空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



戦いの前に

 ヒラニプラ山中に鏖殺寺院の部隊が突然、現れた。
 鏖殺寺院幹部の白輝精(はっきせい)が、テレポートで連れてきたのだ。
 しかし、その場所はキャンプ・ゴフェルからは離れている。白輝精の力でも、部隊を連れてのテレポートを、敵陣に場所やタイミングの狂い無く行なうのは難しい。
 だから基地の近くで待機し、内通者からの連絡を受けて突入するのだ。
 性帝砕音軍の坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)も砕音先生直属の兵として、この一団の中で突入の機会を待っていた。
 山並みの上には、のしかかるような重く不気味な黒雲が垂れ込めている。それが闇龍だ。
 鹿次郎はジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)に近づいた。
「ダークヴァルキリーが闇龍の制御をできるならば、ジークリンデ殿にも同じ様な力があるのでは無いか? 予備機構的な意味で。
 試しに闇龍に呼びかけてみてはどうでござるか? もしかしたら……」
 ジークリンデは感心した表情で鹿次郎を見る。実はゲームで鍛えた(?)脳みそなのだが。
「そうだったら、私にも闇龍をどうにかできるかもしれませんね。分かりました。やってみます」
 ジークリンデは地面に膝をつき、祈り始めた。
 なぜか以前にも、そういう事をしたような既視感を覚える。
 彼女の横顔を見る鹿次郎は、ふと思う。
(地味で目立たない性格だから、気づかなかったでござるが、よくよく見れば、なかなかの美少女でござるよ。むぅ、無骨な鎧が残念。巫女衣装が似合いそうでござるのに)
 しばらく祈っていたジークリンデが、空を見上げる。
「……何も変化ありませんね。私では駄目なようです。ごめんなさい」
 しかし鹿次郎は全然違う事を、勢いこんで言った。
「いいこと考えたでござる! ジークリンデ殿、拙者と契約するでござるよ! 大丈夫、リコ殿も拙者と契約してハーレムでござる!」
 ジークリンデはきょとんとしてから、指摘する。
「あの……シャンバラの種族は、一人の地球人としか契約できないようなんです。私はすでにセレスティアーナさんと契約してしまったので……。
 それにリコも鹿次郎さんと同じ地球人だから、契約は無理だと思います。
 でも、お気遣いは嬉しいです。ありがとう」
 ジークリンデはにっこりほほ笑んだ。
 鹿次郎の言葉を「闇龍を制御できなくても気にしないように」とおどけてみせたと、ものすごい良い方向に受け取ったらしい。


 薔薇の学舎の部隊は殲滅塔内部へ突入する為、基地攻略を行なう教導団らの部隊の背後に控えていた。
「せんめんきって強いのー?」
(材質によるよ。そして、基地の真ん中にあるのは『せんめつとう』)
 蛇のエルはお世話係の能天気ギャル白田 智子の頭の上にとぐろを巻いて、妙なやり取りをしていた。
 そこに早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の肩を抱いた黒崎 天音(くろさき・あまね)がやってくる。
「やあ、久しぶりだね」
 天音はエルに挨拶しながら近くの資材箱に座ると、呼雪の手を引いて自分の膝の上に座らせてしまう。
(うん、久しぶりー)
 エルはテレポートとして、天音の首に巻きついた。そして、ぎゅむーと絞めあげ、る前に呼雪に頭を握られた。
「再会の抱擁にごまかして、首を絞めるんじゃない」
(だってー)
「黒崎がお前に聞きたい事があるそうだ。答えてやってくれないか?」
 呼雪に頭をつかまれ、その手からだらんと垂れさがったまま、エルは答えた。
(……うん、喜んで。しくしく)
 エルはようやく智子の頭に戻された。
 その間、天音はブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に小声で言う。
「僕は君に、彼が暴れようとしたら止めてくれって言わなかったっけ?」
 蛇が暴れだしたら、尻尾を持って振り回すように伝えてあったのだ。
 ブルーズの眉間に深い皴が刻まれる。
「……お前が突拍子も無い行動をとるからだ」
 そのショックで行動が遅れたのだが、どういうショックかは言いたくない。
 ただでさえ、合流した時に天音が乗っていたドラゴンの事が気になっているのに。
 天音は肩をすくめる。
 ブルーズから、エルの正体がヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)で、智子が女装した黒田智彦(くろだ・ともひこ)だという事は聞いている。
 呼雪が恥ずかしがったりデレデレする芝居ができず、無感動にされるがままになっているので内心(上手く行くかな?)と心配だったのだが、取り越し苦労だった。
 天音は呼雪を解放して、ヘルに言う。
「きちんと答えてくれたら悪戯はしないよ。
 君に色々尋ねたい事があってね。回答不可な質問には首を横に振ってくれれば良い。
 ちゃんと報酬もあるよ」
 天音は携帯電話を開いて、ヘルに見せた。
 手作りの温泉に浸かって花見をしている、襟足も色っぽい呼雪の画像だった。
(うはー!!!)
 ヘルのテンションが一気に上がった。どこからともなく出した自分の携帯電話を尻尾で持ち上げ、天音に迫る。
(何でも答えるから、早く赤外線送ってー!)
 しかし天音は無情に、携帯電話を閉じてしまう。
「報酬の先渡しは無しだよ。
 さて、質問だけど、まずは砕音の恋愛と恋愛未満の遍歴を知りたいな」
 ヘルは意外そうにしただけだったが、背後のブルーズがショックを受けた表情だ。
「あの教師に、まだ何かあると言うのか……」
 ブルーズがぶつぶつ言っているが、天音は取り合わずに「知らない?」とヘルに返事をうながした。
 ヘルは彼をじっと見返す。天音がどういう思惑で聞いているのか、思考を読み取ったようだ。
 それから、天音以外にテレパシーをつなげたままになっていないか確認しなおす。
「そんなに秘密の相手がいたのかい?」
(ううん。この話、聞いたら嫌な思い出が蘇っちゃう人がいるかもしれないから。
 砕音の最初の相手は、彼の実の父親だよ。虐待ね。まだ小さいうちから始まって、どんどんエスカレートしてった。砕音が命の危険を強く感じて、その父親が死ななければ砕音が殺されてたと思うよ。
 次の相手は、守護天使のキュリオ。砕音の前パートナーで、育ての親兼親友兼恋人な関係だったみたい。
 二人は任務でアフリカに赴任したんだけど、キュリオの仕事が忙しくて、言動も変になって……『シャンバラ女王の為、アメリカの敵は排除する』的な事ね。後で分かったけど、CIAがキュリオを洗脳したらしい。
 でも当時はそんな事を知らない砕音は寂しくて、NGOで学校の先生をやってた女性教師と恋愛未満だけどイイ感じになったみたい。
 その後は、あの筋肉ラルク君だよ。
 まあ、なに。父親とキュリオは砕音が殺して、女先生はキュリオが殺したとゆー。
 ……参考になった?」
 天音は考え込む。
「色々と推論を立ててみないと、まだなんともね。
 ……砕音の親が死んだのは、まだ彼が子供の頃じゃなかったかい?」
(十歳だったかな。栄養不良で見かけは、もっと小さかったみたいだけど。頭は天才級だったので車の電子制御をいじくって、父親も、笑って見てた母親も交通事故に見せかけて、ね。ただ通行人まで死んだり、傷が残ったりで……
 砕音は『あのまま親に殺されるべきだった』って苦悩してる。それをCIAにつけこまれたのさ)
 天音はさらに質問をぶつけた。
「砕音はスフィアを持ってるのかい?」
 ヘルは首を横に振った。
(彼の周りは呪いが濃いから、答えるのは怖いよ。ごめんねー)
「じゃあ、キャンプ・ゴフェルの封印を解いたのは砕音?」
(違うよ。シャンバラの五千年前の建物や人やアイテムって、力が力を呼ぶように芋ヅル式に日々復活してるんだ。
 殲滅塔って、闇龍との戦いには間に合わなかったけど、もともとは闇龍を攻撃する為に開発されたと思うよ。
 完成したのは、闇龍が封印されて鏖殺寺院もシャンバラから逃げ去った後じゃないかな。地球上に避難した白輝精が、遠くに殲滅塔の攻撃が当たるのを見た記憶があるから)
 天音は空を見上げた。
 山にのしかかるように、黒雲のような闇龍が広がっている。
「これは僕を運んでくれたドラゴンからの質問だけど、闇龍を攻撃する手段はあるのかい?
 闇龍はパラミタを破壊しようとしているから、浮遊大陸の守護者として戦いたいけど、どうやってダメージを与えればいいか分からないって困っていたよ」
(闇龍本体は攻撃でどうなるものじゃないと思う。ナラカ城とかスフィアを使ったり、シャンバラ女王やダークヴァルキリーの祈りで抑え込むって感じかな。
 でも闇龍がこれから活性化したら、あの体のまわりからブワーッと怪物が噴き出してきて、そいつらには物理も魔法も攻撃は効くと思うよ。鏖殺博士の説明だと、闇龍が大陸を消化するのを助ける、酵素みたいな物だって。そいつらを食い止めれば、闇龍の大陸破壊に時間がかかるみたい。
 そーだ、この闇龍の話はジェイダス校長に伝えといて)
「君が話せばいいだろう。横着はよくないな」
 天音は、ブルーズがつっこみたくなる言葉を発した。
 しかし(鬼院は上手くやっているかな……)と校長と話をしに行った後輩の事を考え、天音はそれに気づいていない。
 ブルーズが何か言う前に、次の質問をしている。
「ドラゴンで思い出した。僕ら契約者って、パラミタにとってどんな存在なの?」
(?)
「ドラゴンが、契約者は他のシャンバラ種族や地球人とは違う存在だって言ってたからね」
(地球とシャンバラ、両方の特性を持ってるとか。どっちでもあるけど、どっちでもない、みたいな。それ以上は僕には分からない)
「じゃあ、これが最後の質問だよ。……早川の事、どう思っているの?」
(大好きー☆)
 即答だが、えらく軽い。
(本気モードで言うのは、本人の耳元でだもん)
「色々とよく分かったよ。ありがとう。それじゃ」
(写真! 写真!!)
 おもむろに去ろうとする天音を、ヘルが尻尾で携帯電話を振り上げて止める。
「冗談だよ。ほら」
 赤外線通信で画像を入手すると、ヘルは(わーい♪)と小躍りする。


 天音への協力を終えた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、ヒダカ説得の際に何を言うか考えていた。
(……正直、ヒダカを羨ましくも思うな。
 例え逃げだとしても、怨恨や盲信が拠り所になっただろう。
 俺は両親が死んだ時も周囲から理不尽な扱いを受けた時も、何を恨めば良いかも分からなかったからな……)
 そう思った時、急に背後からぎゅっと抱きしめられた。
「な……?! こんな所で元の姿に……」
 呼雪は慌てて、抱きしめてきた相手を周囲の生徒から隠そうとしたが、腕は何も触らなかった。周囲に誰もいない。唖然とする彼の頭に、ヘルの声が響いた。
(僕だよー。感触をテレパシーで送ってみたの。なんだか呼雪、辛そうな顔をしてたから)
 地面をするすると這って来た蛇に、呼雪は聞く。
「……質問にちゃんと答えたか?」
(うん。円満解決、かな?)
「だったらファルにも答えてやってくれ。以前のお話が気になってるようだ」
 呼雪はヘルをすくいあげると、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)に渡す。
「ボクも色々、聞きたいコトがあるんだ」
(あうー、喜んでー)
 ファルは嬉々として、蛇を連れていってしまう。
(コユキがヒダカさんを説得する方法を考えてるの、ジャマしちゃ悪いもんね)
 という親切心からである。
 しかし呼雪は別の意味で安心していた。抱きしめられた感覚で誰だか分かった事に、相手は気づいていないようだ。

 ファルは岩の上にちょこんと座り、膝の上にヘルを乗せる。
「今度、この間のお話の続き聞かせてね。
 思ったんだけど、お話のお姫様って、もしかしてダークヴァルキリーの事?」
(さあ、どうでしょー)
「斬姫刀にも姫って入ってるのが気になるけど……」
(うん、姫を斬る刀って名前だね。それ以上は僕の口からは……っ)
 ファルは聞き方を変える。
「でも、シャンバラの女王様に子供はいなかったんだよね」
(うん)
「イルミン情報では女王のクローンがいたらしいけど、彼女なの? だとしたら、ダークヴァルキリーのお姉さんのジークリンデさんも?」
 蛇は首をかしげた。
(女王のクローンって言ったら、十二星華の事じゃないかな。
 女王にもしもの事があったら、女王だけが使えるアイテムや入れる場所が使えなくなって困るからね。スペアキーとして、女王の血肉を使って作られた剣の花嫁がいたって事は聞いてるよ。当時は、王位継承権の無い人工生命体って扱いだったと思うけど)
「そっかあ。……スペアキーって言い方、なんかヤダな」
 出会った十二星華達を思い出し、ファルはうなだれる。ヘルは尻尾を持ち上げ、ファルのアゴをなでた。
(女王も物扱いされるくらいだからね。女王に寄生し、利用してた奴らは、自分達がパラミタと地球の統治者だとでも思ってたんだろ)