空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



鏖殺寺院回顧派


「あ、あのっ、回顧派に協力してもらえませんか?」
「あなた、誰に言ってると思ってますの?」
 鏖殺寺院・一般メンバーメニエス・レイン(めにえす・れいん)が、呆れた声でココ・ファースト(ここ・ふぁーすと)に言う。
「あっ、ごめんなさい。ボクはココ・ファーストっていいま……あれ?」
 メニエスはココを無視して、行ってしまった。付き従うミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)に言う。
「回顧派も人数を集めようとしているようね」
「ラングレイやヘルは力はあるようですが、鏖殺寺院の上に立ってもらう者としてはいささか不十分な言動に思えますわ。わたくしたちも、強硬派発足に向けて人を募らなければ」
 メニエスたちは鏖殺寺院メンバーに説得してまわる。
「強硬派として今一度結集するべきではないだろうか。真に長アズール様やダークヴァルキリー様に仕え、闇龍を崇拝する者は参加してくれないか」と。
 しかし、そんな説得で人が集まるくらいなら、鏖殺寺院は長の下、学校として成り立っている。鏖殺寺院に横の繋がりは無く、縦の繋がりも希薄。幹部ごとに、まったくの別組織といってよい状態だ。
 返ってくるのは否定的な言葉ばかりだった。
「この私に協力しろと言うなら、城一杯の金銀財宝でも用意するのだな」
「最近、入ったばかりの新入りが偉そうな口を叩くな」
「貴様など信用できるか」
「めんどくせー」
 メニエス達は鏖殺博士やヒダカ・ラクシャーサにも面会しようとしたが、どちらにも「その必要なし」と門前払いされた。
 鏖殺寺院は、単一の組織ではなく、無数の組織が勝手にその名を名乗っているに等しい。

 一方、回顧派のココの方はというと。
 メニエスが「雑兵」として相手にしないような、一般兵士に声をかけてまわっている。とはいえ、派閥争いが怖い、ラングレイがどんな人かよく知らない、などの理由であまり人は集まっていない。
 もっともミスター・ラングレイこと砕音を信頼する者は、勧められるまでもなく回顧派を名乗っている、という面もあるのだが。
「やほー、ココ、何してるの?」
 突然現れた人影にココは目を丸くする。
「ヘル?!」
「うん、僕だよ。回顧派の集まりがあるって言うから来たんだ」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)はココの頭を、ぽふぽふとなでる。元気そうな彼の様子に、ココは内心ほっとしていた。


 ナラカ城の一室で、回顧派の会合が開かれる。
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)片倉 蒼(かたくら・そう)と共に鏖殺寺院回顧派入りを表明する。
 エメは真剣な眼差しで語る。
「世界を救うのは『人類愛』だと思うのです。
 闇龍は、魂が転生する際に浄化できなかった心の闇……つまり己の罪でもあります。当事者として贖罪する為に、ここに来ました」
 エメの考えを聞いて、ヘルが言う。
「えっとね。鏖殺寺院が呪われて鏖殺寺院になる前から、神官してた僕が説明しま……はうっ、呪い? 呪い……来ないな。これはセーフか」
 ヘルは、ほーっとため息を吐く。改めてエメに言った。
「それは地球人的考えだね。君は地球人だから、地球人として考えるのは当然なんだし、地球人が信仰するなら、そんな形になるのかな。
 ただ、もともとの鏖殺寺院はシャンバラ人が崇めたものだから、闇龍出現は、大いなる自然を乱した天罰、という考え方なんだ。パラミタではマイナーな自然崇拝に近いね」
 車椅子で参加している砕音が口をはさむ。
「回顧派も、古きを知って、新しいものを作る、でいいんじゃないか?」
「イイ子のセリフだけ取るなよぅ……」
 ヘルがぼやくも、砕音は知らん顔だ。
 が尋ねる。
「女王様にお祈りするのは、良いのですか?」
「うん。古王国時代は、主神がシャンバラ女王で、他の国家神が女王を支える副神。ダークヴァルキリーもその一人だったんだけどね」
 蒼はそっと女王に祈りを捧げる事に決めた。

 回顧派の首魁には、本人の覚悟も認められて、エメがついた。
 砕音がその手に、黒い炎のように見える物を現した。
「呪いも受ける覚悟……と言っていたな?」
「はい」
 エメの真剣な表情に、砕音は言う。
「……これは過去に呪いで命を失った鏖殺寺院メンバーの魂の欠片だ。
 俺の方で精錬して、近いうちに真実が明らかになり、呪いが消滅すると思われる数点の知識が得られる。だが予想が外れれば、それこそ永遠に呪いを受ける事にも成りかねないが……」
 エメはうなずいた。
「覚悟の上です」
 砕音は手の平の黒い炎を掲げた。炎はエメの額へと、すぅっと消えていく。
「……な、なんですって?!」
 脳内に流れ込んできた知識にエメは驚く。
 思わず口に出そうになり、砕音があわてて立ち上がり、彼の口を押さえる。
「言うな! 下手に口に出すと、呪いで体がおかしくなるぞ」
 口をふさがれたエメは、こくこくとうなずいた。蒼がその様子を不安げに見守る。


 これに先駆けて薔薇の学舎生徒のスガヤ キラ(すがや・きら)は、例のカボチャと話をしていた。
「なあ、薔薇学を回顧派の拠点の一つにできないか? 今のヘルとの協力関係をより進展させる形で。
 ……それはこの世界を守る足掛りになると思う。」
 カボチャは気取った調子で笑う。
「フッ、無茶を言うな。血気盛んな教導団やヴァンガードが、そんな主張を受け入れるとは思えん」
「別に表立ってやろうとは思わない。回顧学部を作るとか……」
「フッ、せめて考古学研究会程度にしておきたまえ」
「できるようなら、別荘でやったカボチャ通信で砕音先生と話してくれないか?」
「フッ、なぜそんな事をしてやらねばならぬ」
「……そういえば、ジェイダス校長が前、砕音先生が興味深いっていうような事を言ってたなー」
「……」

 現在。ナラカ城の回顧派が集まる部屋。
「砕音先生、このカボチャと話してくれないか?」
 キラは顔の掘られたカボチャを携え、そこを訪ねた。
 カボチャは砕音をじろじろと見た。
「ほほう、貴様が砕音とやらか。フッ……こんなヘタレ風味な輩だとは笑わせてくれる」
 不思議そうな砕音に、キラがある事を耳打ちする。
「先生、実はこのカボチャ……」
「えぇ?! よくそんな事ができたな」
 砕音は感心しているが、キラは「ものすごく簡単だった」と答えるのは、カボチャの名誉の為にやめておいた。
 砕音はカボチャに向き直り、口調を改めた。
「知らぬ事とはいえ、偉大なるお方に失礼いたしました。
 このような場所までわざわざの御足労、ありがとうございます」

 結局、砕音は鏖殺寺院傘下にあったゴブリン兵を始めとするオークやトロールの兵団を、カボチャの知り合いの魔族達に割譲する事を約束した。
 ゴブリンやオークはよく訓練され、中にはAK機関銃や迫撃砲の扱いや製造を仕込まれた者までいた。
 カボチャは取引に満足した様子で、ただのカボチャに戻った。
 砕音も安心した様子でキラに言う。
「これで鏖殺寺院の分割、解体は、少しだけど進んだと思う。ありがとう」



 薔薇の学舎の校長室前で、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)は緊張している鬼院 尋人(きいん・ひろと)を励ましていた。
「大丈夫、校長は優しいですから、とって食べたりはしませんよ。でも、別の意味では気をつけて……いえ、何でもありません」
 余計不安になりそうな事を言いかけ、霧神は急いで尋人の背中を押し、代わりに校長室のドアをノックしてしまう。
 唖然としている尋人に「真実を知る事が辛いこともありますが、あなたは大丈夫ですよ」と笑いかけた。
 尋人は仕方なく、ドアを開けて校長室の中に足を踏み入れる。

「私に何か聞きたい事があるそうだね」
 薔薇の学舎校長ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)が尋人に視線を向ける。
 尋人は背筋を正して、用意してきた質問を口にした。
「砕音先生が鏖殺寺院のミスター・ラングレイであると公表したが、その鏖殺寺院が、果たして悪なのかどうかがよくわからない。先生は何をしようとしているのか。
 特に先生の過去について、校長がもしも知っている事があるのなら、出来る範囲で教えて欲しい」
 ジェイダスは苦笑した。
「彼は鏖殺寺院の中では異端者だと思うがね。
 鏖殺寺院そのものは、シャンバラと地球の各地でテロ行為を行なう危険な集団だ。
 もっとも絶対的な悪などというものは無く、ただ無数の正義があって、別の正義を悪と呼んでいるだけ……という説もあるがね。
 ……君は、自分の考えで私を訪ねたのかな?」
 校長室前でのやり取りがもれ聞こえたのか、尋人の様子からなのか、ジェイダスが聞いた。尋人は少し迷ってから答える。
「このことは校長が病院で話しかけていた先輩から頼まれた。彼は別のことで手一杯らしいので手伝いたい」
「病院……ああ、特進コースの黒崎 天音(くろさき・あまね)か」
 校長が記憶を巡らして、つぶやく。尋人は続けた。
「だけどオレも砕音先生が初めてこの学舍に来たときから不信感があって、今でも信用していない……と言うか、先生が抱え込んでいる大きな深い闇がとても怖い。それが何なのか知りたい。先生の事を信じたくても、今はできない……」
 不安げにうつむいた尋人に、ジェイダスが妖しくほほ笑みかけると、書類フォルダーの中から何通かの報告書を取り出した。それをめくり、確認しながら言う。
砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)の過去だが、以前はアメリカ合衆国の諜報機関CIA傘下のエージェントだったようだ。NGO団体の職員だったというのは、蒼空学園教師同様に、その当時の表の顔だな。
 資料によると、十歳の時に『保護』されて児童養護施設で育ったようだが……この施設の真の役割は、保護者のいない子供を国家の為に動く諜報員に仕立て上げる養成所だ。
 もっとも彼は反抗的で恭順しない、警戒心の高い野生動物のようだったそうだな。才能はあるが厭世的で、数度、自殺未遂を起こしている。
 転機は2009年6月。記録が確かなら、彼はパラミタが現れたその日に契約者になっている。前々から、天使などの当時は目に見えない存在が見えていたらしい。
 CIAも局内に天使が現れて、仰天したに違いない」
 ジェイダス校長は人の悪い笑みを浮かべる。
 尋人が返事に困っていると、校長は言った。
「まだ続きがある。その契約相手の守護天使には、愛国的教育プログラム……ありていに言えばアメリカの忠実なしもべとなるよう洗脳教育が施された。この天使は素直な性格だったようで、成果は上々だったようだ。
 まあ、それが原因なのか、当の砕音が契約相手である天使を殺害している。
 その後も、別のパートナーを得てCIA傘下に残ったが、独断で動く事も多く、担当局員を困らせていたようだな。
 これで不安は晴れたかね?」
 尋人は首を横に振った。
「これだけでは、まだ……」
 ジェイダス校長はほほ笑んだ。
「真実を探求するのは悪くない。そして、真実に負けない強さを身につければ、それもまた美というもの。
 ただ砕音・アントゥルースの美は、儚く滅びに通じる美だな。彼は必死に強いフリをしているが、一気に崩れ落ちてしまいそうな危うさを秘めている」


「ちぇ……なんでぃなんでぃ……あいつ等いちゃつきやがってよぅ」
 ナラカ城の奥まった場所にある廊下で、秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)がボヤいている。
 そこに強硬派を集める説得工作中のメニエス・レイン(めにえす・れいん)が通りかかった。
 『闘神の書』は彼女の前に、筋肉の壁となって立ちふさがる。
「てやんでぇ! ここは通行止めでぃ! 他を当ってくんな」
 メニエスは貴族風に言い返した。
「あら、どんな権限でそんな事をおっしゃるのかしら?
 私は、砕音の回顧派に対する強硬派の仲間を集める為に、人に会わなくてはならないの」
「あぁ? この先には先生がいんぜ?」
 メニエスは顔をしかめた。
「だったら用はありませんわ」
 メニエスは、きびすを返す。だが、もっと詳しく話を聞いていれば、急いで廊下の先をのぞきに行こうとしたかもしれない。文字通り「のぞき」にだが。
 『闘神の書』は暴れられなくて、少々残念そうだ。
(なんでぃ……張り合いねぇな。
 まっ、気にしたって始まんねぇ。我にできるのは、二人の邪魔にならねぇよう見張ってるだけでぃ!
 なんせぇあいつ等は恋人同士ってぇんだからよ。ラルクのでぇじ(大事)な奴は我にもでぇじだ)
 実は、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が砕音と二人きりになりたい、という事で、『闘神の書』がその部屋に通じる廊下を封鎖していたのだった。


 ラルクは恋人の砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)を連れて、廊下の先の部屋にいた。
 砕音は車椅子に座り、その体にはラルクが施した点滴や医療用計器が繋がれている。
「なぁ、砕音」
 ラルクが言った。その表情はひどく真剣だ。
「なに?」
 砕音が不安そうに尋ねる。
 ラルクは静かに言葉を続けた。
「俺、お前の事を愛してる。前にも言ったが、結婚したいぐらいにな。
 だから、守るって言ってきた……だけどよ。
 守るだけじゃ、駄目なんだ。守って支えねぇと」
 ラルクは床に膝をつき、車椅子の砕音の手を取った。そして彼の琥珀色の瞳をのぞきこむ。
「その為に砕音、お前をもっともっと深い所まで知りたい。
 言える範囲でいいんだ。お前の過去や現在を包み隠さず教えてくれ」
 砕音はラルクを苦しげに見つめ、長い沈黙の後、ようやく口を開いた。
「俺は……両親殺しで、パートナー殺しで、神子殺しだ……。
 それに、もう何百人もの人を殺してきている……」
 砕音は子供の頃の事から、ぽつぽつと話し始める。
 CIA傘下の工作員、暗殺者としての過去も語った。

 砕音が言葉を切ると、ラルクは努めて優しく言った。
「砕音、スフィアってよ。鏖殺寺院の一部の奴が持ってるって情報があってな。
 もしかするとよ、お前、スフィアを持ってるんじゃねぇか?」
 砕音はびくりと体を震わせた。ラルクを見上げる瞳は、涙に濡れている。
「……」
 彼は無言のまま、シャツのボタンを外していく。
「砕音?」
 ラルクはしばし考えると、緊張した面持ちで恋人のはだけた胸に手をあてがった。
(あるなら……出てこい。俺は、スフィアを持っていようとも、どんな絶望的な状況になっても、砕音を助けるのを諦めないぜ!)
 ラルクの手に、何かなめらかだが固い物が触れた。
 彼が腕を引くと、その手に水晶球のような球が握られている。
 球の中には暗い闇が満たされ、その中に一点だけ光が輝いていた。
 ラルクは、どこかで見た景色だと感じる。
「やっぱり、か」
 ラルクがつぶやくと、砕音が力なくうなずく。
「……鏖殺寺院に捕らわれた時、長アズールに俺の絶望を感づかれ、埋め込まれた。
『これにはツァンダという大きな街の運命がかかっている。その謎を解いて街を救いたいなら協力しろ』と。
 ……俺はスフィアや神子について知ろうと考え、鏖殺寺院に入った。そして過去に呪いで死んだ者の魂の欠片も受け入れ……全世界に忍び寄る危機を知った。
 でも呪いに縛られて何も語れず……スフィアもどうにもできず……っ」
 泣き崩れそうになる砕音を、ラルクは抱き止める。
「大丈夫だ、砕音。俺がお前を守り、必ず支える」