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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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戦いの始まり〜南カナン〜 2

「出撃準備完了! ハッチを開けろ!」
「換装フレームはまだかっ! 間に合わないぞ!」
「クラスB小隊が帰還する! 機体損傷レベルを調べておけ!」
 南カナンの誇る巨大飛空挺エリシュ・エヌマ――そのイコン収納格納庫にて次々と叫ばれる言葉の端々には、大戦の緊張感を読み取ることが出来た。
 そして無論そこには、かつての戦いでイコンの整備を担当した整備士、十七夜 リオ(かなき・りお)の姿もあった。
「今回は防衛戦だからね、もしかしたらここも戦場になるかもしれないけど、その時は護衛頼むよ、フェル」
「…………うん」
 リオの代わりというように周りをキョロキョロと見回すフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が答える。普段はリオの整備の手伝いをしている彼女だが、今回は敵の侵入の可能性も考えられる。そのため、警戒に余念を欠いていないのだ。
「ふう……次から次へと、休む暇もないですね」
 リオと同じようにイコンの整備を行っている神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)が、額に流れる汗をぬぐう。パートナーのレラージュ・サルタガナス(れら・るなす)は彼に心配そうな目を向けた。
「無理はなさらないでくださいませ。リオ様も……休まれるときには休んでください」
「ありがとう、レラージュさん。でも、やれるときにやっておかないと、間に合わなくなるんだ。ね……紫翠さん」
 リオはイコンの内部修繕を終えると、開いていた装甲のネジを締めて、レンチをくるくると回した。彼女もまた額や身体のそこら中に汗をかいているが、なぜかそれはとても美しい雨上がりの雫のように思えた。照明に反射した輝きとともに、職人気質の太陽のような笑みを見せる。
 紫翠は、それを見返して、壮麗に微笑した。
 作業員たちの慌ただしい声が聞こえてくる。どうやら、前線も激しくなってきているようだ。パイロットが紫翠たちに駆け寄って来て、彼らを見上げた。
「出撃する! 準備を頼む!」
 珍しいことではなかった。修理と出撃が交互に、いや、あるいは重なって幾度となく繰り返される。パイロットが駆けあがってコクピットに乗り込み、紫翠とリオは出撃準備を整えた。整備用のフレームが外れ、バーニアの軽いふかし音が鳴る。
「サポートを任せてください……安心して、戦いを」
 紫翠の声を聞いて、パイロットは勇壮にこくりと頷いた。
 そして――出撃。高機動型イコンがハッチから外に飛び出て行く。どうやらそれは一個小隊の機体だったようで、それに続くように、次々とパイロットが出撃準備を始めていた。
 だが……一機だけはリオが譲らず、パイロットと口論している。
「ふざけるなっ! いま出て行かないでどうする! 敵はどんどんこっちにやってきてるんだぞ!」
「兵士の仕事が民を護る事なら、整備士の仕事はきっちり整備をこなす事だ! 半端な整備で送り出して、パイロットを死なせる訳にはいかねぇんだよ!」
 リオには、リオなりの信条があった。
 いや――違う。それは整備士の誰もが担う信条であり、彼らが背負う責任だ。もちろん、パイロットの逸る気持ちも分からないではないが、だからこそリオはそれを許すわけにはいかなかった。そんな状態で戦場に出ても、死に急ぐだけだ。
「そのへんにしておけ」
 パイロットの肩に手をかけた男がいた。ビクッとしてパイロットが振り返ると、そこにいたのは和泉 猛(いずみ・たける)だ。右目に大きな傷を持った強面の男を見て、パイロットは声を詰まらせた。
「俺たちは自分の仕事に責任を持ってやっている。死にたくなければ、もうしばらく待て。……どだい、このような状態で出撃しても、大した戦力にはならん」
 屈強な肉体と顔立ち。本人は自分をあくまでも研究者というが、いっそ、どこかの戦士と言ったほうが合っているような気がした。
 それに恐れたということもあるが、パイロットは猛の冷静な物言いに黙り込んだ。仲間たちだけが出撃したこともあり、どこか落ち着きのない表情だが、とりあえず彼らの言い分には納得したようだ。
「……すまん」
「いや、いいんだ。もう少しでいい。待っておいてくれ。すぐに修理は終わらせる」
 パイロットがその場を去ったのを確認して、リオは猛のほうに目をやった。
「悪かったね。手間をかけさせて」
「いいさ。あのパイロットも、自分だけが残っているというのがやるせないんだろう。許してやってくれ」
「もちろんだよ。誰だって……待ってるだけってのはつらいもんだ」
 リオはパイロットのことを思って、顔を俯けた。
 と、そこに猛のパートナーであるベネトナーシュ・マイティバイン(べねとなーしゅ・まいてぃばいん)がやって来た。
「猛! 足りなかった工具を持ってきましたよ…………って、どうかしたんですか?」
 口論を見ていなかったベネトナーシュは、その場に残っていたピリッとした空気に、キョトンとする。それに苦笑して、リオは自分の整備に戻ろうと思った。
「なんでもない。それじゃ、僕はそろそろ戻るね」
「ああ……」
 先ほどのパイロットの機体整備へと戻ったリオを見送って、猛はベネトナーシュのほうに向きなおった。彼女はいまだによく分からないといった顔をしていたが、猛の表情である程度は察したのだろうことは知れた。
 ベネトナーシュから工具を受け取って、猛は自分の担当イコンへと戻る。
「……ベネトナーシュ」
「はい?」
「良かったのか? 敵はザナドゥだぞ」
 それがなにを意味した言葉なのか、恐らくはベネトナーシュにもはっきりと分かっているのかどうかわからなかった。だが彼女は、その緑の瞳に大きな感情を見せることなく、微笑した。
「はい。とりあえず、は」
「そうか」
 猛はそれ以上何も言うことはなかった。
 冷静で動じることの全くない彼の瞳は、イコンの整備中もまた、変わらぬままだった。



「情報感知。敵部隊がこちらに接近しています」
 エリシュ・エヌマの艦橋内に広がったのは、敵空中部隊が旗艦たるこのエリシュ・エヌマに接近しようとしている危険を告げるものだった。
 魔族の中には天使とも見紛うような翼をもった空中部隊が存在する。最前線の防衛ラインが突破された場合に備えて、なるだけ前進を避けて情報統制やイコン管制に務めていたエリシュ・エヌマとはいえ、敵の手を全て避けるようなことは不可能だった。
 シャムスに代わって艦の操縦を担うローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の表情に、緊張と焦りが浮かぶ。
「敵部隊の正確な数は……?」
「視認できる範囲内では、約20以上は存在。心魂情報は不確定指数をマーク。正確な情報は未知数だ」
 オペレーターを務める久我 浩一(くが・こういち)が半ば緊迫した声で言った。
 そもそも敵はイコンではなく魔族。記憶に新しい大戦で戦ったモートは、恐らく奴らと同じくザナドゥからやって来た存在なのだろう。そのため、モートの闇の力を感知するエリシュ・エヌマ特有のレーダーを応用してみたが、不要周波の数が多く、正確な情報を得られることはできなかった。
 だがそれでも――まったくないよりは有利に事を運べる。少なくとも敵の接近を知ることは可能だった。平行して、戦地を飛ぶ偵察機からの情報が入る。各部隊の損傷率から、敵の動向までは、それを利用することでなんとか補うことが出来ていた。
 浩一の目がパートナーの希龍 千里(きりゅう・ちさと)、それにローザマリアたちを見やる。これこそが、待っていたタイミングでもある。言葉を不要として、彼は次なる動きに移った。
 テレパシーだ。脳内から発せられる念波は、今もタイミングを見計らっているであろう味方に繋がる。しばらくの間。そして、彼は千里に頷いた。
 千里は彼に頷き返すと、オペレート席で別部隊への情報統制を開始した。それを見計らい、浩一が劣勢を強いられている味方部隊に通信を開始する。
「援軍を送る。その部隊が敵をかき乱した後、攻勢に出てくれ。損耗の激しい機体は、タイミングを計って帰還してくれ」
 それが、次なる布石の一手となることを――願う。
 そのためには、情報管理がスムーズにいくことが必須だ。そして、エリシュ・エヌマ自身も、敵の手に落ちないように抗戦しなくてはならない。
 オペレーターの一人。柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)がデータ算出を行った。
「どうかな? 瀬伊。使えそう?」
「ああ、十分だ。これなら割り出しには時間もかかるまい」
 応じて目の前のキーを打ち始めたのは、柚木 瀬伊(ゆのき・せい)だった。のんびりとしたように話す二人だが、その指先の動きは決して止まることはない。むしろ、急かしているようにさえ見える。キーを打ち続ける最中に瀬伊がちらりと目をやったのは、モニターに映る偵察機からの映像だった。羽を生やした魔族たちが、カナン兵や交戦を繰り広げている。
「まさか、悪魔が実在するとはな。……俺が生きた時代とは常識がかけ離れていて実感はわかないな」
「ほんと、おとぎ話みたい話だよね。…………でも、天使がいるなら悪魔もいてもおかしくないか」
「……いずれにしても、好きにはさせんさ。悲しむ者を、苦しむ者を見るのは、なによりもつらい」
 瞳の奥に宿る、決意の色。貴瀬が算出したデータをもとに、瀬伊イコンの各位置を割り出した。最後のキーを打つと、深い蒼色の瞳にモニターの画面が映り込んだ。
「……エリシュ・エヌマ近辺のイコン部隊は数が足りていない。増援の要請は見込めないぞ」
「…………」
 ローザマリアは考え込んだ。隣にいるパートナーのグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、それを見守る。やがて決然として、彼女は言った。
「エリシュ・エヌマの上部甲板には、私のイコン――HMS・レゾリューションがあるわ。こちらに向かってくる敵は、それで迎え撃ちます」
「しかし、ローザ……! 一人ではイコンの性能は……」
「固定砲台代わりよ。最大限の機能は引き出せなくとも、そのぐらいの役割はこなせるはず」
 動かぬことを前提とした、ある種イレギュラーな使い方だ。だが、後衛にまでやって来た敵部隊の攻撃を防ぐとしたら、そのぐらいはせねばなるまい。
「操舵は任せるわ。いいわね」
「ローザ……っ」
 引き止めようとしたグロリアーナの声を待たずして、ローザマリアは甲板へと向かった。
 そのとき――貴瀬はすでにある者へと通信を取っていた。
「……頼めるかな?」
『そのための刀だ。任せておけ』
 通信は切れる。
 間に合うか……? 貴瀬は気を入れ直して深く席に座ると、グロリアーナの指揮に従い、次なるデータ算出を始めた。