空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



殲滅塔を巡る思い


 ヒラニプラ山中に、キャンプ・ゴフェルへと向かう第一師団と学校連合軍の野営地が設営される。
 敵襲の危険はほとんど無いが、厳しい自然という脅威がある。しっかりとしたテントを立て、食事を作らなければ明日の体力にダメージを受ける。
 キャンプ設営の為に忙しく行き交う兵士の間を、シャンバラ人兵士の一人ケイティ・プロトワンがふらふらと歩いていた。
 聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)がそんな彼女に、声真似付きで声をかける。
「先ほどお嬢様が探してらっしゃいましたよ。
『一緒に灰大尉を誘惑してケーキを奢って貰いますわよ! キャンティをモフモフして良いから、出ていらっしゃいですぅ』と仰ってましたが、何か新しい遊びかも知れませんね」
「!」
 ケイティは聖が指差す方向へ、小走りに駆けていった。
 顔の表情はともかく、だいぶ仕草に感情が表れるようになっている。
 ケイティが来た方向へ聖が歩いていくと、技術科の兵士達が用途の分からぬ資材を運び、忙しそうにしている。
 聖はその中に、ケイティと色がよく似た薄茶色の髪を見つける。いかにも科学者然とした若い女性だ。
 聖は彼女に声をかけた。
「糖分の摂取にティータイムは如何ですか?」
「無駄な時間を取る気はないわ。糖分が必要なら、そのまま摂ればいい」
 予想に違わぬ答えが返ってきた。
「そう思い、ブドウ糖をお持ちいたしました」
 見れば、聖は上品な小皿に白いブドウ糖の塊を入れ、銀盆に乗せて捧げ持っていた。
「まあ、準備の良いこと」
 女科学者は、実験に使うだろう極細のスプーンでそれをかき入れた。
「教導団では、どのようなご研究を?」
「兵器開発に細菌戦の研究といったところかしら。これなど……」
 手近な資料を取って説明しだしたが、専門的すぎて何が何だか分からない。
 とりあえずドイツ語の発音からして、彼女がドイツ系の人間だろうと思われた。
 そんな話をしている間も、側を技術科兵士が行き交う。彼女は一人を呼び止めた。
「フレッカはどうしているの?」
「えっと……ちょっと見てきます」
 兵士は足早に、そこを離れる。
「お嬢様ですか?」
 聖は聞いた。女科学者は眉を寄せる。
「私に子供などいないわ。フレッカは単なる部下。しかも異種族よ」
 そこに光の翼を広げたヴァルキリーが降りてくる。見るからに真面目そうな女性騎士だ。年も科学者とたいして変わらない。
「イェルネ教授、及びでしょうか?」
 彼女がフレッカ・ヴォークネンだ。そして、それまで聖が話していた女性科学者は、第一師団技術科少佐カリーナ・イェルネ教授である。

 その頃、ケイティはキャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)を探し出して、もふもふしていた。
 キャンティは呆れたように、ケイティが持っていた黒い玉を観察する。
「この玉をピカピカにする方法があるんですの?」
 ケイティはだいぶ考えてから答えた。
「……磨く?」
「だったら磨いてくださいな。宝石でしたら換金もできますし、将来自立したくなった時に、お金は必要ですもの」
 ケイティは素直に、布で玉を磨き始める。表面がつるつるに綺麗になった。


 空京の市街地。
 シャンバラ教導団の佐野 亮司(さの・りょうじ)は、パートナーのゆる族ジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)と共に街頭に立ち、市民相手に演説をしていた。
「殲滅塔の使用には、剣の花嫁や機晶姫の命がエネルギーとして必要だ。その上、自然界のバランスが崩れるかもしれないし、そんな危険な兵器を持っている事を他国から危険視される恐れだってある!」
 亮司は主に地球人を相手に、ジュバルは各種族を含めたシャンバラ人に説いてまわる。
 地球人の反応はイマイチだ。彼らは地球からやってきた労働者であり、契約者ではない。彼らにとり、機晶姫はよくできたロボット(つまり物)であり、剣の花嫁には会った事も無いと言う。
 実は、剣の花嫁は人間そっくりな為、そうだと名乗られるか、光条兵器を取り出すシーンに遭遇しないと、なじみのない地球人には分からないのだ。
 また地球人労働者は、危険な事態になったら母国に帰ろうと考える者が多い。要は他人事なのだ。
 対して、シャンバラ人の中にはジュバルの話を真剣に、あるいは不安そうに耳を傾ける者もいる。
 だが、それらの人垣を割るように憲兵達が飛び込んできた。
「何をしておるかッ?!」
 亮司とジュバルは抵抗する間もなく、憲兵達に押さえ込まれた。そして空京を守る第一師団仮設屯営へと護送される。
 教導団に近しい市民が、亮司の行動を不審に思って通報したのだ。
 もちろん教導団内で、上官に殲滅塔使用反対の上申をした者は何人もいたし、使用に反対する市民が集会を行なったところで、なんら違法行為ではない。
 しかし教導団員が、団の方針に反する事柄を掲げて、市民を扇動していたのだから、問題になる。
 亮司はパートナー共々、軍紀を著しく乱したとしてシャンバラ教導団を放校処分となった。

 同じ頃、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)は空京大を訪ねていた。
 五千年前に滅ぼされたというヒダカの故郷について、徹底的に調査するためだ。
 最初はジーナの母校イルミンスールの大図書館で調べたのだが、特に目新しい事は分からなかった。
 それでも再確認した事は、次のような点だ。
 紀元前3000年頃に地球とパラミタが結ばれ、シャンバラ古王国がエジプト文明、クレタ文明、シュメール文明、黄河文明といった地球上の古代文明の勃興、進歩に影響を及ぼしたらしい。
 しかしシャンバラ王国が滅びた後、パラミタと地球はまた別々の世界に分かれたのだ。
 ジーナはその後、蒼空学園で調べたが成果が出なかったので、今度は空京大を訪ねた。彼女は言う。
「鏖殺寺院の自爆テロで、イルミンスールの図書室が狙われたことがありました。
 嘘の歴史しかないと思って、それを壊したかったのかな……
 でも、私は人の誠意を信じたい。公にされてなくても資料があるかもしれません」
 ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)
(誠意云々以前に、時の流れと情報の質がな……)
 と思う。だがジーナの好きにさせようと、黙って彼女と一緒に調べ物の旅を続けた。
 ジーナは以前、母国オーストラリアの歴史を調べて、過去に起きた事を知った時の暗い気持ちを思い出す。
(でも、それだけで満足しては駄目だけど、調べたら知ることができたのは、誇るべきことだったのかもしれないですよね?)
 そう考えて調べるうちに、つい最近の資料から気になる物が見つかった。
 空京大学学長アクリト・シーカーが、ヒダカが黄泉之防人の子孫ではないかと指摘した際に、使用した資料だ。
 海底地図だが、そこにはクレーターのような巨大な穴が穿たれていた。穴の周辺には無数に島が点在している事を考えると、穴が開く前には、その場所にも島がいくつかあったのだろう。
 その穴が開いた際には、周囲の島も相当な被害を受けたに違いない。
 資料には、その諸島一帯で五千年前の土器や槍の穂先などが出土しているという考古学者の情報や、穴が出来たのは約五千年前であるという地質調査結果もあった。
 ガイアスは、ヒダカとの接触を目指すだろう生徒達に、携帯電話でそれらを伝える。
 ナラカ城の作戦の際に面識のできた、薔薇学や明倫館の生徒達だ。
「……以上だ。これで状況を変えられると楽観できるようなものではないが。ま、相手のことを知ろうとする誠意、出来る限り知り歩み寄ろうとする努力は、ヒダカのような頑なな者の心にも多少は有効やもしれん」
 ガイアスは電話ごしに、そう告げた。