空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

リアクション



●イナンナの神殿

 下町ではそんな騒ぎが繰り広げられている頃、イナンナがいる神殿でも、契約者たちとの様々な邂逅が展開されていた。

「世界樹セフィロトの力を使い、魔族の地、ザナドゥに侵攻するための“入口”を作るわ。今南カナンに出現している樹……ザナドゥの世界樹、クリフォトと同じことをすると思って頂戴。魔族が南カナンを突破してここ、キシュに到達するまでには開けると思う、だけどセフィロトや私の身に何かあれば、最悪入口を開くことが出来なくなってしまう。お願い、皆の力でセフィロトを守って!」

 集まった契約者たちへ、イナンナの言葉が降る。言葉を受けた契約者たちは、それぞれ思いを抱きながら己の為すべきことを為そうとする。
 このまま何事もなければ、南カナンの戦況次第とはいえ、キシュを落とされる前にザナドゥに攻め入れる。敵もまさか、これほど積極的な手を打ってくるとは思いもしないだろう。カナンは長きに渡り、ザナドゥの侵攻に対してただ受けるだけを繰り返してきたのだから。

 しかしながら、イナンナのある意味で“人が変わった”ように見える態度は、少なからぬ者の反発を呼び起こす。
 イナンナがあえて使った“侵攻”という言葉も、それに拍車をかけていた。

「お願い、ザナドゥへの侵攻を止めて!
 ザナドゥとの間で戦争が起きれば、関係のない一般の魔族が戦争に巻き込まれちゃう!
 攻め込んできた魔族を撃退するのは仕方ないけど、侵攻までやるのは行き過ぎだよ!
 結局、憎しみの連鎖が続くだけ……不幸な者をこれ以上増やして、何になるの!?」


 水引 立夏(みずひき・りっか)の言葉が、壇上に佇むイナンナを刺し貫く。葛藤と戸惑いの感情が現れているのを、傍にいたドン・マルドゥークは見逃さなかった。
「……あなたのお言葉、確かにお受けしたわ。その上で私は、あなたの言葉を退ける」
 その表情も一瞬のこと、イナンナは険しくも凛とした表情を浮かべて、立夏の言葉を退ける。
「っ……!!」
 自らの嘆願を退けられた立夏が、踵を返してその場を後にする。
「立夏!」
 立夏の後を、付き添いで訪れていた木本 和輝(きもと・ともき)が追いかけ、辺りにはイナンナとマルドゥークだけになる。
「イナンナ様……胸中、お察し致します」
「…………ありがとう」
 それだけを返して、イナンナは視線を落とす。

 これで本当にいいのかという戸惑いはある。けれども、侵攻を決めた理由もあるし、決して無駄な行いではない、と思う。
 侵攻はよくないと訴える彼女に対して、じゃああなたに、カナンの民が魔族に殺された時に責任を負えるのかと訴えたい思いはあったし、自分の思う気持ちを懇切丁寧に説明して分かってもらいたいという思いもあった。
 ……でも、どれも決定的な解決にはならないだろう。もう、ザナドゥ侵攻への舵は切られたのだ。ここからは自分と、自分に付き従ってくれる者たちを信じて、最善の結果を求める他ない。

(……それでも、これからたくさん、私は悩むのでしょうね。
 私はまだ、本来の力を取り戻していないから……)
 ……いや、たとえ力を十全に取り戻したとしても、やはり悩むのだろう。
 それは多くの民を抱える者の宿命でもあった。


 神殿を飛び出した立夏は、高台の上に立ち、そこから広がる世界を見つめる。
「……どうして……どうしてみんな、戦いを止めようとしないの……?」
 一見平和そうに見える世界は、いつもどこかで、戦いの渦に飲まれている。そう思うと、立夏は途端にこの世界が嫌になった。
「……立夏、俺は君を、一人にはしないよ」
「ともにぃ……うん、ありがとう……」
 追いついた和輝へ、立夏が身を寄せる。
 ――そして、二人の身体が何も無い空間へと投げ出される――。

『ふぅ〜、間一髪〜。ギリギりだったね〜』

 直後、二人を回収する一機のイコンの姿があった。
『……こんな……危ない事……今回……だけ、だよ……?』
 更科 黒(さらしな・くろ)と共に搭乗する鏡神 白(かががみ・しろ)、二人は同じ境遇にあり、今頃はイルミンスールの方で堂島 直樹(どうじま・なおき)と負傷者の治療に当たっているであろう堂島 結(どうじま・ゆい)の“お節介”により、二人に万が一のことがないように向かっていたのであった。
「…………」
 イコンの手の中で、立夏が震えている。それを和輝は、ただ抱きしめてやることしか出来ない――。


 一方、イナンナの元へは今回のザナドゥ侵攻に関し、不明となっている点を明らかにすべく、数名の契約者が質問に訪れていた。
「カナンを戦乱の渦に巻き込んだアバドンは、奈落人だったのだ。つまり、ザナドゥとナラカは通じているのか?」
 ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)と共に、ラルクデラローズでキシュへやって来たリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が、三つある内の一つ目の質問を口にする。
 リリの言う通り、神官に化ける形でネルガルの元に付き従っていたアバドンは、自らを奈落人であると告げた。そして、このタイミングでのザナドゥの襲撃、関係してないと考える方が不自然である。
「ザナドゥとナラカが通じていたという証拠は、私の方でも関知していないわ。……ナラカの方に動きが無いのを見ると、同調しようという思いはないのではと思うの。おそらく不可侵条約のようなものを結び、情勢を見守る動きに出たのではないかと私は考えているわ」
「大ババ……アーデルハイトとイナンナは姉妹。イナンナはセフィロトの化身。セフィロトとクリフォトは対を成すものなのだ。
 ……となれば、アーデルハイトはクリフォトの化身か?」
 リリの二つ目の質問に、イナンナは迷って首を横に振る。
「自分はイルミンスールの為、そして個人的な想いからもアーデルハイトさんを助けたいと思います。
 ザナドゥへ助けに向かう為にも、5000年前に何があったのかを教えて頂けませんか」
「私が見たアーデルハイトは、魔族の象徴である角と尻尾が無くなっていた。
 ……イナンナ、アーデルハイトと魔族の繋がり、そして魔王を封じたときのことを話してはくれないか」
 強盗 ヘル(ごうとう・へる)をお供に連れたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)椎堂 紗月(しどう・さつき)と共に神殿を訪れたラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)も、アーデルハイトのことが話題に出るや否や、質問を投げかける。
「…………分かりました。私が知っていることでよければ、話すわ」
 黙っていては契約者の信頼を失うと考えたイナンナが、自ら知っていることで、という前置きの元、話し始める――。

 5000年前、シャンバラ王国崩壊に合わせて、ザナドゥに施されていた封印が解けかけ、地上に顕現しようとした。
 それを防ぐため、アーデルハイトは当時のザナドゥを治めていた“大魔王”ルシファーに接近し、関係を持つことで油断を図った。
 そして、アーデルハイトに心を許したルシファーは己の力を分け与えるが、逆に利用され、ルシファーはアーデルハイトとイナンナの力によって世界樹クリフォトの中に封じられ、ザナドゥも地下に封印されることになった。

「関係を持ったというのは、つまり……」
 ザカコの問いに、イナンナがこれは私の推測を含むけど、と前置きをした上で答える。
「お姉様はその身に、魔王の力とおそらくは、子種を宿していたのだと思う。その後私はセフィロトの化身として、お姉様は地球に降り、別々の運命を歩むことになった。……もしお姉様の中に宿していた子種が、何らかの経緯を経てザナドゥで育てられ、成長したとしたら……その者がザナドゥを統べ、お姉様を捕らえるだけの策と力を有していてもおかしくないのでは、と考えるの」
「……つまり、ザナドゥの現魔王は、アーデルハイトとルシファーの子供である可能性がある、と?」
 ラスティの言葉に、イナンナが首を縦に振る。
「お、俺からも質問をさせてもらうぜ。……イルミンスールがあった場所にもクリフォトが出てきたみたいだが、アーデルハイトの本体はどっちにあるんだ?」
 ザカコに代わり、ヘルが質問を続ける。
「クリフォトに捕らえられているのだとしたら、イルミンスールにある方がより近いわ。……クリフォトは自らの分身とでもいうべき存在を、ザナドゥ、そして地上に顕現させることが出来る。今はお姉様を取り込んでいることにより力が増し、こうしてイルミンスールとカナン、両方に顕現させることが出来るのだと考えられるわ」
「クリフォトの中にいる本体をひっぺがしたら助けられる様なもんなのか?」
「……おそらく、ザナドゥの魔王が何らかの措置を施しているわね。事態はそう生易しいものではないと思うの」
「アーデルハイトが大きくなった理由は何かあるのか? 何か精神的な物とか」
「あのお姿が本来の……5000年前、ザナドゥを封印する前のお姉様のお姿なの」
 ヘルの質問が終わると、その場に控えていた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が進み出、自分の中で立てた憶測を確認するべく口を開く。
「アーデルハイトの姿が変わったことについては理解した。……それに加えてもう一つ、アーデルハイトは魔女だが、アンタも同じ魔女と認識しても良いのか?」
「ひ、氷藍殿! 『アンタ』は自重して下され!」
 止めようとする真田 幸村(さなだ・ゆきむら)へ、構いませんと答え、イナンナがしばらく考え込む仕草を見せ、言葉を発する。
「……理解してもらえるか分からないけど、説明しておくわね」
 そう前置きして話すイナンナによると、

・アーデルハイトもイナンナも、元々はシャンバラに住んでいた“地上人”。その時は二人は姉妹だった。
・5000年前の様々な事件の最中で、アーデルハイトは魔女となり、イナンナはセフィロトと同化してカナンの国家神になった。

 とのことであった。
「……そうか。いや、答えてくれたこと、感謝する。今回の闘争、アンタの身辺警護をしよう」
 用は済んだとばかりに、氷藍が背を向けて歩き去る。
「氷藍殿、お待ち下され! ……主君の無礼、申し訳ない。
 我らカナン復興には深く関わっておりませぬが、この地を取り戻した勇士達の思い、無駄にはさせませぬ所存」
 自らもパートナーと共に協力する旨を伝えた幸村が、最後に一つ、質問を投げかける。
「魔女殿の力は相当なもの……同時に優れた判断力と冷静さを兼ね備えた御仁と伺っております。
 そのようなお方が、算段も無く敵地へと乗り込むとは思えぬ。女神殿……魔女殿は、何か我等に隠しておられるのでは?」
「……やはり、そう見られているのね」
 そう告げたイナンナの表情はどこか、憂いを帯びているようにも見えた。
「何百何千と歳を重ね、力と知識を身に付けたとしても、生物は生きている限り悩み、そして結果として過ちを犯す。
 私でも、お姉様のお考えになられていることが全て分かるわけではないし、お姉様が『算段も無く敵地へ乗り込む人ではない』という保証はないわ。
 確実なのは……そう、お姉様は今、ザナドゥに付いているということだけ」


 一通りの質問に答え終わったイナンナが、ふぅ、と一息をつく。
「なんや、疲れとるみたいやなぁ」
「そりゃそうでしょ、あれだけの人達の質問に答えてたんだもの。ザナドゥ侵攻に影響はないのかしら?
 ……あ、優夏、今の人達、ちゃんとリストに入ってる人達よね?」
「ああ、それは大丈夫。ちゃんと確認した。……こんな時にサインして、なんて流石に言えんなぁ」
「あたしもそれちょっと思ったけど、とてもそんな雰囲気じゃないわね。ま、地道にガンバロ?」
 イナンナの様子を心配しつつ、上條 優夏(かみじょう・ゆうか)フィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)が身辺警護を続ける。

 ――直後、近くで爆音が響き、振動がイナンナたちのいる場所まで揺るがす――。