|
|
リアクション
ダークヴァルキリーへの差し入れ
ジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)はそっと聖堂のドアを開けた。
「……ダークヴァルキリーどころか、誰もいないな?」
前にナラカ城を訪れた時には儀式場たった聖堂は、今は整然と椅子が並べられているだけで、人の気配は無かった。
こんなに椅子があったら、ダークヴァルキリーの巨体には邪魔だろう。
「留守かな?」
橘 柚子(たちばな・ゆず)がゆるゆると首を振る。
「そしたらニュースになるん違いますやろかぁ。この城のどこかにはいはるでしょう」
柚子達は、イルミンスール魔法学校の部隊と共にナラカ城に入り、ダークヴァルキリーに会うために彼らと別れてきたのだ。
儀式場にダークヴァルキリーがいなかった為、その姿を探す事にする。
ここは敵の城の中だ。安倍 晴明(あべの・せいめい)がいつでも十二天将を使えるよう、警戒して歩を進める。
東間 リリエ(あずま・りりえ)はその様子を見ながら、式神はドーナツを食べられるだろうかと考える。彼女はミスドのドーナツを持てる限り持っていた。
同じように、たくさんの食べ物を持ってナラカ城内を進む者がいた。
早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)だ。お弁当を詰めたリュックを背負い、魔法瓶も肩から提げている。
あゆみは児玉 結(こだま・ゆう)に差し入れを届けようと、イルミン部隊と一緒に城にやってきたのだ。
(お弁当のいい匂いは、モンスターを呼んだりしないかなぁ)
メメント モリー(めめんと・もりー)は不安を覚える。
(あゆみんはピクニック気分みたいだけど、ここ、一応敵地だし、ゆうゆうに会えるまではボクが守ってあげないと)
モリーがそんな事を考えていると、さっそくモンスターが現れた。
「ぐー」
モリーは始め、大木(?)が魔法で浮かんできたかと思った。
巨大口ことエンプティ・グレイプニールだ。廊下が彼には狭いので、横向きになって進んでいる。口の上にまたがるように、結が乗っていた。
あゆみが結にほほ笑みかける。
「まあ、結ちゃん、エンプティちゃん、こんにちは。今日は差し入れを持ってきたのよ」
「差し入れ? なんかウマそーな匂い〜」
モリーはちょっと怖いが、勇気を出してエンプティとコミュニケーションを図る事にした。
「ぐ、ぐー」
するとエンプティが、鳴き返してきた。
「ぐー」
「ぐぅ」
「ぐー?」
「ぐ〜」
大きな口と鳥っぽい生き物が、ぐーぐー言い合っている。
やがてエンプティが結に向けて「ぐー」と言う。
「へー。じゃあ、皆で集まろうって。こっちー」
結はあゆみ達を手招きし、エンプティはどこかに向けて進んでいく。
「すごいわ、モリー。エンプティちゃんと話せるなんて。どんなお話をしたの?」
「ボ、ボクが知りたいよ……」
モリーは困った様子で答える。
「エンプティをマネて『ぐー』と言ってみたら、何かが通じちゃったみたいなんだ。でもボクはいったい何を言ったの……」
モリーはものすごく不安そうだ。
ダークヴァルキリーの元には、先客がいた。
橘 柚子(たちばな・ゆず)と東間 リリエ(あずま・りりえ)、二人のパートナーだ。
リリエが買ってきたミスドのドーナツの箱を開けているところだ。
柚子がピクニック姿のあゆみに聞く。
「あなたも御茶会に参加されはる?」
「ええ、ご招待されたみたいね。皆さん、よろしく。……御弁当、もっと用意してくればよかったわ」
あゆみはモリーに手伝ってもらいながら、リュックから弁当箱を取り出していく。
それらを見下ろしていたダークヴァルキリーは巨体を揺らし、用途不明の触手で床を叩く。
「行っタリ来たリ、何? 何?」
これには結が答える。
「魔法使いがわーっと来て、わーっといなくなったみたいすー」
「フーん」
「で、長がボコられてチーン合掌、みたいな」
「へー」
「さっき報告したっすよ?」
「ソレ、おいシイの?」
ドーナツを指して聞く。
リリエは「もちもちして美味しいですよ」とダークヴァルキリーにドーナツを渡す。彼女は幼い子供のように、手が汚れるのも気にせず無造作につかんでガツガツと食べる。
「そんなに掴んだら、せっかくのクリームが出ちゃいますよ」
リリエが指差すと、ダークヴァルキリーは謎の触手の先で、はみ出たクリームを抑える。
ダークヴァルキリーは、長がイルミン特攻部隊に倒された事を気にしていないようだ。
モリーがふと気づく。
「あれ? イルミンさんが長を倒し終えたって事は……ボクら、おいてきぼり?」
「ランランが、そーゆーのは後で船で送るっつーてた」
「なんて親切な……」
モリーは半ば呆れる。
あゆみは魔法瓶に入れて持ってきたお茶を配り終えると、結にお弁当箱を差し出す。
「沢山食べてくれると嬉しいわ。あ、野菜もちゃんと食べないとダメよ。改造されたとしても女の子には変わりないもの、身体は大事にしなくちゃ」
「ユー、自慢じゃないけど、好ききらいとか、んな無いしー」
しかし箸の持ち方が無茶苦茶だ。
「持ちにくくないの?」
「ずっとこー持ってるから、別にぃ」
あゆみが正しい持ち方をやってみせる。結はマネてみるが「やっぱり慣れねー」と元の変な持ち方にしてしまう。
「黄色いの何?」
箸で、弁当箱の中の玉子焼きを指して聞く。行儀や社会常識について、誰も教えてこなかったのだろう。
「玉子焼きはどっちが好きか分からないから、だし巻きと甘いの両方作ったわ」
「だしまき?」
あゆみが差し出す両方の玉子焼きを、結は食べくらべて見る。
「うまいかもー。でもおっさんの味っぽいから、甘い方がいい」
「ぐー」
エンプティが口の先で結をつつく。
あゆみは「エンプティちゃんにもあるわよ」と弁当を差し出す。
「ぐー!」
大きな口は、弁当箱ごと食べてしまった。
「ぐー」
まだ欲しそうなエンプティに、結が言う。
「エンプティは底なしなんだからガマン!」
「……ぐー」
エンプティは悲しそうに鳴いた。と、ダークヴァルキリーがやにわにモンスター数匹を召還した。
晴明達が身構える。
「ぐー」
ばくり。エンプティがモンスターを飲み込んだ。
どうやらダークヴァルキリーがエンプティにエサをやってみただけのようだ。
「リリエ、もットどーナツ召還しテ」
ダークヴァルキリーの言葉に、リリエは少し困る。
「ドーナツは召還できないんです。深空(みそら)ちゃんとダークヴァルキリーさんが気に入ってくれたなら、また持ってきます。
……だから、闇龍を起こすのは、ちょっとでも待ってもらえたらいいんですけど」
「ダメだメ。姉さンガどーナつ一人占めシナいよう世界ヲ滅ボスの」
「……ジークリンデさんは、深空ちゃん達のドーナツを取ったりしないと思うけれど」
ダークヴァルキリーは首と何本かある手と触手をぶんぶんと振った。
「いツモいツモ姉サンバカり。ミンナとってッチャウから、姉さンノ世界ハ全部壊スノ」
「姉妹ゲンカはよくないわ」
あゆみが言う。
「姉さンガクレないんだモン。姉サんがヒどインダもん」
ダークヴァルキリーはふてくされた子供のように、頬をふくらませる。
そしてバスケットボール大の水晶球のようなものが、その手に現れる。やや薄い闇が中に詰まっている。
驚く皆をよそに、結が感心の声をあげる。
「すげー! みっそんの玉、でけー」
結は自分の、やはりやや薄い闇色の球体を現して、並べてみる。ダークヴァルキリーは得意げに、自分の球体を結に見せている。
あゆみはその様子に、ふと思った。
(鏖殺寺院のスフィアの持ち主は、見捨てられた子供たちばかりなのね……)