空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

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 ナラカ城へ
 
 
 イルミンスール魔法学校の生徒を中心に組織されたナラカ城特攻部隊は、再びナラカ城へと向かおうとしていた。貴族からの情報の不確かさを懸念する者もあったが、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)はその情報を確信しているらしく、迷い無く用意を調えた。
「蒼空学園が理子様親衛隊なら、こっちはエリザベート親衛隊だぜ!」
 イルミンスール生も負けてはいられないと、エル・ウィンド(える・うぃんど)エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の親衛隊を結成し、もちろん自分も真っ先に名乗りをあげた。
「その手紙、ちょっと見せてもらえるか?」
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)はアーデルハイトの元に来たという手紙を借りて眺めてみた。
「この手紙、消印も切手も無いな」
「フクロウ便で届いたからのう。切手は不要じゃ」
 手紙には、ナラカ城に潜入していたウィザードから聞いた話、として、テレポートエリアの座標と、城が手数になっている状況等が記されている。
「前回の潜入の時に救出とか派手な動きしないで、次につなげられる行動とるとかって、潜入してるのはその人の部下なのか知らないけどすごいなぁ。悠司も頑張って見習ってよー!」
 レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)は素直に感心しているが、悠司は何か裏があるのではないかとアーデルハイトに尋ねる。
「ザンスカールの貴族ってヴァルキリーか? ずいぶんと色々詳しい貴族様がいるんだねぇ」
「何を誤解しておるのかは知らんが、そやつはザンスカールの貴族でもヴァルキリーでもないぞ。ヨーロッパに住む地球の貴族じゃ」
「その貴族に会う為には地球まで行かないといけないってことか?」
「さあて。世界漫遊の旅にでておる放蕩息子じゃから、今はどこにいるものやら」
 地球にいるかパラミタにいるかすらとんと分からない、とアーデルハイトは答えながら悠司から目を逸らした。それ以外の何かも知ってはいそうだが、自校の生徒ではない悠司に答えるつもりはないらしい。
 情報源に興味があるのはいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)も同じで、アーデルハイトに強く訴える。
「ナラカ城には人の想いを集め、闇を抑える力があります。その魔法技術を得れば闇龍への対抗策となるのではないでしょうか! そのために、ナラカ城に潜入したウィザードの方と接触をさせてください!」
「それは……」
 アーデルハイトはやはり歯切れ悪く口ごもったが、そっとぽに夫とそのパートナーの波羅蜜多ビジネス新書 ネクロノミコン(ぱらみたびじねすしんしょ・ねくろのみこん)を手招きすると、人目につかない隅へと連れて行った。
「イルミンスール生のおまえになら打ち明けても良いじゃろう。そういう地球の貴族がいるのは本当じゃ。だがあれは……その貴族ではなく、その名を騙って別の者が送ってきたものではないかと私は思っておる」
「別の者、とは?」
「まったく……病人にしては手の込んだ招待状を送ってくるものじゃのう」
 その者の名は答えず、アーデルハイトはぽに夫に手紙を振ってみせるに留めた。
 
 
「準備はできましたかぁ。出来てない者は置いていくですぅ〜」
 待ちかねたエリザベートが皆をせかした。ぐずぐずしていたら本当に置いていかれない勢いだ。
「言っておきますけど今度ぶつかって来たらぶっ飛ばしますの」
 前回エリザベートがナラカ城にテレポートした際、見事に鉢合わせしたエフェメラ・フィロソフィア(えふぇめら・ふぃろそふぃあ)はエリザベートに釘を刺す。
「ごっつんこはぁもうこりごりですぅ」
 衝突の際の痛みを思い出し、エリザベートは頭に手をやった。
「うむ、良いじゃろう。いざ突入じゃ」
 アーデルハイトの許可が出ると同時に、エリザベートは手紙に書かれていた荷物搬入の為のテレポートエリアへ、皆を連れて飛んだ。
 視界にあったイルミンスール魔法学校が消え、隅に荷物が積まれた部屋の内装へと変わる。
 手紙の真意がどうであれ、テレポートエリアの情報は正しかったようだ。皆で時空の迷子になる最悪の展開だけは、これで避けられたことになる。
「こんな簡単にテレポート可能な座標が手に入るなんて、ちょっと罠っぽい気もするけど……」
 今はいろいろ考えても仕方ないかと、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)はその懸念を振り払う。罠であれどうであれ、ナラカ城に入らなければアズールを倒すことも出来ないのだから、これはチャンスと見るべきなのだろう。
 しかし、進もうとするナラカ城特攻部隊の前に、マコト・闇音(まこと・やみね)が待ちかまえていたように現れた。
「案外早かったな。ようこそナラカ城へ」
 ここにいる皆と同じイルミンスール魔法学校に通う身ではあるけれど、今のマコトは鏖殺寺院側についている。
 早速の鏖殺寺院側の出迎えに、やはりこれは罠だったかとカレンは悔やみかけたが、マコトはくるりと皆に背を向けた。
「アズール様の部屋はこちらだ……ついて来るがいい」
 そして返事も待たず、マコトは踵を返して城の廊下を進み出した。
 罠を危ぶまないではなかったが、他にこの広い城内でアズールを捜すあてもない。
「ついて行ってみるとしようかの」
 アーデルハイトの一声もあり、特攻部隊は警戒をしながらもマコトの後について進み始めた。
 
 前回の潜入時と比べ、城内はひっそりと静まりかえっている。人の気配の感じられない城は、ひどく虚ろに感じられた。
「兵士は概ね出払っているが、最低限の防衛用兵士は残っている。あまり騒がず着いて来てくれると我としても助かる」
 ナラカ城への侵攻を警戒し、城内には兵士が配置されている。だが、まさかテレポートで侵入してくるとは予測していない。兵士の目は飛空艇での侵入を警戒し、外へ向けられている。
 騒がず移動すれば、兵士との接触は最小限で済むだろう。
「アズール、ぶっとばすですぅぅ」
 息巻くエリザベートに、神代 明日香(かみしろ・あすか)が釘を刺す。
「エリザベートちゃん、アズールと戦う為に、部屋に着くまでは戦力を温存して下さいねぇ」
 ここで騒がれては、城に残っている兵士の目を引いてしまう。アズール戦の為に、と言われエリザベートもしぶしぶ納得する。
「他のみんなも静かに頼む。なるべく気取られないようにして、一気に急襲をかけようぜ」
 高月 芳樹(たかつき・よしき)も皆に声をかけ、一行は足音を忍ばせるようにして進んだ。
 周囲を憚って声を殺しながら、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)はパートナーの雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に尋ねる。
「アズールさんは、本当に倒すべき相手なのでしょうか……」
 アーデルハイトと共に作戦に参加しながらも、ソアはまだ心に迷いがあった。鏖殺寺院に所属する人すべてが悪人ではない。そのトップにいるアズールはどうなのだろう。
「ご主人、1人で悩んでても仕方ないぜ。イルミンスールのみんなと一緒に、アズールと戦うんだろ?」
 ベアの答えにソアは共に潜入した皆を見渡し、そしてアーデルハイトの上で目をとめた。
「アーデルハイトさん。アズールさんって、どんな人なんでしょうか?」
「アズールか……。ダークヴァルキリーの忠臣というか、妄信じゃな、あれは」
 答えるアーデルハイトの口調は苦かった。
「目的の為には手段を厭わぬ恐ろしい奴じゃ。まっとうな魔術師が捨てた禁呪や邪術に通じて、それで人々を犠牲にしながら何千年も生き延びてきておる」
「人々を犠牲にしながら……?」
 囁くように繰り返したソアに、アーデルハイトは大きく肯いてみせる。
「その通りじゃ。私も奴には煮え湯を飲まされておる。もう数百年も前の話じゃが、シャンバラ再興の足がかりにしようと作っておった騎士団は、奴の陰謀によって壊滅させられたのじゃ。仇は取らんとな」
 今度こそ、と決意しているらしきアーデルハイトに、ソアはまだ迷いながら質問を重ねた。
「彼を倒せば、鏖殺寺院のせいで悲しむ人はいなくなるんでしょうか……?」
「だと良いのじゃが、鏖殺寺院には危険な幹部もまだ残っておる。アズール1人ではいなくなるまでにはならんじゃろう。……しかし今、このタイミングでの作戦なら、悲しむ者をより減らす事はできるかもしれんぞ?」
 そう言ってアーデルハイトは意味ありげな笑みを浮かべた。
「アーデルハイト様の結界って、闇龍とかには効かないのかな? ほら、たとえば分割して封印してしまうとか」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)の質問に、アーデルハイトはそれは出来ぬと首を振る。
「今回準備してきたのはアズールの復活を防ぐ結界じゃ。闇龍を封印するのに使えるものではない。そもそも、闇龍にどうすればダメージが与えられるのかさえ不明なのじゃ。……まったく厄介なものを起こしてくれたものじゃわい」
 苦々しい口調で答えたアーデルハイトに、今度は風森 望(かぜもり・のぞみ)が尋ねる。
「その結界ですが、術の効果範囲はどのくらいですか?」
 それによって立ち位置や守り方も変わってくるという望に、アーデルハイトは、そうじゃのう、と考える。
「同じ大広間にいるぐらいの距離かのう。術のかけ始めは奴めの姿を見ておかねばならぬ。それと、人が間を動く程度ならともかく、壁や大きな障害物があっても効かぬのじゃ」
「準備の時間はどれくらいかかります?」
 その質問にアーデルハイトはふふんと無い胸を反らした。
「事前に準備できる事はすべてやってきたからの。普通なら数十分はかかるところじゃが、私であれば十数分、いや、十分もあれば超早口で呪文を唱えられるのじゃ」
 そう言いながら準備してきた荷物の中身を見せる。そこには触媒やら呪符やらの類がぎっしりと詰まっていた。
「十分ですか……けっこうかかりますね」
 守る都合を考えて望が呟くと、アーデルハイトはむきになって言う。
「なにおぅ?!  我が早口言葉は最速じゃぞ! 青巻紙赤巻紙黄巻紙! カエルぴょこぴょこみぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ! 坊主が屏風に上手に坊じゅの絵を描いた! 書写山の……」
「さっき少し噛んで……いえ、もういいです。本番前に舌をかんだら大変ですから」
 徐々に声が大きくなってくるアーデルハイトを望が慌てて止めた。
 が、その頃にはアーデルハイトの声は聞きつけられてしまっていたらしい。兵士たちの近づく足音が聞こえてきた。
 アズールとの戦いを控えた者たちを背後に庇い、水神 樹(みなかみ・いつき)カノン・コート(かのん・こーと)が進み出る。
「貴様ら、どこから入って来た!」
 城内の巡回中なのか、2人組の鏖殺寺院兵士が侵入者に気づいて声を挙げた。圧倒的な戦力差を前にしても、侵入者を止めようという使命感が勝ったのだろう。果敢にも兵士は長剣を掲げて斬りかかってくる。
 そこに樹の槍が繰り出された。目にも止まらぬ速さで突き出された槍に貫かれながらも、兵士は力を振り絞って樹へと剣を振り下ろした。兵士渾身の一撃は重く、彼もまたこの城を守ろうとしているのだと伝える気迫で樹の肩口に叩き込まれた。
 が、そこから体制を整える余力の無い兵士へと、カノンが光り輝く刀を斬り下ろす。強化によって威力を増した光の力に、とどめをさされた兵士は力無く廊下に転がった。
 もう片方の兵士は、先に攻撃してきた兵士ほどに無謀ではないらしく、牽制するように剣を構えはしたものの斬りかかって来ようとはせず、大きく息を吸い込んだ。
 大声を挙げられれば、付近にいる兵士の耳に届くかも知れない。
 が、仲間を呼ぼうとした兵士の全身を雷光が走り抜けた。
 物陰に身を潜めていた愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)ファルソ・アルカーノ(ふぁるそ・あるかーの)が相次いで雷を放ったのだ。
「今のうちに先に行って!」
 吸った息を声に変えることも出来ずに倒れ伏した兵士に駆け寄りながら、ミサは他の生徒らを促した。
「まだ死んでねえぜ。殺しておいた方がいいんじゃないか」
 兵士を調べたファルソは言ったが、ミサはそこまでしなくともと首を振り。
「縛っとけば大丈夫でしょ。こんな処を巡回してるなんて下っ端だろうし」
 何か縛るものはないかと周囲を見回した。が、城の廊下には使えそうなものは見当たらない。
「無かった時のこと考えてなかったのかよ。ほらよ」
 ファルソは念のためにと持ってきたロープをミサに手渡した。ミサはそれで兵士を縛り上げると、ぐったりと目を閉ざしたその顔に静かに語りかける。
「気を失ってくれたから縛るけど、俺はあんたを殺してたかもしれない……」
 そして兵士を手近な部屋に放り込むと、皆の後を追っていった。