空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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「全員下がれ!」
 バァルとセテカが最後尾につき、いったん距離をとるべく走っていたときだった。
 2人の頭上を越えた魔力の塊が、手をつないで逃げていた霞憐とミシェルのすぐそばに落ちて地に穴を穿つ。
「あっ……」
 すり鉢状となった穴に流れ込む砂に足をとられ、2人が転んだ。そんな2人に向け、さらに魔力の塊が放たれようとするのを見て、バァルとセテカが同時に仕掛けた。魔族の間合いに飛び込み、バァルが剣を振り切って膝を切り裂く。ぐらりと体を揺らしたところでセテカがてのひらを斬り裂き、貫いた。
 ぎゃっと魔族が声をあげ、魔力の塊が霧散する。だがその悲鳴を聞いた次の瞬間、2人はまるで壁に激突したような衝撃とともに天高くはじき飛ばされた。
「セテカさん!!」
「バァル!」
 地獄の天使を展開し、上空に逃げていた遙遠が、地に叩きつけられる寸前のバァルを受け止め一緒に転がる。
 一方、セテカをがっしと受け止めたのは、馬で駆けつけたケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)だった。
「ファウストか」
「まったく……。おまえのことだ、今回も何か無茶をしでかすんじゃないかとは思っていたが、案の定だな。また死ぬところだったぞ」
「死にはしないさ。打撲だらけにはなっただろうが」
 助け起こしてくれたケーニッヒと、あらためて手を叩き合う。
「はいはい、男同士の友情はそれくらいにしてちょうだい。まだ危機は去ってないんだからっ」
 やはり馬を駆ってきた神矢 美悠(かみや・みゆう)が、手綱を引き絞って制動をかける。そして高く上げた右手を魔族に向かって振り下ろした。
「行けっ!! ハンジャール!!」
 美悠の力強い声に呼応するように現れたアニメイテッドイコン【ハンジャール】が、巨躯の魔族に体当たりを仕掛けた。
 そのまま覆いかぶさるようにがっちり組み合って、魔族の動きを封じる。
 それは、制空権を確保しようと戦っている他のイコンとは違う、一種異様なイコンだった。かなりの部位で装甲が剥げ落ち、ひび割れ、錆が浮いている。腕や肩の関節の一部は部品自体がなく、それを補うようにぶよぶよとした肉芽のようなものが部位と部位をつないでいた。
 ぎしぎしと、蝶番の錆びついたドアのようなきしみ音をたてる姿は、今にもバラバラに分解してしまいそうだ。
「今のうちよ! 攻撃して!」
「しかし……」
「どうせ、とうの昔に壊れたイコンをフラワシの力で動かしてるだけなんだから。気にしないでじゃんじゃん攻撃してよ!」
 フラワシの力、というのが何かバァルには分からなかったが、美悠の言いようからして中に人がいるというわけではなさそうだ。
「早く! もうあまり持ちそうにないわ!」
 もどかしげに重ねて言う美悠の語尾に重なって、魔族がハンジャールの喉に牙を立て、装甲ごとその部位を噛み千切った。ぶちぶち千切れたケーブルから、どろりと黒い液体が流れ出る。
「うおおおおっ!!」
 率先するようにケーニッヒが仕掛けた。
 神速と軽身功を用いてハンジャールを足場に駆け上がった彼は、魔族の横面に鳳凰の拳で乱打を浴びせる。鼻柱に蹴りを入れ、その反動を利用して地に降り立った。
 ぐぎゃあ! と声を上げて顔面を押さえ、のけぞった魔族の喉元めがけ、リゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)が続けざまにトリガーを引いた。銃口から撃ち出された質量を伴った熱い気塊がぶつかり、欠片と化した血肉を撒き散らせる。だが、決定打にはならない。そうと見るや、霜月が仕掛けた。
 ケーニッヒのようにハンジャールを使って上空へ躍り出、持ち替えた鍵剣・暁月で電光石火魔族の喉笛を切り裂く。一瞬遅れて、喉の半分ほどにも至った傷口から鮮血がシャワーのように吹き出した。
 すうっと魔族の面から苦悶の表情が消えた。ぐらりと傾いだ体が地響きをたてつつ地に沈む。
 その光景に、周囲で戦っていた東カナン軍、南カナン軍双方の兵からわっと歓声が沸き起こった。巨大な魔族を斃したことが、長引く戦いに疲弊し絶望に飲まれかけた彼らを勇気づけ、自軍の勝利を確信させたのだ。
「全軍突撃!」
 勢いづいた彼らの背をさらに後押しするように、最適のタイミングで後衛の丘陵から突撃命令がかかる。
 重い蹄の音を響かせながら、東カナン騎馬軍団が津波のように戦場になだれ打った。
「よくやった、ハン」
 つぶやくバァルの頭上はるか上空で、ゴットリープの放った矢が、最後の魔族を撃墜するのに成功した。
『全個体撃破完了! 今だよ、みんな!』
 回線を通じて美羽の声が戦場の全イコンに届く。それを合図とし、数機のイコンが敵後衛陣目指して加速した。
 どのくらいの時間が稼げるかは分からない。だが敵がそれと気付く前にかなりの距離を稼げるはずだ。
 上空から発見されることを避けるべく、低空飛行で森へ突っ込んでいくイコンたちを見送るバァル。視線を上げ、木々を越えてそびえ立つクリフォトのものものしい姿をあらためて見上げる。
 そして、この地での勝利を確実なものとするべく今も戦っている兵たちに加わろうと踵を返したところで、彼は自分の背後に立っていた切の存在に気付いた。
「切?」
「バァル。ワイ、ちょっとザナドゥ行ってくるわ」
「切!?」
 思いもよらなかった言葉を耳にして、バァルは目を見開く。
「今の状態なら、ワイ1人くらいどうにかなりそうだしねぇ」
「ばかな……! 相手は魔族だぞ!? 大体、ザナドゥなんかへ行ってどうする気だ! あそこは魔族の巣窟じゃないか!」
「ヒ・ミ・ツ」
 切はパチッとウインクまで飛ばした。
 どこまでも飄々とした態度を崩さず、笑みまで浮かべている。
「そんなおろかな考えは捨てろ! 殺されに行くようなものだ!」
「そうですよ! それに、1人ってどういうことですか! 切くん!!」
 聞きつけたリゼッタが、あわてて走り寄ってきた。
「んー? リゼは留守番ってコト」
「そんな……っ!!」
「いくらおまえでも、さすがに魔族に銃器を売りつける気にはならんでしょ。それに、2人だと目立つし。
 おまえはここで、ワイの代わりにバァルを守ってくれ」
 頼むと言われて、リゼッタは絶句した。
「んじゃねー」
 手を挙げ、背を向けようとした切の腕をバァルが強引に引き戻す。
「やめろ。――行くな、切。頼む……」
 自分を見つめるバァルの目の中に、揺れる思い――もうだれも失いたくないのだという恐れ――を見て、切は一瞬顔をしかめ……そして両肩を固く握り締めた。
「ワイを信じろ! 絶対戻ってくるから!」
 何の根拠もないことを言うな、と言いたかったが、声が出なかった。言えば、本当にそうなってしまいそうだったから。
「まぁ、ザナドゥ土産でも期待しててよ。案外温泉まんじゅうとかあったりしたら、笑えるよねぇ」
 我刃を担いで平然と林の中へ駆け込んで行く切が、あまりに彼らしくて。
 あいつなら、本当に明日にでも「ただいま〜。ザナドゥから帰ってきたよ」とか言って、ニコニコ笑いながら現れそうで。
(まぁ、たしかに殺そうとしても死ななそうなやつではあるか)
 バァルはそう思うことで切を心配する気持ちからなんとか切り替えたのだが、リゼッタの方は、そう簡単にはいかなかったらしい。
「フフフ……ワタシを置いて行くなんて……帰ってきたらどうなるか、分かっているんでしょうね、切君……」
 バァルがすぐ近くにいることも忘れて黒いオーラを漂わせながら、リゼッタは地を這うような声でつぶやいた。