空京

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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●ウィール遺跡

 魔族侵攻の最初の目標に指定されたウィール遺跡は、守護龍ヴァズデルの契約者である鷹野 栗(たかの・まろん)の提案で、一面蔦の壁に覆われていた。先陣を切って進む、魔神ナベリウス率いる軍勢の特徴を考慮した対策であった。
(ヴァズデル、あなたが守なら私は攻。互いに支え合おう)
 遺跡に目を向けていた栗が振り返り、傍に控えていた羽入 綾香(はにゅう・あやか)に頷けば、彼女もそれに応える。
(アーデルハイト様に何があったのか……それを知るためにも、今は戦う他ない、か)
 そう、ここで戦わねば、多くのものが喪われる。避けられないのであれば、前を向いて戦うまで。
「……行こう、羽入」
 その声で、二人は森へ入る。しばらく進むともう、視界の向こうに跳ねる人らしき姿が映る。ナベリウス軍の主力、獣の風貌をした魔族であった。
(……全てと分かり合えたなら、それは素晴らしいことだけど。
 考えにはどうしても違いがあって、場所や物には限りがあって。
 ――それでもきっと諦めなければ、運命のいくつかは変えられる)
 槍を構え、栗がナベリウス軍の兵士と交戦する。穂先と爪が交錯し、また互いの武器が空を切り合う。
「私は、此処が愛しい。……あなたには、大切な場所はないの……?」
 呼びかける栗に、魔族は咆哮のみで答える――。


「大丈夫や! みんな、自分が守ったる! だから安心してや!」
 ウィール遺跡からすぐ近く、『颯爽の森』内に建てられた『心響庵』では、渡辺 鋼(わたなべ・こう)セイ・ラウダ(せい・らうだ)がたまたまその場所を訪れていて巻き込まれた精霊や森の動物たちを匿うように、入り口の前に立っていた。
(鋼、俺には分かる。鋼が、怖いと思いながら、心を奮い立たせてここにいるってことがな。
 ……だから俺が、お前の傍にいてやる! お前と一緒に、ここにいる仲間を守ってやるからな!)
 決意を固めるセイの少し前方で、鋼も心の中から湧き起こる震え、恐怖を抑えつけながら、いざという時には魔法で対抗出来るように準備を整える。

「うぇ……ヤバいとは思ってたけど、何よあの数……」
 氷雪の洞穴から戦場に辿り着いたカヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)が、侵攻してきたザナドゥ勢力を目の当たりにして弱気とも取れる言葉を口にする。イナテミス防衛戦の時よりさらに多い、しかも純然たる殺意を持って向かってくる敵に対しては、カヤノですらこの反応であった。
「おいおい、なんて顔してんだぁ? 魔族だろうとなんだろうと、俺らが負けるわきゃねーだろ。
 それとも何だ、俺らがそんなに頼りねーかァ?」
「ち、違うわよ。……ちょっと心配とか、してみただけなんだから」
 隣にいたウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)へ、カヤノが拗ねたような恥ずかしがるような表情で呟く。
「あのなぁ……今まで何回俺らがイルミンスール守ってきたと思ってんだ。心配すんなバーカ!」
「あいたっ! ちょっと、何すんのよ!」
 晒していた額にデコピンを食らって、カヤノが憤慨する。それを見てウィルネストが、ははっ、と笑う。
「カヤノはそーしてりゃいいんだよ。……あ、そーだ。そういや渡し忘れてたモンあるんだよな。コレ終わったら持ってくるわ。
 んじゃ、行ってくんぜ!」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」
 カヤノの静止も聞かずにすっ飛んでいったウィルネストの、もう小さくなった背中を見つめて、カヤノが口を開く。
「……何よ、もう……」
 無事に帰って来て、とは、言えなかった。言ってしまえば、帰ってこない可能性があることを認めてしまうことになるから――。

「毎度毎度オマエには振り回されるな……まったく、面倒でたまらん。
 おい、さっさと終わらせて、帰るぞ。今日の家事が終わってないのだからな」
「はいはい……っと、早速敵のお出ましだぜ!」
 ヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)に鷹揚に頷いたウィルネストの視界に、高速で近づく魔族の姿が映る。
「出会い頭の酸霧にご注意、ってな!」
 ウィルネストの発生させた酸の霧に、回避しきれなかった一部の魔族が突っ込み、煙と悲鳴をあげる。
「もらった!」
 そこをヨヤが踏み込み、籠手を装備した拳で殴りつけ、吹っ飛ばす。どちらかが先制打を与え、もう一方がトドメを刺す、パートナー同士ならではの戦術で、二人が魔族に立ち向かう。


「カヤノちゃん、もうウィール遺跡に着いた頃だよね……」
 その頃、雪だるま王国内、バケツ要塞では秋月 葵(あきづき・あおい)フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)が、イコンに乗って待機していた。表向きは、拠点の一つでもある雪だるま王国を完全に空けるわけにはいかないこと、不測の事態に備えは必要、というものであったが、葵が前線に立たない理由は、他にもあった。
(……本当は私も、前線に向かうべきなんだろうけど……今はまだ、戦う覚悟ができない。
 魔族だっていっても、一方的に傷つけていいと思えないし、傷つけることもできないから……)
 戦わなければいけない、それは分かっている。けれども、戦うことが最善なのかと問われると、はいそうですと答える自信がない。
(カヤノちゃん、みんな……無事に帰ってきて……)
 今は祈ることしかできない葵を見、黒子が葵には聞こえぬように呟く。
「主よ、いまだ覚悟が決めれぬか……ならば、そこで大人しく座っておるがよい。その時が来れば、我が殺意と共に戦おう」
 今更幾人増えたところで、そう思う黒子だが、もしも自分がそのような振る舞いをすれば、主はもっと悲しむであろうか、とも思う。
(……優しすぎる主にも、困ったものじゃな)
 心に呟いた黒子が周囲を索敵し、別働隊の存在などを確認する。今のところそのような姿はないことに、黒子は安堵を抱いておくことにした。


 やはり同じ頃、氷雪の洞穴には鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)エウリーズ・グンデ(えうりーず・ぐんで)が向かい、守護龍であり吹笛と契約を交わしているメイルーンと行動を共にしていた。
「突然地上に出現した魔族のことです、洞穴に直接突然乗り込んでくることも、十分に考えられますな」
「そ、そっか〜。う〜ん、もしそうなったらどうしよう、フブちゃん、エウちゃん?」
「その時は……そうね、テレポート封じ使って閉じ込めてやるわ」
「えっ、そんなのがあるの? すご〜い!」
「メイルーンさんは知らないでしょうが、便利なものがあるのですよ」
 エウリーズの言う『テレポート封じ』は単なるハッタリ(元になった装置自体は過去に使われたことがあるが)なのだが、目をキラキラさせて見つめてくるメイルーンを前にして、ハッタリでした、とも言い辛い。
「……実際、どう思いますかな?」
「うーん、出来るならもうとっくにやってると思うのよね。極端な話、イナテミス中心部に魔族をテレポートさせてしまえばそれで決着付くわけだし。
 それをしないってことは、しない理由があるか、そもそもできないかよね」

 禍々しい樹の出現と共に現れた魔族が、どこかに転移して現れたという情報がないことも、エウリーズの意見を後押ししていた。
「しばらくは様子見ですな。備えあれば憂いなし、とも言いますし」
 吹笛の言葉にエウリーズが頷き、二人は万が一の事態に備える。


「リンネ、11時の方向、敵影なんだな!」
「ファイア・イクス・アロー!」

 リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)モップス・ベアー(もっぷす・べあー)の乗る機動兵器、通称『魔王』から、高速の炎と電撃を纏った矢が放たれる。それは空中を飛来してきた魔物の群れを穿ち、いくつかの影が森へ落ちていくのが確認できた。
(こうなってほしいなんて思ってなかったけど、こうなったからには戦うしかない……よね?)
 モップスと二人で乗りこなせるように訓練してきた成果を発揮するべく、リンネはウィール遺跡上空を制圧せんとする魔族を近付けまいと撃ち落とす。
『リンネさん、右手に姿の小さい敵影が確認できました。そちらへは僕が向かいます』
 そこに、変形タイプのイコン、ゴーレム・ベリアドールに搭乗する音井 博季(おとい・ひろき)から通信が入る。リンネの機体が小回りが利かないのを考慮しての博季の提案であった。
「ありがとう、博季くん! 落とされないように気をつけて!」
『ありがとうございます。……大丈夫です、僕は決して負けたりしません。だって、リンネさんを愛しているから――』
『はいはい、お喋りはそれくらいにしなさい。……博季のサポートは任せておいて。リンネちゃんは存分に戦いなさい』
 博季の通信を遮って西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)が通信を残し、そして通信が切れる。
「ああ、ゆ、幽綺子さんっ」
「今がそれどころじゃないってくらい、分かってるでしょ? お話したかったら、まずはこの戦場を潜り抜けることだけ考えなさい」
「……はい、そうですね。ありがとうございます、幽綺子さん」
 博季が表情を引き締め直し、前方の敵集団をターゲットに入れる。一つ一つの姿は小さくとも、数十集まったそれは一筋縄ではいかないだろう。
(弾数は温存したい、けれど、躊躇していたらやられる。ここはヴリトラ砲で――)
 変形しての一撃必殺を浴びせようとした矢先、博季の機体へ協力を申し出る通信が入る。アルマイン・マギウス搭乗者、緋桜 ケイ(ひおう・けい)からであった。

「魔力を失っている今の俺は、アルマインの力を十分に引き出すことは出来ない。……サラ、俺に力を貸してくれ!」
「ケイ……分かった、私の力でよければ、あなたに託そう」

 先にウィール遺跡に向かっていたサラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)に協力を願い、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)と三名で乗り込んだことで、機体は通常の性能以上を発揮していた。魔法を自ら行使できなくなっている(魔力そのものが尽きたわけではない)ケイは、機体の挙動に自信を深めていく。
「ふふ……こうしてわらわたちが共に戦うのも、いつ以来であったかな」
「そうだな……つい最近のことにも、遥か昔のことのようにも思える。またこうして手を取り合い協力し合えることは、嬉しく思う」
 左右二つの水晶対に触れるカナタとサラから、アルマインへ魔力が注ぎ込まれていく。
「魔族どもにも見せてやろうではないか……精霊と人間の絆を!」
「ああ!」
 魔力が満ち、背中の羽、そして構えたマジックカノンに紅色の光が宿る。迫り来る敵集団を、ケイがターゲットに収める。
(信じる力、絆の力があれば――サラが一緒なら、俺はどんな相手にだって負けない!
 みんなを、守り抜いて見せる!)
 確固たる意思を胸に、そしてアルマイン・マギウスから放たれた魔力は、まるで炸裂する炎のように敵集団の中で弾け、敵の一部は地面へと落ちて行き、残った敵も大いに混乱する。

 敵空中部隊とイコン乗り、【ウィール空戦部隊】として行動する契約者たちの戦いが、切って落とされた――。