空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



兵舎探索


 作戦が開始されて数時間後。キャンプ・ゴフェルに点在する建物は、生徒たちによって制圧されつつあった。
 殲滅塔を囲むように作られたコの字型の兵舎もまた同様である。
「次から次へと、どこから湧いて出てくるのかしら?」 
 桜谷鈴子から現地の指揮を任された、白百合団団員にして神楽崎分校校長の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、そうぼやいた。
 軍事施設らしく直線的なつくりの通路は、広々として大分先まで見通せたが、その通路からは倒せども倒せども、量産型機晶姫やロボットがいなくならない。戦っているうちに、通路の曲がり角や扉から、何体も増援が現れる。
「ねぇ、魅世瑠?」
 亜璃珠は分校生徒会長の羽高 魅世瑠(はだか・みせる)に同意を求めたが、珍しく口を引き結んだまま答えない。作戦が始まってからずっと、彼女は「神楽崎分校、突撃!」以外の言葉は口にしなかった。
 返事の代わりに、両手に嵌めた盛夏の骨気で目の前のロボットの全身に、容赦なく拳を叩き込んだ。ぶすぶすと煙を上げて背後にのけぞるロボットの顔面に、腹いせのような一撃をお見舞いすると、ロボットは吹っ飛んで壁に叩き付けられる。
 魅世瑠のパートナーフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)もまたほとんど黙りこくっていて、巨大甲虫にまたがったまま、魅世瑠ともろくに視線を交わさない。
 いや、彼女たちは分校生と共に白百合団の先陣を務めていたのだが、二人に従う分校生のモヒカンもスパイクも火炎放射器も電ノコも、みんな黙りこくっている。
 余計なことを喋って、指揮下にあるパラ実生が不始末を起こしたときなどに、責任を押し付けられたらたまらなかったからだ。関羽も鈴子も、教導団の団員も──パラ実生の彼女には、背中を見せれば後ろから斬ってくる相手に思えた。
「いいわ、指示は私が出すから……とりあえず殲滅塔を手に入れれば、撃たせない事も、自分たちで破壊する事も出来る。どうせ闇龍を倒せなきゃお先真っ暗、今はこの戦いで私たちの力を見せ付けるのよ。神楽崎分校ここにあり、ってね。そうすれば教導団にも少し考え直すかもしれないわ」
「そうですよ。がんばったらおねーさまや教導団の人たちからごほーびが貰えるかもしれませんっ。お手伝いをしたのにお小遣いが貰えないのはおかしいもんねっ」
 亜璃珠のパートナー崩城 理紗(くずしろ・りさ)が、律儀にも怪我をした分校生を手当てしつつ、周囲を鼓舞する。
「あら、お小遣いよりもっといいものをあげるわよ?」
「ほんとーですか? 楽しみですっ」
 理紗もまた、にこにこしながらも、魅世瑠やフローレンスと同じく、心の奥には疑惑を抱いていた。殲滅塔みたいなものがあるなんて、古王国の女王様はホントにいい人だったのか? シャンバラを復活させることは、剣の花嫁の自分にとってもいいことなのか?
「闇龍の出現に合わせて現れたのですから、きっと何らかの関連があるはず……使用するためだけでなく。だから……使用しなくとも、闇龍を倒すヒントが得られるかもしれません」
 理紗の不安を感じ取ったのか、魅世瑠らと肩を並べていた白百合団の班長ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が一瞬だけ振り返り、笑みを浮かべた。それから再び前を向いて、左腕に固定した盾を前方に押し立てディフェンスシフトの構えを取った。ロボットが撃ってきたアサルトの弾が、盾の表面ではじけ飛ぶ。
「あっちから来るよ!」
 テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)の声に、ロザリンドは身体の向きを変えた。再び、曲がり角から現れたロボットの銃撃が浴びせられた。ガンガンという衝撃にのけぞりそうになるも、両脚で踏みこたえた。
「大丈夫……誰も倒れさせるわけにはいきません!」
 ロザリンドを前に立て、白百合団は廊下を進んでいった。
 地図などは建物内に貼っておらず構造は分からなかったが、ロボットが出てくる方向に向かって進んでいけばいい。制圧するにはどうせ倒さなければいけないということもあったし、
「ロボットだって降って湧いているわけではないのであります。きっと生産プラントがあるはずであります!」
 という提案が、同行していた教導団員金住 健勝(かなずみ・けんしょう)からあったからだ。
「防衛システムを何とかしなければ、被害は増える一方であります。まずは兵団を何とかするのが良いであります」
「私たちについてきて大丈夫なの?」
 亜璃珠の問いかけに、健勝は頷く。
「自分を見張っていると言ってもらえれば問題ないであります。それに……」
 彼は、ウィザードの自分を守るべく盾を構えているレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)の横顔に目をやった。彼もパートナーに剣の花嫁を持つ身である。兵士として団長の命令に従うのは当然。しかし、彼女の命を差し出せと言われて、素直に応じられる自信はなかった。
「健勝さん、まだ発射するって決まったわけじゃありません。今はできる事を精一杯やりましょう」
 レジーナは彼に目を合わせると、微笑む。
 そんな彼女に同じ思いを感じ取ったのか、ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)が力強く頷いた。
「そうですわ。そんな物を使わずとも闇龍に対抗する方法がきっとありますわ! 命を天秤にかけるような事は御免被りたいですわ」
 ミルフィもまた剣の花嫁だ。
「犠牲で賄う平和など、必ずどこかで歪みを起こすものですわ! それに、わたくしがいなくなった後のお嬢様のことを思うと……」
「難しいことはわかりませんけど……パートナーを犠牲にしてまでそんな兵器を使うなんて……私、嫌です!!」
 神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)はミルフィを気遣うように見やると、イヤホン型マイクを調節し、仲間を鼓舞した。
「さあ、進みましょう! 私も一生懸命歌います! 皆さん、頑張ってください……!!」
 一行にはここに至るまでの疲労が蓄積されていたが、有栖の“驚きの歌”が聞く物に気力を取り戻させる。
 彼女達は再び進撃を開始した。いくつもの角を曲がれば、やがて目の前に広々とした部屋が現れる。通路は金属のメッシュ状の床材に代わり、壁に添ってぐるりと部屋を取り囲んでいた。四辺中央に一つずつ、下へ降りる階段がある。
 中央は吹き抜け。眼下の床と天井を、透明な試験管のような管が幾つも繋いでおり、その中に、虫の卵のような楕円形をした容器が縦に並んでいる。容器の一つ一つにはアーチ状の窓が開いており、未稼働の機晶姫やロボットが眠っているのが見えた。
 また幾つかの容器の窓は開き、空になっている。更に幾つかの容器はプシュウという音を立てながら上下に運動し、機晶姫を床に送り出していた。
「あれが……制御装置でありますか?」
 健勝が指さしたのは、部屋中央に陣取る巨大な機械だった。彼はレジーナと共に装置に駆け寄ると、装置を止めるべく試行錯誤を始める。
 ──こうして、生産プラントは制圧、機晶姫及びロボットの補充は停止されたのだった。

 白百合団・パラ実混成部隊が生産プラントを制圧した後のことだが、ここに葦原明倫館の生徒が二組訪れることとなった。
 秦野 菫(はだの・すみれ)梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)ユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)である。
「これもひとえに房姫様の御ためでござる。きっと拙者にねぎらいの言葉が……」
 にやけながら不純な妄想に耽る菫に、仁美はあきれ顔だ。
 彼女達はキャンプ・ゴフェルの技術の結晶である機晶姫やロボットを持ち帰り、明倫館に提供した。母校の研究の発展に寄与するためである。
 これによって蒼空学園と教導団と同じく、芦原明倫館のロボット研究は進むことになる。
 ちなみにユーナはキャンプ・ゴフェル制圧戦後、剣の花嫁や機晶姫の命は、浪費するよりそのまま戦力として活用した方が良いと思う、と進言したのだが、ハイナはすげなく断った。
「生身では闇龍に敵わないと判断したからこその秘密兵器投入でありんす」