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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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■南カナン攻防戦〜東カナン軍(3)

 セテカの策は、エースによって上空のイコン部隊、そして地上のコントラクターたちにも伝えられた。
「了解した。当機はこれより該当座標上空に向かい、そこで待機。作戦開始後は飛行形態の魔族を重点的に撃破する」
 さらにクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は座標を2度復唱し、無線を切った。
「ヴァルナ、今座標を送るからそこへ向かってくれ」
「了解です」
 サブモニターに小さく映ったパイロット島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が無表情に応える。クレーメックから届いた座標を打ち込むと、凧型フライトユニットの制御装置が作動し、楕円軌道を描きながらなめらかに向きを変えた。
「にしても、全個体撃破とは、セテカも無茶を言う」
 相手の目を奪ったことをできるだけ長く悟られないためには仕方のないことだが、その難度は想像に易かった。
 現在空中戦を繰り広げている魔族たちの姿からして、敵小隊もおそらくは人間サイズの魔族だろう。対するクレーメック機【LAH】はMサイズの10メートル級。大砲で鳥を狙うようなものだ。相手が群であるならば相応数の撃破を望めるが、全個体撃破となると難しい。
「撃ちもらしは避けられませんね。地上のファウストたちは到着まで時間を要します。間に合わない可能性もあります。フリンガーと幻舟に徹底させておきましょう」
「そうだな」
 クレーメックは随伴歩兵として小型飛空艇ヘリファルテで上空からの敵に対応しているはずのフリンガーを呼び出した。
「……はい……はい……分かりました」
 クレーメックからの通信に、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)はどこか腑抜けた声で応えた。何かに気の大半を奪われているような、ぼんやりとした声だ。視線は通信機でなく、下方を向いている。だがヘリファルテはLAHの上空にあり、モニター上にその姿が映ることはなかったことが幸いして、クレーメックにそうと気取られることなく、通信を無事終えることができた。
 マイクを戻し、あらためて下に見入る。
 クレーメックの言っていた「目」の小隊は、かなり遠距離にあったが、視認することができた。そこへ向かうべく道を切り開いているセテカやコントラクターたちらしき一群も見える。敵の壁は厚く、苦戦しているように見えたものの、バァルやコントラクターらしき騎馬群――バァルかは識別できなかったが、黒い軍馬はグラニに違いなかった――が側面から奇襲をかけるのを見て、心配は無用と判断した。
 ああ、それにしても、なんという光景か。
 角や牙、尾を持つ化け物たちがそこかしこにあふれ、人馬の区別なく襲っている。爪で引き裂き、牙で食いちぎり、剣や槍で屠る……地面は赤く血に濡れ、大気は血臭が色濃く渦巻く。折り重なって倒れた、膨大な数の人と魔。まさにこれこそ地獄絵図ではないか。まさかこんな場に自分が身を置く日がくるとは、想像だにしなかった。
(ああ……これに比べたら……アバドンとのあの戦いの日々など、児戯に等しかった……)
「……プ? ……リープ? ゴットリープ!」
 呼ぶ声というより、顔にびちゃりとぶつかってきた生温かいもののせいで、ゴットリープはハッと意識を地上から引き剥がした。
 自前の翼でヘリファルテの横を飛んでいる天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が、彼を睨みつけている。
「幻舟……」
「なにをぼけらっとしておる? 死にたいのかっ!」
 見れば、その手に握られた達人の剣から血がしたたっていた。あれは、先まではなかったはず。ということは、この怒りの形相からして、彼を庇って敵を斬り伏せたのだろう。右手で頬をぬぐうと、甲に赤い筋がいくつもついた。
「死んでもよいのであればいつまでもそうしていて一向に構わんが、おぬしが死ねばわしにも影響が少なからず出るということを忘れるでないぞ!」
「う、うん……。ごめん、幻舟」
 ゴットリープはぺこっと頭を下げた。だがヘリファルテの操縦桿を持つ手は、いまだ小刻みに震えているのが自分でも見てとれる。そんなだから、幻舟にそうと分からないはずがなかった。むう、と眉をしかめたものの、あえて幻舟は無視することにしたらしい。ゴットリープが戦場で緊張し、弱気になるのはいつものこと。それにいちいちつきあってはいられないということだろう。
 剣の血のりを振り飛ばし、油断なく周囲を飛び回る魔族に目を光らせる。
「それで、先の通信はどういう内容だったんじゃ?」
「あれを……」
 ごくりと唾を飲み込んで、ゴットリープは右手前方を指差した。
「撃破します」

*       *       *

「はああぁぁぁああっ!!」
 力強い雄叫が響き、アイアン・ナイフィード(あいあん・ないふぃーど)の前方へ突き出された両手から紅蓮の焔が放出された。炎は猛々しい彼の気性そのままに空を走り抜け、敵魔族の小隊へと真正面からぶつかる。遅れて緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)がブリザードを、エースが我は射す光の閃刃を次々と打ち込む。
 爆音が轟き、爆風が砂塵を巻き上げ、視界をふさいだ。
「飛びたたせるな! できる限り地上で叩くんだ!!」
 セテカの言葉で、彼らは視界が晴れるのも待たずにいっせいに飛び込んでいく。
 先陣を切ったのは、疾風のバァルの異名を持つバァルだった。一瞬で距離を詰めた彼はバスタードソードを一閃させ、数人の魔族をなぎ払う。そのあとは戦友・七刀 切(しちとう・きり)と背中合わせになり、ともに雷もかくやというような斬撃を周囲の敵に叩き込んだ。そして脇についた佑一のライトブリンガーが、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)の強化光条兵器・狐月が、光の剣線を描いて、いまだ彼らの奇襲にとまどう魔族を切り裂いていく。
 舞い上がる砂粒で視界をふさがれているのは魔族も人間も同じ。近寄らせまいと闇雲に突き出されてくる槍や剣から彼らを守るのは、緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)がかけたオートガード、ディフェンスシフトだ。強化された防御力を貫く攻撃があったとしても、やはり霞憐のリカバリがその傷を負った瞬間から癒した。彼の横で、ミシェルも懸命に幸せの歌を送る。
「へッ。ニンゲンどもを殲滅するのはべつにどうでもいいけどよ。俺様を攻撃してくるなんざ、ナマイキなんだよ」
 バァルやセテカを助けたいと駆けつけた霜月と違い、完全に物見遊山気分でくっついてきたアイアンは、当初戦う気は全くなかった。魔族から、一方的に攻撃を受けるまではの話だが。
 魔族と戦う霜月とともにいるのだから敵とみなされ攻撃を受けるのは当然といえば当然のことではあったが、そこのところはアイアンには通じなかった。というより、結局は暴れたかったのだ、彼も。
「はっはぁー!! てめーら、みんな俺様が切り刻んでやるぜ!」
 ちらとでも視界に入ろうものなら煉獄斬で斬りつける。そんな彼の背後に、剣げき音にまぎれて忍び寄る影があった。アイアンのうなじを狙って横に振り切られかけた剣を持つ手を、あやういところで駆けつけた霜月が掴み止める。魔族は己の邪魔をした者をその牙にかけようと振り返り――それが、すぐ目の前にいた獲物と同一人物であることに一瞬ためらった。
「てめェの相手は俺様だろ?」
 魔族の頭をわし掴みにしたアイアンが蹴り飛ばし、体勢の崩れたところを煉獄斬で斬り捨てる。
「これで全部か?」
 かなりの数を始末したと声を張った瞬間。
 彼らのすぐそばで、何か巨大な物がむくりと起き上がった。
「まさか……!」
 上空にいたクレーメックが、真っ先にその正体に気づいた。ざあっと砂を滝のように流しながら身を起こしたのは、全長5メートルはあるかという巨体の魔族。ごつごつとした岩のような肌はゴーレムのようだったが、額から伸びるねじれたツノとコウモリ羽が、彼もまた魔族であることを示していた。
 あれは、コントラクターでも荷が重い。
「くそッ! ヴァルナ、フライトユニットをパージしろ! 地上へ降りる!!」
 クレーメックの指示に従い、フライトユニットを切り離そうとしたヴァルナは、しかし次の瞬間行動を180度転換し、上昇した。モニターに、巨躯の魔族の周囲からいっせいに飛び立った飛行型魔族を見たからだ。
「ヴァルナ!?」
「ジーベック、地上の魔族より飛行タイプの魔族の殲滅が優先です。彼らを1匹たりと後衛陣へ帰還させてはなりません」
 ヴァルナの言葉が終わるころには、クレーメックも飛行型魔族の存在に気づいていた。地上の巨躯も羽を持ってはいるが、まだ飛び立つ様子は見せていない。
「敵は生体のため、目視捕捉となります。制動バランスコントロール、タイミングはこちらで。トリガーはそちらに。マーカーを送ります」
「よし! ゴットリープ、戦闘開始だ!」
『はい!』
 上昇してくる魔族に向かい、LAHのライフルが続けざまに火を噴いた。直撃した魔族はおろか、周辺にいた魔族もその衝撃波を受け、消滅する。ヴァルナは効率よく、最も敵を撃退するにふさわしいファイアーポイントを演算し、フライトユニットを操るとともにクレーメックにマーカーとして送ったが、やはり敵の数が多すぎた。四方に散った全ての魔を、LAHとゴットリープ、幻舟では裁ききれない。
「ちぃッ!」
 攻撃をくぐり抜け、すぐ横をすり抜けていった魔族たちに向け、ライフルを向けたときだった。
『後方は任せて!!』
 そんな言葉が通信に割り入ったと思うや、金色に輝くイーグリット・アサルト【グラディウス】が高速で飛来し、ダブルビームサーベルでなぎ払った。
 高粒子の流れる光に触れた魔は、一瞬で蒸発してしまう。
「この先には、絶対に行かせないんだから!」
 モニター一面に映る魔族に向かい、コクピットの中で小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が吼えた。
「……美羽さんがもう少し遠慮してくださっていたら、ガトリングガンも使えたんですけどねぇ」
 サブパイロットのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、対照的な冷静さでほうっと息をつく。
「――うっ」
「最初に景気よくばらまいてしまいましたので、もうサーベルしか使えませんわ」
 つまり、火器管制担当の美羽は、何もすることがないということだ。人間サイズの魔族では、センサーも使えないから目視になってしまう。
「サーベルでも十分だよ! ほらまた来た! ここは絶対死守するんだからね!」
 クリフォトとの間に立ちふさがるグラディウスを飛び越えて行こうとする魔族たち。グラディウスのブースターがうなりをあげて加速する。
「やあっ!!」
 気合い一閃。グラディウスは魔族たちの進路をふさぐや猛然と光の剣をふるい、まさに黄金の騎士にふさわしくことごとく撃破していく。
(バァル……)
 美羽はサブモニターの映像を地上に切り替え、バァルたち地上部隊を映し出した。
 モニターの中、巨大な魔族が立ち上がろうとしていた。距離をとるべく走りながらも、飛び立たせまいと、遙遠やアイアンたちが遠距離魔法攻撃を行っている。だがそのどれもが決定打になれないでいた。なぜならこの魔族は巨大な魔弾を打ち出して、それらを相殺していたからだ。
 5メートルクラスの魔族が放つ魔弾は、もはや単なる弾ではない。まさに魔力の塊。あんなものが直撃すれば、人間などひとたまりもない。
 今すぐにも地上へ降りて、彼らを助けたかった。けれど、まだそれはできない。魔族は撃墜しきれていない。
(バァル、みんな、がんばって!)
 美羽はもどかしい思いに胸を焦がしながらサブモニターから目を引き剥がすと、ベアトリーチェを少しでも補うべく、メインモニターに見入った。