空京

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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■南カナン攻防戦〜東カナン軍(2)

「あのばか……!」
 予想通り、セテカからの伝言を聞いて、バァルはぎりぎり奥歯を噛み締めた。
「彼が何をしようとしているか分かりますか」
「ああ、おそらくは」
 と、背後に控えていた将軍の1人を指し招く。
「ハン!」
「はっ」
 頭部と顔の右半面に包帯を巻いた重騎兵左将軍ハンが、一歩前に出た。
「わたしも出る。おまえはここで合図を待て」
 その言葉に、ハンだけでなく控えていた将軍、副将軍たちもざわめきたった。
「なっ!? 総大将が自ら前線に出られるなど聞いたこともありません! せめて我らをお連れください!」
「おまえたちは待機だ。いつでも動けるよう兵を整えておけ。わたしの身はここにいるシャンバラ人たちが守ってくれる。
 いいか、くれぐれも全軍投入のタイミングを間違えるなよ」
 バァルはきつく言い置き、馬上へ上がると戦場へ向かってグラニを駆った。
 将軍は、1度は忠言を発したものの、総指揮官たるバァルの決断にそれ以上口を挟む権利はないと、口をつぐんで受け入れる。
「大丈夫、バァルの身は絶対ワイらが守るから」
 黙して頭を垂れている将軍たちの心中を測ってそう言うと、切たちコントラクターもまた、バァルを追うべく馬を駆けさせた。
「バァル」
 バァルの横につき、魔族からの攻撃を光条兵器エターナルディバイダーで防いでいたルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)が、ふと問いを発した。
「なんだ?」
「本当にイナンナはザナドゥを侵略するつもりなのか? これではシャンバラとエリュシオン帝国の戦争の繰り返しと同じじゃないか」
 彼はカナンとザナドゥで再び戦いの連鎖が始まることに疑問を持っていた。
 長引く戦いに、砂地にはすでにおびただしい数の死した人と魔が倒れ伏している。命ある者は勇気ある救護チームの活動によって応急手当を受け、後方の陣へ運ばれていたが、すでに事切れている者は後回しとされ、捨て置かれていた。
 周囲には悲鳴と怒号、怨嗟の声、血臭と死の臭いが満ち溢れ、今この瞬間にも命の奪い合いが続いている。どんな理由であれ、これを続けることが正しいこととは、彼には思えなかった。
「まぁ、ルオシンさん。侵略してきたのは向こうが最初なんですよ? ああしてあそこから出てきて、問答無用でカナンの人を殺そうとしているのは魔族の方です」
 反対側についたコトノハが、武器の聖化によって強化された剣から放つ轟雷閃で、右横から走り込んできた魔族数人を一気になぎ払う。
 飛来する魔弾は、上空の魔族より守護する遙遠が放つブリザードやリゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)のスプレーショットが相殺するか、あるいは切の光条兵器・我刃が切って捨て、バァルたちに届く遥か手前で蹴散らした。
「それはそうだが……追い返すのは当然として、さらに向こうに侵略に出るというのでは、イナンナも魔族と変わりないだろう。入り口をふさぐだけでいいのではないか? 暴力は、さらなる暴力を生むだけだ」
「向こうがそれでこちらを放っておいてくれるのであればそれもいいだろうが……またどこかを無理やりこじ開けて出てくるのは目に見えている」
 ザナドゥの世界樹クリフォトの地上への顕現、魔族の軍勢の侵攻――これは1000年に1度の災厄といった規模ではない。ザナドゥ側の用意は整ったということだ。たとえ今回あの入り口をふさいでも、根本的な解決にはならない。
 侵略という言葉はバァルも好きではなかった。その必要があるのかと問われれば、カナンにザナドゥは必要ない。だが、それではいつまでも侵されるのはカナンの地、流されるのはカナンの血なのだということも分かっていた。
「でも何故、魔族はザナドゥという世界があるのに敢えてパラミタ進出をしてくるのかしら?」
 今度はコトノハから問われた。バァルは行く手をふさぐ魔族からの攻撃をかわし、すれ違いざまの一撃で確実に息の根を止めながら、そのことについて少し考えてみた。だがすぐに首を振って退けてしまう。
「魔族についてはまだ不明なことが多いから、わたしにもそれは答えられないな。古史には、5000年前に女神様が封じたということは書かれていたが、その理由については記されていなかったように思う。封じた女神様なら答えをお持ちだろうが……」
「ふうん……」
 コトノハは、自分たちへ近づこうと不穏な動きを見せる敵に向かい、轟雷閃でけん制しつつ、あの禍々しい巨木を見上げた。相当な距離があるというのに、幹に開いた黒い亀裂から闇の瘴気を放っているのが見てとれる。
 あれが、この世界において害意しか及ぼさない、異質な存在であるのは見るからに明らかだ。どうにかしなければいけないのも事実。それでも……。
「――あれはクリフォトなんですよね。セフィロトは光の世界樹でクリフォトは闇の世界樹、2つの樹は対の存在なんでしょう? どちらかが欠けても世界に影響はないのかしら?」
「わたしたちはクリフォトを枯らそうとしているわけではない。彼らも、アバドンを用いてイナゴでセフィロトを覆いはしたが、力を弱めさせるためで枯らすことが目的ではなかった。狙いは無力化だ」
「ああ、そうでしたね」
「あれは本体でなく、南カナンの樹木を用いて顕現した物だが……ザナドゥにあるクリフォト本体には女神様の姉君が捕らえられていると聞いた。それによって侵略の力を得たのであれば、姉君を切り離すことができれば再び魔族をザナドゥに封じることができるかもしれない」
 そうすれば、カナンは数千年、また時間を稼ぐことができる。それだけの時間があれば、今度こそ、独力で魔族に対抗できるだけの力をつけることができるだろう。
 時間。
 何を引き換えとしようとも決して手に入れることのできない、その貴重なものが、今バァルは何よりも欲しかった。カナンがそれを得られるならば、即座にこの身、魂までを投げ捨てようと惜しくはない。だがこれは、ないものねだりだ。
 与えられないのであれば、無理にでも掴みとり、力ずくで相手から奪うしかない。
 それが正しいだとか、間違いだとかは関係ない。すべてはカナンのために。カナンで生きる人々のために。
 まぶたの闇に浮かぶ、領民たちの笑顔。彼を領主様と呼び、全幅の信頼を寄せてくる者たち。身勝手にもカナンを裏切り、ネルガルの側についても、その信頼は薄れなかった……。

 彼らのためならば、いくらでも両手を血に染める覚悟がバァルにはあった。


 そのころ、前線に打って出たセテカの周囲には無数の魔族が群がり、前進を阻んでいた。
 魔族は、すぐにセテカを前線の要と見抜いた。
 統制のとれていない魔族たちだが、個々人に考える頭がないわけではない。強敵を嗅ぎつける嗅覚は、むしろ研ぎ澄まされている。
 下級クラスの、獣のような風貌をした魔族は牙を剥き、威嚇の唸りをあげていっせいに斬りかかり、上級クラスの魔族は距離をとって魔弾を撃ち込む。それをセテカはかわせる限りかわし、どうしてもかわせないときは自身の剣で弾いていたが、人の身である以上それにも限りはある。彼の背後や側面を狙って放たれる魔弾を防いだのは、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だった。
 セテカの防御を補うべく、エースとメシエはセテカに背を向けて立つ。2人は、ライトブリンガーをふるう佑一のように近寄ろうとする魔族を撃退するというよりも、セテカのそばで彼を守ることに専心していた。セテカもすぐにそれと気づき、軽く目を瞠る。
「おまえたち……?」
「セテカさん、指揮官でありながらこんな所まで出てくるなんて、無茶もいいとこですよ。前にそうやって単独で動いてどんな目にあったか覚えてますか? 敵の手に落ちた挙句、死んだんですよ? しかも2回も!」
 槍を手に走り込んでくる魔族に向かい、我は射す光の閃刃を放つ。
「あなたに何かあればバァルさんを筆頭に、東カナン軍が総崩れになる危険性が高いんです! それだけじゃない、あなたを友達と思って身を案じている仲間たちにだって影響は出ます! そうなるとどうなるか分かりますか? この戦局が一気に敵有利となって、敗戦になってしまうかもしれないんですよ!?」
「……いや、それはさすがに大げさすぎると思うぞ、エース」
 脇で話を聞いていたメシエが、黙っておれずにこそっとツッコミを入れた。
「大げさじゃないっ!」
 噛みつくように言葉を返す。
「片翼がどんな存在か、俺はよーく分かってるんだ! 前回耐えられたからって、今度も大丈夫だとは限らないんだ!」
「はいはい」
 べつにここは意地を張って言い合うところではないと、メシエは自ら退いた。上空から接近を試みる、翼を持つ魔族に向かい、次々と矢を放つ。矢をかいくぐってきた魔族は奈落の鉄鎖を用いて引きずり下ろし、龍骨の剣を持つエースに相手を任せた。
 防御に徹していれば、守りぬくことができる。だか思うに、セテカに近づけさせてはいけないと、その強い思いが前に出させてしまったのだろう。わずかに距離があいたところを狙って、セテカの死角から短槍が投擲された。
「しまった!」
 エースが、あえて無理な体勢から龍骨の剣を投げ、槍にぶつけてこれを阻止する。それを好機と見た魔族の剣が、から手となった彼めがけて振り下ろされかけたときだった。
「兄さん!」
 声とともに飛来したハーフムーンロッドが剣を持つ手に当たり、叩き落とした。すぐさまエースは我は射す光の閃刃を放って魔族を倒すと、ハーフムーンロッドが飛んで来た方角を見る。
 そこにいたのは、馬に乗ったエルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)だった。
「エルシュ!? なんでここに?」
「兄さんが無茶をするといけないから、俺もこっちへ来ることにしたんだ。東カナン領主バァルの最大の弱点はセテカだって、何度も言っていたし」
 背中越し、その会話を聞くとはなしに耳に入れて、セテカは思わず苦笑した。先からのエースといい……「弱点」と言われるほど、か弱いつもりはないのだが。
 だが彼の言うとおり、前回単独行動をしたがために窮地に追い込まれたのはたしかだし、さすがにここを1人で切り抜けられるほどの強さはないとの自覚もあったので、口はつぐんでおくことにする。
「はじめまして、セテカさん。エースの弟でエルシュといいます。何分こんなときですから、握手は省略させてください」
 セテカと背中合わせに立ったエースの代わりに、先までのエースのポジションにつきつつ、エルシュはセテカを横から伺った。兄が、何が何でも守らねばと意気込む相手に、少なからぬ興味が沸いていた。
 智将と呼ばれ、東カナン軍を一手にまとめ上げる存在。日に焼けて金色がかった柔らかな茶色の髪に柔和な顔立ちといった、どこか女性的な面がありながらもその青灰色の瞳や口許には強い意志と知性のきらめきが見える。100人の中にいようが1000人の中にいようが決して埋もれることはない、特別な人間が持つオーラというのか。
(兄さんが入れ込むのも分かる気がするな……)
 ずっと戦いづくめだろうに、次々と魔族を切り捨てていく精強な戦いぶりにも、たしかにひとをひきつける何かがある。
 と、その視界に、今しも魔弾を放とうとしている魔族の姿が入った。
「ロス、向こうだ!」
「分かってます」
 エルシュに言われるまでもなく、ディオロスは動いていた。脚部に格納してあった剣を抜き、相手の胸部に突き込む。倒れざま、放たれた魔弾はディオロスの右肩の外装甲を弾き飛ばし、肩にひび割れを入れた。
「ロス!!」
「大丈夫です。内部に異常はありません」
 と、構えた剣の後ろ、その視線が、背後のセテカに向けて流れる。
「私はディオロス。こんなときですので、私も握手は抜きとさせていただきます。なに、お互いかわいい娘というわけではないのですから、惜しくはないでしょう」
「そんなことより、きみの肩――」
「ああ、気にしないでください。私は機晶姫です。たとえ配線が千切れてショートしても修理が効きますから」
 そう言う間も、向かってくる魔族の爪を受け止め、弾き飛ばす。たしかに彼の言葉通り、右肩は何の支障もなく動いているようだった。
「それよりも、智将と名高いあなたのことです、何か策があってここまで出て来られたのではないですか?」
「ああ。これまでの戦いぶりで分かったことだが、こいつらの中に司令官はいない。おそらくはただ人間を屠れとしか命令を受けていない野獣どもだ。だが、そうとしても、目となる存在がいるはずだ」
「戦局を後方の司令官に伝える者ですね」
「全く目を持たない軍勢などあり得ない。それを叩く」
 そうすれば、後方の司令官は前線の状況を知ることはできなくなる。別の目を派遣するか、自ら出てくるか……どちらにしても、しばらくは相手を盲目状態にすることができる。
「その隙にこちらからあの木を急襲するわけか!」
 セテカの言わんとすることを理解して、ぱちんとエースが指を鳴らした。
「地上部隊には無理だ。後衛の軍まで距離がありすぎる。林の中にどれほどの兵がいるかも不明だからな。むやみに突入はできない。だが、きみたちのあのイコン部隊なら林を飛び越えて後衛の軍を急襲できるだろう」
 そうすれば敵は前線に兵を投入できなくなる。イコンに対処している間に、後方と分断、完全撃破するのだ。
「おそらくは、やつらだ」
 セテカは前方、ちょっとした小隊ほどの魔族の集団を指差した。