校長室
リアクション
* * * 「え? 人間たちが面会を求めている?」 思いもよらなかった副官ヨミからの報告に振り返り、魔神ロノウェは驚きに丸眼鏡の奥で目をしぱたいた。 「――なのです」 ぶかぶかの黒いポンチョの下で、ヨミが両肩をすくめたのが見えた。面はいつも通り平然としているが、ポンチョの下からはみ出たしっぽや大きな獣耳がピクピクせわしなく動いていて、ロノウェの顔色を伺っているのが丸分かりだ。 「どうやってここまでたどり着いたの?」 「それが……森をうろついていたそうで……」 それを捕まえて、ばか正直に本陣まで連れて来たというのか。 ロノウェは少なからずあきれ返り、ふうと息をついた。 「どうやらまだまだ訓練が足りないと見えるわね。帰ったらみっちりお説教してやらないと!」 とたん、ヨミが嫌そうに顔をしかめる。 「え〜〜〜〜っ」 「何よ? 不服なの?」 両腰に手をあて、ずい、と上から見下ろしにかかったロノウェに、ヨミはあわてて頭をぷるぷる振った。 「ありませんですっ。ヨミはロノウェ様からのお話を、楽しみにしておりますっ」 そのとき、後ろ方からコロコロと笑う女の声が聞こえてきた。 「まぁいいじゃないの。面白そうじゃない」 金色の豊かな髪と純白の4枚羽、そして魔族の尾を持つ美しき魔神バルバトスだ。 くるくると人差し指に髪をひと房からめ、ロノウェには不必要としか思えない、しなをつくってしゃなりしゃなり歩いてくる。――思うに、これは多大にロノウェに対するからかいを含めてやっているのだろう。ここは戦場だというのに、まるでパーティー会場からの帰りのようなスリット入りのドレスを着ている。そういう過剰に女をふりまくような仕草を見るとロノウェの眉間に縦じわができるのを知っていて、それを見たくてわざとしているに違いなかった。 「ちょうど退屈してたのよねぇ」 紅の引かれた唇に指をあて、とんとん叩く。 「うふふ。さあ連れてきてちょうだい、ヨミちゃん」 「えっ?」 バルバトスに見下ろされ、ヨミは2人の魔神の間で顔を右往左往させた。 ヨミの直接の上官はロノウェ様だ。しかしバルバトス様は今回の指揮官。でもロノウェ様が望まれないのに……。 そんなヨミの心の動揺を見てとって、ロノウェは、はーっと重い息を吐き出した。 「とりあえず会うわ。放り出すか殺すかは、そのあとで決めましょう」 ロノウェは裏切りが嫌いだった。 言葉も、それが持つ意味も。 彼女は自分が魔族であることに誇りを持っているし、同族を裏切るなど考えられない。全員が結束し、一糸乱れぬ動きで目標に向かって突き進むこと。それが最小の力で最大の効果を生むと信じていた。裏切りといった不安要素は排除すべきもので、規律を乱す存在でしかない。 そんな彼女が、同胞でもない、ましてや同族を裏切って敵につこうとする者たちを快く思うだろうか? ヨミの案内で現れた裏切り者たち――もちろんこの中には悪魔、魔鎧たちもいたが、どちらの者も地上世界を享受してきた者であることに変わりはない――を見たとき、ロノウェは彼らを不快に思っていることを隠さなかった。胸の前で両腕を組み、じろりと睨みつける。 人間たちもまた、バルバトスとロノウェを見て、一様に驚きの表情を浮かべていた。特にロノウェに。それは、たとえツノや尾を持っていようとも、人間の基準でいけばまだ年端もいかない少女の外見をしていることに起因していたのは間違いない。だがその後は消沈、警戒、おそれ、侮蔑、侮りと、さまざまな表情へと変化した。もちろん軽く見開いたのみで以後無表情を貫く人間も何人かいたが、その瞳にかすかに浮かぶ感情を読み違えるほど2人は若くはなかった。 彼女たち1人ひとりが自分たちの50人分にも匹敵する力を持つとして、恐怖でもって彼女たちを知る悪魔や魔鎧であれば、絶対に犯さないミス。おそらくは彼らも、一応の忠告はしていたに違いないのだが……。 だがこの場合、侮られるのは結構なことだった。その方が真意を語らせやすい。だからそうと気付かぬフリをして、ロノウェは一番端に立つ者をピシッと指差した。 「まずそこのあなた。あなたから順番に名前と地位、魔族側につきたいと思った動機と目的を言っていきなさい」 「え……? 動機……?」 指を指され、佐伯 梓(さえき・あずさ)はとまどった。動機などない。はっきり言えば、これといった目的もない。魔族に協力するかと言われれば、あんまり協力したくもない。ならどうしてここにいるか? あえて言うとするなら、大事なパートナーの1人、悪魔カスティーリア・ディ・ロデリーゴ(かすてぃーりあ・でぃろでりーご)がこちらにつくことを強く望んだからだ。反対すれば1人でも行ってしまいそうだったから、心配でくっついて来たにすぎない。こっちにいる間に説得できればなー、とか考えていたりもする。 「えーと」 さすがにそれをばか正直に言うわけにもいかないので、なんとかひねり出そうとしたらば。 「これなる佐伯 梓という人間は、ただの我の操り人形。いわば実験体です。確たる意思など持っておりません」 後ろについていたカスティーリアが、ずいっと一歩前に出て梓の横に並んだ。 「あなたは?」 「我はカスティーリア・ディ・ロデリーゴ。我はこの地にて人の使うさまざまな武器の知識を得てまいりました。機晶テクノロジーや機晶技術を用いれば、必ずやロノウェ様方魔族軍の得物を強化し、お役に立てると考えまして、参じさせていただきました次第です」 「武具鋳造職人というわけね」 頭を下げ、礼をとる彼女に、ふむと頷く。 「じゃあ次。あなたは?」 「私は六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)と申します。理由ですか……パートナーが悪魔で、そちらと戦えないからですかね? 後は、純粋に魔王様と樹に興味があった、とか」 鼎の言葉を口にして、ロノウェは眉間に皺を寄せる。たとえ自分が悪魔でなかったとしても、分かったかもしれない。 こいつは、腹に一物抱えている、と。 「手土産に、私のパートナーがカナンの軍勢を調べてくれているはずです。呼んでみましょう」 そう言って、鼎がパートナーのディング・セストスラビク(でぃんぐ・せすとすらびく)を“召喚”する。並んだ二人は見事に見分けがつかなくなっていた。 「ふ〜ん、これが契約者と契約した悪魔が出来ることなのね〜。便利だわ〜」 感心した様子を見せるバルバトスに対して、ロノウェはぶすりとした表情で黙ったままだ。 「では、早速報告を。カナンの軍勢に関しましては……」 ディングの報告は、前線部隊から適宜届けられてくる報告とほぼ一致していた。この点においては嘘は吐いていない。 「……ああ、勝手を言って申し訳ございませんが、私は研究者、縛られては何も出来なくなってしまいます。 ですから、私は貴方方と共に戦う訳ではございません。そのことに関して、監視も付けてもらって構いませんし、信用も要りません。 ただ、居させてもらう礼はちゃんとします。それが礼儀ですから」 しかし、次の鼎の言葉に、ロノウェは本気でどうしようかと頭を抱えた。こいつは魔族をなんだと思っているのだろうか。 「あらあらロノウェちゃん、ダメよ〜そんな顔しちゃ。その歳でシワが出来たらこの後悲惨よ〜」 「……殴っていいですか?」 プルプルと拳を震わせるロノウェを軽くあしらって、バルバトスが代わりに答える。 「いいわよ、好きにおやりなさい。研究者なら、研究室がいるわよね。じゃあ特別に、私の街に用意してあげる。 ……あ、でも、この戦いで生き残れなかったらこの話はナシね♪ 特に守ったりはしてあげないから、頑張ってね〜」 「やれやれ、そう来ましたか。仕方ない、後のためだ、自分の身は自分で守りますよ」 飄々として去っていく鼎へ、険しい視線を送ったロノウェが、次を指し示す――。 |
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