空京

校長室

建国の絆第2部 第2回/全4回

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建国の絆第2部 第2回/全4回

リアクション



教導団技術科


 その頃、教導団支援部隊に属する技術科は、【新星】の支援を受けてようやく敷地内に入ったところだった。
 【新星】を指揮するのは第一師団少尉クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)
「──はい、了解しました。……クレーメック様、突撃部隊は敷地をほぼ制圧したという報告が上がっているそうですわ。徐々に生徒達が各施設に侵入しているとのことですわ」
 パートナークリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)は、司令部との通信を切り、パートナーに報告する。そして眉をひそめ、
「敷地に近づくにつれノイズが酷くて……。妨害電波が発せられているようですわ。中に入ったら、無線は使えませんわね」
「それはまずいな。我々【新星】は、金団長のご意志にのみ従うのだ。制圧しても、団長に何かあっては……」
 何かあったときのために仲間を司令部に配置してはいるのだが──その彼から今の報告を得たのだが──クレーメック自身も把握しておきたいところだ。
 通信兵が妨害電波対策を施した電線を引いているのは見えるが、いつ戦闘で途切れるとも知れない、不確実なものである。
「だが、遅れを取るわけにはいかないな。殲滅塔を実力で破壊する者も、団長の指示を待たずに勝手に発射する者もいるだろう。可及的速やかに、イェルネ教授を送り届けなければ」
 そのイェルネこそが一番厄介だろうが、とこれは心の中にしまって、彼は再び進軍を指示した。
 部下の兵士をアサルトライフルで前に立たせながら、自身は後方から機関銃で援護。ヴァルナは傷ついた兵士を治療する。
 彼らは他の施設には目もくれず、真っ直ぐに敷地中央、殲滅塔を目指した。
 大方の機晶姫やロボット兵が、既に生徒達によって引きつけられているという動きは、各部隊に派遣した【新星】の仲間から本部への報告を通して聞いている。
 各部隊の隙間を縫うように彼らは進んだ。
 こちらに気付いてやってくる機晶姫には、炎の塊が現れて行く手を阻む。乃木坂 みと(のぎさか・みと)の放った火術だ。
「突破口確保しました。みなさん、ご武運を」
 やがて技術科の部隊は、殲滅塔付近へと辿り着いた。
「ここからはおまえ達に託す。頼んだぞ!」
 技術科と共に内部に突入する予定の【新星】メンバーにジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が告げて、二メートル近い巨躯を反転させた。アサルトカービンのトリガーを、追いすがってくる機晶姫に向け搾る。
「教導団員としてのプライドにかけて、ここは通さん」
「みなさま。きっと成功させてくださいね」
 剣の花嫁のフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)は、ジェイコブの傷をヒールで癒しながら、これが彼らとは最後の会話になるかもしれないと思った。団長からの命令が有ればエネルギー源として命を捧げる覚悟は決めている。彼らの目に映る最後の自分の姿が、せめて勇ましくあるようにと願う。
 みとのパートナー相沢 洋(あいざわ・ひろし)が叫ぶ。
「みと! 全火力をぶつけろ! 倒れてもかまわん!」
「はい、洋さまの命令であれば」
「そうだ。ここで負けることは世界破滅への序章となるだろう。全軍突破し、最終兵器を確保する──邪魔はさせんよ、通りたければ倒していけよ!」
 洋は固定砲台になるべく、トミーガンを乱射する。

「後は敵の殲滅ね。……そうね……ケイティ、それを渡しなさい」
 【新星】に援護された技術科だったが、その最後尾ではもめ事が起こっていた。
 その始まりは、技術科の責任者カリーナ・イェルネの言葉だった。
 ケイティ・プワトロンは、胸から下げた牙のペンダントを、ぎゅっと握りしめる。
「早く。フレッカに渡しなさい」
 カリーナは、彼女の側に付き従うケイティからヴァルキリーの女騎士フレッカ・ヴォークネンに視線を移す。
 フレッカは作戦の開始からずっと生真面目な顔をしており、特に感情を顕わにはしていない。
「…………」
「ケイティ?」
 カリーナに睨まれ、ケイティは渋々首からペンダントを外すと、フレッカに向かって突き出す。
 フレッカは受け取ると、そのペンダントから魔槍グングニル・カーディを出現させた。
「行きます」
 彼女は短く言うと、技術科に群がろうとする敵の一団に、一人駆けていった。
 フレッカの腕前は、手練れの戦士のそれだ。一人で何人もの敵をなぎ倒している。その姿を、カリーナは観察するように眺めた。
 ケイティはしばらくの間二人を交互に見ていたが、突如顔を鬼の形相にして、フレッカに向かって突進する。周囲の機晶姫など全く目もくれず、魔槍に手を伸ばした。
「何をするの!?」
「レゾネイターは、私!」
 抵抗するフレッカの手から強引に魔槍を奪い取る。その瞬間、槍は禍々しい気配を発した。ドージェに対峙したときと同じ奇妙な音波が周囲にぶちまけられる。フレッカを始め、彼女の周りにいた者は、敵味方関係なく吹っ飛んだ。
「駄目だよケイティさん……きゃああっ!」
 雄叫びをあげながら槍を振り回すケイティに制止の声をあげたのは、ケイティの側にいた百合園女学院のマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)だった。彼女もまた吹っ飛ばされて地面に叩き付けられる。
「危険ですわマリカ様。一旦お下がりください」
 マリカの教育係テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)が彼女を下がらせようとするが、それには及ばなかった。
 マリカの悲鳴を耳にしたケイティは、たたっと倒れた友人の元へ走り、顔を覗き込む。
「……ごめん……痛かった……?」
 心配げに見つめる瞳に既に憎悪はなく、魔槍からも音波は消え去っている。
「ううん、大丈夫……だけどケイティさんも無茶しないで。強くなりたいのは分かるけど、強さって、限りがないんだよ。ここまで強くなればおしまいってものじゃなく、先も更にその先もずっとずっとある」
 テレサに抱き起こされたマリカは、諭すように言った。柔道家らしい考えである。
「一方向だけ強さを追ってもいびつになるから、視野を広く持たないといけないらしいよ。ほら、ただ強いだけだと、みんなを傷つけちゃうでしょ?」
「……うん」
 ケイティは珍しく反省したような表情を見せた。マリカは笑顔を作り、ケイティのスフィアに手を伸ばした。
「ほら、汚れちゃってるよ。捨てても戻ってくるなら、きっとスフィアはケイティさんを“大事な人”だと思ってるんだよ。汚れも落としておこうね」
「……うん」
 なされるがままのケイティは、すっかり大人しく、引っ込み思案な少女になってしまっている。
 テレサは、マリカが彼女にとっての禁句と思われるものを口にしたら、すぐさま口を塞ごうと注意を払いつつ、二人の様子を見守っていた。ついでに、両陣営立て直しつつある周囲の戦況にも気を配る。いち早く立ち上がったフレッカは憮然とした表情をしていたが、倒れた機晶姫の手から剣をもぎ取ると、再び戦い始めていた。
「ねぇケイティさん。百合園で子猫が生まれるんだけど……飼ってみない?」
「……ママに怒られ……」
 ケイティは薄茶色の頭を一旦俯かせたが、
「飼い方が分からなかったら、あたしも手伝うから。ね?」
「……うん、飼いたい」
 頷いた。

 これは後日のことになるが、ケイティの部屋に一匹の仔猫がやって来た。
 『猫の飼い方』と書かれた本を片手に、ケイティは猫用ミルクをほ乳瓶で与え、カイロで暖めてやり、かいがいしく世話を焼いている。
 無表情な彼女も仔猫を相手にしている時は微笑みを見せるようになっていたが、ある日、カリーナが部屋を訪れて彼女の表情を再び凍らせることになる。
「捨ててきなさい」
 誰にも秘密で仔猫を飼っていたはずなのに、どこで聞きつけてきたのか、カリーナは部屋を訪れるなり開口一番で要求を告げた。
「……」
「ケイティ?」
「……ごめんなさい。……でも……ねぇ、ママ、飼っちゃ駄目?」
「私をママと呼ぶなって言ったでしょ! 出来損ないの分際で、気持ち悪い!」
 カリーナは、憎悪をむき出しにして叫び、ケイティの頬を打つ。びしりという激しい音が部屋に響いた。
 彼女はそのまま段ボール箱の中から仔猫を掴みあげようとしたが、寸前でケイティの手が仔猫をさらっていった。
 猫を胸に抱きかかえたケイティは、すがるようにカリーナを見上げる。
「黙っていてごめんなさい」
「私の命令が聞けないっていうの?」
「……やだ。私がこの子のママだ……私がいなきゃ、死んじゃう」
「……そこまで愚かだとは思わなかったわ」
 カリーナはこれ見よがしにため息をつくと、冷酷な瞳でケイティを見下ろす。
「どうせあなたは廃棄処分にするつもりだったのよ。一緒に捨ててあげるわ。その日までせいぜい好きにしなさい」
 一人部屋に取り残されたケイティは仔猫に頬を寄せた。
「ママが守ってあげるからね……」
 仔猫はわけもわからず、みゃあみゃあと鳴き続ける……。