空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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●イルミンスール:校長室

「お母さん! お母さんっ!!」
「だ、大丈夫ですぅ。ちょっと疲れただけですぅ」
 ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)に抱きかかえられるエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は、意識こそハッキリしているものの顔面蒼白で、動揺しているのが明らかであった。
「ただいま戻りました。……フィリップさん、エリザベートさんの様子はいかがでしょうか?」
「あっ、ルーレンさん。……僕が見たところでは、精神的にダメージを受けていると思います。無理もないですよね……まさかアーデルハイト様が僕たちの敵として出てくるなんて……」
 戻ってきたルーレンを出迎えたフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)が気落ちした表情で呟き、ルーレンも首を縦に振って同意する。生徒たちの恩師であり、時に母でもあるアーデルハイトの変貌ぶりは、皆もショッキングであったし、何よりエリザベートがショックであろう。
「ミーミル!」
「ちびねーさん!」
 そこに、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)と共に『聖少女』の手がかりを探していたはずのヴィオラネラが、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)と共に校長室に駆け込んでくる。
「お姉さま、ネラちゃん!? どうしてここに――」
「それはいい、今はこの事態を何とかしなくては。ミーミル、大丈夫か?」
「は、はい、私は大丈夫です。……でも、お母さんが……」
 ミーミルから事情を聞いたヴィオラとネラも、やはりアーデルハイトの変貌を驚いているようであった。
「駿真お父ちゃんが、二人はミーミルと一緒にいた方がいいって言ってくれたんや。お父ちゃんは今、精霊さんのパートナーと一緒に、イルミンスールを守りに行くっつって出てったで」
 ヴィオラとネラに、『禁猟区』を施したアクセサリーを持たせた駿真は、キィル・ヴォルテール(きぃる・う゛ぉるてーる)と共にイルミンスール・イナテミスの魔族との攻防戦に出撃していた。
「ミーミル……本当に、イルミンスールを攻撃してきたのは、アーデルハイトさんなんでしょうか?」
「違うですぅ!! あんなの大ババ様じゃないですぅ!!」
 ソアの問いかけに、ミーミルが答える前にエリザベートが声を荒げ、そしてミーミルに顔を埋める形で拗ねてしまう。
「ごめんなさい、ソアお姉ちゃん。……私は、お母さんの言うことを信じます。あの方はアーデルハイト様ではありません」
 キッパリと告げるミーミルに、ソアがうん、と微笑んで答える。
「ミーミル、校長先生をしっかり支えてあげてくださいね。それが出来るのは、ミーミルだけなんですから。
 ……もちろん、ミーミルも校長先生のパートナーで、大切な家族です。ミーミルは私とベアとで守りますから、安心してくださいね」
「おう! ミーミルは立派に成長した、『お兄さん』な俺様が言うんだから間違いねーぜ!
 だから、校長を支えてやるんだ。その代わり、ミーミルのことは俺様とご主人が守ってやるからな!」
「はい……ありがとうございます、ソアお姉ちゃん、ベアお兄ちゃん」
 ミーミルが微笑んだところで、入口から騒がしい声が聞こえてくる。
「ちょっと、今は困りますよ、それどころじゃ――」
「今言わなくていつ言うというのですか!」
 押しとどめようとしたフィリップを跳ね除け、セルフィーナ・クレセント(せるふぃーな・くれせんと)エルフィ・フェアリーム(えるふぃ・ふぇありーむ)がエリザベートの元へ向かってくる。そのただならぬ雰囲気を感じ取ったミーミルが、エリザベートを強く抱いていつでも守れるようにする。
「エリザベート校長……これが最善なのか、わたくしには分かりません。
 ですが、今回の超ババ様の件、そして以前のイナテミス防衛戦での裏切りの件、そしてザナドゥの件……全て含めれば、貴女はスパイ、裏切り者と思われてしまう可能性を否定できませんわ。そしてそういう疑問の中、中核にスパイがいるかもいう疑惑があるままでは、他の学生さんも全力で戦えなくなりますわ」
「そんな! その意見はいくらなんでも乱暴じゃないですか!? もしそうだったとして、どうしてイルミンスールが攻撃を受ける必要があるんですか?」
「相手を欺くための偽装工作、として十分に考えられることですわ」
 ソアの反論も、セルフィーナには届かない。セルフィーナの発言は感情的には到底受け入れられなくても、それを否定するだけの材料がない。
「イルミンスールが裏切るかも、と他の学校から疑惑向けられちゃったら、協力どころじゃないよ。
 ……凄く言いにくいことだけど、エリザベート校長はイルミンスールの校長を降りて、他の人がした方がいいんじゃないかな……」
 エルフィの言葉が、エリザベートに突き刺さる。ミーミルが、エリザベートが震えたのを感じ取り、どうしようという表情を浮かべる――。

「その必要はないわ」

 響いた声に一行が振り返ると、そこには思いもかけぬ人物の姿があった。
「エリザベートは短気でチビで気色悪いけど、裏切るような真似はしないわ」
「そ、その声はカンナですねぇ!! 誰が短気でチビで気色悪いですかぁ!!」
 ミーミルの胸から飛び出したエリザベートがビシッ、と指差した人物は確かに、元蒼空学園校長兼生徒会長、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)であった。


 さて、ここで少し時間を前に戻そう。

「みんな大丈夫かなぁ……誰かに連絡つかないかな?」
 イルミンスールの窮地を知ったノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、故郷であるイナテミスを心配する表情で、氷雪の洞穴の精霊仲間に連絡がつかないか試している中、影野 陽太(かげの・ようた)は環菜と共に居た。『ずっと貴女のそばにいる、絶対一人にさせない』と誓った言葉を忠実に実行しているのであった。
「環菜も、エリザベート校長に激励のメールか何か送ってあげるのはどうでしょう?」
「とっくに送ったわ。……返信がないのを見ると、よっぽどの事態か、単に意地張ってるだけなのか……」
 陽太の提案に環菜がそう口にしたところで、侵入者を告げる通信が入る。こんな時に誰かしらと環菜が確認する前に、バーン、と扉が開け放たれる。
「環菜、鉄道会社経営するって本当だったんだね。あっ、勝手に入っちゃったけど大丈夫?」
「大丈夫なわけないだろ! 警報装置を片っ端から撃ち落として、何のつもりだよ!」
「だって、いちいち構ってたら、イルミンスールに到着するのが遅れちゃうから」
 呆れた様子の樹月 刀真(きづき・とうま)を横目に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がやはり呆れた様子の環菜へ呼びかける。
「エリザベートはイルミンスール魔法学校校長、もし彼女を励まそうとする人達がいても、上手く受け取れない。上に立つ者の孤独って言うのかな?
 でも環菜なら、そういうの関係なくエリザベートを励ますことが出来るでしょう? 環菜もエリザベートが心配だよね? だったら一緒に行こうよ」
「……そんなはずないでしょう、とは言わないでおくわ」
 そう言って、環菜は刀真に視線を向ける。刀真の脳裏に過るのは、今でも彼を後悔の念に駆り立てる光景。
(月夜、余計なことを……)
 そもそもどうして俺はここにいるのだろうか。月夜の手を振りほどいて逃げ出すことなど、いくらでも出来たはずなのに。
 思慮に耽る刀真の目が環菜の首元に向けば、そこには彼が以前プレゼントした銀の飾り鎖があった。
(……ああ、そうか。そうなのか)
 俺は、嬉しいのだ。彼女の傍で、彼女の為に動けることが。
 彼女は……御神楽環菜は俺にとって、それほど大切な女性なのだ。
「……私が貴方に何を望んでいるか、貴方には分かるでしょう? それとも、私がいちいち言ってあげなければいけないほどに、貴方は腑抜けてしまったのかしら?」
 試すとも、それとも期待するような眼差しを向ける環菜へ、刀真は歩み寄り、首元にかけられていた鎖へ『禁猟区』を施す。
「……行きましょう、御神楽……さん」
「……まあ、及第点ね」
 フッ、と微笑を浮かべた環菜が、刀真の手を取り、席を立つ。
(……チッ、何やってんだよ、俺)
 手から伝わる彼女の、暖かくそして儚い感触に、刀真は表情が緩みそうになるのを必死で堪えていた――。


 そして、今に至る。
「……今思えば、私、修羅場を作っちゃったのかもしれない」
「ほえ? しゅらば? なにそれ?」
 ポカンとするノーンを横目に、月夜は前方に佇む二人の男の背中を見つめる。陽太は依願するも結局押し切られ、同行することになった。結果としてそれはイルミンスールへの接近をより容易にしたのだが、果たして二人は今の状況をどう思っているのだろうか。
「貴女がエリザベートの校長退任を望んだとして、当てはあるのかしら? その候補もなしにただ主張するだけでは、机上の空論よ。
 ……最悪、貴女がザナドゥや、他の敵組織と通じている可能性も否定出来ない」
「なっ!? わ、わたくしを疑いますの!?」
 激昂するセルフィーナを前にして、環菜は自らの意見を口にする。
「同じ学校の校長に疑惑の目を向けるなら、生徒である貴女も同じ目を向けられることになるのではないかしら。それに、違うなら違うと、否定出来るだけの材料を提示すればいい話よ」
「…………」
 黙り込んでしまうセルフィーナ。これもやはり、否定するだけの材料がない。
 彼女の横を通り過ぎた環菜を、エリザベートが険しい表情で見つめる。
「……貸しにする、とでも言うつもりですかぁ?」
「私はもう、蒼空学園の校長でも、生徒会長でもない。蒼空学園がイルミンスールにどうこう、と言うつもりはないわ。後は貴女次第ね」
「…………」
 黙ってしまうエリザベートを見届け、くるりと環菜が背を向ける。
「ま、待つですぅ!」
 そのまま歩き去ろうとした環菜の背中へ、エリザベートの声が飛ぶ。
「……ありがとう、ですぅ」
「……お礼なんていいわよ。それよりも、これからが大変よ」
「わ、分かってますよぅ!」
 言い放つエリザベートの様子に満足したか、笑みを浮かべ、今度こそ環菜が歩き去る――。