空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

リアクション



戦いの始まり〜南カナン〜 1

 ――風。
 剣は、天空より落下して魔族の体躯を切り裂いた。剣を握るは黒き漆黒の鎧を纏う者――ただその者は、かつてのように己の顔の全てを覆う兜を被ってはいなかった。
「授受!」
 漆黒の剣士――南カナンは領主のシャムスは、続けて弓を構えながら叫んだ。
 すると、その声を合図として、背後から彼女の頭上を越えて神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)が飛び出した。頭上を飛び越える際に放った翼の剣が、大地に突き刺さると同時に、剣を中心とした爆炎波が広がった。彼女たちを取り囲もうとしていた魔族が、一気に焼き尽くされる。
「お待たせしました、シャムス様」
 授受が地に降り立つと一緒に、シャムスの横にエマ・ルビィ(えま・るびぃ)が現れた。彼女の手のひらからかざされた光の波動は、戦い者たちに底からみなぎる力と清浄の加護を与えていた。
 南カナンは――辺境の森。
 ようやく復興が進み始めた南カナンにおいて、イナンナの力が与えた貴重な再生の兆しだ。だがそれはいま、巨大なザナドゥの樹によって魔の瘴気に犯されていた。森の木々は枯れて歪に形を変え、黒き気配があたりを包む。宙を見上げれば、天に向かって生えている世界樹とも思しき巨木があった。
 ザナドゥの世界樹――クリフォトだ。いや、正確に言えば、それはクリフォトの分身に過ぎない。樹はザナドゥからカナンへと繋がる架け橋であり、魔族たちにとってそれは唯一の地上への門なのだ。
 だからこそいま、シャムスたちは軍勢を率いて森を包囲していた。魔族たちのカナンへの侵攻を食い止め、これ以上の被害を出さぬために。そして、その先にある目的。カナンが5000年という長い年月の間背負ってきた災厄の宿命から逃れるために、ザナドゥへの道を開くため。長き因縁に決着を付けることを、イナンナは決意したのだ。そのために、魔族たちの侵攻はなんとしても留める必要があった。
 出来るのか……?
 不安は過ぎる。魔族たちの力と勢力は、計り知れなかった。かつてのネルガルとの戦いを彷彿とさせるが、それよりも恐ろしいのは奴らがクリフォトの門から次々と出現してくることである。敵軍の全容を把握することは、難しかった。
「大丈夫ですわ、シャムス様」
 エマが言った。
 振り向けば、彼女はほほ笑んでいた。それは、シャムスを安心させようとした優しげなほほ笑みだった。しかし同時に、揺らぐことのない信頼にも似た色を瞳に宿している。
「私も……それに、ジュジュもおります。彼女を、黒の夜叉姫を、信じてください」
「みんな! 戦い続きでしんどいけど、あたしたちシャンバラの契約者も力になるから! がんばろー!!」
 授受は――深く鮮やかな黒髪を靡かせる少女は南カナンの兵たちに見えるよう、剣を突き上げていた。それを見て、シャムはエマのような微笑を浮かべた。
「黒の夜叉姫とは、なかなかネーミングセンスがいいな」
「ふふっ……シャムス様も、そろそろ異名を改名されますか?」
「ねーねー、それなら! 女ってばれたんだし、『黒の騎士姫』って名乗れば? きっと似合うよ! エマはさしずめ『薄紅の守護姫』って感じかなー?」
 話を聞いていた授受が、振り返った。
 そもそも異名であるからして、自ら名乗るようなことをシャムスはしたことがなかったが……悪くはない、と思った。姫という響きも、多少は憧れがあるものである。
 彼女は腕にはめていたデスプルーフリングとカオティックリングを見下ろした。授受がリングにかけてくれた禁猟区の魔法が、ザナドゥの門から溢れてくる闇の瘴気から、自分を守ってくれている。
 オレには、信じられる者がいる。だからこうして、戦える。
 そのとき、背後から巨大な砲台の吼える音がした。
「ヴィクトリー号を舐めるんじゃないよっ!」
 南カナンの歩兵たちを援護するのは、砂漠の最前線から森へ砲台を向けている砂上帆船だった。一隻はネルガルとの対戦の際に大破してしまったが、二番艦が残っていたのだ。艦長である黒乃 音子(くろの・ねこ)の掛け声を合図として、キャノン砲が敵軍の中心に砲撃を叩き込まれる。そんな中で、砂上帆船から飛び出したフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)が、大型騎狼に乗り、一陣の風となって駆けた。
「援護射撃開始! 進路を作るんだよ!」
 砂上帆船という大きな力を得て、南カナン兵たちは奮い立つ。キャノン砲と対空機関銃の援護を受けながら、一団の歩兵たちの先頭に立ったフランソワが進軍する。
「かつての戦友のため……このフランソワ、いくでござる!」
 フランソワの相棒である騎狼――アウラが呼応して威勢のある雄たけびを発した。その両脇では、パラミタ猪のヴィクトワールとフィルママンもフランソワに従って突進してゆく。獣を従えた歩兵団の突撃に、魔族たちは蹴散らされていた。
 歩兵たちの中心に立つシャムスのもとに、契約者たちの助力が集まる。それは無論――単なる兵ではない勇士たちも存在するに他ならなかった。

「一難去ってまた一難、って言うんだよね? 気付いたら僕はまた戦場にいました、まる………………どうしてこうなったー!?」
 叫んでもそれが解決することはなく、とりあえず飛鳥 桜(あすか・さくら)は背後から襲いかかってきた魔族を打ち払った。名刀――虎鉄が空を絶ち、せっかくの登場もあっけなく敵はばったり倒れた。
 ちらりと桜が見た先では、パートナーであるロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)が戦っている。何か悩んでいるのか? と心配するほどの殊勝な顔をしていたと思ったら、思い立ったように敵へと突撃していったのだ。
 相変わらずのマイペースさに、桜は呆れる。
「もー……どんだけなのさぁ」
 呟いたそんな彼女の目の前で、ミサイルポッドの爆発が起こった。
「さ……桜さん……っ! あ、危ないです……!」
「へ…………ちょ、ちょっとぉっ!?」
 振り向くと、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)が桜に注意を呼び掛けていた。その前で彼女を庇うようにして立っていたエリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)の脚部や身体には、六連ミサイルポッドが顔を出している。
「ふふふふ……受けてみなさい」
 レジーヌに手を出そうとする奴は全員ぶっ倒す。そんなことを言わんばかりの顔で照準を合わせるエリーズ。桜は慌てて逃げ出して――直後、魔族たちがミサイルの爆発に巻き込まれた。
「のああああぁぁぁっ!」
 爆風で吹き飛ばされる桜。
 その頭上を、シャムスが飛び出していった。
「大丈夫か、桜っ……!」
「な、なんとか……」
「お、また会うたなぁ、領主さん! 前は迷ってもうたけど、今回はちゃんと俺の意思で来たんやで!」
 シャムスと出会って、ロランアルトが陽気に声をかける。その最中も構えた槍が敵を貫いているのは、さすがというべきか。……ていうか、農場主らしからぬと言えば、らしからぬ。
「カナンは、昇り始めた陽やから。……俺は、沈ませたくないんや。せやから、俺は……親分は南カナンに加勢すんで!! 派手に行こうや、桜!」
「ふ、ふあーい!」
 爆風で飛ばされてしまっていた桜は土煙にまみれながら、なんとか応じた。
「アンリ、同郷の者が相手だが、いいんだな?」
 シャムスたちとともに戦場に立つ夜薙 綾香(やなぎ・あやか)が、パートナーであるアンリ・マユ(あんり・まゆ)に問いかけた。敵陣へと正面を向いたまま、アンリは答える。
「問題ありませんわ、元々あちらでは封じられていた身ですし。今更戻った所で……。そもそも、今の魔族のやり方では先はないでしょうし。お互いを知る事が出来た上で折り合いをつける事が出来ないのならば…………滅びるしかないでしょう?」
 最後の言葉は、容赦のない別離とも、決意の表れとも感じられた。綾香は、彼女と同じように正面を見据えた。
「そうか……ならば、お前の知識を貸してくれ。未知の相手ほど危険な物はないからな」
「分かりましたわ、わたしの知識でよければ。大分、年代モノですけれどね……」
 くすっと笑ったアンリ。
 それに同じような不敵な微笑を返して、綾香は駆けた。前方にいたシャムスに追いつき、彼女に振り下ろされようとしていた敵の剣を弾き飛ばす。
「綾香……!」
「シャムス、無茶はしてくれるなよ。お前に何かあっては南カナンは再建できん……それを忘れるな」
 シャムスとともに、彼女は敵の網を掻い潜った。
 アンリのギロチンが敵を蹴散らし、綾香の魔術――光の刃は敵を切り裂く風となる。次々と襲いかかる敵の攻撃を避け、打ち払い、貫き、体躯を断つ。お互いの背を合わせるように、円を作って応じるシャムスたち。追い込まれつつあることを、綾香は理解した。
(アレを呼ぶか……)
 綾香は空を一瞬仰ぎ見た。そして、続いて光の魔術を放ちながら敵の集団を見やった。場所は確保できる。あとは、タイミングだ。
「シャムス! いまから聖霊を召還する! 巻き込まれないように気をつけろ!」
「わかった……っ」
「蒼炎を纏いて来たれ炎神の剣! レヴァンティよ、我が敵を薙ぎ払う嵐となれ!」
 文言――魔力を含んだ言葉の力が、印を紡ぐ。そのとき、宙に記された陣から生まれたのは、蒼い炎を纏った炎の聖霊だった。業火なる炎は、綾香の魔力と相まって敵を焼き尽くさんとする。シャムスはアンリとともにその場から距離をとって、綾香の背中へと回った。レヴァンティの力は強力だが、その間、綾香は他の呪文を制限される。
 魔族たちはそれを狙ってここぞとばかりに後方より回ろうとした。が、そのとき――宙に何やら袋のようなものが舞う。聖なる光の刃が袋を叩き切ると、粉塵がまき散らされた。すると、それが一斉に爆発する。
「なんだ……?」
「ぬっふっふー、まさか小麦粉が爆発するなんて想像できなかっただろ?」
 桜が飛び出してきた。
 その手に握られるのは大量の小麦粉の袋。それも特製の粉塵爆発仕様だった。
「裁判官、これは悪と判決してもいいかい? って言っても、返事は待てないんだぞ!」
 再び宙へ投げられ、刃に切られるとともにまき散らされる粉塵。爆発を待って、桜は勇壮な笑みで虎鉄を構えた。
「悪は即座に叩き斬る、略して悪・即・斬! 二回目!! ――カナンの正義と自由は、奪わせないさ! だよね、領主さま!」
「……ああ、もちろんな」
 しばらく粉塵の爆風で呆然としていたシャムスも、桜の笑みに応じて弓矢を構えた。粉塵の煙の間から飛び出してきた敵の胸に、放った矢が突き立つ。
「――いくぞ!」
 南カナン軍は、進軍した。