空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション

 

 
 
 モニタでアズールが倒れたことを確認すると、児玉結は慌ててスフィアを取り出した。薄い闇が渦巻くそれに向かって話しかける。
「ちょー大変っすよー! ダクキリー様、長が殺されちゃったみたいな感じー。……いや、ふーん、じゃなくってー! ちょっと見てくる気分じゃなくね……です? あ……! ……っとにもー」
 苛々とスフィアをしまいこむと、ちょっと行ってくる、と結は隠し部屋を飛び出し、長の部屋へと走っていった。
 
「あ、おまえ……」
 長の部屋に向かう途中の結を見つけ、瀬島 壮太(せじま・そうた)は急いで呼びかけた。
「ユー、急いでんだけどー、何か用?」
 面倒そうに振り返る結に、壮太は自分の名を名乗った。
「オレ、瀬島壮太ってんだ。おまえは?」
「ユーだよ。結ぶって書いて『結』。コダマは……えー、よくあるコダマで。小玉スイカじゃない方のコダマ」
「ああ、児玉結、な。おまえ、普通の女子高生に見えるけど、なんでこんなとこにいて、鏖殺寺院の味方なんかしてんだ?」
 壮太が尋ねると、普通と言われた結はちょっと嬉しそうに答える。
「ユーはねー、ブクロ(池袋)さすらってたら、人さらいにあってー。寺院に売っぱらわれて博士に改造されて、せんのーされる所をランランに助けてもらったとかゆー感じ」
 だからランラン(砕音)の手伝いをするのだと、結はあっけらかんと答えた。試しに身の上話に話題を振ってみると、結はナラカ城に来る前のことを話した。
「地球じゃガッコ行けてねーからガッコ行きてーって言ったら、ランランがパラ実のぶんこー紹介してくれたんで、気ぃむいた時行ってたけどー。なんかランラン、ピンチってウワサだからヘルプに来た」
 えへ、と笑う結はいかにもいまどきの女子高生という雰囲気で、やはりこの城には似合わないように見える。
「ここを出て、親んとこに帰ろうとか思ったりはしねえのか?」
「いやいやいや、親とかいねーし。シセツも年齢的にもー入ってられねーっしょ。金も部屋も無いんだし、ここを出てもしょーがねーもん」
 結の答えを聞き、コインロッカーベビーとして施設で育った壮太は、何故自分が結に似た者の匂いを感じたのかを悟った。結の答えはあくまでもからからと明るいけれど、それはきっと、そうしていなければいられない……からなのだろう。
 瞬間黙り込んだ壮太を、その指にはまったフリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)は心配そうに窺ったが、今日は口出ししないという決意のもとに沈黙を守る。
 だが、再び口を開いた壮太の声は結に劣らず、明るく軽かった。
「だったら、オレのツァンダの下宿先に部屋が空いてるから、寺院を抜けてそこに住まねえか?」
「なんでー?」
「だっておまえさ、こんな場所で戦ってるよりプリクラ撮ったり、クレープ食ったりしてるほうが似合いそうだから」
「うっはー! プリクラとかクレープとか、ぱねぇ! ……あー、でもランラン死んだらヤダし、ツァンダってヴァンガードとかウザいヤツ多くね?」
 大袈裟に飛び跳ねて嬉しさを表した結だったが、すぐにうんざりした顔になった。
「あ、そーそー。それにさー、大事なこと、忘れてた感じ。ユーのパートナー、デカくてコワいんだよね。住むっても、あいつ入る家じゃないと。おーい、エンプティー!」
「ぐー」
 結に答えて姿を現したものに、壮太は仰天した。
 それは何と言えばいいのだろう。オオサンショウウオやチョウチンアンコウの口の部分だけを、巨大に引き延ばしたようなモノが、空中を漂っている。左右の差し渡しは10mはあるだろうか。城の廊下の幅では前を向けず、横向きになっているがそれでもいっぱいいっぱいだ。
「これ、パートナーのエンプティね。エンプティ、こいつソータン。イイヤツだから食わないように。ほら、ごあいさつ」
「ぐー」
 エンプティは狭い廊下の壁にはばまれながらも、ぺこり、と何とか下を向いた。お辞儀のつもりらしい。
「ああ……よろしく。しっかし、すげえパートナーだな」
 驚く壮太に結は得意げに笑い、
「ちなみにユーもこー見えて、けっこコワいんですけどー」
 と両人差し指を自分の口に突っ込んで、両端をむにーと引っ張った。そうすると中途半端な変顔になって、壮太はつい吹き出した。
「あーやべえ、ユー、今急いでるんだった。気ぃ向いたらレンラクすっから、番号教えてほしい感じ」
「んじゃ交換すっか」
 携帯番号とメールアドレスを交換しようとした直前、結は不意に真面目なトーンに声を落とした。
「これワナとか、マジやめてよね?」
「そんなはずあるかよ。ほら、交換しようぜ」
「んー、ならいいけどー」
 結は壮太と番号交換を済ませると、スカートを翻してばたばたとまた廊下を走っていった。
 
 
ナラカ城脱出
 
 
「ダークヴァルキリーが動き出したようじゃ。アズールを倒すという目的も果たしたことじゃし、長居は無用じゃな」
 アズールは倒したが、駆けつけてくる鏖殺寺院兵士は一向に尽きなかった。
 それにこの城の中にはまだ何が隠されているものやら分からない。精神力体力ともに限界近い生徒がこのまま留まるのは危険だ。
 そう判断するアーデルハイトに、終夏は見た目は古城の一室のような……けれど、先ほどアズールを射た光のように、その裏に古王国期末期の最新のテクノロジーを潜ませた長の部屋を見渡した。
「闇龍だのダークヴァルキリーだのの前に、そこら中隠し事だらけで薄気味悪いな」
 城も事態も分からないことだらけで、すっきりしない。これなら闇龍やダークヴァルキリーの存在の方がシンプルで理解しやすい、という終夏に、パートナーのニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)も同意した。
「そうだな、シンプルだ。……だが世の中、シンプルな事の方が案外難しいものだ」
 理解できる出来ないにかかわらず、事態は動いてゆく。
 真実を知るのを妨げる霧が晴れ、すべてが腑に落ちる日は来るのだろうか。
「もうここには用はないですかぁ。それなら帰るですぅ」
 アズールを倒し、エリザベートも満足したらしい。長居は無用とのアーデルハイトの言葉を受け、エリザベートは襲撃部隊のすべてを連れ、ナラカ城から脱出した。