に所属するパティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)が、負傷した教導団員の治療に当たっているのが見えた。いや、正確には……。
「治療には必要ない行為に見えるが」
 採血をしたパティが、衛生兵用のテントに入る。デュランダルは彩蓮と別れ、そっと後をつけて入り口から中を窺った。
 パティは第一師団少尉クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)と何やら話し込んでいる。
「健康診断も問診の結果も問題なかったよぉ〜。洗脳っていう線もなさそうだし、血液も……問題なさそうだねぇ」
 手に入る範囲で、血液・毛髪の薬物検査をしたが何も反応はない。
「単に職業的意識っていうか、仕事的に無表情になってただけみたいだねぇ」
 パティとクレアは、灰大尉らを収容した兵士が無表情だったと聞いて、薬物による洗脳を予測していたのだが、違ったようだ。
「その薬物であるが、教授が発明した新薬というのは、洗脳のための薬ではないらしい」
 それはちゃんと特許のデータベースに載っているもので、クレアにも容易に、大まかな内容を調べることができた。
「インフルエンザなど病の治療と、診察能力を向上させる薬だった。どうやら世界各国で売れたらしい。そのために医学界では重要な人物という扱いを受けているという」
 そして、その売上による莫大な利益を得たようだ。
 ──デュランダルはどうするか少し考えて、会話を聞かなかったことにした。
 すぐにそれどころではなくなったからだ。つまり、教導団司令部を襲ったロボットが数体、救護所にも乱入してきたからだった。