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リアクション
セレスティアーナ
「寺院への陽動として、俺は偽アズールの元に向かおうと思う。誰か一緒に来ないか」
五条 武(ごじょう・たける)は共に行く志願者を募ると、ナラカ城特攻部隊が長アズールを目指すのと分かれ、偽アズールの姿を求めて城を彷徨った。
陽動の為と、城のどこかにいるはずの偽アズールに自分たちが来ていることを報せる為に、武はパートナーのイビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)が彼女に与えた名前を大声で呼ばわった。
「セレスティアーナ! どこにいるんだ!」
捜すほどもなく、彼らの目の前に偽アズール――セレスティアーナが現れる。
「おお何だ、私に会いたくてやって来たのか」
嬉しそうにやってくるセレスティアーナの前に、志方 綾乃(しかた・あやの)が、にっこりと笑みを浮かべつつ進み出た。
「偽アズール……私たちに同行願います」
口調こそ丁寧だが、拒否したら殺す、と鬼眼と威圧を駆使しての要請だ。セレスティアーナはぶるぶると首を振りながら後退りした。
「いやだあああああ! 助けてくれぇーっ!」
恐怖に駆られるセレスティアーナに綾乃は、
「イルミンに逆らうんだから志方ないよね♪ 一度痛い目に遭ってもらいましょうか」
と半殺しにしようと殴りかかった。
「ま、待て待て待て! 女の子同士が争うなんて何か間違ってるって!」
鈴木 周(すずき・しゅう)が慌てて綾乃とセレスティアーナの間に入って止めにかかる。
「どきなさい!」
「やめろおおおおおっ! あっちに行けええええぇぇ!」
「痛ててて、俺を蹴るんじゃねーよ」
綾乃とセレスティアーナの間で、両方から殴る蹴るの暴行を受ける周の無惨な有様に、レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)はやっぱりこんなことに、と頭痛がしそうになった。相手がどちらも女の子だから、周は殴られるまま抵抗も出来ないでいる。
「ど、どーして毎度毎度、危ない処に平然と突っ込むのよー! というか、慎重になるって発想自体がないよね、周くんは。あたしの苦労分かってる?」
そう言いながらもレミは周を庇って、綾乃を押さえようとした。そこに、綾乃を補助しようと袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)が乱入する。
「そやつは長アズールの代替えボディの可能性もある。このままにはしておけぬのじゃ」
「復活させねー為にアーデルハイトが結界を張って倒すんだろ。いいからちょっと落ち着いてくれよー、頼むからっ!」
「ひぃああっ!」
目の前でもみ合う4人の様子に混乱し、ひたすら怖がっているセレスティアーナをイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は背後から腕を回し、落ち着くようにと抱きしめた。
「安心しろ。俺たちはお前の味方だ」
「でも今殴ったじゃないかああああ!」
「ちょっとした行き違いだ。もう怖いことは何もない。落ち着くんだ。そうだ、名前を得たんだったな。めでたいことだ」
「べ、別に、めでたくなど」
「何と言う名だったかな」
「セ……セレスティアーナ……」
イーオンに話しかけられるたび、セレスティアーナは落ち着きを取り戻してゆき、つけられた名を照れたように答える頃には、悲鳴もやんでいる。
「イオがあなたを守ると決めたのです。諦めて守られてください」
アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)もイーオンを手伝ってセレスティアーナを宥めた。が、その実、珍しく柔らかい笑みを浮かべ人を抱きしめるイーオンの姿に、セレスティアーナを少し羨ましくも思った。
「セレスティアーナ様、こちらにいらっしゃったんですね」
そこにヒールの音を立て、リージェが現れた。セレスティアーナの面倒を見ることを任されていたリージェは、急にテレポートしたセレスティアーナを心配して捜しに来たらしい。
けれど、そこにいる顔ぶれを見ると軽く会釈をして隅に控え、成り行きを見守る態勢に入った。セレスティアーナのことは彼らに任せてみようというのだろう。
イーオンに宥められ、大人しくなったセレスティアーナの顔を真口 悠希(まぐち・ゆき)はそっと覗き込んだ。
「セレスちゃん、また会えて良かった。みんなで捜したんだよ」
「そうかそうか、よく来たな悠希」
嬉しそうなセレスティアーナの様子に、悠希も微笑む。
「悠希……」
再会を喜び合っている悠希を、上杉 謙信(うえすぎ・けんしん)がそっと促した。
このまま再会を喜んでいたくもあったけれど、ゆっくりしているうちに時間切れ、なんてことにならないように確認しておくべきことは先に済ませておかなければならない。
悠希はあのね、とセレスティアーナに切り出した。
「……セレスちゃん。この間の球体を見せて欲しいんだけど、いいかな」
「ん、あれか。まあ悠希が見たいというなら構わぬぞ」
「じゃあ……」
取り出す場所が胸からということもあり、悠希は男性陣に後ろを向いてもらいセレスティアーナの胸を探った。
「ボクは女の子だからいいよね」
実際は違うけど、という罪悪感を押し隠し、悠希は球体を取り出した。前回見た時にはその内部には黒雲のように闇が渦巻いていたが、今悠希が取り出した球体は透明で闇も光も無い。
もういいよと悠希に言われ、セレスティアーナに向き直った武は、彼女の肩に手を置き落ち着かせながら尋ねた。
「この球体は一体何なんだ?」
「これは……」
セレスティアーナは眉を寄せたが自分に注目している皆の視線に気づくと、胸を張った。
「うむ! よくは知らんが、この私が持っているかには何かすごい魔法アイテムに違いあるまい! はーははは! で、これはどう使うのだね?」
「いや、それはこっちが聞きたいんだが」
「なに、分からないのか? では、やはり鏖殺寺院の長アズールの私が力を見せよう!」
大見得を切ったセレスティアーナは、もっともらしい呪文を唱えた。が、何も起こらない。
「そうか、こうするのだな」
「あ!」
セレスティアーナがひょいと投げた球体を、危うい処で悠希が受け止めた。
「これ、落としても平気なものなの?」
「ああすまんすまん、こうだったな」
セレスティアーナは球体を転がしてみたり、叩いたりするが、何の変化もない。どうやら何も知らないようだ。
「この球体がある所為で身体や精神に影響があったりしないのか?」
武の心配に、セレスティアーナは目を見開く。
「何だ? これは危険なものなのか? なななな何故そんなものが出てくるのだ! うわああああ、大変だ、どうすればいい?」
球体を放り出しセレスティアーナは恐れおののいた。些細な感情の揺れでも彼女の内で大きく増幅され、跳ね上がってしまう。自分の感情を持て余し、混乱するセレスティアーナをイビーは強く抱きしめた。
「こんな冷たい抱擁しか出来ずに、すみません」
温もりは人を安心させるというけれど、イビーの機械の身体はそれを与えられない。けれど、それを補えるほどの気持ちをこめて、セレスティアーナを抱きしめ続ける。
「ぅああああ……」
「大丈夫。大丈夫ですから」
「あああ、ああ……イビーか」
セレスティアーナが落ち着いてきたのに胸を撫で下ろしながら、イーオンは足下に放り出されていた球体を拾い上げた……が。
「この珠……明るくなっていないか?」
先ほどまでは透明というだけだった球体は、ほのかな光を中に宿していた。以前見た時に渦巻いていた闇の代わりに、光が球体を巡り始めている。
「ん? なんだか光りだしているぞ?」
当人のセレスティアーナも不思議そうにそれを眺めた。すると、球体の変化を見たリージェがすっと寄ってきて、悠希、武、イーオンに小さなメモを手渡した。
「私の携帯番号よ。ここにかけてくれれば、いつでもセレスティアーナに会わせるし、迎えにも行くわ。……あなたたちはもう逃げなさい。そろそろ兵士が騒ぎを聞きつけてやってくる頃だわ」
セレスティアーナの挙げる声が兵士を呼び寄せる。ここにいては危険だと、リージェは彼らを去らせようとしたが、その前に、と武はセレスティアーナに問うた。
「君は偽アズールとして生きたいか? それともセレスティアーナとして生きたいか?」
「もちろん、私は鏖殺寺院の長アズールであるぞ! ふはははは」
セレスティアーナはふんぞりかえって笑った後、視線だけでちらちらとイビーを見、照れた様子で付け加える。
「だ、だが、お前達がセレスティアーナと呼びたいなら、特別に許可しない事もないのだがな?」
「呼び方ではなく、どう生きていきたいのかを聞いているんだ」
「わ、私は……」
セレスティアーナは答えを探すように皆を見渡したが、その答えは自身の中にしかない。
「君はどちらの人生を望んでいる?」
なおも問いかけると、セレスティアーナは頭を抱えた。
「うわあああああ! アズールなのか、セレスティアーナなのか、それが問題だああああ! どっちなんだ、わたしいいいい!!」
絶叫するセレスティアーナを、皆がまた慌てて宥めようとしているのを眺め、リージェが淡く苦笑を浮かべた。
「この子、長の影武者として育てられたそうだし、頭がまっさらな状態で作られてから何年も経ってない人造人間よ。『自分自身である事』を求められても、どうしたらいいか困るんじゃない?」
セレスティアーナの頭では理解できないことが多すぎて、パニックを起こしてしまう。自分がどう生きていきたいのか、ということすら、彼女には難しい問題なのだ。
セレスティアーナの絶叫に応え、こちらにやってくる兵士らしき気配がする。早く、とリージェはまた促したが、セレスティアーナを置いてはいけない。
「セレスちゃん、一緒にここから脱出しよう」
けれど、悠希の誘いにセレスティアーナは断固として首を振った。
「ひぃ! 外に出たら、あのデカくてコワいのが、ずももーんと広がってるじゃないか! 外に出るのは、いやだあぁぁぁ!」
そしてまた、リージェも彼らにセレスティアーナを連れていかせるわけにはいかない、と拒否の意を示した。
「あなたたちは知っているか分からないけど、ジークリンデ様が殲滅塔を破壊する為に鏖殺寺院に協力したのよ。遅かれ早かれ、強硬派の学校、特に蒼空学園や教導団はジークリンデ様を敵と見なして命を狙うでしょう。その契約者であるセレスティアーナ様も同じように狙われるわ。今、あなたたちがセレスティアーナ様を連れ出しても、危険なだけよ」
「ジークリンデが……」
助けようとしていた者が学園側に命を狙われると聞き、イーオンが呆然と呟く。
「ラズィーヤ・ヴァイシャリーが彼女に直接的に危害を与えるとは思わないけれど、その為だけに蒼空学園や教導団と事を構えるとは思えないわ」
それに、とリージェはセレスティアーナを一瞥し目を伏せた。伏せてしまった目に宿っているのが、どんな感情なのかは見えない。
「セレスティアーナ様には申し訳ないけれど、闇龍を抑えこむのに協力していただくわ。それさえ終わって、あなたたちが安全な状況を用意できるなら、喜んで解放するわよ」
何かあれば携帯にかけてくれればいいから、とリージェが言い終えるか言い終えないかのうちに、廊下から靴音荒く兵士の一群が現れた。
「皆の者、ここにいるのは私の……まあ、ゆ、ゆ、友人だ。何も心配はいらぬ。こ、こら攻撃するなと言っておるだろう!」
セレスティアーナは腕を振り回したが、兵士は全く意に介した様子もなく、銃を撃ち込んでくる。
「やめろおおおお!」
そうするセレスティアーナの方が危なっかしく、謙信はそれを抑えた。
「悠希も侍として修業を積ませたから心配は要らぬ。安全な処に除けていてくれ」
「約束しましょう……ボクもセレスちゃんも、誰も死なずに……皆で幸せになることをっ……!」
悠希はセレスティアーナの小指と小指を絡ませて約束すると、リージェにセレスティアーナを託して皆と共に身を翻した。ここで兵士に捕まってしまっては、彼女を本当の意味で救うことは出来なくなる。ここは退くべきだろう。
「セレっち!」
駆けつけてきた兵士の中には、セレスティアーナを心配して捜しにきたメイコ・雷動(めいこ・らいどう)の姿もあった。メイコはセレスティアーナを抱きしめ、戦闘に巻き込まれない場所へと連れてゆく。
「良かった、無事だったんだね。セレっちは長に何かあった時にはこの鏖殺寺院を導く者になるんだから、無茶は禁物だよ」
自分も一緒に頑張るから次代を導く長として力を貸して欲しい、と言い聞かせるメイコをリージェは一蹴し、その手からセレスティアーナを取り戻した。
「そんな権限は無いわ。あなたにもセレスティアーナ様にもね。さあ、セレスティアーナ様、参りましょう」
「あ、ああ。また皆と会えるかな」
「ええきっと」
脱出しつつある皆に心を残しているセレスティアーナを連れ、リージェは彼女を部屋へと連れてゆくのだった。