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リアクション
●世界樹クリフォト近郊
(アーデルハイト様が、エリザベート校長を……?
祖母が孫を攻撃するなんて、そんなこと……分からないです。何故? どうして?)
侵食によって変貌した森は瘴気を放ち、準備をしてきたはずの未憂とリンを少しずつ蝕んでいく。魔族の姿は見られないものの、この場に長くいてはいずれ動けなくなってしまうような気がしていた。
「大ババ様見つけられるかなー。やっぱりあの樹の傍まで行かなくちゃダメかなー」
周囲に視線を運びながらリンが呟く。前方の、かつてイルミンスールが聳えていた場所には、禍々しい外見、そして雰囲気を醸し出す樹が聳えていた。
「あの樹は一体何なのかしら?」
「さーねー。噂じゃあれがクリフォトだって言ってるみたいだけど、確かめたかったら大ババ様に会って聞くのが一番だよねー」
リンの言う通り、真実を知るためには自分の耳で、目で、確かめねばならない。
「……行きましょう、リン」
速度を上げ、未憂は一路、クリフォトを目指す。
●世界樹クリフォト
その頃、世界樹クリフォトでは何が起きていたかというと――。
『一度倒したくらいで勝ったつもりか……甘い、甘いわぁ!!』
クリフォトの攻撃を受け吹き飛ばされたイコン、ギガキングドリルが立ち上がり、咆哮を上げる。
「ギガキングドリルの真の姿、見せてくれるわぁ……ぶるぅあああぁぁぁ!!」
装着型機晶姫 キングドリル(そうちゃくがたきしょうき・きんぐどりる)も叫びを上げ、放たれた光は天を貫く。
「そうよ、このギガキングドリルはまだ後二つ形態を残しているわ! でもね、これでも十分!
さあ、ザナドゥへの道、開かせてもらうわよ!」
搭乗する神楽月 九十九(かぐらづき・つくも)の操作で、ギガキングドリルが全てのドリルを勢いよく回転させる。
「全ドリル解放! ドリル・インパクトー☆」
そのまま突っ込み、幹に穴をブチ開ける――前に、伸びてきた“腕”に容易く掴まれたギガキングドリルは、アッパーの要領で動作する腕によって空中へ放り投げられてしまう。
「きゃーーー!!」
結局、残り二つの形態を披露する間もなく――そもそもそんなものがあるのかどうか疑わしかったが――、ギガキングドリルは空の星になった。
「相変わらず愉快な者共じゃ。退屈凌ぎに丁度よいわ」
枝に腰を下ろし、妖艶に微笑む女性、アーデルハイトの視界に、今度はドラゴンらしき物に乗った人物の姿が近付いてくる。
「がはは! おうおう、伝説のちっぱいアーデルハイトも、以前俺様が揉んでやった効果がやっと出たみたいだな!
今日は俺様が直々に、具合を確かめに来てやったぜ!」
ホー・アー(ほー・あー)に乗ってやって来たゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)が、ビシッ、とアーデルハイトを指差して言う。
「フフフ……よいぞ、今の我は気分がいい。直に触れ、感触を味わうがいい」
「……お、おう! そこまで言うならやってやるぜ! 後悔しても知らねぇからな!」
枝の上に立ったアーデルハイトへ、同じく降り立ったゲブーが肩を揺らしながら歩き、迷いなくアーデルハイトの双丘を引っ掴む。まるで吸いつくような感覚に、ゲブーは抵抗出来ず揉みしだく。
「ん……どうした、その程度かの? もっと強く扱っても構わぬのだの」
「て、テメェ! 言いやがったな! オラオラ、これでどうだ!」
半ば意地になって、ゲブーはそれこそ潰しそうな勢いで双丘を嬲る。あらゆる方向に双丘が変形され、その都度アーデルハイトが艶っぽい声を上げる。
「ん、あふ……いいぞ、もっと、もっとだ。
……その欲望こそが、我の糧となり、力となるのだ」
「うおおぉぉぉ!!」
ゲブーの瞳から光が消え、口からは涎が垂れる。既に正気を保っていないことは、ホーの目にも明らかであった。
「ゲブーを返すのだ!」
しかし、ホーは突如伸びてきた枝に絡め取られ、動きを封じられてしまう。
「フフフ……安心せぃ。こやつの命は、我が有用に使ってくれよう」
「く……ゲブー、やめるんだ、ゲブー!」
「おおおぉぉぉ!!」
ゲブーの指の動きが常人のそれを遙かに越え、同時に干からびていく。それはまるで、樹が水を吸い尽くして枯らしてしまうが如くであった――。
「そこまでにしときな……このクソババア」
響いてきた声に、恍惚な表情から一転させたアーデルハイトが振り向けば、そこにはウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)の姿があった。
「どーいうつもりか知らねぇが……ちび校長に攻撃仕掛けた上にイルミンにまで色々と仕掛けやがって……!
あんなのを見せられてスルー出来るほど、あたしは冷めてねぇ! てめぇは一発殴ってやらねえと気が済まねぇんだよ!」
「……フン」
息を一つつくと、ゲブーの動きがぴた、と止まる。そして、アーデルハイトが茫然自失としたゲブーを、枝から蹴り落とす。
「ゲブー!!」
枝から解放されたホーが、地面に墜落する寸前でかろうじてゲブーを抱きとめる。意識を失い、衰弱しているものの命に別状はないようであった。
「てめぇ……人をなんだと思ってやがる!」
激昂するウルフィオナに対して、アーデルハイトは酷く冷めた視線を向け、そして言い放つ。
「……何も思わんよ。存在する価値すらない何かなど、どうでもよい」
「……!!」
答えを聞いたウルフィオナが、両手に得物を握り締め、飛びかかる。
「小賢しいわ!!」
「うああっ!!」
しかし、切っ先がアーデルハイトに届く前に、魔力の波動がウルフィオナを襲う。かろうじて意識は保ったものの、四肢の骨は砕け、筋肉は千切れ、身動き一つ取ることが出来ない。
「一撃で死なぬか……日々の鍛錬の成果故、としておこうかの。
……だが、そんなものは無駄に過ぎぬということを、死して思い知るがいい」
掲げた掌に、魔力が滾る。発動間近というタイミングで、しかし横から飛んできた魔力の奔流を、アーデルハイトはもう片方の掌で受け止める。
「サロゲート・エイコーンとしての機能があるなら、ボクの溜め込んだ殺意と魔力、全部あげるから……悪魔を滅ぼす邪神になれ!」
射撃を行ったイコン、それはエリザベートがアーデルハイトに攻撃されるのを見、過去の記憶がフラッシュバックすることで心の限界が振り切れた峰谷 恵(みねたに・けい)、そしてパートナーのエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が操縦するSAY−CEであった。
「ほう……あの機能は封印しておいたはずじゃが、自ら呼び起こしたのかの。憎悪、殺意を糧とし、機体の性能を限界以上に引き上げる……なかなかのものじゃよ」
ククク、と笑うアーデルハイト、攻撃を受け止めた掌は爛れ、黒色の血らしき液体が滲んでいた。
「……ウルさん! ああ、酷いケガ……今治療します、もう少し頑張ってください……!」
上空では恵とアーデルハイトの壮絶な戦いが繰り広げられている中、ウルフィオナを探していたレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)は、ホーに助けられ満身創痍のウルフィオナを見、蒼白になりつつも懸命の治療を行う。到着がもう少し遅れていればどちらに転ぶか分からなかったものの、レイナの腕もあって状態は安定に向かおうとしていた。
「……あの、ウルさんを助けていただいて、ありがとうございました。……そちらの方は、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。自業自得だ」
背負ったゲブーを見、ホーが呟く。レイナはゲブーにも癒しの力を施し、感謝の言葉を口にするホーと別れ、ウルフィオナの介抱に務める。
「……森が……なんでしょう、この、黒く不快な力は……」
一刻も早くこの場を離れなければ、その思いを胸に、レイナが治療を続ける。
「SAY−CE、ケイの剣となって悪魔を討ちなさい……サロゲート・エイコーンならば!」
エーファの声に応えるように、機体は限界以上の出力を発揮して、目の前の“悪魔”、アーデルハイトを討たんとする。執拗に追いかける枝を振り払い、撃ち落とし、その場を動かず佇むアーデルハイトに一撃を浴びせんと、マジックカノンを構える。
「ボクの前から消えろーーーっ!!」
ありったけの魔力を込めた一撃が、アーデルハイトを襲う。しかしそれも、アーデルハイトの両の掌に阻まれる。
「ふん、我に両腕を使わせるとは。……だが、これで仕舞いじゃ!」
伸びてきた枝が、SAY−CEの四肢を貫き、磔状態にしてしまう。
「このまま魔力を吐き出させてしまおうかの。先程の輩よりは糧になるはずだの」
言ったアーデルハイトの掌が光を放つと、SAY−CEから枝へぼんやりとした光が流れ込んでいく。
「あああぁぁ!!」
「くっ……ケイだけでも、何とか……!」
魔力を吸われる感覚に耐えながら、エーファがケイを水晶から引き剥がし、代わりに自分が触れる。吸うならまず自分のから、そうしたところで結局は二人とも魔力を吸いつくされてしまうと分かっていながら、取れる手段はこれしか思いつかなかった。
「ケイ……どうか、生きて……」
エーファの身体が崩れ落ち、そしてケイも意識が朦朧としかけたところで、突然フッ、と力が抜けたような感覚を覚える。
『おい、しっかりしろ! 生きてっか!』
ぼやける視界に映ったのは、白と黒に染まる巨体を宙に横たえるように飛ぶ竜の姿であった――。
「人、イコンと来て次は竜か。……よいのか? 我によってお主が死ねば、主にも影響は免れぬぞ?」
『ケッ、オレがそう簡単にくたばるかよ。オレは死すら喰らうんだぜ?』
クリフォトに捕まっていたSAY−CEを救い出し、落ちないように背中後方に載せたニーズヘッグが、不敵な表情のアーデルハイトと対峙する。
『ま、オレはテメェに戦いを挑みに来たわけじゃねぇ。ちょいと勝手な行動したヤツを連れ戻しに来たついでに、目的を果たさせてやりに来た。
……おい、聞きたいことがあるなら今の内にしゃべっちまえ』
「あ、は、はい……」
ニーズヘッグに発見され、半ば強引に乗せられた形の未憂が、頷くもなかなか言葉を口に出せない。代わりに、やはり同じ目的でアーデルハイトに接触することを試み、道中でニーズヘッグ一行に合流することになった七尾 蒼也(ななお・そうや)が、声を張り上げる。
「あなたは本当に、理性を無くしてしまったのですか? イルミンスールにトドメを刺さなかったのなら、まだ理性は残っているはず。
目を覚ましてください! 悪魔の露払いなんてあなたには似合わないだろ? みんなが大ババ様を待っている。戻ってきてくれ、大切な校長の隣に!」
今はイナテミスで住民を守るために行動しているはずのラーラメイフィス・ミラー(らーらめいふぃす・みらー)の分まで、思いが伝わるように蒼也が声を上げる。
「あなたは、イルミンスールの今後を憂いているし、イルミンスールへの脅威を払おうとしている。
……だけど、あなたのやり方は正しくない。障害は誰かに取り除いてもらうんじゃなくて、あたしたちが自分たちの手で取り除くべきだよ。
だから、あなたはいつも通り、校長室でみんなを見守ってて。それだけで十分だから」
続いて、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)の案内で途中までクリフォトへの道を辿っていた三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)の言葉が続く。そのロビンはというと、一行の後方で事態を興味深そうに見守っていた。
「そんな所で何やってるんですか、アーデルハイト様。
一緒に帰りましょーよ。――――帰って来て下さい」
「あ、あの、今ならまだ、間に合うと思います。か、帰りましょう、皆さんと一緒に、イルミンスールへ」
終夏、結和もアーデルハイトへ言葉を発する。それらを受け止めてもなお、アーデルハイトは微動だにしない。
「わー、大ババ様、見事にぼんきゅぼん、だねー。
それに今は、魔族みたいな角と尻尾なくなってるね。同じ魔女なのに何であるんだろうって不思議だったんだよねー」
リンの、方向を変えての言葉も、やはりアーデルハイトを動かすには至らない。
「あなたは、誰ですか……?」
……そして、悩みに悩んで、未憂が搾り出すように告げた一言で、アーデルハイトがゆらり、と腕を掲げ、宣言するように言い放つ。
「我はアーデルハイト……我の望みは、ただ混沌と破壊のみじゃ。
存ずるに値せぬ者、それらが創り出した物共々、消し去ってくれるわ!」
直後、猛烈な魔力の嵐が発生し、ニーズヘッグ一行を飲み込もうとする。
『チッ、これ以上はヤベェ、退くぞ!』
嵐に身体を揺すられながら、ニーズヘッグは嵐から逃れ、負傷した者たちと共にイルミンスールへ帰投せんとする。
「…………」
姿が小さくなったのを認めて、アーデルハイトは嵐を解除し、何をも感じ取ることの出来ない表情で遠くの世界樹を見つめていた――。
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