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リアクション
ウィール遺跡に迫っているのは、ナベリウス軍だけではない。
魔神アムドゥスキアス率いるアムドゥスキアス軍も、歩みはナベリウスのそれとは段違いながら、ナベリウス軍にはない整然さを以て進軍を続けていた。
「戦いは別に好きじゃないけど、長引かせても後々面倒だからね。やることはやらせてもらうよ」
軍の後方で、鎧を纏った魔族に守られる形で、アムドゥスキアスが前方にそびえるはずの目標を見つめて、呟く。
――直後、その前方から、力を持った光が生じた。
「とりあえず、娘達の帰る場所を壊そうという命知らずは死んでいい」
高めた魔力を光に変え、魔族の隊列へ見舞ったアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、捕捉される前に離脱する。指揮官であるアムドゥスキアスから離れた前線部隊は、突然の襲撃に対応しようとして足並みを止め、周囲を警戒する。
それこそがアルツールの狙いであった。こうしてゲリラ戦を仕掛けることで隊列を乱し、行軍を遅らせることで、前方で暴れているナベリウス軍との合流を遅らせ、各個撃破、というシナリオに持っていく。彼が単独ということも、ゲリラ戦をやりやすくしていた。
(……む、アスタロトの姿が見えん。まぁ、盟約がある以上、大したことは出来ないだろうが――)
パートナーの悪魔であるアスタロト・シャイターン(あすたろと・しゃいたーん)の姿が見えないのを、一瞬は軽視したアルツールだが、ふと待てよ、と思い至る。
(奴が知り得ている情報をアムドゥスキアス軍に流しでもしたら――)
頭の中で組み上げられた、起きうる可能性のある最悪のシナリオ。
――目の前の敵軍が、進路を変えた。どうやら可能性は、現実となってしまったようだ。
「ヒャッハー! たとえ魔族が相手だろうと、俺は相手を倒す! 俺と、俺の仲間の居場所を失いたくねぇ!」
意気込むマイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)を先頭に、彼の下に集った契約者たちが、【イルミンスール進撃部隊】を名乗り、ナベリウス軍を迂回してアムドゥスキアス軍へ攻撃を行わんとしていた。
「はぁ〜、やっと追いついたよ。ったく、私に何も言わないでとっとと言っちゃうんだから、もう……。
マイト、最近は色々頑張ってるみたいだけど、本当の所は私が分かってるからね。私が一緒についていってあげるよ」
マイトの後を追っていたマナ・オーバーウェルム(まな・おーばーうぇるむ)が、マイトを見守るようにして彼の背後につく。
「そろそろアムドゥスキアス軍の横っ面が見えてくるはずだぜ……って、なんだありゃあ?」
快調に進軍を続けていた一行だが、ふと森の向こうに見えた多数の見慣れない何かを見つけて、立ち止まる。
――直後、ヒュンヒュン、と音が鳴り、無数の魔の力を込められた矢が飛んできた。
一撃離脱戦法で魔族へ痛打を与えようとしていた一行は、対策を施された敵と正面から戦う結果となったのである。
(魔神アムドゥスキアス……4人の大将の内、最も非好戦的と聞いていましたが……これでは、戦うしかないのでしょうか?)
アムドゥスキアスの思惑を知りたい、その思いで進撃部隊に参加していたレイカ・スオウ(れいか・すおう)が、敵の攻撃に晒され思い悩みながら応戦する。
「レイカ、今は余計なことを考えるな! この場を生き残って帰ることだけ考えろ!」
剣と盾で敵の攻撃を打ち払いながら、カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)がレイカの前に立つ。数で劣る部隊が、正面から戦っても押し潰されるだけ。この場に敵の大将がいないのは明白、であるならばこの場に留まる理由はない。
(これはいけない、速やかに退かなければ、いずれ囲まれて全滅だ)
素早く事態を把握した源 鉄心(みなもと・てっしん)が、ウィール遺跡へ情報を伝えると同時に、損害を出さず撤退するために手を尽くそうとする。自ら前線に立ち、後衛部隊を遠距離攻撃から守りながら、身体から発される電撃で接近しようとする直接攻撃部隊の進軍を食い止める。
(どんなに美しいものを手に入れても、血で覆えば輝きは消える……本当に、こんなやり方しかないのですか?
悲しみで流れる涙や血の重さは、貴方達とて同じではないのですか?)
ティー・ティー(てぃー・てぃー)の心に抱いた想いは、しかし今の相手には届かない。代わりにしてはあまりにも残酷に、矢の応酬が向けられる。
(ザナドゥ……母校イルミンスール、そしてイルミンスールの森への侵攻……許さない。
せめてこの怒り、憤り、思い知らせるまで、退くことは出来ない!)
悲しみの表情を浮かべつつ撤退を図ろうとするティーとは対照的に、水橋 エリス(みずばし・えりす)が怒り、憤りの表情を浮かべて突き進もうとする。音楽や芸術に長けるというアムドゥスキアスへ、自らの抱いた感情を込めた演奏を聞かせてやろうと。
「なっ、ま、待てエリス!」
エリスの行動は、パートナーのリッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)にも予想がつかないものであった。普段はおとなしめのエリスが、どうして……。
そんな一瞬の動作の遅れが、この後、致命的な結果となって反映される。
「うっ!」
鈍い音が響き、エリスの身体が飛んできた矢に射抜かれる。動きが止まった彼女の身体を、さらに数本の矢が貫く。
「エリスーーーっ!」
リッシュの叫びも届かず、エリスは糸の切れた操り人形のように地面に倒れる。
「あ、あああ……」
目の前で仲間がやられたのを見、伊礼 悠(いらい・ゆう)が腰を抜かしてその場にぺたり、と座り込んでしまう。
「悠、ここにいては私達もやられてしまう。……気持ちは痛いほど分かる、だが今は立ってくれ」
ディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)に抱えられるようにして、悠が何とか立ち上がる。
「……ディートさん、あの、私がこんなこと言っていいのか分からないですけど……お願いします、エリスさんを……!
助けたいんです、私……! でも、そのためにディートさんが傷ついたら、もうどうしていいか……」
仲間を助けたい思いと、パートナーを失うかもしれない思いの狭間で混乱する悠を、ディートが正面から見つめて答える。
「……分かった。悠、私は必ず、悠を守る」
それだけを言い、ディートが悠から離れ、敵軍の方向へ引き返す。
「私達で敵の目を引きつければ、何とかなるかも! マギノビオン、無茶なのは分かってる、だけど!」
「確かに無茶ではあります、しかし、仲間を助けたい主の望みに答えるのが、パートナーとしての命。
全力で援護します、行きなさい!」
芦原 郁乃(あはら・いくの)の言葉に頷いて、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)が高めた魔力を二色の炎に変え、敵陣へ放つ。
「行っくよーーー!」
一歩を踏み出した郁乃の身体が、次の瞬間には敵軍の一角に出現し、振るった刀が鎧を装備した魔族のちょうど隙間の部分を打つ。倒れ伏す魔族のかたき討ちとばかりに襲いかかる魔族からの逆襲を受ける前に、持ち前の機動力で離脱を図る。
「おいエリス、しっかりしろ、エリス!」
敵の目が引きつけられたことで、ディートは倒れるエリスと、彼女を叩き起そうとするリッシュの元に辿り着くことが出来た。
「しっかりするんだ、君に影響がないということは、彼女はまだ助かる。
すぐにこの場を離れ、治療を受けさせるんだ。私も手伝う、力を振り絞れ」
ディートの励ましにより、やるべき事を定められたリッシュが、力の抜けたエリスの身体をディートと担ぎ、飛空艇に乗る悠の元へ連れていく。
「うおりゃー! この程度のピンチ、なんともないわー!」
魔族の振りかぶった剣の一撃を避け、敵が態勢を崩した隙を狙い、ソラ・ウィンディリア(そら・うぃんでぃりあ)が腕を取って投げ飛ばす。頭から投げ落とされ、鎧と兜の重みで首をやられた魔族が戦闘不能に陥った。ならばと数で襲いかかろうとする魔族、だが遠くからの射撃が鎧や兜を貫通して突き刺さり、抵抗力を奪わされていく。
(引っ張られてきたと思ったら、魔族と正面衝突!? ……敵もただ力押しというわけではないということか。
とにかくまずは、この場を出来る限り損害を減らして切り抜けるべきだな)
狙いをつけた酒杜 陽一(さかもり・よういち)の、チェーンソーとライフルがくっついたような画期的な武器から弾丸が放たれ、敵の魔族を撃ち抜く。見かけは変だが、なかなか頼れる武器のようであった。
(……ああ、前のことが思い出されます……。あの時も私は殿を務め、女王陛下に助けていただきました。
女王陛下は今頃、軍の大将と接触を図ろうとしているはず。……ならば、このような危機であっても、出来る限り敵の目を引きつけることが、私の務め!)
迫る敵軍を前に、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が進路を阻むように立ち塞がりながら、イナテミス防衛戦の時も同じようなことをしていたな、と思い返す。
(今回は女王陛下の助けも、ニーズヘッグさんの加護もない……ですが、私はやるべき事を成し遂げ、無事に帰ります。
ニーズヘッグさんと約束したのですから)
脳裏に、携帯越しに交わしたニーズヘッグとのやり取りが思い出される。またかと呆れ、もう勝手にしろと言った後で、酒瓶は守ってやるからな、と言われた。まだ忘れていないのだ、帰ったら一緒に酒を飲み交わす約束を。
「殿の役目、我も付き合おう。もう少し、敵の進軍を遅らせないといけないだろうからね。
……ああ、一つ頼んでもいいだろうか。ティアを、お願いできないだろうか」
「これは心強いですね。分かりました、……リア、聞きましたね? この方のパートナーをお願いします」
そのルイの横に、『仮面ツァンダーソークー1』姿の風森 巽(かぜもり・たつみ)が立つ。
「ちょっと、どういうつもりだよタツミ! ……まさかタツミ――」
「ルイ、今回ばかりは僕は反対するぞ。もうあの時の様に、無理はさせないと誓ったんだからな」
ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)とリア・リム(りあ・りむ)が反論しかけるも、二人の言葉と動作が、それらを制する。
「ばぁか、ヒーローは死なないってのが相場だよ」
「モンスターはヒーロー以外には倒されないのが道理です」
それぞれの表現で、ここで死ぬことはない、と言い放つ二人。それぞれ単独でなら反論が続いたかもしれないが、二人同時にやられてはティアもリアもそれ以上言葉を紡げない。有無を言わさない威圧というか勢いが、二人の背中から放射されているようだった。
「蒼い空からやって来て! 森の静寂護る者! 仮面ツァンダーソークー1!」
「イルミンスール所属ルイ・フリード、参ります!」
そして二人は、敵の真っ只中へと突っ込んでいった。
それは一見、無謀に見える作戦かもしれない。……しかし、彼らは決して二人だけではなかった。それを証明するように、彼らの前方、敵の後方で爆発が生じる――。
「好き勝手やってくれたじゃない! 空の敵は排除したわ、下がピンチみたいだし、援護するわよ!」
「ええ!」
【ウィール空戦部隊】同様、味方の地上部隊が空中からの攻撃を受けないようアルマイン・シュネーで迎撃に出ていた十六夜 泡(いざよい・うたかた)とレライア・クリスタリア(れらいあ・くりすたりあ)が、包囲殲滅の危機に陥りかけていた【イルミンスール進撃部隊】の窮地を救うべく援護に入る。レライアが敵陣を、アムドゥスキアスの性格も考慮した上で観察し、その上で効果的な攻撃ポイントを泡に伝え、泡がマジックカノンの放射で敵軍を射抜く。
(アーデルハイト、どうせ乗っ取られているんでしょうけど、あんたは後でぶん殴ってあげるから覚悟しておきなさい!)
遠くに見えるクリフォト、そこにいるはずのアーデルハイトへ悪態を吐いて、泡が機体のイメージとは裏腹に熾烈な攻撃を加えていく。
「……よし、敵の隊形が乱れている。この機に敵の部隊に、痛打を与えるぞ!」
イコンの砲撃が一区切りついたところで、飛空艇を駆り、シオン・グラード(しおん・ぐらーど)とナン・アルグラード(なん・あるぐらーど)が混乱するアムドゥスキアス軍をさらに翻弄する。シオンの振るった刀から、邪を払う光が放たれ、魔族を穿ち抵抗力を奪い取っていく。
「おらおらおらぁ! 邪魔だ邪魔だ! 焼かれたくない奴は逃げ惑え!」
ナンの、熱を帯びたナタが振るわれ、魔族の身体を鎧ごと断ち切る。反撃とばかりに振るわれた剣も、そして剣を振るった魔族も、ナンの二連撃の前に剣を砕かれ、鎧も砕かれて吹き飛ばされる。
「ぬぅぅぅん!!」
ルイの巨体が、迫る魔族を掴み、投げ飛ばす。巽の必殺キックが魔族を吹き飛ばし、あっという間に敵軍の戦闘力を減じていく。
「……ふんふん、なるほどー。うーん、逃げられちゃうかな? それ以上追っても、こっちの被害が増えるだけかな。
あ、ありがとー。へー、これが契約者の魂かー。なかなか綺麗だねー、仕舞っておくのがもったいないや」
伝令から報告と、戦闘の途中で回収したという契約者の魂を受け取ったアムドゥスキアスが、先に存在の報告を受けた部隊への攻撃を止めて、これまで通りウィール遺跡への進軍を続けるように指示をする。ふわふわと漂い、ぼんやりと光る魂を、出現させた壺にしまったところで、別の伝令から報告がもたらされる。
「……ボクに会いたい人がいる? へー凄いなー。……うん、ちょっと会ってみたくなった。キミたちは進軍を続けてて。ボクはちょっとその人たちの相手をしてくるよー」
突如現れ、侵攻してきた者へ会おうとする者がどんな者なのか、興味を惹かれたアムドゥスキアスが申し出を受ける。
「……ん……」
微かに声が漏れ、ゆっくりとエリスの目が開かれる。
「エリス! よかった、てっきり死んだのかと……」
治療を続けていた悠が、傍に付き添っていたリッシュが、安堵の表情を浮かべる。【イルミンスール進撃部隊】は敵の追撃から逃れ、態勢を立て直して再び攻撃の機会を伺っている最中であった。
「……私……」
ぼんやりとしていた頭がハッキリとしてくるに連れ、自分がどういう目に遭ったのかが思い出される。確かこの身に矢を受け、そして――
「私……死んだ、の?」
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