|
|
リアクション
長アズールの部屋
分厚い絨毯が敷かれた上に、金で飾られた豪奢な家具が配置されている。
頭上で煌めくシャンデリアの灯りが、部屋を彩る金に深い色味と輝きを与えていた。
城の中でも奥まった場所にあるこの部屋には、外からの雑音は届かない。静寂に満たされた部屋の中で聞こえるのは、鏖殺寺院の長アズール・アデプターがペンを走らせる音だけ。
アズールは部屋の一番窓際に置かれた執務机で今後の計画を練っていた。顔に垂れかかる髪を指先で払い、書類の続きを書こうとペン先を紙に置いたその時。
部屋と外を隔てる扉が乱暴に押し開かれた。
「貴様たち、どこから入り込んだ?!」
アズールの問いに答えることなく、扉の開く勢いにのって赤羽 美央(あかばね・みお)は一気に部屋の奥へと向かった。
誰よりも前に出て、アズールの攻撃を受け止めようと走った美央だったが、いきなり現れた彼らにアズールは驚愕し、中途半端に立ち上がりかけた体勢で固まっている。これはチャンスとばかりに、美央は忘却の槍をきつく握りしめ、全身の力をこめてアズールへと突きだした。
アズールは身を捻って槍をかわそうとしたが、驚きから覚め切らぬ動きは彼にしては緩慢で。美央の槍はアズールの脇腹に深く突き刺さった。
「ちょっとそこどいてー! うちもあずーるっておにーちゃん、ぼっこぼこにしたいねん!」
バシュモ・バハレイヤ(ばしゅも・ばはれいや)もヌンチャクを振り回しながら生徒たちの間を駆け抜け、アズール目指してつっこんできた。
「このせくちーさが目にはいらぬかー!」
光条砲台など使用したら、地祇である自分の小川がどうなってしまうか分からない。それを防ぐにはエライ奴を倒すこと、とバシュモは真剣だ。
地祇の魅力でアズールも悩殺、とばかりにぺたんこの胸を突き出してアピールしてみるが、それはあまり功を奏しているとは言い難かった。
「アズールぶっ飛ばすですぅ!」
続いて部屋に飛び込んできたエリザベートも、迷い無くアズールへと炎を撃ち込んだ。部屋の空気を揺るがして弾けた炎に、アズールは顔を腕で覆ってカバーするのがやっと。
だが、アズールが動揺したのは僅かな間だけ。すぐににやりと余裕のある笑みを浮かべる。
「どこから入り込んだのかは知らんが、しつこいことだ」
アズールは受けた傷も気にせず、ごく短い詠唱でキメラを呼び出した。山羊の胴体についた獅子が吠え、しなう蛇の尾がエリザベートを打ち据える。
……と見た瞬間、エフェメラがエリザベートを突き飛ばした。
「ああもう、貴女がそんなでどうしますの! これだからちびっこは!」
「痛いですぅ」
不意うちで突き飛ばされて床に転がったエリザベートがエフェメラに抗議の目を向ける。
リンクス・フェルナード(りんくす・ふぇるなーど)はアズールの意識を自分に向けさせると共に、聞いてみたかったことの答えを求めて尋ねた。
「にしても、闇龍なんて復活させちゃって、寺院って何がしたいのかなん? 遠まわしな自殺がしたい訳じゃないよねん」
「何も知らぬ愚か者めが!」
アズールは敵の雑兵になど答えるいわれはないとばかりに吐き捨てた。その目が床に転がるエリザベートへ向けられるのを、峰谷 恵(みねたに・けい)と明日香が両側から自らの身で遮った。相田 なぶら(あいだ・なぶら)はエリザベートを助け起こすと、パートナーのフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)と共にその背後を守れる位置につく。
エリザベートからやや遅れて部屋に入ってきたアーデルハイトに気づくと、アズールの嘲笑はより深まった。
「今度は貴様自ら死にに来たか」
豹の身体に鷲の翼、雄牛の角を持つキメラが生み出され、アーデルハイトへと向かう。強い翼をはばたかせると、一気にアーデルハイトに襲いかかる。
「それはどちらの台詞かのう」
飄々と答えるアーデルハイトが動かぬうちに、カレンと風森望がその前に立ち塞がった。
カレンは火龍の骨より削り出された杖を掲げ、キメラとそれを生み出したアズールの上で炎を弾けさせ、望はモップでキメラを突き上げる。
それでも防ぎきれないキメラの勢いは、カレンと望、共に自らの身で受け止めてアーデルハイトが傷つくのを完全に防いだ。
「しっかりして。今傷を治すからね」
ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)はアーデルハイトの代わりに傷を負ったカレンと望を、癒しの力で回復した。相手の抵抗はもとより予想の内にある。仲間が傷つくのは嫌たが、これ以上の戦火を広げない為にも、元となっているアズールを倒さねばならない。消耗戦になることも考えられたからこそ、皆の回復をしなければと、ケイラは癒し手としてこの作戦に参加している。
2人に防がれたキメラは一旦引いた後、今度は別方向からアーデルハイトを狙った。
だがその動きを見越したノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が身軽な身のこなしで、ひらりとキメラの前に躍り出た。
鋭い爪でアーデルハイトを抉らんと降下してくるキメラを、ノートは羽を模した飾りの柄を持つ白い剣と、盾を利用して受け流し、その進路を逸らす。アーデルハイトの護衛として来たからには、まずは守り抜くこと。次の攻撃の位置を予測しようと、ノートは逸れたキメラの動きを追い続けた。
が、キメラが進路を切り返す前に、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)のレールガンが火を噴いた。加速された弾体に撃ち抜かれ、キメラはアーデルハイトに爪をかけることなく、床に落下し、ばさりと翼を打ち付けて停止した。
アズールはその結果を見やりもせずに、また新たなキメラを作り出してゆく。このままキメラに対応していては、アーデルハイトは術に集中することもままならないだろう。
クラーク 波音(くらーく・はのん)は自分同様、アーデルハイトの守護を考えている皆に呼びかける。
「アーデルハイトの大ババちゃんがやられちゃわないように、みんなで囲んで守ろうよ」
アーデルハイトの全周囲に目を行き渡らせるだけでなく、天井や床にも注意し、完全にアーデルハイトを守りきる構えだ。
アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)はアズールの部屋を見渡し、アーデルハイトが術をかける為の場所を探す。術のかけ初めはアズールの姿を見ていなければならないと言っていたから、物陰に隠れるわけにはいかない。けれど、アズールに近づきすぎるのは危険だ。かといって、アズールから離れた扉側にいれば、増援が来た時に背後を危険に晒すことになる。
アンナはアズールからも扉からも距離を取った壁際の位置に、アーデルハイトを誘導した。
「ここならばよろしいでしょう。アーデルハイトさん、結界をお願いします」
「何があっても自分たちが守りますので、大ババ様は結界に集中を」
ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は、必ずアーデルハイトを守る、その決意をこめてカタールをぐっと握りしめた。そして、他に守護にあたる生徒たちに注意の声をかける。
「大ババ様はスペアボディを持ってきていますが、やられる度に結界を張り直すのではきりがありません。結界完成までは、残機ゼロのつもりで注意すべきでしょう」
代わりの身体があるから良いというものではなく、今ここにいるアーデルハイトを守りきることが、結界完成の為に重要なのだと。
「うむ。では結界を張る以外のことは任せたぞ」
アーデルハイトは手早く準備してきた呪符や触媒を配置すると、すうっと大きく息を吸い込んだ。
そして、超早口言葉で結界発動の為の呪文を唱え始める。内容が全く聞き取れないほどの速度で長い呪文を詠唱できるのは、アーデルハイトであるからこそ、なのだろう。
だがそこに、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)の警告が飛んだ。
「害意ある存在が近づいてきていマス!」
手数とはいっても城内は敵だらけだからと、ジョセフが張り巡らせていた警戒に、近づいてくる多くの気配がひっかかった。アズールがいつの間にか危険を報せ、それを受けた兵士がやってきたのだ。
ジョセフが指した扉を、アーデルハイトを守る生徒たちは固唾を呑んで見つめた。
待つほどもなく扉は音高く開けられ、鏖殺寺院兵士や魔術師がなだれ込んでくる。
奥にはアズール、表からは兵士たち、間を自在に動き回るキメラたち。
敵の攻撃の手数を減らす為、望は静かな歌を歌い出した。ゆるやかに流れる歌声に睡魔に襲われた兵士たちが、床に崩れるようにして眠ってゆく。
それを越えて入って来る兵士を、波音は酸の霧で包み込み、その勢いを削いだ。
「ごめん。でも、今邪魔をされるわけにはいかないんだ」
カレンは迷いを捨て、全力で兵士を雷の力で打ち据えた。悪い方へと傾いていくように感じられるこの流れを打ち切るには、アズールを倒さなくてはならない。そうすれば何らかの光明も見えてくる気がする。その為にも、アーデルハイトの術を邪魔されるわけにはいかなかった。
傷つきながらも、鏖殺寺院兵士たちは部屋への侵入を諦めない。イルミンスール生がアーデルハイトとエリザベートを守りたいと思うように、兵士もアズールを守りたいと思い、その為に侵入者を倒さねばと必死なのだ。
次々と倒れてゆく兵士の陰に隠れ、鏖殺寺院に与する魔術師がこっそりと詠唱を始める。狙いは生徒たちに守られたアーデルハイト。守られている処から彼女がこの部隊の中心になると推測し、その撃破を狙って呪文を紡ぐ。完成すれば守りの間を抜け、目標へと闇の刃が突き刺さる……はずだったのだが。
背に銃口がつきつけられるのを感じ、魔術師は詠唱を途絶えさせた。
「お宝を狙う時にこそ、背後に気を付けなきゃいけないぜ」
アーミーショットガンを魔術師の背に押しつけ、強盗 ヘル(ごうとう・へる)はにやりと笑った。姿を隠し気配を消して回り込んでいたヘルは、魔術師の詠唱に気づき静かにその背後に忍び寄っていたのだ。
魔術師を行動不能に追い込むと、ヘルはまたひっそりと敵の後ろへと移動し、戦場となっているアズールの部屋に目を配った。
駆けつけた鏖殺寺院兵士よりも、アーデルハイトを守る者たちの障害となっているのはキメラの方だった。アズール自身はエリザベートにかかり切りになり、直接アーデルハイトへ攻撃してくる余裕はないが、その生み出すキメラは執拗にアーデルハイトを狙ってくる。
「そう簡単に大ババ様はやらせませんよ」
しなやかな黒豹の身体に狼の首、猿の尾を持つキメラへと、ザカコは殴りつけるように腕を突き出した。鋭く尖った拳の如くに、カタールがキメラの首元に深く突き刺さる。
苦しげに息をつき、キメラはカタールから逃れるように後退した。否、退くと見せかけて十分な距離を取ると、黒豹のキメラは助走をつけて軽やかに床を蹴り、尻尾でバランスを取りながらアーデルハイトの頭上へと跳躍する。
それでもアーデルハイトは、生徒を信じ、途切れることなく詠唱を続けていた。アーデルハイトをしても、アズールの復活を阻止する魔法は難しいものなのか、集中する額にうっすらと汗が浮かんでいる。
無防備でいるアーデルハイトにキメラが届く前に、気合いをこめて如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が突きだした拳から放たれた力が、重く命中する。
「アーデルハイト様には指1本触れさせないよ!」
イルミンスール魔法学校の意地と力を見せつける。その意気で玲奈は全力で敵とぶつかり、戦い続けていた。闘気をまとわせた玲奈の手足はぴりぴりと雷電を弾けさせている。
半ば落ちるように頭上から降ってくるキメラを、ジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)が古代王国の紋章の入った盾で受け止め、横へとはじき飛ばした。
立ち上がることもできず、もがいているキメラへと玲奈が飛びかかり、拳を突きこんで仕留める。ジャックはそこにハンドガンを撃ち込み、二度と起きあがることのないようにと、完全にとどめを刺しておいた。
その時。
ピキン、と空間がはりつめた。
と同時にアズールに両側から薄青色の光がくるくると螺旋のように巻き付いてゆく。
アズールを取り巻いて登り続ける二重の螺旋。
「ふん、どうじゃ、早かったろう」
特殊結界を完成させたアーデルハイトは、得意げな笑顔を見せたが、今度はその結界を維持する為の詠唱を開始した。
「あと少しだよ。みんな頑張って。アーデルハイトさんもあとしばらく、大変だろうけど頼んだよ」
ケイラは節約しながら使っていた癒しの力を、皆を励ます為にとあえて解放し、負っている怪我を回復させた。
結界を生み出す時よりは幾分楽になったらしいアーデルハイトは、維持の詠唱をしながらアズールと、それに対するエリザベートたちの戦いに目をやった。手を出す余裕はないだけに余計に気がかりなのだろう。その眉は心配そうに顰められている。
が、アーデルハイトがエリザベートを心配するいとまを与えまいとでもするように、新たなキメラが襲いかかってきた。頑丈な雄牛の頭が馬の脚の速さで突進してくる。だがその接近する殺気をすぐに感じ取り、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)はクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)の名を呼んだ。
「クレア」
「うん、分かってるよおにいちゃん」
クレアは一動作でキメラとアーデルハイトの間に入り込み、タワーシールドでキメラの突進を受け止めた。十分な防御姿勢を取っていてさえ、その突進の威力はクレアの息を詰まらせる。それでも決してここは通さないと、クレアはアーデルハイトの盾となる。
そして涼介はアーデルハイトの矛として、呼び出した光の力をキメラにぶつけ、敵の排除につとめた。
パートナーだからこそのツーマンセル。契約と信頼で結ばれた絆による連携で、キメラの攻撃を防ぎながら、ダメージを刻んでゆく。
結界を維持できなくなれば、アズールを倒しても復活されてしまう。すべてが完了するまでアーデルハイトを守りきること。その目的の為に、涼介とクレアは力をあわせ、キメラに立ち向かうのだった。
アーデルハイトが結界を張る間も、アズールとの戦いは続けられていた。アズールから放たれる魔法は強力で、守りは堅く。焦りが見えてきていたエリザベートたちだったが、アズールの身を結界が取り巻くのを見て、気力を奮い起こす。
「アズールぅぅ覚悟ですぅ」
エリザベートの生み出した真空の刃がアズールを切り裂けば、アズールに向かう皆も次々に攻撃を重ねてゆく。
アズールに属性の対応を取らせぬよう、種々の属性の魔法をみまっていたノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)も、皆の攻撃からやや遅れ、禁じられた言葉によって威力を増強した氷の嵐を、アズールと駆けつけた兵士たちの周囲に吹き荒れさせた。
アズールを倒そうと強く思う余り、エリザベートはすべてにおいて捨て身だった。全力で攻撃をする他は防御の姿勢もないエリザベートを守ろうと、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は強めた魔力をのせた雷を、エリザベートに近づこうとする敵に注ぎ、牽制を図った。
世界平和のため、そして愛する娘のため、アーデルハイトだけでなくエリザベートにも倒れてもらっては困るのだ。
アルツールが降らせる雷のすさまじい威力に、鏖殺寺院兵士たちはエリザベートに近づきあぐねている。だが、キメラは自らから傷を負うことなど意に介せず襲いかかり、アズールの放つ魔法の中心は常にエリザベートへと向けられている。
「ふははははは、それしきの攻撃で覚悟とはよく言ったものだな」
これみよがしに高笑いを響かせ、アズールは宙から闇を呼び出した。粘性を持つどろりとした闇がボタボタと滴り、触れた部分を熱い酸の如くに浸蝕する。肌にべったりと絡み付く闇のおぞましさは、実際のダメージ以上に気持ちを萎えさせた。
全体に及ぶ攻撃からは、エリザベートを庇いきるのも難しい。盾となる者の隙間をぬって到達した闇はエリザベートにべたりと落ち、その肌を焼く。
「汚いですぅぅ」
「待って、傷を治さないと……」
苛々と手を振っただけでそのままアズールに向かっていこうとするエリザベートを、ケイラが慌てて回復にかかった。
その背後では、床をのたうちながら近づいてくるキメラをなぶらが受け止め、エリザベートに向かうのを妨げている。アズールとの戦いにおいてだけでなく、エリザベートはイルミンスール魔法学校にとっても無くてはならない存在だ。ここで失うわけにはいかない。
踏みとどまろうとするなぶらの足が、キメラに押されてじりっと滑る。が、その時にはキメラの後ろに回り込んだフィアナが、キメラの胴体に剣を振り下ろしていた。攻撃してくる者に猛禽類の嘴を向けてくるキメラと盾をまじえ、剣をまじえながら、フィアナとなぶらはエリザベートから離すように誘導した。
アーデルハイトが張った結界はアズールの復活を妨げている。けれどそれだけでアズールが倒れる訳ではない。復活のない死へとアズールをいざなう為に、特攻部隊の面々は気力体力を削りながら戦い続けるのだった。