空京

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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 一度は契約者へ肉薄したナベリウスが、結果として足止めを受けたことにより、ナベリウス軍は絶対的な実力者を欠いたまま進軍を続けていた。
 徐々に近づくウィール遺跡、しかし契約者は既に策の準備を整え、発動の瞬間を今か今かと待ち続ける。

「ふむ、大分制空権は確保されている様子。……いますねぇ、一見静かに見えますがやはり大軍、ましてや空からでは丸見えですよ」
 背後にマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)を乗せ、箒で飛ぶクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の下方には、軽快に進軍するナベリウス軍の存在があった。大体が跳んだり跳ねたりして森に潜んでいるように見える分、全貌を把握しにくいものの、それでもある程度の様子は手に取るように分かる。
「そろそろ作戦の開始を伝える時ではないか?」
「そうですね、では、お二方に連絡を取りましょう」
 頃合いを見計らったクロセルが、策の要である二人の人物、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)匿名 某(とくな・なにがし)へ連絡を取る――。

「よし、ハツネ、煙幕だ!」
「分かったの」
 鍬次郎の声を受けて、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)が煙幕を焚く。それこそが契約者の策、『釣り野伏せ』と命名された策の第一段階であった。
「背中が、ガラ空きだぜ!」
「!!」
 背後に回った鍬次郎の、斬り捨て御免の一撃が魔族の太腿を襲い、体液を吹き出して魔族が倒れ伏す。鍬次郎に続いてハツネも、両手で握った刀で背後から、急所を狙って斬りつける。軽快な動きで翻弄する、ナベリウス率いる魔族は、攻撃を受け止められるだけの装備を身に付けていない。胴体がかろうじて守られている程度で、四肢は不意を打った上で、相応の腕があれば斬り捨てられるだろう。
「……えい」
 そのハツネが狙った“急所”は、首だった。常人なら傷を負った時点で致命傷、しかし敵は魔族、深々と傷を負ったそれは悲鳴をあげ、地面でもがき苦しむ。
「アハハ……このお人形、長持ちなの。待ってて……後でたっぷり、遊んであげるから」
 ニタァ、とハツネの表情が笑みに歪む。彼らの目的は派手に暴れて、敵軍に脅威と知らしめること。
 “遊ぶ”のは、後でも出来るから。

「合図が見えたねぇ。さぁ、奇襲や騙し討ちが悪魔の専売特許じゃないって事、見せてあげますかねぇ。
 ……刹那、後の行動は任せますよ。その方が楽でしょう?」
「まあな。……さて、悪く思うなよ、こちらも仕事なのでのぉ」
 奇襲開始の合図を確認して、八神 誠一(やがみ・せいいち)に雇われ戦線に参加した辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が気配を消し、軽快な動作で枝から枝を移り、近付いて来たナベリウス軍の魔族へ投擲を見舞う。間の悪く地に足を着けた瞬間を狙われた魔族は、脚を撃たれ機動力が大幅に減じられる。
「さあ、この歌でみんなに活力を!」
 後方ではアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)の歌が、襲撃に参加する契約者に活力を与える。
(むう、奇襲されたからってもっとえげつない手でやり返すなんて、ホントに性格悪いのだよ。
 ……でも、やられっぱなしは確かに面白くないのだ。だから侵略者には血の報復を、の精神で徹底的にやってやるのだよ)
 同じく後方から、オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)の氷の礫が飛び、構わず突き進もうとする敵の足を止める。
(さあ、後はどれだけ僕たちが敵を集められるか、ですかね。引き際も見極めませんと)
 この策は簡単に言えば、奇襲組と待機組に別れ、奇襲組が派手に暴れて敵軍の注意を引き、おびき寄せられたところを待機組が包囲するようにして殲滅し、引き上げるというものであった。敵がおびき寄せられなければ失敗だし、無理して多くの敵を引きつけようとすると、逆に包囲されてしまいかねない。主に寡兵で大軍を相手する際に用いられる策であり、各個人の戦闘の練度が高くなければ、たちまちたち行かなくなる。
(まあ、その辺は心配してないけどね。僕は僕のやるべきことをやるまでさ)
 刻一刻と変化する戦況を、誠一が見逃さないように注視する。

「ここは通させませんわ!」
 合図を確認して、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)がナベリウス軍に向けて酸の霧を生み出す。直撃を受けたのは僅かでも、その霧によって敵軍の進路は阻まれ、動きが制限された。
「これを受けてみろ!」
 そこに躍り出た十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)の音速を超えた一撃が決まり、攻撃を受けた魔族が大きく吹き飛ばされる。
(まあ、出来るだけやってみますか。引き際には注意しないとな)
 今は敵の数が少ない分優位に立てているものの、もし敵が集まるような事態になれば、個体差で勝る魔族に有利になる。
 隣で頑張ります、と意思を見せるヨルディアを危険な目にあわせないようにと宵一が心に誓いながら、次の敵へ当たっていく。

「さあ、僕はここにいるよ! 魂が欲しかったらかかってきなよ!」
 フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)の、囮としての役目を果たすべく放たれた名乗りに、一体の魔族が飛び込んでくる。跳んで避けたフィーアの今までいた場所を、魔族の振るった爪が抉る。
「……気に入らないんだよね、君たち。シュバルツもそう思うだろう?」
『今はいい、油断するなフィーア、背後から来る!』
 マントという形で装備されているシュバルツ・ランプンマンテル(しゅばるつ・らんぷんまんてる)の警告を受け、フィーアは爆発的な加速力で自らを飛ばし、樹を蹴って落下動作に入った魔族へ刀の一撃を見舞う。無防備なところを狙われた魔族は手傷を負い、それ以上の戦闘を不可能にさせられた。

「みんなを……森を傷つける人は、誰であっても許しません!」
 自らが仕掛けた罠に引っかかり身動きが取れなくなった魔族へ、月音 詩歌(つきね・しいか)の手にした得物が襲う。魔族の身体に裂傷が刻まれ、後方に逃げ帰ろうとするところを不知火 緋影(しらぬい・ひかげ)の振るった刀が襲い、二つの傷を負った魔族が地に伏せる。
「やったねひーちゃん、この調子で行こっ!」
「はい、しーちゃん」
 仲間の存在、そしてお互いの存在を強く感じながら、二人は手を緩めず襲ってくる魔族の群れに立ち向かっていく。

「君たちが何なのかは知らないけれど、そう簡単に通しはしないよ」
 永井 託(ながい・たく)の放った『流星・影』が、一度は魔族に回避されるも反転し、油断した魔族の背中に裂傷を加える。超能力で自らの得物を自在に操り、託は敵を翻弄していた。
「がんばって! 怪我したらすぐに言ってね!」
 託の少し後方で、アイリス・レイ(あいりす・れい)が手傷を負った契約者へ癒しの力を施す。アイリスへは『禁猟区』が施され、前方の託へ状況が分かるようになっていた。
(無理しないように行動しないとね……出来る限りサポートするわよ!)
 普段はなかなか表に出せない、パートナーへの信頼をアイリスが抱いて、そして二人は魔族の集団と対峙する。

「ま、今のところは上手く行ってるみたいだな。前線に出てるっていうナベリウスの存在が見えないのが気がかりだが……」
 奇襲組と、上空から適時通信を寄越してくるクロセルの情報を元に、某が防衛計画を細かく修正していく。奇襲組が上手く敵を引きつけ、待機組で一気に殲滅するためには、両者の連携が欠かせない。某はそれを引き受けていた。
(……俺にはこっちの方が似合ってるだろうしな。それに……)
 某が視線を向け、少し離れた場所で状況の推移を見守っている結崎 綾耶(ゆうざき・あや)を見つめる。彼女は最近、身体の不調を訴えることが多くなっていた。某が作戦指揮を引き受けたのも、未知の敵に綾耶を出来る限り遭遇させたくない狙いがあった。
(このまま何事も無く行けば……その時は、雷でも何でもお見舞いしちゃいますよ!)
 某の心配を他所に、綾耶がぐっ、と拳を握って意思を明らかにする。

 直後、奇襲組をまとめる鍬次郎から、敵を引きつけつつ撤退する旨の連絡が入った――。

「慌てないで! 落ち着いて、ゆっくりと下がるんだ!」
 撤退の指示が飛び、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は積極的に前に出て指示を飛ばしながら、自らも敵を引きつけつつ撤退を図る。
(今の所は事前の作戦通りに進んでいますね。後は秩序だった撤退を成功させれば、敵に大打撃を与えられます)
 いわば、敵を閉じ込める箱の蓋を閉める段階に来ていることを自覚しつつ、レリウスが迫る魔族を剣技で相手する。
(なんだよ畜生、魔族とか聞いてねーし! レリウスは当然のように前線行くって言うし、ああくそっ!)
 そしてレリウスの後方では、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)がレリウスの動向を逐一気遣いながら、癒しの力や加護の力で仲間を元気づける。
(今回はやるぜ! レリウスを一人になんてさせねーからな!)
 確固たる意思を胸に、ハイラルが奮闘する。

「早く早く! 急がないと魔族に魂を奪われちゃうよ!」
 撤退指示を受けた月崎 秀(つきざき・しゅう)が、表面上は必死な素振りを見せて仲間に撤退を促す。
「あ、相手もなかなかやりますわね……」
 苦々しい顔を浮かべて、オクタヴィア・レゾナンス(おくたびぃあ・れぞなんす)が敵に背を向け、後退する。表情自体は敵の目を欺くための作り顔であったが、勇猛果敢に戦っていたことで多少の裂傷を負っていたこともあり、真実味が増していた。
「はぁはぁ……私、運動はダメなんですよね〜」
 同行していた蘇我 空(そが・くう)が、こちらは本当にダメそうな様子で必死に後を追う。そんな中でも、仲間が敵の奇襲を受けないように周囲の警戒だけは怠らない。
「くっ……流石は一軍、咄嗟の統率力は確かか……これは少々侮ったようだ……!」
 セリア・ヴォルフォディアス(せりあ・ぼるふぉでぃあす)も、敵に味方の余力がないと思わせるためにわざと弱音を口にし、苦しげな表情を浮かべる。ただし、発言そのものは嘘ではない。事前に統率がバラバラと聞いていたとはいえ、奇襲を受けてからの立ち直りは早く、もう少し引き際を遅くすれば本当に危機に陥っていたかもしれなかった。
(……さぁて、上手く引っかかってくれるかな? 引っかかってくれないと困っちゃうんだけどね)
 一瞬だけ振り返る秀、敵は当初の数倍に膨れ上がり、執拗に撤退する契約者を襲撃していた。
 これなら上手く行くかな、そんな思いを忍ばせた秀の視界に、待機組が待機しているはずのポイントが見えてくる――。

 後は任せた、との連絡を鍬次郎から受け、某は神経を研ぎ澄ませる。合図は自分の呼びかけと、綾耶の雷だ。
「某さん、私もやります! いえ、やらせてください!」
 某としては綾耶に術を使わせることを躊躇ったものの、綾耶の強い意思を秘めた瞳に見つめられて、ダメとも言えない。
(こうなりゃ、短時間でケリつけてやるまでだ。時間が短きゃ、負担も少なくて済む)
 そして、奇襲組が引き寄せたナベリウス軍の大群が、指定したポイントに差し掛かる。

「今だ、行けえっ!」

 直後、綾耶の生み出した雷が天から降り注ぎ、閃光と爆音を発する。
 それを合図に待機組、そしてここまで敵を引きつけてきた奇襲組も反転して一斉攻撃に出る。
「これでもくらえっ!」
 指示を飛ばした某も、空間を裂く電撃を敵に見舞い、そして戦闘が勃発する。