空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



殲滅塔 動力炉へ続く通路


「邪魔を、しないで――!!」
 テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)の振るう星槍コーラルリーフがロボット達を薙ぎ払う。
 散り飛ばされた残骸を踏み蹴散らし、テティスが前方へ飛び出していく。
「テティスさん、突出し過ぎですわ!」
 フォルネリア・ヘルヴォル(ふぉるねりあ・へるう゛ぉる)がテティスを追って、剣を閃かせていく。テティスの側方に踏み込んだ機晶姫を斬り弾く。それに続く、幾人かの生徒たち。
 そして、八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)アン・ボニー(あん・ぼにー)の射撃が彼女らを取り囲もうとした敵戦力を牽制する。
「自己犠牲なんて柄じゃないし、生きてこそ浮かぶ瀬もあると思うけど。でも――」
 アンが、銃口に熱気を帯びるハンドガンをヒゥンと手の中で返し、動力炉へ自ら向かう花嫁や機晶姫たちを薄く見やりながら笑む。
「誰かが立ち向かわなきゃいけないときに真っ先に名乗りをあげる、その意気込みは心から尊敬するよ。根性あるじゃない」
 彼女らの射撃をかいくぐって後衛に迫った量産型機晶姫を鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)の轟雷閃が打つ。
 一言も放たぬまま、九頭切丸がまた後衛の守りへと控えていく。
 塔使用派の剣の花嫁や機晶姫を引き連れたクイーンヴァンガードと白百合団を主軸とした面々は、動力炉を目指して先を急いでいた。

「なんだか……テティスさん、焦ってるみたい」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、わずかに目をしかめた。
(テティスさんも、花音さんも、他の花嫁や機晶姫の方たちも……皆、必死に動力炉へ向かってる――自分たちを犠牲にするために)
 武器であるモップを持つ手に、知らず力がこもる。
「こんなのって……すごく、寂しいよ」
 犠牲になって、使命とかいうものを果たして……本人はそれでも良いかもしれない。
(だけど、残される人たちは……? 今まで、ずっと一緒に笑って泣いて同じ時を過ごしてきた人たちのことは、もっと考えてくれないの?)
 それが寂しくて、哀しかった。
 と――
「歩ねーちゃん!」
「うわわっ!?」
 ふいに、パートナーの七瀬 巡(ななせ・めぐる)に体を乱暴に押され、歩は床に転がった。
 わたわたと体を起こしながら振り返ると、歩に覆い被さった巡越しに、量産型機晶姫の姿が見えた。歩を狙って襲い掛かって来ていたらしい。うっかり思索に没頭してしまって接近に気付けなかった。
 刹那、機晶姫へと鋭く距離を詰めた匿名 某(とくな・なにがし)の刃が、その硬い喉を突き上げて機晶姫の動きを止め、一拍遅れて踏み込んだ大谷地 康之(おおやち・やすゆき)のグレートソードが機晶姫の体を激しく叩き飛ばした。
 スン、と切っ先を虚空に滑らせながら某が歩の方へ顔を向ける。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさいっ――あ、ううん、ありがとう。あたしなら大丈夫っ」
「ん、ならいい」
「何か、ぼっとしてたよ? 歩ねーちゃん」
 巡の手を借りながら立ち上がり、歩は小さく息を吐いた。
 ぱたぱたとアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が駆け寄って来る。
「大丈夫、でしたか? 怪我、とか……」
 心配そうに問いかけてくるアレナに、歩は、じっと視線を返した。
「……?」
 不思議そうに小首をかしげたアレナの顔を見つめて、歩は、少しだけ迷ってから、
「あの……アレナさんも、二人と同じなの?」
 問いかけた。
「……同じ?」
「剣の花嫁なら――この兵器を使うためなら、死んでも良いの?」
「あ……」
 歩の問いかけに、アレナは戸惑ったように視線の置き場を彷徨わせ、しゅんと俯いた。
「俺も聞かせて欲しい」
 某が言う。
 少しの時間を置いた後、アレナは胸元で合わせた両手の指先を緩く握り込みながら、顔を上げ、だが、視線をそらした。
「私は……私たちは、彼女たちが先走らないよう、気をつけることが役目……ですから。その……」
「そうじゃなくて、お前さんはこの兵器の存在をどう思ってる? ……使ってもいいと思ってるのか、思ってないのかってことだよ」
 某に言われて、アレナは薄く首を振った。
「わかり、ません……」
 と、康之がどこか気楽な調子で、
「でもさ、お前だって世界のためだからって言われて、ダチが死んじまうなんて、イヤだろ? 俺は絶対にイヤだね!」
「ボクだって」
 巡が、うんうん頷く。
「友達が居なくなるのはイヤだよ。もちろん、アレナねーちゃんも、もう友達ー」
 巡の手がアレナの手を、はしりっと取る。
「だから安心して! ボクが絶対にそんな兵器使わせたりなんかしないからー!」
「ああ、こんな兵器になんか頼らねえでよ、自分の想いと魂込めた一撃を闇龍にぶち込んでやりゃいいんだよ!」
 二人の勢いに押されたように目を瞬かせたアレナは、少し嬉しそうな、でも迷い困ったような、そんな表情を浮かべていた。


 テティスたちの後方。
「あの……今、いいですか?」
 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は、隊の指揮を執っていた皇 彼方(はなぶさ・かなた)へと問いかけていた。
 皇が睡蓮の方へ振り返る。
「ああ、大丈夫だが」
「その……ミルザム様の、ことなのですが……あの……」
 つい、おどおどとした間を置いてしまう。臆しそうな心を抑えるために深呼吸をしてから、睡蓮は決した瞳を皇へ向けた。
「今回の作戦は、シャンバラの命運をかけた戦いですよね……? にも関わらず、ミルザム様の考えが聞こえてきません。これは、本当に女王のためになる事なのでしょうか?」
「闇龍を討ち倒す手段を得ることは、シャンバラを守ることに繋がる。それは、女王を守護することにもなるはずだが……」
 ぅ、と睡蓮は一寸言葉を詰まらせてから、ぐっと手を握り込んで続けた。少し口早になってしまう。
「彼方さんたちは、この作戦に対してミルザム様から何か聞いていませんか?」
 言い切って、睡蓮は、ぷはっと息を吐いた。
 そして、はたり、と我に返って、あわあわ視線を彷徨わせてしまう。
「ご、ごめんなさい……ぁ、その……少し、気になってしまって――」
「『お気をつけて』」
「……え?」
「そう言われた」 
「それだけ……ですか?」
 目元をわずかに強めながら聞き返した睡蓮へと、皇がうなずく。
 と――。

「皇先輩!」
 滝沢 彼方(たきざわ・かなた)は、皇の方へ駆け寄ろうとして――
「ちょっと待った、俺が先」
 渋井 誠治(しぶい・せいじ)に、先を越された。
「悪い、急ぎなんだ」
 滝沢の方へと軽く片手を上げて謝った誠治が、銃型HCを皇に開いて見せる。彼は、銃型HCに構築したマップを元に隊の内部探索のサポートに従事していた。
「多分、もう2ブロックも抜ければ動力炉だ」
 皇へHCのマップを見せながら、誠治が根拠とする今まで集積してきた情報と共に伝える。
「なるほどな。それで、反対派がバリケードを構築しているとしたら――」
「ここと、ここ、後は……ここ、かな。今オレたちがこの辺りだから、前線がもうじきぶつかると思う」
「分かった」
 皇が冷静な様子でうなずき、近くの隊員へ伝える。
「前線の皆に、反対派による妨害の警戒を。だが、決して先走らないように伝えてくれ」
「もし、説得に応じないようだったら?」
 誠治の問いかけに、皇は静かに答えた。
「無謀な破壊行為などが行われないよう監視し、上層部の判断を待つ」
 近くでそれを聞いていた滝沢は、皇の前へと出た。
「それで、反対派を排除して、テティス先輩たちを犠牲にするような判断が下ったら……?」
 皇の、抑揚を殺したような声が返る。
「そのための作戦を実行するだけだ」
「――そんな……」
「もういいな」
 皇が踵を返して、他の隊員に指示を渡しに向かう。
 その背を見やりながら、
「冷静だよな」
 誠治が、呟くようにこぼしたのを滝沢は聞いた。
「……渋井先輩も冷静に見える」
「オレは動揺してるって、実際」
 はは、と誠治は少し笑ったが、その笑みはすぐに消えた。
「今だって、代案を見つけるために必死で情報を集めてる。自分のパートナーが犠牲になるかもしれないって時に、あんな冷静に本隊の命令に従事するなんて……オレには、出来ない」
 誠治の言葉を聞きながら、滝沢は強く皇を睨んだ。
 改めて、彼の方へと歩む。
「待ちなよ、皇先輩」
 皇が立ち止まって、振り返る。
 滝沢は皇を、ぐっと見上げて、続けた。
「それで良いの? 本当に? テティス先輩が自ら犠牲になって闇龍を倒したとして、皇先輩は笑えるの?」
「俺が笑えるかどうかは問題じゃない。重要なのは――」
「問題だよ。すごく重要な。だって皇先輩、あんなにテティス先輩と仲良くしてたじゃないか。大切な人を犠牲にして、自分の心を殺して、世界を救って、それで本当にハッピーエンドって言えるの!?」
 滝沢を見返す皇の瞳は、硬く冷たかった。
 わずかな間、黙ったまま、互い見据え合っていたが……ふいに、皇が深く長い溜息をついた。
 それから彼は片目をかしげ、
「俺は――”本当の”ハッピーエンドの方が好きだぜ? 滝沢」
 秘密を打ち明けるように小さく言った。


「五千年前、ここで起こったこと……ですか?」
 花音・アームルート(かのん・あーむるーと)へ、その質問を投げかけていたヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)は静かにうなずいた。
「ええ、私は……思い出そうとしたのだけど、どうしても駄目だった――他の剣の花嫁や機晶姫に訊いても、同じだった。だけど、あなたなら……」
 彼女は、誠治と共に『代案』を見出せる情報を探していた。なによりも、パートナーである誠治のために。
 ヒルデカルト自身は、平和のためならこの身を投げ出しても構わないと考えている。だが、彼女が犠牲になるかもしれないと聞いた時、誠治は、とても動揺したのだ。彼の悲しい顔は見たくない、と思った。
 もし、代案を見つけることが出来るのなら――
「あたしが覚えているのは……」
 少しいぶかしげにヒルデカルトを見やっていた花音が、話し始める。
「キャンプ・ゴフェルは、シャンバラを守るために造られ……シャンバラを攻撃する敵を倒すために使われた、ということです」
「シャンバラを攻撃する『敵』?」
 ルーナ・ウォレス(るーな・うぉれす)が聞き返す。彼女もヒルデカルトと同じく代案のための情報を探っている。
 花音がルーナの方へと、ややしかめた表情を向け、
「『敵』がなんだったのかは……思い出せないんです。ただ、あたしたちは、それを退け、皆を守るための力となった。覚えているのは、そのイメージ」
「システムについては、どうだろう?」
 高村 朗(たかむら・あきら)が真剣な表情で問いかける。
「何か覚えてないかい? 例えば――システムを制御する方法とか、構造のこととか……何でもいいんだ。どんな些細なことでも。もしかしたら、その情報を元にして、エネルギー提供者の数を増やして回復可能なレベルの疲労に抑えた使用が出来るように改良したり――」
 彼の言葉に花音は首を振った。
「あたしには、構造とかシステムとかのことは分かりません……けど、不可能だと思います。この塔は『最終兵器』だったんです。その力を求めるためだけに、造られた物……。それに――」
 花音の視線が強まる。
「もし、朗さんの言うようなことが技術的に可能だったとしたら……あたしは――犠牲を抑えるためではなく、最大威力を増し、確実に闇龍を討ち倒すために使ってほしい。そう思います」