空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



殲滅塔を巡る思い 2


 ツァンダにある蒼空学園。
 数人の生徒が、御神楽環菜(みかぐら・かんな)校長に面会した。
 面会中も携帯画面を見つめている校長に、クイーン・ヴァンガード特別隊員風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が提案を行なう。
「剣の花嫁と機晶姫の保護機関の設立が必要ではないでしょうか?
 殲滅塔の確保に成功した場合、現状の危機を回避するという名目で、エネルギーとして必要な剣の花嫁と機晶姫の強制捕獲・確保を始める輩や勢力が出てくる可能生が高いと思うのです」
 環菜は聞いているのかいないのか、携帯を操作している。
 優斗はさらに説明した。
「自らの意志で積極的に犠牲になろうとする物好きはともかく、誰かに都合よく説得や誘導をされて犠牲になろうとする人は止めてみせます。
 『世界を救うため』という意見が過剰にもてはやされ正当化されないように努め、自らを犠牲にしない事も言い出せる雰囲気と十分に尊重される状況を……」
 しかし環菜が手を掲げて、優斗の言葉をさえぎった。
「そんな考えしかできないなら、クイーン・ヴァンガード特別隊員から除隊よ」
「えっ……」
 優斗は絶句した。
 環菜はイラ立ちを抑えた、冷たい声で告げる。
「この状況において甘すぎるわ。
 闇龍は明日にも動き出し、シャンバラの破壊を開始するかもしれない。そうなれば数百万人、数千万人もの人間が死ぬ事になる。
 私は、殲滅塔発射に協力するよう、剣の花嫁や機晶姫を集めて説得する機関が必要だと思っているわ。
 『世界を救うため』に、自らの意志で積極的に犠牲になろうとする剣の花嫁や機晶姫が『物好き』呼ばわりされるような状況は、断固として避けなければならない」
 優斗は愕然としながら、校長に言いすがる。
「僕にも剣の花嫁のパートナーがいて……大切な家族なんです。だから……」
「もういいわ。次」
 環菜はそれ以上の発言を認めず、次の面会者に話すよう求めた。
 多くの者が黙りこくる。
 御神楽環菜(みかぐら・かんな)は殲滅塔発射に賛成なのだ。
 甘い考えをしていた者達は、言葉を失った。
 優斗に付き添う諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)も戸惑いを隠せない。
 彼が手をつけようとしていた、蒼空学園及びツァンダで生活する剣の花嫁と機晶姫のリスト化は、やらない方がよさそうだ。
 孔明は、剣の花嫁や機晶姫が意に反して巻き込まれる事がないように、保護対象者を明確にしようとリスト化を考えたのだ。しかし今それをやれば、殲滅塔発射に協力するよう説得する為の資料に使われるだろう。
 環菜は黙りこくる者たちをちらりと見ると、まだ携帯に視線を戻した。明らかに失望した様子だ。
「事態を甘く見ている者が、あまりにも多すぎるようね。大問題だわ。
 ……他に話す事がある生徒は?」

 蒼空学園生が黙ってしまったので、イルミンスール魔法学校の姫神 司(ひめがみ・つかさ)が進み出た。友人のヴァンガード特別隊員の紹介で、この場への列席が認められている。司は礼を重んじて、チョコ詰合せの手土産まで持参して来たのだが。
「まず人と話をする間は、携帯の操作を止めてもらえないだろうか?」
 司が言ったが、環菜校長は携帯の画面を見たまま答える。
「面会希望者が多いからと、重要なトレードの間を縫って会う事にしたのよ。不服なら出ていきなさい」
 司は内心でため息をつき、話し始める。
「……地球の事ならば御神楽校長が詳しいだろうと、無礼を承知で訪ねた。
 他校生に漏らす内容でないならば、転校手続きをしても構わぬ」
「そんな表向きだけの転入、必要ないわ」
 いきなりカウンターが来た。
 司は「やれやれ」と思いながら質問に入る。
「わたくしは空京市長令嬢の誘拐事件に関わり、地球人として鏖殺寺院よりも地球に対して疑問を深めた。
 校長は空京警察の設立にも関わっているのではないかと思うが、あれはどういう組織なのだ? 市長の見舞いに行った時も警備以外で不穏な気配がプンプンしていたが」
「空京警察には、私もツァンダも関わっていない。
 あれは国連やインターポールの要請に従って、日本の警察庁主導で作られた組織。
 空京の治安を維持し、他都市の騎士団に相当、というくらいしか知らないわね」
「では空京の前市長はどんな人物なのだ? 消されている可能性もあるのか?」
「陰謀論に興味は無いわ。前市長は空京建設の功労者だけれど、健康上の理由で、地球に戻って隠遁生活を送っているそうよ」
 環菜は司の質問に無機質に答える。
 司はそれでも粘り強く尋ねた。
新日章会は、日本人として信用して良い組織か?」
「当前よ。新日章会は、現在の日本人の考え方を代表している組織。
 契約者でない多くの日本人は、パラミタにおける日本の権益を追求する新日章会に期待している」
 日本はパラミタ出現に端を発したオノゴロ景気により、空前の繁栄を見せているように見えて、実際の市民の暮らし向きはそれほど良くなっていない。
 これはシャンバラの開発が、他の様々な事より優先されているためだ。
 そのため庶民はシャンバラの開発が本格的になればもっと豊かになれると考えており、その民意を反映しているのが新日章会である。
 それらを聞いた司は、最後の質問を環菜にぶつけた。
高根沢理子(たかねざわ・りこ)……あれは何になるべき者なのだ?」
「パラミタに入植した日本人の代表者となるべき者。……ただ本人に、その自覚や意欲が欠けるのが問題だわ」
 実際は「欠ける」どころか、リコにその気はまったく無いのだが。
 日本人以外の地球人やシャンバラの住民には、日本人がなぜリコをありがたがったり、時には煙たがったり気の毒がる者がいるのか、謎に思う事も多いようだ。
 だが、リコの家柄は謎でもなんでもない。日本人ならば誰もが知る、日本国民を代表する、やんごとなき家系なのだ。

 面会が終わり、司も校長室を辞する。
 グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)がそれぞれの空飛ぶ箒を用意する。
「……特に尾行など無いようですね」
 グレッグが安心したように、つぶやく。
 蒼空学園までも、またその帰り道も彼らを見張るような者はいなかった。
(リージェさん、どうしているでしょうね?)
 グレッグは彼女の事を思い出し、また少し不安顔になる。
 環菜への面会では、空京市長や空京警察に関してあまり進展は無かった。
 市長の娘ユーナはいまだリージェを慕っているようなのだが、彼女は公の場には姿を現していない。


 隠れ鏖殺寺院のクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は土産を持って白輝精(はっきせい)を訪ねた。
 最近は鏖殺寺院以外の生徒がナラカ城にいる事も多いので、忘れず変装はしている。
 土産は、ショパンのノクターン、二胡の楽曲集等を納めた携帯音楽プレイヤーである
 これから出かけようとしていた白輝精は嬉しそうだ。
「あら、ありがとう。突入までの時間待ちがあるから、その時に聞くわね」
 クリストファーは彼女に聞く。
「確認しておきたい事がいくつかあるんだけど、聞いていいかな?」
「ええ、いいわよ」
「当時は女王アムリアナと頻繁に会ってた?」
「私は女王を崇める中でも、かなり外れた独自性のある宗派に……まあ、つまりはダークヴァルキリー様の所なんだけど、そこにいたから女王に会える事は少なかったわね。たまーに女王がダークヴァルキリー様に会いに来た時には、御付の者として側にいたけれど」
「……『古王国の女王アムリアナ』と『シャンバラ女王』は違うものを指してない?」
 クリストファーの問いに、白輝精は不思議そうだ。
「そりゃそうよ。シャンバラ女王は代々、何人もいたんだから。
 でも普通『シャンバラ女王』といったら、代々の中で最も偉大だった女王だとかで、最後の女王であるアムリアナ女王の事を指すわよ。
 復活してきた五千年前の人間が死んだ当事は、女王がアムリアナだったから、という点もあるでしょうね」
 どうやらクリストファーのうがちすぎだったようだ。
「じゃあ次の確認。鮮血隊の林 紅月(りん・ほんゆぇ)将軍の契約相手は白輝精?」
 彼女は軽くうなずいた。
「そうよ。まあ、別に秘密でもないけれど、わざわざ公開する事でもないから」
「意外だな。あんなにお堅そうな人と契約するなんて」
 白輝精は苦笑した。
「それはどーゆー意味かしら? それに契約した頃の、いえ、その直前までの紅月は、おしゃまでツンとした可愛らしいお嬢ちゃんだったのよ。
 私、それまで、とあるお坊さんに今の中国西部の自治省? 紅月の家の近くに封印されたままになってたんだけど、彼女の強い絶望に呼ばれて契約したら、復活できちゃったの」
 クリストファーはいぶかしむ。
「……なんでお坊さんに封印されてたのさ」
「実は元彼よ。彼を騙して、その地域に鏖殺寺院の支部を作ろうとしてたのがバレて、殺しあったんだけど、ほら、私ってば本当に好きな人は殺せないしー」
 クリストファーは話題を変える。
「白輝精とヘルの同調率や心の栄養は、白輝精の調子にも関わるの?」
「それは無いわね。私が死んでも、あの子が生き残らないと困るもの。
 でも、まあ、もらえる物はもらっておくわね」
 白輝精はクリストファーの思考を読んで、彼をぐいと引き寄せる。見かけは美女でも、やはり力は怪力だ。
「だ、だって意味ないんでしょ?」
(必要なら血を吸っていいよ)と思ってはいたが、必要はないはずだ。
 しかし白輝精は笑顔で、適当な事を断言する。
「ラミアは、他の吸血鬼ほど血は吸わないから大丈夫よ」
「ダメ……あ……」
 白輝精はクリストファーを抱きしめ、そのノドに噛みついた。

 その後、白輝精はいつもより上機嫌でキャンプ・ゴフェルに向かったという。