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リアクション
殲滅塔 内部
「――燃料になるなんざ俺は絶対にごめんだぜ」
朱鷺宰 アスラ(しゅるさ・あすら)は吐き捨てるように言った。
塔の内部の小さな部屋だ。
激しい戦闘音が、少し離れた様々な方向から聞こえていた。
剣の花嫁である彼と、パートナーのサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は、なるべく身を潜めながら、塔を破壊できそうな『弱点』を探し回っていた。
「うるせぇ燃料だな」
一部の隔壁コントロール用らしき端末をバラして弄っている猫井 又吉(ねこい・またきち)が吐く。
アスラは、眉根をしかめて又吉の方を見やり、
「突っかかってねーで、手を動かしやがれ。こんな塔は、さっさと壊すんだよ、完膚無きほどに、欠片も無く――」
又吉と彼のパートナーの国頭 武尊(くにがみ・たける)とは、先ほど出会い、同じ目的のために動いていることを知って合流した。
他にも似たような連中が幾つか居るようだったが、誰も上手くいっている様子は無かった。
なにせ、この塔には構造的な弱点や、システムへ介入出来そうな装置は、ほぼ皆無といっていいほど見当たらない。
殲滅砲とは関係無さそうな、この端末でさえ、ようやく見つけたものだった。塔の制圧状況的に、おそらく、これが最後のチャンス。
「俺の命を奪っていいのは俺と俺が愛したものだけだぜ」
「愛したものだけ、ねぇ……」
「だから、愛無く俺を殺すものはこの世にいらねえんだよ」
「ハッ、中々言うじゃねーか」
又吉が薄く笑い、アスラは軽く鼻を鳴らした。
部屋の扉が開かれ、武尊がサトゥルヌスと共に部屋へ入ってくる。
「又吉、まだ掛かってんのか」
「なんだ、ヤベーのか?」
顔を上げずに問いかけてくる又吉に、サトゥルヌスがうなずく。
「そろそろ教導団の人たちがこちらの方にも来そうだよ。見つかったら不味いだろうね」
と――。
「教導団じゃなくて、ごめんなさいねぇ〜」
なにやらやたら間延びした声が聞こえて、アスラ、武尊、サトゥルヌスの三人は反射的に身構えた。又吉が、何か手を滑らせて変な操作でもしてしまったのか「やべ」と小声でこぼす。
入口に立っていたのは、ビデオカメラを構えたオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)と、銃を構えた桐生 円(きりゅう・まどか)だった。
円が、しらりと四人を見回す。
「キミたちはどっちの方? 独断で発射しようとしているのか、破壊しようとしているのか」
「『破壊』の方だよ」
サトゥルヌスが、強く円を見据え、
「千丈之堤、以螻蟻之穴潰――」
言葉を置く。
千丈の堤も蟻の穴より崩れる。千丈の堤とは、長大な堤防のこと――つまり、蟻の穴ほどのわずかな油断や不注意から、取り返しのつかない大事に至る事のたとえだ。
「殲滅塔の使用は、わずかな不注意どころじゃない、大きな間違いだよ。闇龍にダメージを与えられない可能性があるというのに、こんな危険な兵器は絶対に使うべきじゃない」
「んなことより、もっと単純な話だ――パートナー1人守れなくてどうやって世界救うってんだ。笑わせんじゃねーよ」
言った武尊が口元を歪ませる。
「大体、パラ実ってだけで信用せず、関羽に監視させるとか馬鹿にしやがった教導の態度も気に入らねぇ」
オリヴィアの持つビデオカメラにズンズンと近づきながら、武尊の声が強まる。
「そういう教導の団長のパラ実に対する態度が、俺らパラ実の教導に対する態度を硬化させる事に気付かない限り、分かり合うのは絶対に無理だからな!!」
「それ以上、マスターに近づかないように」
レンズぎりぎりまで寄ろうとしていた武尊へと、円が銃口を突き付ける。
「それに、そんなことお姉さんのカメラに言われても困るわぁ〜」
オリヴィアが、んーっと眉根を上げながら笑う。
「これは、円が白百合団として過激派へ正当な対応をしたことを証明するためのものなんだからぁ〜」
「そういうわけで――」
円が片目を、じぃと細める。
「最後に聞いておくけど、キミたちは大人しく塔の破壊を諦めてくれる?」
答えは、決まっていた。
円の唇が、小さく息を切る。
「独善的で後先考えない奴はこれだから嫌いだよ――救えないね」
引き金に掛かった彼女の指に力が込められていく。
刹那。
「チッ、駄目だ駄目だ。クソッ」
ずっと機械いじりをしていた又吉が声をあげ、皆の方へと顔を向けた。
「完全にお手上げだ。この塔は壊せるどころか、メイン制御室以外からじゃシステムに手出しもできねー」
武尊が又吉の方へと振り返る。
「どうにもならねぇのか?」
又吉がぼりぼりぼりぼりとアゴを掻きながら、鼻を鳴らす。
「どうにもならねぇ。だから、こんな所で争っても無駄だ。馬鹿馬鹿しいだけだぜ?」
殲滅塔 内部
シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)とガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は部下のパラ実生たちを率いて、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)やリース・バーロット(りーす・ばーろっと)を含む教導団の一部と共に、ヒダカらが向かったという塔の中枢部分――メイン制御室を目指していた。
「ったら、ええがにいかん」
部下たちと共に目の前に立ちはだかったロボットへと斬り込みながら、ウィッカーは顔をしかめた。その向こうでは、隔壁が降り始めていた。
ガートルードやリースの魔法がロボット周辺の量産型機晶姫たちを蹴散らす。小次郎の星輝銃や、他の教導生徒らの射撃が金属音の軋むロボットの各部へと叩き込まれていく。
骨身剥き出しのロボットの体が幾つもの火花が散り咲きながら、揺れ、圧され、砕け、耳障りな軋みを増し、動きを鈍らせ、それでも惨めに震えた腕を伸ばそうとする――そこへ、ウィッカーたちパラ実生たちは各々の得物を容赦なく叩き込んだ。
そうして。
主力を失った量産型機晶姫らを他の生徒たちが始末している中で、ウィッカーは、通路の先に降り切ってしまった隔壁を恨めしげに見やっていた。
「こいつをなんとか抉じ開けるか、別の道を探すか、か……いたしいのぉ」
彼ら、中枢へ向かう生徒たちは、所々に降りた隔壁と複雑に絡み合った通路のために幾つかの集団に別れることを余議なくされていた。
塔の使用反対派の生徒たちが中枢方面にも多く居るために、使用派は上手く連携が取れず、苦戦を強いられていた。
「もう一つ、この近くに東へ回れそうな通路があります」
小次郎が、リースによって簡単にマッピングされていたメモをガートルードへ渡しながら言う。
「そちらが駄目であれば、その時は戻るより隔壁を開く方を選択しましょう。それが一番効率的だ」
「なるほど……そのようですね」
メモを覗き、確認していたガートルードがうなずき、部下たちに指示を与えに向かう。
その様子を眺め、ウィッカーは少しばかり笑った。改めて考えれば、妙な光景だった。
元々パラ実と教導は相容れない。そして、彼とガートルードは塔の力を使うことには肯定的であるものの、教導上層部の選択を支持する小次郎ら教導団員たちとは違い、『犠牲』には否定的だった。
ウィッカー自身に覚悟はあっても、パートナーロストで苦しむガートルードのことがある。
「いたしいのぉ」
独りごちる。
ともあれ、教導団とガートルードたちの共通している目的といえば、砲台を『確保する』と『破壊させない』、この二点だけ。
更に、ガートルードたちにはパラ実として、もう一つ重要な目的があった。それは、教導団がパラ実に対して殲滅砲を用いようとしないかの監視。
例え、それが不安から生み出された噂だったとしても……教導団が凶悪な兵器の使用において主導を握るようなことは避けたかった。おそらく小次郎たちも、そのことは分かっているだろう。
いわば、彼らとは『塔の無事な確保』という短期的に求める結果が同じだけの、完全な敵同士なのだが……現状、前に進むには互いの戦力を利用し合うしか無く――ここ一部の連中のみでビジネスライクに協力体制を築いていた。
ウィッカーは、部下を率いているガートルードの横に付きながら、小さくこぼした。
「それもこれも――」
(――反対派が多かったため)
小次郎は、パラ実と教導のにわか混合小隊を見やりながら心中にこぼした。
塔へ侵入した生徒たちに犠牲反対派、使用反対派が多かったために、彼ら使用派の行動は部分部分で後手を踏まされている。
小次郎は手に持った銃の背を軽く撫でやりながら、小さく息をついた。
自分勝手な理論を振りかざしたあげく、妨害を行おうとしたり破壊行為に及ぼうとしていた者も多い。
(それは単なる越権行為であり、我侭の範疇に過ぎないというのに……)
静かに瞳を細める。
殲滅塔 内部
アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)ら何人かの生徒たちもまた、塔の確保のために中枢を目指し、迷宮のような通路を駆けていた。
「あれ? あ! お姉ちゃん!! アナンセお姉ちゃんが――」
防衛戦力との戦闘の中、天穹 虹七(てんきゅう・こうな)が剣を構え警戒していたアリアの袖を引く。
「え?」
アリアが振り返るその向こうで、他の生徒が声を上げる。
「寺院の連中がいるぞ!!」
「――居たかッ」
仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)がブレードを閃かせ、量産型機晶姫たちの間を駆けていく先には、確かにアナンセ・クワク(あなんせ・くわく)と数十人の寺院兵が居た。ヒダカの姿は見えない。
「ダァホッ、一人でタコ殴りにされるつもりかッ!!」
毒吐きながら七枷 陣(ななかせ・じん)が磁楠の後を追う。そんな彼らに、数人の生徒たちが続いて行く。
「お姉ちゃんっ」
「うん、分かってる!」
虹七の声に応え、アリアはアナンセたちの方へと駆けた。
量産型機晶姫、寺院兵、生徒らが入り混じる混戦の中、磁楠の剣は冷酷に寺院兵らを斬り伏せていた。
抑え留めるためにでは無く、殺すために振るわれ行く剣。
「セット!」
乱戦の喧噪に混じって陣の掛声が響き、己の傷も顧みず剣を振るう磁楠を守るように飛んだ火術の粉が舞う。
その一寸の赤灯に照らされた磁楠の口元は歪んでいた。
「鏖殺寺院の人間はすべからく屑だ――全て消え去ってしまえ!」
どこか狂気すら帯びた声と、斬撃の閃きが混沌とした戦場に走る。
それらを背景に、アリアはアナンセの姿を探していた。混乱を増す周囲の状況に気を配りながら、素早く視線を動かし続ける。近くの隔壁が降り始めているのを視界の端に捉えながら――
「――あ」
見つけて、アリアは駆けた。
側方から斬りかかってきた寺院兵の切っ先を避け、その鼻先に剣の柄を叩きこむ。そして、アリアは「たあぁっ!」と声を張り上げながら、床を蹴って、アナンセへと刃を閃かせた。
アナンセが剣気に身構える――が、アリアの声に気付いて、その手を緩めた。
ィンッ、と鍔迫り合いのような格好になる。
アリアは声をひそめ、
「アナンセさん、なんでこんなところに?」
「ヒダカさんたちと、はぐれてしまいました」
アナンセが抑揚も感情も無い声を返す。
「はぐれた?」
「急に、妙なタイミングで隔壁が降りてきたので」
一度、剣を打ち鳴らしながら飛び退って、
「あなた達は塔を破壊するつもり?」
「ええ」
「危険じゃないの?」
「砕音さんから『方法』を預かってきました。安全に塔のシステムを破壊することができます」
「そっか」
今一度、演技の斬り結びを行う。
(やっぱり先生は皆の事を考えてくれているのね……)
二度、三度、不自然にならないようにやり合いながら、
「私のポケットを攻撃して」
短く言って、アリアはアナンセの懐へと深く踏み込んだ。示すように視線を自身のポケットへと滑らせる。
アナンセがアリアの切っ先をかわしながら、示されたポケットへと一撃を加える。
そこに入っていたのは、煙幕ファンデーション。
一寸の後に周囲へ撒き散らされた煙に乗じて、アナンセが降り行く隔壁の向こうへと逃れて行ったのを気配で知る。
「先生によろしくね。あ、それから、虹七が――」
また、なでなでして貰いたいって……。
それらの言葉や言い足りなかった言葉は、未だ続く戦場の音に紛れて消えた。
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